金の香種と黒の貴種 異世界中華オメガバース

ゆまは なお

文字の大きさ
28 / 46

花祭り1

しおりを挟む
 発香期が終わった次の朝、飛煌フェイファンはすっきりした顔で体を起こし「よし、出発するか」と清々しく宣言した。あんなにも艶っぽくねだったことなどなかったみたいに、明るく爽やかな表情だ。
 ペルルノアはあっけに取られたような、すこし残念なような気持ちで起き上った。
 この時間が終わるのを惜しみながら寝台から降り、隣に設けられた湯殿に向かう。すると後ろから飛煌がついてきた。
「なんで一緒に来るんだ」
「え、何回も一緒に入っただろ。今さら照れるのか?」
 飛煌がからかうようにペルルノアの頬をつつく。

「べつに照れてない」
 二人で湯につかると、昨日はここでも繋がったことも思い出して、ペルルノアは落ち着きなくバシャバシャと顔を洗った。
 飛煌はそんなペルルノアをにやにや見ている。余裕の態度にペルルノアは内心でため息をついた。
 二十五歳の飛煌にとって、これは何度も過ごした発香期の一度で、ペルルノアを誘ったのもたまたま一緒にいたからだろう。異国人の貴種が珍しくて、誘っただけのことだ。
 そう思うのは寂しかったが、それが事実だ。

 ふと見ると飛煌の体にはペルルノアが残した歯形や吸いついた跡がいくつも残っていて、正気に返ってそれを目にすると心配になった。
「飛煌、悪かった。痛くないか?」
 湯船から出ている肩についている歯形をそっと撫でたら、飛煌はにやりと笑う。
「いや。でも意外だったな。ノアがあんなに情熱的なんて知らなかった」
「俺も知らなかった」
 真顔で答えたペルルノアに、飛煌が目を瞬いて、次の瞬間、声をあげて笑った。
「そうだよな。初めてだったんだもんな」
「ああ。色々と衝撃的だった」
 自分があんなにも衝撃的に欲を持つことを初めて知った。

 香気が理性を吹き飛ばすというのは事実だった。香気があんなにも貴種をおかしくさせるとは知らなかったのだ。何度極めても足りなくて、飛煌を食い尽くしてしまいたかった。
 飛煌も同じように求めてくれて、二人の境目がなくなって溶けあってしまうような幸せな気持ちでいっぱいになった。
 この五日間は熱に浮かされたように、つま先から頭までどっぷりと二人だけの世界にいた。こんな濃密な時間を貴種と香種は過ごすものだったのか。
 それはこれまでペルルノアがまったく知らなかった世界だった。飛煌と発香期を過ごして、貴種が香種にはまる気持ちがようやく理解できた。

 ソブラリアには香種だけを集めた高級娼館がいくつかあり、貴種が大金を払って通いつめると噂に聞いていた。金で香種を抱くなんて虚しくないのか?とペルルノアは思っていたが、発香期の香種を知った今は考えが変わった。
 こんなふうに我を忘れるほどの快楽があったのか。多くの貴種が番を求めるのも無理はない。
 しかし香気が消えた飛煌からは艶めいた雰囲気が消えてしまい、ペルルノア自身も付きものが落ちたようにすっきりと爽快な気分だ。香気の影響はすごいなと思う。
「とてもよかったよ。楽しくて気持ちいい最高の発香期だった」
 飛煌は清々しい口ぶりであっけらかんと笑う。香気が抜けたらすっかり元の飛煌だった。

「それならよかった」
 そう言ったけれど、ペルルノアは残念に思った。寝室に籠っていた五日間は自分だけの飛煌だったのに。あのままずっと閉じこもっていたかった。
 だけど道草を食っている場合じゃない。王宮に行って女王に挨拶をして、セルリアを探しに行かなければ。もしかしたら魔術騎士も生き残っているかもしれない。

 風呂から上がると、塔麗国の衣裳が用意されていた。飛煌が着ているような立ち襟の短袍に長跨だ。
「この先は街道を行くから、そのほうが目立たないと思うぞ」
「ああ、助かるよ。何から何まで感謝する」
 着てみるとゆとりがあって動きやすい。馬に乗って狩りをするのに便利なのだと気づいた。
 五日ぶりにまともな衣裳を着て、庭に出た。春の陽射しが温かく庭を照らして、低い木に見たことのない薄紅色の花が咲いている。どこからか鳥の鳴き声が響いて、その穏やかな光景になぜか胸が締め付けられるような気がした。
「夢みたいな時間だった」
 思わず、言葉が出た。隣に立って庭を見ていた飛煌がペルルノアに顔を向ける。

「何ていうか、死を覚悟した旅に出て、神様が最後に幸せな時間を神様がくれたような気分だ」
「バカ、何言ってるんだ。これから王宮に行くんだろ」
「ああ、そうだな」
 でも王宮に着いたら飛煌とはお別れなのだ。それがこんなにも寂しい。
 発香期前にも別れは嫌だと思ったが、飛煌の体の熱を知った今は彼と離れるのは身を裂かれるような寂しさがあった。
 一緒にいたい。彼は自分の番なのに。王宮になど行かずに、飛煌を番にしてしまえたらいいのに。もしも番になって欲しいと申し込んだとして、彼が承諾してくれるか? 考えてみたが答えは明白だった。
 飛煌はペルルノアのことは特別だと思っていないようだ。運命だと感じているのが自分だけなら勘違いかもしれない。香種らしくない飛煌に出会って、初めてのことに困惑しているのか?

 口には出せない思いを胸にしまって部屋に戻ると、きれいに洗濯された衣裳が棚に置かれていた。ソブラリアから着てきた衣裳だ。樹海を逃げ回っているうちに破れてほつれていたところも、丁寧に繕われていた。
「洗ってくれたのか」
 そうだ、感傷的になっている場合じゃない。これを着て、女王に会ってソブラリアの使者として挨拶しなければ。女王が滞在許可をくれたら、改めて飛煌を口説こう。
「綺麗にしてくれて感謝します」
 片づけをしていたレン婆に衣裳を指さして謝意を告げたら、レン婆は満足げにうんうんとうなずいた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

普通のβだった俺は

りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話 凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。 ※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!

やっぱり、すき。

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。

処理中です...