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女王との謁見1
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夢うつつに不思議な音楽が流れている。弦楽器ということはわかるが耳慣れない楽器の音だ。どこかで聞いたことがあるような曲に、とても懐かしい気持ちになる。
やさしいメロディーを聞きながら幸せな気持ちでうとうとしていると名を呼ばれた。
「ペルルノア様、ペルルノア様」
誰かの声が呼んでいる。
「起きてください、ペルルノア様」
心配そうに何度も名を呼ぶのは、セルリアの声だ。
ペルルノアはそれに応えて起きようとしたが、体は泥につかったように重くて、動くことができなかった。
おかしいな、王宮の庭でファイウスと話をしていたはずなのに……。
「目覚めませんか?」
曲が途切れて、若い男の声が訊ねた。
「ええ。時おり、もがくように体が動くのですが」
「それなら間もなく目覚めます。こちらの香に変えてみましょうか。これは覚醒を促しますから」
言われてみれば、嗅いだことのない薬草のような香りがしている。
「ペルルノア様。もう安全ですよ」
なおもセルリアが呼びかける。信じられないくらい瞼が重い。
「お願いですから目を開けてください」
セルリアのこんな気弱な声は初めて聞いた。セルリアはソブラリア王国でも指折りの剣士として名を馳せている。彼は十四歳の時に当時七歳のペルルノアの従者に選ばれ、それ以来ずっとペルルノアを守ってきたのだ。
「無理に起こさなくてもいいですよ。体が動くなら明日には目覚めるはずです」
部屋に漂う香りが変化した。これが覚醒を促すという香らしい。
「本当ですか? もう三日も眠ったままですが」
「大丈夫です。体力を回復させるために眠っているだけで、気力が満ちれば自然に目が覚めます。それにこの曲にも反応してますし」
「音楽が治療になるなんて初めて知りました」
「ここでは一般的な治療ですよ。音には巫術の力を込めやすいのです」
「そうなのですか。不思議ですね」
再び、音楽が聞こえてくる。琴を弾いているのは声の主らしい。
一体、誰が話している? ここはどこだ?
ペルルノアはもどかしく思う。
穏やかな曲は治療らしいが確かにとても心地がいい。
何とか目を開けようと瞼に力を入れたけれどもぴくりとも動くことはなく、ペルルノアの意識はまたゆっくりと沈んでいった。
「ノア、まだ寝てるのか?」
その呼びかけに、水の底から浮かび上がるようにぽかりと意識が浮かんで、ペルルノアは目を開いた。
驚くほど整った顔が上から覗きこんでいる。光を弾く金の髪に翡翠のような明るい緑の瞳。ふわりとあまい香りがして、とても幸せな気分になる。
「ああ、やっと起きたな」
美しい緑の目が細められ、ペルルノアを見つめている。めずらしく心配そうな表情だ。
「飛煌? ここは天国か?」
「何を言ってるんだ。どこか痛むか?」
問われて目を瞬いた。助かったのか。
「そうだな、あちこち痛い」
ペルルノアが体を起こそうとすると、飛煌は背中に腕を入れて手伝ってくれた。左腕全体と胸から腹にかけて包帯が巻かれている。
「しばらくは安静にしていろ。左腕とろっ骨が三本、折れてるんだ」
優しい手つきで髪をなでられ、心地よさにうっとりする。
「こんな待遇を受けるなら、怪我をしたかいがあったかもしれないな」
ペルルノアの軽口に飛煌はくいと髪を引っ張ってから手を離した。
「魔の樹海であれだけの妖魔に襲われて、手足を失うこともなく骨折だけで済んだんだ。ペルルノアには天帝の加護がついているよ」
「そうかもな」
ペルルノアは周囲を見回した。立派な天蓋付きの寝台に、見たことがない装飾が施された家具が置かれた部屋にいる。寝台の横の小卓にお守袋と小刀を入れた皮袋が並んでいるのを見てほっとした。
「……ここは飛煌の家?」
その問いに飛煌はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「塔麗国王宮、翡翠宮にようこそ」
