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第2章-1 祐樹の誠意とけじめ

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 翌日はふたりでゆっくり朝寝して、祐樹の作ったうどんを食べてから昼すぎにマンションを出た。横浜までは電車で1時間ほどだ。電車内はほどほどに混んでいるが、座れないほどではなかった。

「そういえば、実家に顔を見せなくてもいいの?」
 孝弘の家族は横浜だったと思い出す。

「先週帰国してすぐ、1泊してきた。都内の病院に検査に行くまえに」
「そうなんだ。…家族は元気?」

 再婚家庭で義理の妹とあまりうまくいっていないという話だったがどうなっただろう、と訊いてみると屈託なく返事があった。

「義弟が大きくなっててびっくりした。子供の成長は早いなーって感じ。義妹はふつうかな。向こうも大人になったから穏やかに会話できるようになったよ。両親は相変わらず。っていうか、祐樹こそ家に帰らないのか? 千葉だったっけ?」

 実家は船橋だが、就職してからほとんど帰っていない。海外駐在が長かったせいもあるが、日本にいても年に二度くらい帰るかどうかだった。

「おれも帰国して一度は顔見せに行ってきたよ。まあ男ばっかの四人兄弟の末っ子なんてそりゃ雑な扱いだから。いてもいなくてもって感じで。実家の近くに長男夫婦が家買って住んでるしね、両親は孫育てで忙しいみたい」

 そんなもんだろうか。ほぼ一人っ子の父子家庭に育った孝弘には、雑に扱われる祐樹がちょっと想像できない。

 とっくみあいの兄弟喧嘩も日常だったと聞いているが、大人になった祐樹しか知らないので、そんなことをするようには見えなかった。

「三男の兄でも四つ上だったから、腕力ではかなわないんだけど、それが悔しくて近所の空手教室に通ったりしたな」

「空手教室?」
 初めて聞いた。

 意外な気もするが、細身のわりにしっかり筋肉がついているのは、そのせいかと納得もできた。

「うん。中3まですごく背が低くて顔も女の子みたいだったから、初めて教室に行ったとき女子に間違われて恥ずかしかったな。小2だったけど、いまだに覚えてる」

「いつまで習ってたんだ?」
「中3まで」

「へえ。じゃあけっこう長いあいだ習ってたんだな。強かった?」

「体が小さかったし、全然。でも空手の技じゃないんだけど、関節技をきめるの得意だったよ。こんど、やってみる?」

「え、それって寝技?」

 いいながら、そうかと思い出したことがあった。以前北京にいたころ、朝鮮族の店でケンカ沙汰になりかけたとき、祐樹が披露した関節技。あれがそうだったのか。

 孝弘がすこし声を落として訊いたのに、祐樹は横に座っていてよかったと思う。視線が合わないから必要以上に照れずにすんだ。

 休日の電車内だからそれなりに混んでいるが、それぞれ連れがいて他人の話など聞いてはいない。それでもこの話を続けるのはまずいと思って、祐樹は話題を変えた。

「孝弘は? なにか習い事とかスポーツとかやってた?」
「んー、習い事じゃないけど、小学校の課外活動で料理クラブってのに入ってた」

「え?」
 そんな子供のときから料理好きだったのか。

「いや、どっちかというと必要に迫られて。うちが小3で親が離婚して、父親に引き取られたんだけど仕事一筋の人だから、父親が家事なんてできるわけなくて」
 
 仕事でそんな時間も取れないということで、週に3回、家事のために家政婦に来てもらっていたという。

「掃除と洗濯して、食事はその日の分と次の日の分を作っておいてくれるんだけど、俺が食べたいものと合わないことが多くて、じゃあじぶんで作るかって思ったんだな」

「そこでじぶんで作るかって思うのが孝弘だよね」

「そうか? たまたま料理クラブがあるって知って、ちょうど小4から入れるっていうから、入れてくださいって言いにいったら男子は俺ひとりだった」

「でも入ったんだ」
「そん時、めちゃめちゃサバの味噌煮とかアジフライが食べたかったんだよな」

「家政婦さんに作ってもらったらよかったんじゃないの?」

「それがうちに来てくれてた家政婦さんって、洋食の得意な人でさ。毎日ハンバーグとかビーフストロガノフとかデミグラスソースの何とかグラタンとか、たしかにおいしいんだけど、俺はどっちかというと和食が好きなんだけどって感じで合わなかったんだ」

 さっき言ってた、家政婦と合わなかったというのはこのことらしい。

「ふつうに焼き魚とかブリの照り焼きとかサバの味噌煮とかが食べたいんだけどって言ってみたら、そういうのは作れないって言われて」

 たぶん当時まだ若い家政婦だったんだろう、小さな男の子の夕食ということで一生懸命作ってくれたのはわかったが、孝弘の味の好みは父親に合わせて食事を作っていた母親のおかげか、年のわりには渋好みだった。

 作ってもらえないなら、じぶんで作るしかないと思ったのは自然のなりゆきだった。

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