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第3章-3
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「おう、遅かったな」
家に帰ると、4つ上の兄の達樹がお玉片手に待ち構えていた。
「ちょっと手伝えよ」
高橋家では高校生になると週に一度、食事当番という日が割り振られる。火曜が長男、水曜が次男、金曜のきょうは三男の達樹の担当と決まっていて、その日は夕食を作らなくてはならないのだ。
何をつくってもいいし、どんな出来でも文句をいわずに食べるというルールがあるだけなので、気楽に作れるようだが手伝いは欲しいらしい。
じぶんも高校生になったら当番があるとわかっているので、逆らわずに着替えてキッチンへ手伝いに行く。ちなみに母親は手伝ってくれない。
「きょうは何?」
「焼きそば。そこのサラダ用のジャガイモ、チンして皮むいてつぶして」
達樹の料理は麺が基本で、毎週金曜はパスタやうどんやそばだ。きょうの焼きそばには豚肉ともやしと小松菜がどっさり入っていた。
「わかった」
祐樹は適当にジャガイモを切って耐熱皿に並べてレンジに入れた。ポテトサラダは達樹の好物で、何度も手伝わされているので手順はわかっている。その横で達樹はみそ汁の具にするキャベツとわかめを刻んでいる。
「学校、どうよ? 縦割りクラスだっけ、それできょうも遅かったのか?」
「きょうは違う。先輩につかまってハンバーガーおごってもらった」
祐樹はジャガイモをつぶしたあと、達樹が切ってあったハム・キュウリ・ニンジンを加えてマヨネーズを入れてぐるぐる混ぜた。
「先輩? 部活も入ってないのに?」
週に2日、近所の空手教室に通うために祐樹は部活に入っていない。祐樹の学校には空手部がなかったし、小学校2年から通っている道場に愛着があったからあっても入らなかっただろう。
「うん、縦割りクラスで知り合った先輩。達樹と同じ高2の人」
「俺とタメ? 高2? 祐樹、そんな上の先輩と遊んでんの?」
「うーん? 遊んでるというか、ふたりで会ったの初めてだし、ちょっとしゃべっただけ」
「話合うのか? そいつ、だいじょうぶかよ?」
「どういう意味?」
「や、祐樹はかわいいからさ。変な奴じゃないだろうな」
「なに、変な奴って。高等部の生徒会長で学年首席だよ。近くの女子高の彼女持ち」
「すげー奴なんじゃん。なに話すの?」
「家族のこととか好きな食べ物とか趣味とか…?」
「ナンパかよ。あ、でも彼女持ちだっけ」
「ナンパじゃないし。見た目、すごいかっこいいよ。頭もいいし、王子って呼ばれてる」
教室まで押しかけてきて困らされていることは告げないでおく。
「なんだそれ。サラダ、ちょっと梅ドレも混ぜて」
「これでいい? あ、おいしい」
「で、その先輩はいい奴なのか?」
「よくわからない。悪い人じゃないと思うけど」
祐樹に私学に行くように勧めたのは、この達樹だった。兄3人は近くの公立中学から公立高校に進学したから、じぶんも当然そのつもりでいたが達樹が反対したのだ。
祐樹が通う予定の公立中学がものすごく荒れていて、じぶんや兄たちのころよりもっとひどい状態になっているから祐樹を通わせるのは心配だと両親に話して、中学受験を勧めたのだ。
祐樹がそこらの女子よりかわいいことは両親もわかっていたし、そのせいでなにかトラブルになるのは避けたいという気持ちと公立中学の学力的な心配とで急きょ、祐樹の受験は決まった。
6年生になって急に決めた受験だったから、成績も通学も無理をせず行けるところという基準で現在の学校に決めたので成績的には問題ないが、達樹としては祐樹の学校生活が気になるらしい。入学以来、なにかと気にかけてくれていた。
「なんか困ったことがあったら言えよ」
