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飛煌の誘い5
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「休憩しよう。ここの水は飲める」
どこで水を補給できる場所を知るのが樹海を移動する鍵になる。基本的に樹海の水は毒があるからだ。
二人が降りると飛飛は早速、頭を下げて水を飲み始めた。飛煌は鍋に水を汲み、毒消しの実をいれて火にかけた。持ち歩き用の湯冷ましを作って補給しておくのだ。
その動作にウーヤンを思い出した。旅のあいだ、やはりこうして水場で休憩した。ウーヤンはどこにいるだろう。それにセルリア。二人が一緒だといいのだが。
青い目の従者の顔を思い出して、ペルルノアは心の中で無事を祈った。
飛煌とペルルノアは岩に腰を下ろして、干し肉を口に入れた。噛むと燻製肉の旨味がじわりと出てくる。
緑深い森の中は時おり鳥の声が響くだけで静かだった。こうしていると故郷のソブラリアの森と大差ない気がする。
「風が気持ちがいいな」
「魔の樹海にいて気持ちがいいなんて、ノアは変わってる」
「そうか? 木漏れ日が当たってキラキラしてる。飛煌は綺麗だな」
飛煌の金の髪が太陽を弾いて光っている。それがとても綺麗だったのでそう言ったら、飛煌は嫌そうに顔をしかめた。
「お前、よくそういうことを平気で言えるな」
「え?」
ペルルノアがきょとんとすると、頬を赤くした飛煌は「もういい」とそっぽを向いた。
「俺はそんなに変なことを言ったか? 綺麗なものを綺麗と言っただけだぞ」
「いいから黙れ」
ペルルノアは素直に口を閉じた。
昨夜はあんなに大胆にペルルノアを誘っておいて、その態度は何だ? もしかして酔ってたのか?
飛煌はまだ頬を赤くしたまま、干し肉をかじっている。
おもしろいなと思う。これだけ美しいなら綺麗なんて言われ慣れているだろうに。
照れている飛煌はとてもかわいい。とても二十五の男には思えない。
飛煌はしばらくそっぽを向いていたが、水を飲み終えた駁がやって来たので腰をあげた。
その先は山地に入って行った。緩やかな山道で、道も整備されていて馬車が通れる程度の道幅がある。
「これは塔麗国に続く道?」
「そう。ここを真っすぐ行けば王都承環の王宮に着く」
王都までは徒歩で三日の距離だという。街道沿いに行けば、この前寄ったような集落が二か所あるらしい。
「そこに泊まるのか?」
「いや、おれの隠れ家がある」
飛煌は途中で道をそれて、林の中に入って行った。駁は道を知っているようで、迷いなく進んでいく。
夕刻前に着いたのはきちんとした館だった。正面の扉は閉じており、四方を壁に囲まれている。
「ここ?」
「ああ」
隠れ家というから今朝までいた洞窟のような場所を想像していたペルルノアは、あっけに取られて目を瞬いた。
飛煌が指を組んで呪文を唱えて扉を開くと、飛飛は慣れた様子で入って行く。正門をくぐった先は小さな庭になっていて、庭を囲むように正面と左右に建物が建っていた。正面だけが二階建てで左右は平屋だ。それが屋根つきの渡り廊下で繋がっている。赤青緑の三色で柱や屋根が塗り分けられ、飾り格子の入った窓や扉にはガラスが使われている。
「美しい建物だな」
ペルルノアが見たことのない様式の屋敷だった。
「そうだろ。おれのお気に入りなんだ」
奥から四十代くらいの男が出てきた。ござっぱりした短袍に長跨姿で、袖のない長い上着を重ねている。彼は飛煌のまえに拝跪して丁寧に挨拶した。
「これはお館様、ようこそおいでくださいました」
「しばらく世話になる。こっちはペルルノア。ソブラリア人だ。好きにさせといてくれ」
