13 / 46
香種上位の国1
しおりを挟む
翌日、ペルルノアが目を覚ますと飛煌はすでに洞窟にいなかった。
まさか置いて行かれた? 急いで上着を着て外に出ると、焚火の前に座っているのが見えた。
ほっとすると同時に飛煌に頼っていることを自覚してこれはマズいと自分を戒めた。ここはペルルノアの常識が通用しない世界だから不安になっているのだ。
しっかりしろ、誰かに頼るなんて危険なことだ。飛煌は悪い奴には見えないが、信頼できるかどうかまだわからない。水妖から助けてくれたし、先の見通しがつかない中で出会ったトウレイ人だから信じたい気持ちになるが、用心しなければ。
ペルルノアは自分に言い聞かせて、草地に出た。朝の空気は涼しいが、陽射しが当たる草地は春らしくぽかぽかと温かい。
「おはよう。よく眠れたか?」
ペルルノアに気づいた飛煌はひらひらと手を振った。鍋で何か煮込んでいて、食べ物の匂いが漂っている。
「ああ、すごくよく寝た」
自分でもびっくりするくらい深く眠って頭がすっきりしていた。魔の樹海に入って以来、こんなに安心して眠ったのは初めてだった。結界のおかげだろう。
「それならよかった。もうすぐできるから、そのやかんに水汲んでくれ」
「わかった」
泉にはウサギやリスが水を飲みに来ていた。野生動物は安全な水場を知っているのだ。
やかんを持って戻ると、料理ができあがっていた。
「熱いうちに食べなよ」
渡された木椀には昨日と同じようなスープに干し肉や野菜や麺が入っている。
「ありがとう。頂くよ」
細い木の棒を二本、渡された。きちんとやすりをかけたもので表面は滑らかだが、木の棒をどうするのかと首をかしげる。
「これは?」
「箸だよ。こうやって使う」
飛煌が器用に二本の棒で麺を挟んで口に運んだ。目を丸くしたペルルノアは飛煌の手元をじっと観察して同じようにやってみたが、うまく麺をつかめない。それどころか箸を落としそうになる。
「どうやって挟んでるんだ?」
悪戦苦闘するペルルノアを飛煌は不思議そうに見る。
「ソブラリアでは箸を使わないのか? どうやって食事するんだ?」
「ナイフとフォークを使う」
「それってどんなもの?」
ペルルノアは驚いたけれど、自分だって箸を知らなかったと思い直した。
「これだ。ナイフで切った肉や野菜をフォークで刺して食べる。麺もそれですくう」
ベルトの皮袋から行軍時に持ち歩く携帯用のナイフとフォークを出して見せる。
「ああ、ナイフもフォークも似たようなものはあるよ。でも箸がない国があるなんて思ってもみなかった」
異国との交流がないってこういうことか。ペルルノアはトウレイ国では自分の常識は通じなさそうだと思う。
そもそも香種上位の国というだけでも常識外だ。昨夜の飛煌の発言は衝撃的だった。
「ソブラリアではどんなものを食べてる? 味噌はないんだろ? どんな味が好まれるんだ?」
飛煌がおもしろがってソブラリアの話を聞きたがったので、ペルルノアは訊かれるままにソブラリアの食事や食べ物や町中の様子や生活様式を話した。それでわかったことは、互いに知らないこと、驚くことがたくさんあるということだった。
ソブラリアの話で特に飛煌の興味を引いたのは、やはりオメガのことだ。
「じゃあ、ソブラリアの香種は外には出て来ないのか?」
「そうだな。オメガとわかれば、上流階級出身ならすぐにアルファと婚約する。庶民のオメガは少ないが、その場合は上流階級の養子になってから結婚というパターンが多い」
「ふーん。とにかく上流階級の貴種と結婚ってことなんだな。それって貴種を生ませるため?」
「そうだ。オメガがアルファを生む確率が高いことは知られているからな」
虚弱で数が少ないため、どんな階級のオメガでも取り合い状態だ。だから婚約前のオメガはとにかく美しく着飾って、上位のアルファに見初めてもらおうとする。
そうやって結婚した後のオメガは人前には出て来ないのが一般的だった。アルファは番を見せたがらないからだ。
「なるほどね。裕福に暮らせるようだけど、つまらなさそうな人生だな」
肩をすくめた飛煌のつぶやきに、ペルルノアは戸惑って目を瞬いた。
そんな評価を初めて聞いた。オメガはオメガというだけでアルファに選ばれる幸運な種、ソブラリアではそう認識されている。それをつまらないと飛煌はいう。
「どこがつまらなさそうなんだ?」
「だって貴種を生むためだけに結婚するんだろ?」
身も蓋もないがその通りだ。
「そうだが、番関係を結ぶんだから愛情がまったくないわけじゃないぞ」
「でも自由に外出することも働くこともできないんだろ?」
飛煌は不服そうに唇を尖らせている。
オメガが働く? どんな発想だ。ペルルノアはあっけに取られた。
「できないというより、そんなことをしたがるオメガはいないぞ」
「そうかな? 言えないだけじゃないのか?」
香種上位の国で育った飛煌にはソブラリアの香種の扱いは気に入らないらしい。
「どうだろうな。俺はオメガと会ったことはあまりないから何とも言えない」
ペルルノアは苦い気持ちになってはぐらかした。オメガにまつわる事柄はあまり楽しい記憶ではない。
ペルルノアがアルファと判定されてから貴族たちが送りこんで来たオメガは「王子を落とせ」と強く言い含められていたのだろう。
美しくはあったが媚びを売る態度があからさまで、中には軽い発情薬を飲んできた者までいて、ペルルノアは即刻、逃げだしたのだ。そのせいでペルルノアにはオメガに対して警戒心がある。
まさか置いて行かれた? 急いで上着を着て外に出ると、焚火の前に座っているのが見えた。