「うん、ありがとう」
そう返事しつつも嫌がらせのことは話せなかった祐樹だ。公立が心配だからと私立に入ったのに、そこでそんなことになっているとは言いたくなかった。
それに普段から仲がよかったならともかく、達樹にはみょうにライバル心を持たれて意地悪された時期もあったから、祐樹としては今のような兄らしい気遣いをしてくれる達樹にまだ慣れないのだ。
大澤のしてくれたことも話していない。クラスメートに嫌がらせをされて助けられたなんて、なんだか恥ずかしい。それにたぶん、もうおさまるだろう。
達樹は大澤が変な奴ではないかと心配したようだが、祐樹が話した感じではそんなことはないと思う。単純に親切心で助けてくれたようだ。
教室に来て衆人環視のなか、あんなことを言ったので祐樹も内心かなり怪しんでいたが、ふたりで話してみれば大澤はごく普通で、祐樹に対して下心など持っていないことがわかった。たぶん、本当にいい人なのだ。
本人が言ったとおり「小さい子が困っていたから助けてあげたくなった」が正直な気持ちなのだろう。
そう思われるのも屈辱的ではあったが、高2の大澤から見れば祐樹なんてほんの子供みたいなものだろうし、助けてもらったのは事実なのでしぶしぶ礼を言ったら、それも面白かったらしく笑われた。ほんとむかつく。
本人にそう告げてもあっけらかんと笑われたが、いやではないが苦手というのが、祐樹の大澤に対する正直な気持ちだった。
「ごはん、できた?」
焼きそばの匂いにつられたのか、母親がキッチンに入ってきた。
父親は関西に単身赴任中だし、大学2年の長男と専門学校1年の次男は食事当番の日以外はアルバイトで帰りが遅いので、基本的には夕食は母親と達樹と祐樹の3人だ。
バラエティ番組を見ながら、焼きそばとポテトサラダとみそ汁の夕食を食べる。
これでたぶん、おさまるんだろうな、と思う。大澤のいうとおり、嫌がらせはとまるだろう。ついでに大澤とのつきあいも、これで終わりになるだろうと、その時の祐樹は思っていた。
家に帰ると、4つ上の兄の達樹がお玉片手に待ち構えていた。
「ちょっと手伝えよ」
高橋家では高校生になると週に一度、食事当番という日が割り振られる。火曜が長男、水曜が次男、金曜のきょうは三男の達樹の担当と決まっていて、その日は夕食を作らなくてはならないのだ。
何をつくってもいいし、どんな出来でも文句をいわずに食べるというルールがあるだけなので、気楽に作れるようだが手伝いは欲しいらしい。
じぶんも高校生になったら当番があるとわかっているので、逆らわずに着替えてキッチンへ手伝いに行く。ちなみに母親は手伝ってくれない。
「きょうは何?」
「焼きそば。そこのサラダ用のジャガイモ、チンして皮むいてつぶして」
達樹の料理は麺が基本で、毎週金曜はパスタやうどんやそばだ。きょうの焼きそばには豚肉ともやしと小松菜がどっさり入っていた。
「わかった」
祐樹は適当にジャガイモを切って耐熱皿に並べてレンジに入れた。ポテトサラダは達樹の好物で、何度も手伝わされているので手順はわかっている。その横で達樹はみそ汁の具にするキャベツとわかめを刻んでいる。
「学校、どうよ? 縦割りクラスだっけ、それできょうも遅かったのか?」
「きょうは違う。先輩につかまってハンバーガーおごってもらった」
祐樹はジャガイモをつぶしたあと、達樹が切ってあったハム・キュウリ・ニンジンを加えてマヨネーズを入れてぐるぐる混ぜた。
「先輩? 部活も入ってないのに?」
週に2日、近所の空手教室に通うために祐樹は部活に入っていない。祐樹の学校には空手部がなかったし、小学校2年から通っている道場に愛着があったからあっても入らなかっただろう。
「うん、縦割りクラスで知り合った先輩。達樹と同じ高2の人」
「俺とタメ? 高2? 祐樹、そんな上の先輩と遊んでんの?」
「うーん? 遊んでるというか、ふたりで会ったの初めてだし、ちょっとしゃべっただけ」
「話合うのか? そいつ、だいじょうぶかよ?」
「どういう意味?」
「や、祐樹はかわいいからさ。変な奴じゃないだろうな」
「なに、変な奴って。高等部の生徒会長で学年首席だよ。近くの女子高の彼女持ち」
「すげー奴なんじゃん。なに話すの?」
「家族のこととか好きな食べ物とか趣味とか…?」
「ナンパかよ。あ、でも彼女持ちだっけ」
「ナンパじゃないし。見た目、すごいかっこいいよ。頭もいいし、王子って呼ばれてる」
教室まで押しかけてきて困らされていることは告げないでおく。
「なんだそれ。サラダ、ちょっと梅ドレも混ぜて」
「これでいい? あ、おいしい」
「で、その先輩はいい奴なのか?」
「よくわからない。悪い人じゃないと思うけど」
祐樹に私学に行くように勧めたのは、この達樹だった。兄3人は近くの公立中学から公立高校に進学したから、じぶんも当然そのつもりでいたが達樹が反対したのだ。
祐樹が通う予定の公立中学がものすごく荒れていて、じぶんや兄たちのころよりもっとひどい状態になっているから祐樹を通わせるのは心配だと両親に話して、中学受験を勧めたのだ。
祐樹がそこらの女子よりかわいいことは両親もわかっていたし、そのせいでなにかトラブルになるのは避けたいという気持ちと公立中学の学力的な心配とで急きょ、祐樹の受験は決まった。
6年生になって急に決めた受験だったから、成績も通学も無理をせず行けるところという基準で現在の学校に決めたので成績的には問題ないが、達樹としては祐樹の学校生活が気になるらしい。入学以来、なにかと気にかけてくれていた。
「なんか困ったことがあったら言えよ」
「うん、ありがとう」
そう返事しつつも嫌がらせのことは話せなかった祐樹だ。公立が心配だからと私立に入ったのに、そこでそんなことになっているとは言いたくなかった。
それに普段から仲がよかったならともかく、達樹にはみょうにライバル心を持たれて意地悪された時期もあったから、祐樹としては今のような兄らしい気遣いをしてくれる達樹にまだ慣れないのだ。
大澤のしてくれたことも話していない。クラスメートに嫌がらせをされて助けられたなんて、なんだか恥ずかしい。それにたぶん、もうおさまるだろう。
達樹は大澤が変な奴ではないかと心配したようだが、祐樹が話した感じではそんなことはないと思う。単純に親切心で助けてくれたようだ。
教室に来て衆人環視のなか、あんなことを言ったので祐樹も内心かなり怪しんでいたが、ふたりで話してみれば大澤はごく普通で、祐樹に対して下心など持っていないことがわかった。たぶん、本当にいい人なのだ。
本人が言ったとおり「小さい子が困っていたから助けてあげたくなった」が正直な気持ちなのだろう。
そう思われるのも屈辱的ではあったが、高2の大澤から見れば祐樹なんてほんの子供みたいなものだろうし、助けてもらったのは事実なのでしぶしぶ礼を言ったら、それも面白かったらしく笑われた。ほんとむかつく。
本人にそう告げてもあっけらかんと笑われたが、いやではないが苦手というのが、祐樹の大澤に対する正直な気持ちだった。
「ごはん、できた?」
焼きそばの匂いにつられたのか、母親がキッチンに入ってきた。
父親は関西に単身赴任中だし、大学2年の長男と専門学校1年の次男は食事当番の日以外はアルバイトで帰りが遅いので、基本的には夕食は母親と達樹と祐樹の3人だ。
バラエティ番組を見ながら、焼きそばとポテトサラダとみそ汁の夕食を食べる。
これでたぶん、おさまるんだろうな、と思う。大澤のいうとおり、嫌がらせはとまるだろう。ついでに大澤とのつきあいも、これで終わりになるだろうと、その時の祐樹は思っていた。
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