「かしこまりました。お部屋の用意はいつも通りでよろしいのでしょうか?」
「ああ、任せる。発香期が終わるまでよろしく」
塔麗語のやり取りは理解できないが、和やかな雰囲気からよく来ているのだと知れた。
飛煌は一体、どういう立場なんだ? 立派な屋敷に使用人がいて、それを隠れ家だという。
「ノア、トウ爺だ。この家を任せている」
トウ爺に向かって「お世話になります」と挨拶すると丁寧な礼が返って来た。
飛煌に正面の建物に案内され、香り高い茶と茶菓子を運んできたのは年配の女性だった。レン婆と紹介され、レン婆はペルルノアを見て戸惑ったような顔をした。
「異国人に会うのが初めてだから緊張してるみたいだな」
「俺もだけどな」
ペルルノアの言葉を聞いた飛煌が笑う。
「楽にしていい。ここならゆっくり過ごせるから」
鷹揚な仕草に飛煌はやはり貴族だろうと思う。他国との戦闘はなくても妖魔の襲撃は多い。貴族階級が巫術師で占められていてもおかしくない。
「ああ、それにしてもきれいな部屋だ」
ペルルノアは部屋を見回した。これが塔麗風の家なのか。
艶やかな木の飾り棚には香炉や花瓶が置かれ、きれいな筒のような物が飾ってある。丸く切り取った窓には花の形の格子がガラス越しの夕日に照らされて、床に花を咲かせていた。天井から吊るされた飾り布は繊細な織模様が入って、やわらかく風に揺れている。
「座って、ノア」
肘掛椅子に座った飛煌が楽しそうにペルルノアを観察している。
「何というか、不思議な雰囲気だな」
「ソブラリアとはそんなに違うのか?」
「全然違う。全体的にとても優美な感じがする。この香りのせいか?」
小卓に置かれた香炉から細い煙が立ち上っている。
「レン婆は香にこだわりがあるからな。こういう雰囲気は好きか?」
「ああ、とても落ち着く」
にこりと笑った飛煌が湯呑を手に取った。
「いま食事と湯を用意させてるからゆっくりしてくれ」
「ありがとう」
美しい白磁の湯呑みには透き通った緑の茶が入っていた。
「うまいな」
「茶の産地だって言っただろ。ここから山頂まであちこちに茶畑が広がってる」
飛煌はすっかり気を抜いた様子でだらしなく椅子に座って菓子を食べている。花形の小さな菓子は口の中でほろほろと崩れた。
どこで水を補給できる場所を知るのが樹海を移動する鍵になる。基本的に樹海の水は毒があるからだ。
二人が降りると飛飛は早速、頭を下げて水を飲み始めた。飛煌は鍋に水を汲み、毒消しの実をいれて火にかけた。持ち歩き用の湯冷ましを作って補給しておくのだ。
その動作にウーヤンを思い出した。旅のあいだ、やはりこうして水場で休憩した。ウーヤンはどこにいるだろう。それにセルリア。二人が一緒だといいのだが。
青い目の従者の顔を思い出して、ペルルノアは心の中で無事を祈った。
飛煌とペルルノアは岩に腰を下ろして、干し肉を口に入れた。噛むと燻製肉の旨味がじわりと出てくる。
緑深い森の中は時おり鳥の声が響くだけで静かだった。こうしていると故郷のソブラリアの森と大差ない気がする。
「風が気持ちがいいな」
「魔の樹海にいて気持ちがいいなんて、ノアは変わってる」
「そうか? 木漏れ日が当たってキラキラしてる。飛煌は綺麗だな」
飛煌の金の髪が太陽を弾いて光っている。それがとても綺麗だったのでそう言ったら、飛煌は嫌そうに顔をしかめた。
「お前、よくそういうことを平気で言えるな」
「え?」
ペルルノアがきょとんとすると、頬を赤くした飛煌は「もういい」とそっぽを向いた。
「俺はそんなに変なことを言ったか? 綺麗なものを綺麗と言っただけだぞ」
「いいから黙れ」
ペルルノアは素直に口を閉じた。
昨夜はあんなに大胆にペルルノアを誘っておいて、その態度は何だ? もしかして酔ってたのか?
