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女王との謁見2
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寝台の上で、ペルルノアは真っ赤になった。
何だ今のキスは。頭をなでられて喜ぶ年でもないのに、舞い上がりそうな気持ちになる。鼓動が速い。落ち着け。
大きく息を吐いたペルルノアは、小卓の皮袋を手に取って中身を確かめる。
母の形見の小刀はちゃんと入っていたが、鞘の装飾が磨かれたように光を帯びている。この前も輝きが増したような気がしたが、今は明らかに光っていてペルルノアは困惑した。
「どういうことだ?」
つぶやいた時、人が近づく気配がして「失礼します」とソブラリア語で声がかかった。
「お客様、起きておられますか?」
皮袋に小刀を戻して小卓に置いた。
「どうぞ」
扉を開けて男が一人、入って来た。
三十半ばくらいの男はペルルノアが体を起こしているのを見ると安心したような笑顔を浮かべた。柔和な顔立ちで人がよさそうな雰囲気だ。
「ご気分はどうですか? 寒くないですか?」
そこそこ流暢なソブラリア語だ。塔麗国には一体、何人、ソブラリア語を話す者がいるんだろう。
「大丈夫です、ちょうどいいくらいです」
うなずいた男は丁寧に礼をした。
「侍従の李誠と申します。しばらくの間、お世話を担当しますので、何かご不便がありましたら教えてださい」
「ありがとう。お世話をかけます」
それから李誠は温かい湯を持ってきて、手巾で顔や手足を拭いてくれた。
「あの、自分でできますから」
王族なら使用人に世話をされて当然だが、貧乏王子で育ったペルルノアは何でも自分でやってきた。年上の侍従に世話を焼かれるのはどうにも居心地が悪い。
「ですが骨折しているのに、ご自分でされるのは不便でしょう?」
李誠はペルルノアが遠慮していると思ったようで、笑顔でてきぱきと仕事を進めた。絶妙な押し加減は熟練の侍従という感じだ。
自分はどういう扱いでここに滞在させてもらっているんだろうと思う。飛煌がソブラリアの第二王子と伝えてるんだろうか。
「それにもうすぐ翠耀様がいらっしゃるので、すこし見栄えよくして頂こうかと思ったんです」
「翠耀様?」
「女王陛下です」
それを聞いたペルルノアは慌てた。
「ここに来られるんですか? 女王陛下が?」
「ええ。もちろんこの寝室ではなく、隣の居室のほうですが。なのでお世話に来ました。お着替えはできますか?」
「もちろんです」
こんな格好で国王陛下に会うわけにはいかない。前合わせで紐を結ぶ簡単な夜着姿だ。
まさかここに女王が足を運ぶとは思わなかった。会うのは当然、謁見の間とか広間とか、そういう公の場だと思っていたのだ。
慌ただしく着替えようとして手が止まった。李誠が出してきたのがソブラリアの衣裳だったからだ。しかもこれは着替えとして馬車に積んであったものだ。
「この衣装はなぜここに?」
「樹海の警備の者が見つけて、こちらで馬車を保管しております」
「え? 馬車を運んでくださったんですか?」
「ええ、今は王宮の倉庫に置いてあります」
ひとまず荷物が無事らしいと知ってほっとした。返してもらえるかわからないが、返還されないとしても何も持たずに来るよりは心証がいいだろう。
着替えを終えて案内された隣の居室は、飛煌と発香期を過ごした館の部屋によく似ていた。飾り棚に水差しや香炉が置いてあり、窓には飾り格子が入っている。
部屋は広くて、室内に段差を設けて書面台が置かれていたり、お茶を飲むための小卓と椅子が置かれていたりした。
鏡の前で髪を整えると気持ちがしゃきっとした。これから幻のオメガの女王に会うのだ。
飛煌いわく「めちゃくちゃ強い巫術師」ということだったが、一体、どんな人物だろう。
ペルルノアが身支度を終えた頃、お付きの侍女とともに女王陛下がやって来た。
飛煌から二十五歳と聞いていたが、美しい衣裳を着て金の髪を結い上げている姿は少女のようにかわいらしく、二十歳にもなっていないように見える。
そしてその顔を見た瞬間、ペルルノアは飛煌の言葉を思い出した。
「もしおれと同じ顔の女に会って、何か誘われたら断れ」
どういうことだ。なぜ女王が飛煌と同じ顔をしてるんだ?
動揺するペルルノアに向かって、飛煌とそっくりな少女はにこりと笑った。
「こんにちは。お元気そうでよかったわ。わたしは塔麗国の女王、告翠耀です」
李誠が通訳に入り、ペルルノアはソブラリア風に胸に手を当てて挨拶を述べた。セルリアは後ろに控えている。
「お初にお目にかかります。ソブラリア王国第二王子、ペルルノア・アングレカムと申します。こちらは従者のセルリアです。今回は危ないところを助けて頂き、感謝しております。また女王陛下にお目にかかれて恐悦至極に存じます」
「そんなにかしこまらないで。怪我人がいたら助けるのは当然のことですもの。どうぞ座って」
翠耀はすっと長椅子を指さし、ペルルノアは指示に従って腰を下ろした。
これが香種の女王か。小柄な翠耀は飛煌と背格好もよく似ていた。
お茶とお菓子が運ばれて、長椅子の側の小卓に置かれた。翠耀の椅子の側にも同じものが用意される。翠耀が気楽な雰囲気でお茶を勧めたので、ペルルノアは礼を言って茶杯を手に取った。
「おいしいお茶ですね。それにとても香りがいい」
「ありがとう。わたしのお気に入りのお茶なの」
同じ顔でも女性だとこうも雰囲気が違うのか。翠耀のかわいらしい笑顔は、同じ顔をしていても受ける印象が違った。
茶を飲んで場が和んだところで翠耀が口を開いた。
「まずはあなたが塔麗国に来た理由を聞いてもいいかしら?」
「はい。わが父、ソブラリア王国ブラッシア二世の命により、塔麗国との国交を開くべく、使者として参りました。ソブラリアと塔麗国とは距離が遠く、容易には関係を深めることができないと思いますが、私の滞在を許して頂き、塔麗国の文化を学ぶ機会を頂ければと望んでおります」
翠耀は李誠の訳を聞いて、軽くうなずいた。
「いいでしょう、滞在を許可します。これをお貸ししておくわ」
飛煌が腰につけている玉佩に似たものを渡された。
何だ今のキスは。頭をなでられて喜ぶ年でもないのに、舞い上がりそうな気持ちになる。鼓動が速い。落ち着け。
大きく息を吐いたペルルノアは、小卓の皮袋を手に取って中身を確かめる。
母の形見の小刀はちゃんと入っていたが、鞘の装飾が磨かれたように光を帯びている。この前も輝きが増したような気がしたが、今は明らかに光っていてペルルノアは困惑した。
「どういうことだ?」
つぶやいた時、人が近づく気配がして「失礼します」とソブラリア語で声がかかった。
「お客様、起きておられますか?」
皮袋に小刀を戻して小卓に置いた。
「どうぞ」
扉を開けて男が一人、入って来た。
三十半ばくらいの男はペルルノアが体を起こしているのを見ると安心したような笑顔を浮かべた。柔和な顔立ちで人がよさそうな雰囲気だ。
「ご気分はどうですか? 寒くないですか?」
そこそこ流暢なソブラリア語だ。塔麗国には一体、何人、ソブラリア語を話す者がいるんだろう。
「大丈夫です、ちょうどいいくらいです」
うなずいた男は丁寧に礼をした。
「侍従の李誠と申します。しばらくの間、お世話を担当しますので、何かご不便がありましたら教えてださい」
「ありがとう。お世話をかけます」
それから李誠は温かい湯を持ってきて、手巾で顔や手足を拭いてくれた。
「あの、自分でできますから」
王族なら使用人に世話をされて当然だが、貧乏王子で育ったペルルノアは何でも自分でやってきた。年上の侍従に世話を焼かれるのはどうにも居心地が悪い。
「ですが骨折しているのに、ご自分でされるのは不便でしょう?」
李誠はペルルノアが遠慮していると思ったようで、笑顔でてきぱきと仕事を進めた。絶妙な押し加減は熟練の侍従という感じだ。
自分はどういう扱いでここに滞在させてもらっているんだろうと思う。飛煌がソブラリアの第二王子と伝えてるんだろうか。
「それにもうすぐ翠耀様がいらっしゃるので、すこし見栄えよくして頂こうかと思ったんです」
「翠耀様?」
「女王陛下です」
それを聞いたペルルノアは慌てた。
「ここに来られるんですか? 女王陛下が?」
「ええ。もちろんこの寝室ではなく、隣の居室のほうですが。なのでお世話に来ました。お着替えはできますか?」
「もちろんです」
こんな格好で国王陛下に会うわけにはいかない。前合わせで紐を結ぶ簡単な夜着姿だ。
まさかここに女王が足を運ぶとは思わなかった。会うのは当然、謁見の間とか広間とか、そういう公の場だと思っていたのだ。
慌ただしく着替えようとして手が止まった。李誠が出してきたのがソブラリアの衣裳だったからだ。しかもこれは着替えとして馬車に積んであったものだ。
「この衣装はなぜここに?」
「樹海の警備の者が見つけて、こちらで馬車を保管しております」
「え? 馬車を運んでくださったんですか?」
「ええ、今は王宮の倉庫に置いてあります」
ひとまず荷物が無事らしいと知ってほっとした。返してもらえるかわからないが、返還されないとしても何も持たずに来るよりは心証がいいだろう。
着替えを終えて案内された隣の居室は、飛煌と発香期を過ごした館の部屋によく似ていた。飾り棚に水差しや香炉が置いてあり、窓には飾り格子が入っている。
部屋は広くて、室内に段差を設けて書面台が置かれていたり、お茶を飲むための小卓と椅子が置かれていたりした。
鏡の前で髪を整えると気持ちがしゃきっとした。これから幻のオメガの女王に会うのだ。
飛煌いわく「めちゃくちゃ強い巫術師」ということだったが、一体、どんな人物だろう。
ペルルノアが身支度を終えた頃、お付きの侍女とともに女王陛下がやって来た。
飛煌から二十五歳と聞いていたが、美しい衣裳を着て金の髪を結い上げている姿は少女のようにかわいらしく、二十歳にもなっていないように見える。
そしてその顔を見た瞬間、ペルルノアは飛煌の言葉を思い出した。
「もしおれと同じ顔の女に会って、何か誘われたら断れ」
どういうことだ。なぜ女王が飛煌と同じ顔をしてるんだ?
動揺するペルルノアに向かって、飛煌とそっくりな少女はにこりと笑った。
「こんにちは。お元気そうでよかったわ。わたしは塔麗国の女王、告翠耀です」
李誠が通訳に入り、ペルルノアはソブラリア風に胸に手を当てて挨拶を述べた。セルリアは後ろに控えている。
「お初にお目にかかります。ソブラリア王国第二王子、ペルルノア・アングレカムと申します。こちらは従者のセルリアです。今回は危ないところを助けて頂き、感謝しております。また女王陛下にお目にかかれて恐悦至極に存じます」
「そんなにかしこまらないで。怪我人がいたら助けるのは当然のことですもの。どうぞ座って」
翠耀はすっと長椅子を指さし、ペルルノアは指示に従って腰を下ろした。
これが香種の女王か。小柄な翠耀は飛煌と背格好もよく似ていた。
お茶とお菓子が運ばれて、長椅子の側の小卓に置かれた。翠耀の椅子の側にも同じものが用意される。翠耀が気楽な雰囲気でお茶を勧めたので、ペルルノアは礼を言って茶杯を手に取った。
「おいしいお茶ですね。それにとても香りがいい」
「ありがとう。わたしのお気に入りのお茶なの」
同じ顔でも女性だとこうも雰囲気が違うのか。翠耀のかわいらしい笑顔は、同じ顔をしていても受ける印象が違った。
茶を飲んで場が和んだところで翠耀が口を開いた。
「まずはあなたが塔麗国に来た理由を聞いてもいいかしら?」
「はい。わが父、ソブラリア王国ブラッシア二世の命により、塔麗国との国交を開くべく、使者として参りました。ソブラリアと塔麗国とは距離が遠く、容易には関係を深めることができないと思いますが、私の滞在を許して頂き、塔麗国の文化を学ぶ機会を頂ければと望んでおります」
翠耀は李誠の訳を聞いて、軽くうなずいた。
「いいでしょう、滞在を許可します。これをお貸ししておくわ」
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