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第11章-3

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「あっちのオレンジは?」
「あのオレンジ色はキンセンカ」

 片側が海沿いの道は反対側が花畑になっている。多くの車がゆっくりと走りながら景色を楽しんでいる。日差しはやわらかいが、車のなかはかなり暖かい。窓をあけるとほのかに甘い、海の匂いがまざった風が入ってきた。

 のんびり車を走らせていくと、さっきの色鮮やかな菜の花の黄色とはちがうオレンジがかった黄色と鮮やかなオレンジのじゅうたんが現れた。

「こっちの黄色とオレンジはポピー、ケシの花っていえばわかる?」
「ケシの花? って麻薬とかの材料じゃなかったですか?」

「ケシから取れるのは阿片だね。でも阿片の材料になるケシはこれじゃなくて、べつの種類。と言っても見た目にはほとんど変わらないんだけど」

「そうなんだ。こういう花も生け花に使います?」

「なんでも使うよ。べつにこれはダメとか決まりはないし、最近は品種改良や輸入で新しい花がどんどん出てくるしね」

 途中、フラワーパークに入って、一面のストックやキンギョソウや熱帯植物園を見て回った。

 植物にほとんど興味のない祐樹だが、東雲の説明は面白くていつの間にか聞き入ってしまう。人に教えることに慣れている人だからなのか、語り口がソフトで聞きやすいからなのか。

「東雲さん、こっちによく来るんですか?」

「たまに、かな。花を見に来るというよりはおいしい魚を食べて、海を見ながら走るのが気持ちいいからね」 

 祐樹も千葉県民だが、館山まで来たことは記憶にあるかぎり一度もない。

 両親は仕事と子育てに忙しいし、家族が多いと各自のスケジュールを合わせるのも大変で、旅行なども数えるほどしかしたことがなかった。それも上の兄たちが中学生になる頃までの話だから、祐樹はまだ幼稚園くらいのことだ。

 そんな話をすると東雲は意外だったのか、そうなんだとつぶやいた。

「じゃあ、今度またドライブしよう。季節が変わればまた咲いてる花が変わって景色も変わるから」

 これは次の約束をしているんだろうか。今回はお礼ってことだったけど、次のドライブの意味は? 東雲は下心などなさそうなポーカーフェイスで、祐樹はなんと返事をすればいいものかためらった。

 友人でも後輩でも生け花教室の生徒でもない高校生相手に、どういうつもりで誘っているんだろう。けれども祐樹の返事を待たずに東雲は続けた。

「ああ、だけどその前に、芙蓉の花を見に行かないとね。あれも群生してるととてもきれいだよ」

 押し付けがましくはないのに、実はけっこう強引だ。いつの間にか約束が増えている。まあいいかと祐樹は適当にうなずいた。東雲といて楽しいのは事実だし、ドライブくらいいいだろうと思ったのだ。

 そしてふと思う。もしじぶんに運転免許があったら、こんなふうに綾乃をドライブに誘っただろうか。リラックスした雰囲気で楽しめただろうか。

 車が動く密室だというのは今回、実感した。気疲れする相手と一緒だと、かなりしんどいことになるだろう。

 たぶん、いや、きっとドライブには誘わないだろうな。どこか冷静な頭で祐樹は思った。

 綾乃とでかけるのは構わない。でも電車で行くだろう。人の多い街中に出かけて、映画を見たりショッピングにつき合ったり、カフェでお茶をするのは嫌じゃない。

 でもドライブデートはしないだろうと、もう確信していた。

 朝、待ち合わせた駅前に、東雲は夕食前に着くように送ってくれた。途中で電話したから、夕食のおかずは祐樹の持っている干物になっているのだ。

 ドライブの途中で道の駅に寄ったとき、威勢のいいおじさんに勧められるまま母親が喜ぶだろうと干物やワカメなどを買っていたら、それを東雲に見られてしまったのだ。

「家族思いだね、ちゃんとおみやげ買うなんて」
「というか、先週、おれの夕食当番を1回飛ばしたんで、そのお詫びというかなんというか」

「夕食当番って?」
「兄弟で順番に週一で晩ごはん作らなきゃいけなくて」

 祐樹の家の習慣を聞いて東雲は感心したようだ。得意料理を訊かれたので鍋と答えたら、にっこり笑って、そこの漁港においしい海鮮鍋があるから今度来ようかと誘われた。

 次のドライブといい、芙蓉見学のことといい、東雲は誘い癖があるのかもしれない。あまり深く考えず、祐樹はいいですねと返事しておいた。本当に行くかどうかわからないし、もし行くことになっても東雲とならかまわないと思った。

「きょうはありがとうございました。ドライブ、楽しかったです」
「どういたしまして。お礼なんて言いながら、俺につき合ってもらったって感じだったから、楽しんでもらえたならよかったよ」

 じゃあまたね、祐樹くん、と前回同様、やわらかく張りのある声で名前を呼ばれて、祐樹はふわりとした気分で東雲の車を見送った。

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