飛煌はまだ頬を赤くしたまま、干し肉をかじっている。
おもしろいなと思う。これだけ美しいなら綺麗なんて言われ慣れているだろうに。
照れている飛煌はとてもかわいい。とても二十五の男には思えない。
飛煌はしばらくそっぽを向いていたが、水を飲み終えた駁がやって来たので腰をあげた。
その先は山地に入って行った。緩やかな山道で、道も整備されていて馬車が通れる程度の道幅がある。
「これは塔麗国に続く道?」
「そう。ここを真っすぐ行けば王都承環の王宮に着く」
王都までは徒歩で三日の距離だという。街道沿いに行けば、この前寄ったような集落が二か所あるらしい。
「そこに泊まるのか?」
「いや、おれの隠れ家がある」
飛煌は途中で道をそれて、林の中に入って行った。駁は道を知っているようで、迷いなく進んでいく。
夕刻前に着いたのはきちんとした館だった。正面の扉は閉じており、四方を壁に囲まれている。
「ここ?」
「ああ」
隠れ家というから今朝までいた洞窟のような場所を想像していたペルルノアは、あっけに取られて目を瞬いた。
飛煌が指を組んで呪文を唱えて扉を開くと、飛飛は慣れた様子で入って行く。正門をくぐった先は小さな庭になっていて、庭を囲むように正面と左右に建物が建っていた。正面だけが二階建てで左右は平屋だ。それが屋根つきの渡り廊下で繋がっている。赤青緑の三色で柱や屋根が塗り分けられ、飾り格子の入った窓や扉にはガラスが使われている。
「美しい建物だな」
ペルルノアが見たことのない様式の屋敷だった。
「そうだろ。おれのお気に入りなんだ」
奥から四十代くらいの男が出てきた。ござっぱりした短袍に長跨姿で、袖のない長い上着を重ねている。彼は飛煌のまえに拝跪して丁寧に挨拶した。
「これはお館様、ようこそおいでくださいました」
「しばらく世話になる。こっちはペルルノア。ソブラリア人だ。好きにさせといてくれ」
「かしこまりました。お部屋の用意はいつも通りでよろしいのでしょうか?」
「ああ、任せる。発香期が終わるまでよろしく」
塔麗語のやり取りは理解できないが、和やかな雰囲気からよく来ているのだと知れた。
飛煌は一体、どういう立場なんだ? 立派な屋敷に使用人がいて、それを隠れ家だという。
「ノア、トウ爺だ。この家を任せている」
トウ爺に向かって「お世話になります」と挨拶すると丁寧な礼が返って来た。
飛煌に正面の建物に案内され、香り高い茶と茶菓子を運んできたのは年配の女性だった。レン婆と紹介され、レン婆はペルルノアを見て戸惑ったような顔をした。
「異国人に会うのが初めてだから緊張してるみたいだな」
「俺もだけどな」
ペルルノアの言葉を聞いた飛煌が笑う。
「楽にしていい。ここならゆっくり過ごせるから」
鷹揚な仕草に飛煌はやはり貴族だろうと思う。他国との戦闘はなくても妖魔の襲撃は多い。貴族階級が巫術師で占められていてもおかしくない。
「ああ、それにしてもきれいな部屋だ」
ペルルノアは部屋を見回した。これが塔麗風の家なのか。
艶やかな木の飾り棚には香炉や花瓶が置かれ、きれいな筒のような物が飾ってある。丸く切り取った窓には花の形の格子がガラス越しの夕日に照らされて、床に花を咲かせていた。天井から吊るされた飾り布は繊細な織模様が入って、やわらかく風に揺れている。
「座って、ノア」
肘掛椅子に座った飛煌が楽しそうにペルルノアを観察している。
「何というか、不思議な雰囲気だな」
「ソブラリアとはそんなに違うのか?」
「全然違う。全体的にとても優美な感じがする。この香りのせいか?」
小卓に置かれた香炉から細い煙が立ち上っている。
「レン婆は香にこだわりがあるからな。こういう雰囲気は好きか?」
「ああ、とても落ち着く」
にこりと笑った飛煌が湯呑を手に取った。
「いま食事と湯を用意させてるからゆっくりしてくれ」
「ありがとう」
美しい白磁の湯呑みには透き通った緑の茶が入っていた。
「うまいな」
「茶の産地だって言っただろ。ここから山頂まであちこちに茶畑が広がってる」
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