芝居がかった声で告げられた言葉に目を丸くした。
「王宮? 王宮まで連れて来てくれたのか」
「さすがにあそこで放置するわけにはいかなかったからな」
「では、飛煌は女王に仕えているのか?」
その問いに飛煌はおかしそうに笑ってうなずいた。
「ああ、王宮勤めだ」
「そうだったのか」
それならあの隠れ家のことも納得がいく。
「助けてくれて感謝する。寝ている時に、セルリアの声が聞こえた気がするんだが」
「ああ、ここにいるぞ。足を骨折してるが、それ以外は無事だ」
「生きてたのか、よかった」
安堵の息をついていると、長い裾の衣裳を着た中年の男性が入って来た。薬師と名乗った男はてきぱきと脈を測り、喉や目を診察してからうなずいた。
「まずはこちらの薬湯を飲んでからお食事してください。怪我も大したことはないので、自由に過ごされて構いません」
薬師は丁寧に飛煌に礼をしてから部屋を出て行った。
「じゃあ、おれも用事があるからこれで」
帰る気配を察したペルルノアは思わず、飛煌の袖をつかんだ。
「用事って、樹海に行くのか?」
「いや、当分は王宮にいる。心配しなくても、また顔を見に来る」
その言葉でハッとして、袖をつかんでいた手を離した。不安に思ったつもりはないけれど、とっさに引き止めるような真似をしたことが恥ずかしかった。
でもいつどこで別れてしまうか、この国では先が読めない。もう二度と会えないこともあり得るのだ。
きまり悪かったが、飛煌がいてくれてうれしいことを伝えたくて礼を言った。
「ああ、悪い。色々ありがとう、本当に助かったよ」
飛煌はすこしくすぐったそうに目を細めると、ぽんぽんとペルルノアの頭をなでる。そして、不意に真顔になった。
「一つだけ覚えておいてくれ。もしおれと同じ顔の女に会って、何か誘われたら断れ」
「は? 同じ顔の女?」
何を言っているか理解できずに目を瞬いた。困惑するペルルノアに構わず、飛煌はずいっと近づいて目を合わせると大きくうなずく。
「そうだ。誘われたら「飛煌の誘いを受けました」って言って断るんだ」
「何の話だ?」
首をかしげてつぶやくと、遠くの方からざわめきが聞こえてきた。ハッと顔を上げた飛煌は「わかったな」と念を押して頭をなでて、さっと唇に口づけると足早に出て行った。
やさしいメロディーを聞きながら幸せな気持ちでうとうとしていると名を呼ばれた。
「ペルルノア様、ペルルノア様」
誰かの声が呼んでいる。
「起きてください、ペルルノア様」
心配そうに何度も名を呼ぶのは、セルリアの声だ。
ペルルノアはそれに応えて起きようとしたが、体は泥につかったように重くて、動くことができなかった。
おかしいな、王宮の庭でファイウスと話をしていたはずなのに……。
「目覚めませんか?」
曲が途切れて、若い男の声が訊ねた。
「ええ。時おり、もがくように体が動くのですが」
「それなら間もなく目覚めます。こちらの香に変えてみましょうか。これは覚醒を促しますから」
言われてみれば、嗅いだことのない薬草のような香りがしている。
「ペルルノア様。もう安全ですよ」
なおもセルリアが呼びかける。信じられないくらい瞼が重い。
「お願いですから目を開けてください」
セルリアのこんな気弱な声は初めて聞いた。セルリアはソブラリア王国でも指折りの剣士として名を馳せている。彼は十四歳の時に当時七歳のペルルノアの従者に選ばれ、それ以来ずっとペルルノアを守ってきたのだ。
「無理に起こさなくてもいいですよ。体が動くなら明日には目覚めるはずです」
部屋に漂う香りが変化した。これが覚醒を促すという香らしい。
「本当ですか? もう三日も眠ったままですが」
「大丈夫です。体力を回復させるために眠っているだけで、気力が満ちれば自然に目が覚めます。それにこの曲にも反応してますし」
「音楽が治療になるなんて初めて知りました」
「ここでは一般的な治療ですよ。音には巫術の力を込めやすいのです」
「そうなのですか。不思議ですね」
再び、音楽が聞こえてくる。琴を弾いているのは声の主らしい。
一体、誰が話している? ここはどこだ?
ペルルノアはもどかしく思う。
穏やかな曲は治療らしいが確かにとても心地がいい。
何とか目を開けようと瞼に力を入れたけれどもぴくりとも動くことはなく、ペルルノアの意識はまたゆっくりと沈んでいった。
「ノア、まだ寝てるのか?」
その呼びかけに、水の底から浮かび上がるようにぽかりと意識が浮かんで、ペルルノアは目を開いた。
驚くほど整った顔が上から覗きこんでいる。光を弾く金の髪に翡翠のような明るい緑の瞳。ふわりとあまい香りがして、とても幸せな気分になる。
「ああ、やっと起きたな」
美しい緑の目が細められ、ペルルノアを見つめている。めずらしく心配そうな表情だ。
「飛煌? ここは天国か?」
「何を言ってるんだ。どこか痛むか?」
問われて目を瞬いた。助かったのか。
「そうだな、あちこち痛い」
ペルルノアが体を起こそうとすると、飛煌は背中に腕を入れて手伝ってくれた。左腕全体と胸から腹にかけて包帯が巻かれている。
「しばらくは安静にしていろ。左腕とろっ骨が三本、折れてるんだ」
優しい手つきで髪をなでられ、心地よさにうっとりする。
「こんな待遇を受けるなら、怪我をしたかいがあったかもしれないな」
ペルルノアの軽口に飛煌はくいと髪を引っ張ってから手を離した。
「魔の樹海であれだけの妖魔に襲われて、手足を失うこともなく骨折だけで済んだんだ。ペルルノアには天帝の加護がついているよ」
「そうかもな」
ペルルノアは周囲を見回した。立派な天蓋付きの寝台に、見たことがない装飾が施された家具が置かれた部屋にいる。寝台の横の小卓にお守袋と小刀を入れた皮袋が並んでいるのを見てほっとした。
「……ここは飛煌の家?」
その問いに飛煌はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「塔麗国王宮、翡翠宮にようこそ」
芝居がかった声で告げられた言葉に目を丸くした。
「王宮? 王宮まで連れて来てくれたのか」
「さすがにあそこで放置するわけにはいかなかったからな」
「では、飛煌は女王に仕えているのか?」
その問いに飛煌はおかしそうに笑ってうなずいた。
「ああ、王宮勤めだ」
「そうだったのか」
それならあの隠れ家のことも納得がいく。
「助けてくれて感謝する。寝ている時に、セルリアの声が聞こえた気がするんだが」
「ああ、ここにいるぞ。足を骨折してるが、それ以外は無事だ」
「生きてたのか、よかった」
安堵の息をついていると、長い裾の衣裳を着た中年の男性が入って来た。薬師と名乗った男はてきぱきと脈を測り、喉や目を診察してからうなずいた。
「まずはこちらの薬湯を飲んでからお食事してください。怪我も大したことはないので、自由に過ごされて構いません」
薬師は丁寧に飛煌に礼をしてから部屋を出て行った。
「じゃあ、おれも用事があるからこれで」
帰る気配を察したペルルノアは思わず、飛煌の袖をつかんだ。
「用事って、樹海に行くのか?」
「いや、当分は王宮にいる。心配しなくても、また顔を見に来る」
その言葉でハッとして、袖をつかんでいた手を離した。不安に思ったつもりはないけれど、とっさに引き止めるような真似をしたことが恥ずかしかった。
でもいつどこで別れてしまうか、この国では先が読めない。もう二度と会えないこともあり得るのだ。
きまり悪かったが、飛煌がいてくれてうれしいことを伝えたくて礼を言った。
「ああ、悪い。色々ありがとう、本当に助かったよ」
飛煌はすこしくすぐったそうに目を細めると、ぽんぽんとペルルノアの頭をなでる。そして、不意に真顔になった。
「一つだけ覚えておいてくれ。もしおれと同じ顔の女に会って、何か誘われたら断れ」
「は? 同じ顔の女?」
何を言っているか理解できずに目を瞬いた。困惑するペルルノアに構わず、飛煌はずいっと近づいて目を合わせると大きくうなずく。
「そうだ。誘われたら「飛煌の誘いを受けました」って言って断るんだ」
「何の話だ?」
首をかしげてつぶやくと、遠くの方からざわめきが聞こえてきた。ハッと顔を上げた飛煌は「わかったな」と念を押して頭をなでて、さっと唇に口づけると足早に出て行った。
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