ほっとすると同時に飛煌に頼っていることを自覚してこれはマズいと自分を戒めた。ここはペルルノアの常識が通用しない世界だから不安になっているのだ。
しっかりしろ、誰かに頼るなんて危険なことだ。飛煌は悪い奴には見えないが、信頼できるかどうかまだわからない。水妖から助けてくれたし、先の見通しがつかない中で出会ったトウレイ人だから信じたい気持ちになるが、用心しなければ。
ペルルノアは自分に言い聞かせて、草地に出た。朝の空気は涼しいが、陽射しが当たる草地は春らしくぽかぽかと温かい。
「おはよう。よく眠れたか?」
ペルルノアに気づいた飛煌はひらひらと手を振った。鍋で何か煮込んでいて、食べ物の匂いが漂っている。
「ああ、すごくよく寝た」
自分でもびっくりするくらい深く眠って頭がすっきりしていた。魔の樹海に入って以来、こんなに安心して眠ったのは初めてだった。結界のおかげだろう。
「それならよかった。もうすぐできるから、そのやかんに水汲んでくれ」
「わかった」
泉にはウサギやリスが水を飲みに来ていた。野生動物は安全な水場を知っているのだ。
やかんを持って戻ると、料理ができあがっていた。
「熱いうちに食べなよ」
渡された木椀には昨日と同じようなスープに干し肉や野菜や麺が入っている。
「ありがとう。頂くよ」
細い木の棒を二本、渡された。きちんとやすりをかけたもので表面は滑らかだが、木の棒をどうするのかと首をかしげる。
「これは?」
「箸だよ。こうやって使う」
飛煌が器用に二本の棒で麺を挟んで口に運んだ。目を丸くしたペルルノアは飛煌の手元をじっと観察して同じようにやってみたが、うまく麺をつかめない。それどころか箸を落としそうになる。
「どうやって挟んでるんだ?」
悪戦苦闘するペルルノアを飛煌は不思議そうに見る。
「ソブラリアでは箸を使わないのか? どうやって食事するんだ?」
「ナイフとフォークを使う」
「それってどんなもの?」
ペルルノアは驚いたけれど、自分だって箸を知らなかったと思い直した。
「これだ。ナイフで切った肉や野菜をフォークで刺して食べる。麺もそれですくう」
ベルトの皮袋から行軍時に持ち歩く携帯用のナイフとフォークを出して見せる。
「ああ、ナイフもフォークも似たようなものはあるよ。でも箸がない国があるなんて思ってもみなかった」
異国との交流がないってこういうことか。ペルルノアはトウレイ国では自分の常識は通じなさそうだと思う。
そもそも香種上位の国というだけでも常識外だ。昨夜の飛煌の発言は衝撃的だった。
「ソブラリアではどんなものを食べてる? 味噌はないんだろ? どんな味が好まれるんだ?」
飛煌がおもしろがってソブラリアの話を聞きたがったので、ペルルノアは訊かれるままにソブラリアの食事や食べ物や町中の様子や生活様式を話した。それでわかったことは、互いに知らないこと、驚くことがたくさんあるということだった。
ソブラリアの話で特に飛煌の興味を引いたのは、やはりオメガのことだ。
「じゃあ、ソブラリアの香種は外には出て来ないのか?」
「そうだな。オメガとわかれば、上流階級出身ならすぐにアルファと婚約する。庶民のオメガは少ないが、その場合は上流階級の養子になってから結婚というパターンが多い」
「ふーん。とにかく上流階級の貴種と結婚ってことなんだな。それって貴種を生ませるため?」
「そうだ。オメガがアルファを生む確率が高いことは知られているからな」
虚弱で数が少ないため、どんな階級のオメガでも取り合い状態だ。だから婚約前のオメガはとにかく美しく着飾って、上位のアルファに見初めてもらおうとする。
そうやって結婚した後のオメガは人前には出て来ないのが一般的だった。アルファは番を見せたがらないからだ。
「なるほどね。裕福に暮らせるようだけど、つまらなさそうな人生だな」
肩をすくめた飛煌のつぶやきに、ペルルノアは戸惑って目を瞬いた。
そんな評価を初めて聞いた。オメガはオメガというだけでアルファに選ばれる幸運な種、ソブラリアではそう認識されている。それをつまらないと飛煌はいう。
「どこがつまらなさそうなんだ?」
「だって貴種を生むためだけに結婚するんだろ?」
身も蓋もないがその通りだ。
「そうだが、番関係を結ぶんだから愛情がまったくないわけじゃないぞ」
「でも自由に外出することも働くこともできないんだろ?」
飛煌は不服そうに唇を尖らせている。
オメガが働く? どんな発想だ。ペルルノアはあっけに取られた。
「できないというより、そんなことをしたがるオメガはいないぞ」
「そうかな? 言えないだけじゃないのか?」
香種上位の国で育った飛煌にはソブラリアの香種の扱いは気に入らないらしい。
「どうだろうな。俺はオメガと会ったことはあまりないから何とも言えない」
ペルルノアは苦い気持ちになってはぐらかした。オメガにまつわる事柄はあまり楽しい記憶ではない。
ペルルノアがアルファと判定されてから貴族たちが送りこんで来たオメガは「王子を落とせ」と強く言い含められていたのだろう。
美しくはあったが媚びを売る態度があからさまで、中には軽い発情薬を飲んできた者までいて、ペルルノアは即刻、逃げだしたのだ。そのせいでペルルノアにはオメガに対して警戒心がある。
23
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!
やっぱり、すき。
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる