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花祭り1
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発香期が終わった次の朝、飛煌はすっきりした顔で体を起こし「よし、出発するか」と清々しく宣言した。あんなにも艶っぽくねだったことなどなかったみたいに、明るく爽やかな表情だ。
ペルルノアはあっけに取られたような、すこし残念なような気持ちで起き上った。
この時間が終わるのを惜しみながら寝台から降り、隣に設けられた湯殿に向かう。すると後ろから飛煌がついてきた。
「なんで一緒に来るんだ」
「え、何回も一緒に入っただろ。今さら照れるのか?」
飛煌がからかうようにペルルノアの頬をつつく。
「べつに照れてない」
二人で湯につかると、昨日はここでも繋がったことも思い出して、ペルルノアは落ち着きなくバシャバシャと顔を洗った。
飛煌はそんなペルルノアをにやにや見ている。余裕の態度にペルルノアは内心でため息をついた。
二十五歳の飛煌にとって、これは何度も過ごした発香期の一度で、ペルルノアを誘ったのもたまたま一緒にいたからだろう。異国人の貴種が珍しくて、誘っただけのことだ。
そう思うのは寂しかったが、それが事実だ。
ふと見ると飛煌の体にはペルルノアが残した歯形や吸いついた跡がいくつも残っていて、正気に返ってそれを目にすると心配になった。
「飛煌、悪かった。痛くないか?」
湯船から出ている肩についている歯形をそっと撫でたら、飛煌はにやりと笑う。
「いや。でも意外だったな。ノアがあんなに情熱的なんて知らなかった」
「俺も知らなかった」
真顔で答えたペルルノアに、飛煌が目を瞬いて、次の瞬間、声をあげて笑った。
「そうだよな。初めてだったんだもんな」
「ああ。色々と衝撃的だった」
自分があんなにも衝撃的に欲を持つことを初めて知った。
香気が理性を吹き飛ばすというのは事実だった。香気があんなにも貴種をおかしくさせるとは知らなかったのだ。何度極めても足りなくて、飛煌を食い尽くしてしまいたかった。
飛煌も同じように求めてくれて、二人の境目がなくなって溶けあってしまうような幸せな気持ちでいっぱいになった。
この五日間は熱に浮かされたように、つま先から頭までどっぷりと二人だけの世界にいた。こんな濃密な時間を貴種と香種は過ごすものだったのか。
それはこれまでペルルノアがまったく知らなかった世界だった。飛煌と発香期を過ごして、貴種が香種にはまる気持ちがようやく理解できた。
ソブラリアには香種だけを集めた高級娼館がいくつかあり、貴種が大金を払って通いつめると噂に聞いていた。金で香種を抱くなんて虚しくないのか?とペルルノアは思っていたが、発香期の香種を知った今は考えが変わった。
こんなふうに我を忘れるほどの快楽があったのか。多くの貴種が番を求めるのも無理はない。
しかし香気が消えた飛煌からは艶めいた雰囲気が消えてしまい、ペルルノア自身も付きものが落ちたようにすっきりと爽快な気分だ。香気の影響はすごいなと思う。
「とてもよかったよ。楽しくて気持ちいい最高の発香期だった」
飛煌は清々しい口ぶりであっけらかんと笑う。香気が抜けたらすっかり元の飛煌だった。
「それならよかった」
そう言ったけれど、ペルルノアは残念に思った。寝室に籠っていた五日間は自分だけの飛煌だったのに。あのままずっと閉じこもっていたかった。
だけど道草を食っている場合じゃない。王宮に行って女王に挨拶をして、セルリアを探しに行かなければ。もしかしたら魔術騎士も生き残っているかもしれない。
風呂から上がると、塔麗国の衣裳が用意されていた。飛煌が着ているような立ち襟の短袍に長跨だ。
「この先は街道を行くから、そのほうが目立たないと思うぞ」
「ああ、助かるよ。何から何まで感謝する」
着てみるとゆとりがあって動きやすい。馬に乗って狩りをするのに便利なのだと気づいた。
五日ぶりにまともな衣裳を着て、庭に出た。春の陽射しが温かく庭を照らして、低い木に見たことのない薄紅色の花が咲いている。どこからか鳥の鳴き声が響いて、その穏やかな光景になぜか胸が締め付けられるような気がした。
「夢みたいな時間だった」
思わず、言葉が出た。隣に立って庭を見ていた飛煌がペルルノアに顔を向ける。
「何ていうか、死を覚悟した旅に出て、神様が最後に幸せな時間を神様がくれたような気分だ」
「バカ、何言ってるんだ。これから王宮に行くんだろ」
「ああ、そうだな」
でも王宮に着いたら飛煌とはお別れなのだ。それがこんなにも寂しい。
発香期前にも別れは嫌だと思ったが、飛煌の体の熱を知った今は彼と離れるのは身を裂かれるような寂しさがあった。
一緒にいたい。彼は自分の番なのに。王宮になど行かずに、飛煌を番にしてしまえたらいいのに。もしも番になって欲しいと申し込んだとして、彼が承諾してくれるか? 考えてみたが答えは明白だった。
飛煌はペルルノアのことは特別だと思っていないようだ。運命だと感じているのが自分だけなら勘違いかもしれない。香種らしくない飛煌に出会って、初めてのことに困惑しているのか?
口には出せない思いを胸にしまって部屋に戻ると、きれいに洗濯された衣裳が棚に置かれていた。ソブラリアから着てきた衣裳だ。樹海を逃げ回っているうちに破れてほつれていたところも、丁寧に繕われていた。
「洗ってくれたのか」
そうだ、感傷的になっている場合じゃない。これを着て、女王に会ってソブラリアの使者として挨拶しなければ。女王が滞在許可をくれたら、改めて飛煌を口説こう。
「綺麗にしてくれて感謝します」
片づけをしていたレン婆に衣裳を指さして謝意を告げたら、レン婆は満足げにうんうんとうなずいた。
ペルルノアはあっけに取られたような、すこし残念なような気持ちで起き上った。
この時間が終わるのを惜しみながら寝台から降り、隣に設けられた湯殿に向かう。すると後ろから飛煌がついてきた。
「なんで一緒に来るんだ」
「え、何回も一緒に入っただろ。今さら照れるのか?」
飛煌がからかうようにペルルノアの頬をつつく。
「べつに照れてない」
二人で湯につかると、昨日はここでも繋がったことも思い出して、ペルルノアは落ち着きなくバシャバシャと顔を洗った。
飛煌はそんなペルルノアをにやにや見ている。余裕の態度にペルルノアは内心でため息をついた。
二十五歳の飛煌にとって、これは何度も過ごした発香期の一度で、ペルルノアを誘ったのもたまたま一緒にいたからだろう。異国人の貴種が珍しくて、誘っただけのことだ。
そう思うのは寂しかったが、それが事実だ。
ふと見ると飛煌の体にはペルルノアが残した歯形や吸いついた跡がいくつも残っていて、正気に返ってそれを目にすると心配になった。
「飛煌、悪かった。痛くないか?」
湯船から出ている肩についている歯形をそっと撫でたら、飛煌はにやりと笑う。
「いや。でも意外だったな。ノアがあんなに情熱的なんて知らなかった」
「俺も知らなかった」
真顔で答えたペルルノアに、飛煌が目を瞬いて、次の瞬間、声をあげて笑った。
「そうだよな。初めてだったんだもんな」
「ああ。色々と衝撃的だった」
自分があんなにも衝撃的に欲を持つことを初めて知った。
香気が理性を吹き飛ばすというのは事実だった。香気があんなにも貴種をおかしくさせるとは知らなかったのだ。何度極めても足りなくて、飛煌を食い尽くしてしまいたかった。
飛煌も同じように求めてくれて、二人の境目がなくなって溶けあってしまうような幸せな気持ちでいっぱいになった。
この五日間は熱に浮かされたように、つま先から頭までどっぷりと二人だけの世界にいた。こんな濃密な時間を貴種と香種は過ごすものだったのか。
それはこれまでペルルノアがまったく知らなかった世界だった。飛煌と発香期を過ごして、貴種が香種にはまる気持ちがようやく理解できた。
ソブラリアには香種だけを集めた高級娼館がいくつかあり、貴種が大金を払って通いつめると噂に聞いていた。金で香種を抱くなんて虚しくないのか?とペルルノアは思っていたが、発香期の香種を知った今は考えが変わった。
こんなふうに我を忘れるほどの快楽があったのか。多くの貴種が番を求めるのも無理はない。
しかし香気が消えた飛煌からは艶めいた雰囲気が消えてしまい、ペルルノア自身も付きものが落ちたようにすっきりと爽快な気分だ。香気の影響はすごいなと思う。
「とてもよかったよ。楽しくて気持ちいい最高の発香期だった」
飛煌は清々しい口ぶりであっけらかんと笑う。香気が抜けたらすっかり元の飛煌だった。
「それならよかった」
そう言ったけれど、ペルルノアは残念に思った。寝室に籠っていた五日間は自分だけの飛煌だったのに。あのままずっと閉じこもっていたかった。
だけど道草を食っている場合じゃない。王宮に行って女王に挨拶をして、セルリアを探しに行かなければ。もしかしたら魔術騎士も生き残っているかもしれない。
風呂から上がると、塔麗国の衣裳が用意されていた。飛煌が着ているような立ち襟の短袍に長跨だ。
「この先は街道を行くから、そのほうが目立たないと思うぞ」
「ああ、助かるよ。何から何まで感謝する」
着てみるとゆとりがあって動きやすい。馬に乗って狩りをするのに便利なのだと気づいた。
五日ぶりにまともな衣裳を着て、庭に出た。春の陽射しが温かく庭を照らして、低い木に見たことのない薄紅色の花が咲いている。どこからか鳥の鳴き声が響いて、その穏やかな光景になぜか胸が締め付けられるような気がした。
「夢みたいな時間だった」
思わず、言葉が出た。隣に立って庭を見ていた飛煌がペルルノアに顔を向ける。
「何ていうか、死を覚悟した旅に出て、神様が最後に幸せな時間を神様がくれたような気分だ」
「バカ、何言ってるんだ。これから王宮に行くんだろ」
「ああ、そうだな」
でも王宮に着いたら飛煌とはお別れなのだ。それがこんなにも寂しい。
発香期前にも別れは嫌だと思ったが、飛煌の体の熱を知った今は彼と離れるのは身を裂かれるような寂しさがあった。
一緒にいたい。彼は自分の番なのに。王宮になど行かずに、飛煌を番にしてしまえたらいいのに。もしも番になって欲しいと申し込んだとして、彼が承諾してくれるか? 考えてみたが答えは明白だった。
飛煌はペルルノアのことは特別だと思っていないようだ。運命だと感じているのが自分だけなら勘違いかもしれない。香種らしくない飛煌に出会って、初めてのことに困惑しているのか?
口には出せない思いを胸にしまって部屋に戻ると、きれいに洗濯された衣裳が棚に置かれていた。ソブラリアから着てきた衣裳だ。樹海を逃げ回っているうちに破れてほつれていたところも、丁寧に繕われていた。
「洗ってくれたのか」
そうだ、感傷的になっている場合じゃない。これを着て、女王に会ってソブラリアの使者として挨拶しなければ。女王が滞在許可をくれたら、改めて飛煌を口説こう。
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片づけをしていたレン婆に衣裳を指さして謝意を告げたら、レン婆は満足げにうんうんとうなずいた。
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