6 / 46
樹海の巫術師2
しおりを挟む
話している間に飛煌は棚の箱から丸くて平たいものを取り出して、火であぶり始めた。とても香ばしいいい匂いが漂ってきて、またペルルノアの腹がぐーと鳴る。
ペルルノアが恥ずかしがる間もなく、飛煌は笑って煮込みをついだ木椀と炙ったパンを渡してくれた。
「まあ食べなよ」
「ありがとう」
見知らぬ者からの食べ物だったが疑う気は起きなかった。いまここで彼を疑ったとしても他に頼るべき相手はおらず、このままでは野垂れ死にするしかない状況だ。
「これは何?」
「干し肉入りの雑穀粥と焼餅だ」
雑穀粥は変わった匂いがするが、嫌な感じではない。焼餅は小麦を練って焼いた丸くて平たいパンのようなもので、香ばしい匂いはごま油だという。
煮込みを口にして予想と違う味に、思わず眉をひそめてしまう。ペルルノアの顔を見た飛煌がくすりと笑った。笑顔がかわいい。飛煌の笑顔になぜかうれしくなるのが自分でも不思議だ。
「まずかった?」
「いや、うまいよ。でも知らない味だ」
「味噌と生姜を使ってる。干し肉に合うんだ」
みそとしょうが。それが何かわからないが異国の味だと思う。
飛煌が木のスプーンを使って食べる姿は品がよく、ひとりで魔の樹海にいるのはそぐわない気がした。従者がいて、かいがいしく世話をやいていてもおかしくない雰囲気がある。
従者と思うとセルリアのことを思い出して気持ちがふさいだが、とにかく食べられる時に食べなければ。樹海では食事にありつくのも簡単なことじゃない。
ペルルノアは不思議な気持ちで煮込みを食べた。さっきまで死ぬかもしれないと覚悟していたのに、こんな落ち着ける場所で人形のようにきれいな青年と食事をしているなんて。
温かい煮込みは体をぽかぽかと温め、気力が戻ってくる。まともな食べ物を口にして初めて、ペルルノアは自分がとても疲労していたことを自覚した。
夕焼け空が濃いオレンジ色に染まって、巣に戻る鳥が飛んでいた。魔の樹海には魔獣もいるが、普通の動物や鳥も多くいるのだ。
おかわりの煮込みを食べ終えるころ、再び湯を沸かした飛煌が茶をいれてくれた。その手つきも品がある。
一体、彼はどういう身分なんだろう。地位がありそうだが、それにしては日常の細々したことに手際がいい。
「遠慮なく食べて悪かった」
空腹のあまり、ほとんど話すこともなくがっついてしまった。飛煌は「べつに構わない」と素っ気ないが、ペルルノアは居心地悪く思わずに茶杯を受け取った。口ぶりは素っ気なくても、飛煌の態度からはペルルノアを疎ましく思っている様子はないからだ。
「いい香りがする」
「うん、高山青茶だよ」
これまたペルルノアが飲んだことのない味だ。透き通った緑色の茶は苦みがなくおいしかった。
「爽やかな味わいだ。うまいな」
「ああ。塔麗国は茶の生産に適しているから茶葉の種類が多いんだ」
「そうなのか」
だから庶民も気軽に茶を飲むという。ソブラリアでは貧しい庶民は茶など飲めない。茶葉は高級品だからだ。幻の国とは色々と違いがありそうだと思う。
「茶は薬にもなるからな。塔麗国の民は体調が悪い時には茶を調合して飲むんだ」
「へえ。お茶が薬になるのか?」
妖魔の肉も薬になるというし、異国の習慣は興味深い。ペルルノアは幻のトウレイ国に初めて触れた気がした。
ソブラリアでは魔の樹海の奥地の未開の国だの野蛮な部族がいるだの言われていたが、道案内に雇ったウーヤンも目の前の飛煌も、非常に理知的で武に優れている。彼らの住む国が未開の蛮族の国だとは思えない。
「ところで、ここに来るまでには連れが数人いたんだが、フェイファンは見かけなかったか?」
「連れ? どんな人?」
「騎士が数人と従者とウーヤンというトウレイ人の案内人兼護衛だ。騎士は何人生き残っているかわからないんだが」
「さっきの池の南のほうで死体は二つ、見た。紺の揃いの服を着ていたけど、半分くらい食われてたから今ごろは骨だけになってると思う」
飛煌は感情のこもらない淡々とした口ぶりだった。それでこんなことは日常茶飯事なのだと伝わった。
ペルルノアにとっては信じられない事態でも、彼にとっては大したことがないのだ。その感覚の差にペルルノアは愕然とする。
しかしそれも仕方がない。環境があまりにも違うのだから。
「そうか。紺の制服なら騎士団の者だろう」
おそらく生きていないと予想していても辛い報告だった。
樹海入りを命じたのは父であるブラッシア二世だし、使節団の編成を考えたのは宰相だが、最終的にはペルルノアを守るために命を落としたのだと思えば気持ちは沈んだ。
みんな腕に覚えはあったのに、妖魔が相手ではソブラリアの騎士はまったく歯が立たなかったのだ。飛煌は気の毒そうにペルルノアを見ている。
「こんなところで命を失うようなことになって、みんなには本当に申し訳ない」
小さくため息をつく。
無意識に腰の剣に手をやると、触れたのはあまりなじみの無い剣だった。そうだ、妖魔を斬れる剣を持っていたんだっけ。本来の自分の剣は馬車に置いてきた。
「そう言えば、ソブラリア人のノアが斬魔剣をどこで手に入れたんだ?」
飛煌に鋭い口調で問われて、ペルルノアはひやりとした。
戦場で亡くなった他人の武器を使うことはソブラリアでは罪に問われないが、トウレイ国ではどういう扱いなのか心配になった。盗んだと言われても反論できない事態だ。
「……やはり高価な品なのか?」
「値段がどうこうというより、それは使い手を選ぶんだ。基本的に剣磨師に発注して作ってもらうものだし、巫術で研磨した斬魔剣は自分が認めた主でないと鞘から抜かせないことすらあるから」
使いにくいと思ったのは気のせいではなかったのだ。剣にそんな意志があるのかと驚いたが、特殊な魔術具だと思えば納得できた。
ペルルノアが恥ずかしがる間もなく、飛煌は笑って煮込みをついだ木椀と炙ったパンを渡してくれた。
「まあ食べなよ」
「ありがとう」
見知らぬ者からの食べ物だったが疑う気は起きなかった。いまここで彼を疑ったとしても他に頼るべき相手はおらず、このままでは野垂れ死にするしかない状況だ。
「これは何?」
「干し肉入りの雑穀粥と焼餅だ」
雑穀粥は変わった匂いがするが、嫌な感じではない。焼餅は小麦を練って焼いた丸くて平たいパンのようなもので、香ばしい匂いはごま油だという。
煮込みを口にして予想と違う味に、思わず眉をひそめてしまう。ペルルノアの顔を見た飛煌がくすりと笑った。笑顔がかわいい。飛煌の笑顔になぜかうれしくなるのが自分でも不思議だ。
「まずかった?」
「いや、うまいよ。でも知らない味だ」
「味噌と生姜を使ってる。干し肉に合うんだ」
みそとしょうが。それが何かわからないが異国の味だと思う。
飛煌が木のスプーンを使って食べる姿は品がよく、ひとりで魔の樹海にいるのはそぐわない気がした。従者がいて、かいがいしく世話をやいていてもおかしくない雰囲気がある。
従者と思うとセルリアのことを思い出して気持ちがふさいだが、とにかく食べられる時に食べなければ。樹海では食事にありつくのも簡単なことじゃない。
ペルルノアは不思議な気持ちで煮込みを食べた。さっきまで死ぬかもしれないと覚悟していたのに、こんな落ち着ける場所で人形のようにきれいな青年と食事をしているなんて。
温かい煮込みは体をぽかぽかと温め、気力が戻ってくる。まともな食べ物を口にして初めて、ペルルノアは自分がとても疲労していたことを自覚した。
夕焼け空が濃いオレンジ色に染まって、巣に戻る鳥が飛んでいた。魔の樹海には魔獣もいるが、普通の動物や鳥も多くいるのだ。
おかわりの煮込みを食べ終えるころ、再び湯を沸かした飛煌が茶をいれてくれた。その手つきも品がある。
一体、彼はどういう身分なんだろう。地位がありそうだが、それにしては日常の細々したことに手際がいい。
「遠慮なく食べて悪かった」
空腹のあまり、ほとんど話すこともなくがっついてしまった。飛煌は「べつに構わない」と素っ気ないが、ペルルノアは居心地悪く思わずに茶杯を受け取った。口ぶりは素っ気なくても、飛煌の態度からはペルルノアを疎ましく思っている様子はないからだ。
「いい香りがする」
「うん、高山青茶だよ」
これまたペルルノアが飲んだことのない味だ。透き通った緑色の茶は苦みがなくおいしかった。
「爽やかな味わいだ。うまいな」
「ああ。塔麗国は茶の生産に適しているから茶葉の種類が多いんだ」
「そうなのか」
だから庶民も気軽に茶を飲むという。ソブラリアでは貧しい庶民は茶など飲めない。茶葉は高級品だからだ。幻の国とは色々と違いがありそうだと思う。
「茶は薬にもなるからな。塔麗国の民は体調が悪い時には茶を調合して飲むんだ」
「へえ。お茶が薬になるのか?」
妖魔の肉も薬になるというし、異国の習慣は興味深い。ペルルノアは幻のトウレイ国に初めて触れた気がした。
ソブラリアでは魔の樹海の奥地の未開の国だの野蛮な部族がいるだの言われていたが、道案内に雇ったウーヤンも目の前の飛煌も、非常に理知的で武に優れている。彼らの住む国が未開の蛮族の国だとは思えない。
「ところで、ここに来るまでには連れが数人いたんだが、フェイファンは見かけなかったか?」
「連れ? どんな人?」
「騎士が数人と従者とウーヤンというトウレイ人の案内人兼護衛だ。騎士は何人生き残っているかわからないんだが」
「さっきの池の南のほうで死体は二つ、見た。紺の揃いの服を着ていたけど、半分くらい食われてたから今ごろは骨だけになってると思う」
飛煌は感情のこもらない淡々とした口ぶりだった。それでこんなことは日常茶飯事なのだと伝わった。
ペルルノアにとっては信じられない事態でも、彼にとっては大したことがないのだ。その感覚の差にペルルノアは愕然とする。
しかしそれも仕方がない。環境があまりにも違うのだから。
「そうか。紺の制服なら騎士団の者だろう」
おそらく生きていないと予想していても辛い報告だった。
樹海入りを命じたのは父であるブラッシア二世だし、使節団の編成を考えたのは宰相だが、最終的にはペルルノアを守るために命を落としたのだと思えば気持ちは沈んだ。
みんな腕に覚えはあったのに、妖魔が相手ではソブラリアの騎士はまったく歯が立たなかったのだ。飛煌は気の毒そうにペルルノアを見ている。
「こんなところで命を失うようなことになって、みんなには本当に申し訳ない」
小さくため息をつく。
無意識に腰の剣に手をやると、触れたのはあまりなじみの無い剣だった。そうだ、妖魔を斬れる剣を持っていたんだっけ。本来の自分の剣は馬車に置いてきた。
「そう言えば、ソブラリア人のノアが斬魔剣をどこで手に入れたんだ?」
飛煌に鋭い口調で問われて、ペルルノアはひやりとした。
戦場で亡くなった他人の武器を使うことはソブラリアでは罪に問われないが、トウレイ国ではどういう扱いなのか心配になった。盗んだと言われても反論できない事態だ。
「……やはり高価な品なのか?」
「値段がどうこうというより、それは使い手を選ぶんだ。基本的に剣磨師に発注して作ってもらうものだし、巫術で研磨した斬魔剣は自分が認めた主でないと鞘から抜かせないことすらあるから」
使いにくいと思ったのは気のせいではなかったのだ。剣にそんな意志があるのかと驚いたが、特殊な魔術具だと思えば納得できた。
20
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!
やっぱり、すき。
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる