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異国の王子様4
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「二人ともお茶をどうぞ」
勝負がつくのを見計らっていた李誠が、熱い青茶とよもぎ団子を運んできた。
「ありがとう、李誠」
ペルルノアは団子に乗ったつぶあんを見てにこりとした。ペルルノアのお気に入りなのだ。
初めて食べた時に驚いた顔をしたので「ソブラリアでは豆を食べないのか?」と訊いたら「肉と一緒に煮こんでよく食べるが、あまく煮ることはない。でも母は豆の蜜煮が好きでよく作っていた」と返事があった。
それ以来、お気に入りになったつぶあんの団子を食べて、幸せそうに笑う。無邪気なペルルノアの笑顔に飛煌の胸はコトコト跳ねる。一体、何だって言うんだ。
飛煌は落ち着かない気分で団子を口に入れた。よもぎのやさしい匂いがふわりと広がる。
「春の味だな。母を思い出すよ」
ペルルノアがやさしく笑う。前に母親がよもぎ入りの蒸しパンを作っていたと話していた。
ノアの母親って確か小国の姫で政略結婚したんだっけ。香種だったというから、虚弱で料理好きな姫君だったんだろう。三十歳くらいで亡くなったようだし。
ペルルノアは青茶をおかわりし、李誠と何か話している。ペルルノアができる限り塔麗語を話してほしいというので会話は塔麗語だ。多くの時間を語学に当てているだけあって、かなり上達していた。
「腕はもう痛まないか?」
「痛まない。瀟音の清魂律の効果はすごいな。セルリアの足もかなり良くなったし」
骨折は瀟音の治療で順調に治っていて左腕を庇うことはほぼなくなった。
「今も毎日、来てるんだろ?」
「ああ。午前と午後に来て演奏してくれてる。ありがたいよ」
にこにこと感謝を述べるペルルノアの横顔には他意はないようだ。ほっとすると同時にイラっとする。
ペルルノアは知らないが、二人が急接近していると王宮ではかなり噂になっているのだ。
上級巫術師の瀟音は香種らしい優美な容姿で、背が高いペルルノアと並ぶ姿は確かに似合いに見えた。勝気な香種が多い中では、比較的穏やかでおっとりした性格だ。
だから貴種たちから人気があって、瀟音からの指名を受けたい貴種は多い。きっとペルルノアも気に入るだろうと思うと落ち着かない。いや、正直に言うならとても焦る。
「瀟音に琵琶を習ってるんだろ? どんな感じだ?」
思わず探りを入れてしまったが、ペルルノアはあっさりしたものだった。
「丁寧に教えてもらっているがけっこう難しい。左手はまだ始めたばかりで全然思い通りに動かないし」
飛煌が密かにやきもきしていることなど知らないペルルノアは瀟音のことはさらりと流して、左腕を曲げたり伸ばしたりして不満そうに息をついた。
「それなりに器用なつもりだったが、楽器を弾くと案外そうでもないのかと思うな」
「瀟音と比べるのはやめとけ。あいつは塔麗国でも一、二を争う腕前だぞ」
ペルルノアは茶杯を置くと首を振った。
「おこがましくて比べるなんてできない。瀟音が何曲か弾いてくれたが、音楽もソブラリアとかなり違うな。優雅な旋律というかゆったりした気持ちになる」
「聞いているのが治療のための曲だからだ。祭りや祭祀の時はもっと賑やかな曲もあるぞ」
「そうだったのか。楽器の違いもあるのかもな」
眉を下げたペルルノアは自分の両手を見て苦笑する。
「焦らなくてもじきに治る。護衛たちとも楽しそうだな」
「ああ。訓練もだいぶ参加できるようになったが、やっぱり筋力が落ちてる」
そういいながら、左腕を軽くさすっている。
「ノアってけっこう真面目だな」
「そんなことを言われたことはないが?」
「勉強熱心だし鍛錬も好きだし、何でも器用にこなすし、さすが貴種って感じだ」
「そう見えるのか? それは意外だな」
ペルルノアはよくわからないという顔をする。
王宮に来て、ペルルノアは忙しい毎日を送っている。
朝は護衛隊の訓練に参加し、朝食後は瀟音の治療と李誠の塔麗語、飛煌と昼食を食べて将棋や剣の稽古をして、午後は王宮の者たちと会話練習がてら散歩したり、午前中の復習や誰かと将棋をしたり。夕刻前の鍛錬に参加して瀟音の治療を受けて楽器の練習。夕食は誘いを受けた誰かと食べたり飛煌と一緒だったり。
その様子を飛煌はいくらか苦い気持ちで眺めていた。
ペルルノアが昏睡状態だった時、朝廷ではその処遇について議論になった。客人として扱えばいいという意見も、ソブラリアと関わる必要はない、殺せばいいという意見もあった。
最終的に翠耀の「殺すのはいつでもできるでしょう」のひと言で滞在が許可された。だからペルルノアが受け入れられて安堵するが、殺せと主張した者たちが笑顔でペルルノアと接しているのを見るとモヤモヤする。
ペルルノアに出会う前は自分も「途中で殺しておくか」と思ったのに勝手なものだが。
何より心配なのは王宮付きの香種たちだ。翡翠宮には数名の香種の男女がいる。いずれも力のある巫術師で、いちばんペルルノアと親しいのは音楽治療師の瀟音だ。
毎日、午前と午後に治療のために部屋を訪れ、午後の治療の後は琵琶の練習をしてお茶の時間まで取っている。ただセルリアも李誠も同席しているし、瀟音の発香期は飛煌と同時期なのでまだ安心だった。
次に親しいのが中級巫術師の蘭美だ。蘭美が次の発香期に誘うつもりなのが見え見えなのだが、ソブラリア育ちのペルルノアは気づいていない。
さっきも雪柳が咲く庭で蘭美とペルルノアが一緒にいるのを見かけて、飛煌の眉間にしわが寄ったばかりだ。
蘭美にひと言釘を刺しておくか?と迷って、それはよくないと思い直した。
貴族出身の蘭美はとても強気な性格をしている。翠耀と飛煌が翡翠宮に入城した時も父親に連れられて挨拶に来たが、値踏みする視線があからさまだった。飛煌を巫術師として認めたから仕方なく命令に従っているだけだ。
それなのに飛煌から蘭美の行動を制限するようなことを言えば反発するだろう。普段の飛煌ならそんな遠慮はせずに行動するがペルルノアが絡むと調子が狂う。
勝負がつくのを見計らっていた李誠が、熱い青茶とよもぎ団子を運んできた。
「ありがとう、李誠」
ペルルノアは団子に乗ったつぶあんを見てにこりとした。ペルルノアのお気に入りなのだ。
初めて食べた時に驚いた顔をしたので「ソブラリアでは豆を食べないのか?」と訊いたら「肉と一緒に煮こんでよく食べるが、あまく煮ることはない。でも母は豆の蜜煮が好きでよく作っていた」と返事があった。
それ以来、お気に入りになったつぶあんの団子を食べて、幸せそうに笑う。無邪気なペルルノアの笑顔に飛煌の胸はコトコト跳ねる。一体、何だって言うんだ。
飛煌は落ち着かない気分で団子を口に入れた。よもぎのやさしい匂いがふわりと広がる。
「春の味だな。母を思い出すよ」
ペルルノアがやさしく笑う。前に母親がよもぎ入りの蒸しパンを作っていたと話していた。
ノアの母親って確か小国の姫で政略結婚したんだっけ。香種だったというから、虚弱で料理好きな姫君だったんだろう。三十歳くらいで亡くなったようだし。
ペルルノアは青茶をおかわりし、李誠と何か話している。ペルルノアができる限り塔麗語を話してほしいというので会話は塔麗語だ。多くの時間を語学に当てているだけあって、かなり上達していた。
「腕はもう痛まないか?」
「痛まない。瀟音の清魂律の効果はすごいな。セルリアの足もかなり良くなったし」
骨折は瀟音の治療で順調に治っていて左腕を庇うことはほぼなくなった。
「今も毎日、来てるんだろ?」
「ああ。午前と午後に来て演奏してくれてる。ありがたいよ」
にこにこと感謝を述べるペルルノアの横顔には他意はないようだ。ほっとすると同時にイラっとする。
ペルルノアは知らないが、二人が急接近していると王宮ではかなり噂になっているのだ。
上級巫術師の瀟音は香種らしい優美な容姿で、背が高いペルルノアと並ぶ姿は確かに似合いに見えた。勝気な香種が多い中では、比較的穏やかでおっとりした性格だ。
だから貴種たちから人気があって、瀟音からの指名を受けたい貴種は多い。きっとペルルノアも気に入るだろうと思うと落ち着かない。いや、正直に言うならとても焦る。
「瀟音に琵琶を習ってるんだろ? どんな感じだ?」
思わず探りを入れてしまったが、ペルルノアはあっさりしたものだった。
「丁寧に教えてもらっているがけっこう難しい。左手はまだ始めたばかりで全然思い通りに動かないし」
飛煌が密かにやきもきしていることなど知らないペルルノアは瀟音のことはさらりと流して、左腕を曲げたり伸ばしたりして不満そうに息をついた。
「それなりに器用なつもりだったが、楽器を弾くと案外そうでもないのかと思うな」
「瀟音と比べるのはやめとけ。あいつは塔麗国でも一、二を争う腕前だぞ」
ペルルノアは茶杯を置くと首を振った。
「おこがましくて比べるなんてできない。瀟音が何曲か弾いてくれたが、音楽もソブラリアとかなり違うな。優雅な旋律というかゆったりした気持ちになる」
「聞いているのが治療のための曲だからだ。祭りや祭祀の時はもっと賑やかな曲もあるぞ」
「そうだったのか。楽器の違いもあるのかもな」
眉を下げたペルルノアは自分の両手を見て苦笑する。
「焦らなくてもじきに治る。護衛たちとも楽しそうだな」
「ああ。訓練もだいぶ参加できるようになったが、やっぱり筋力が落ちてる」
そういいながら、左腕を軽くさすっている。
「ノアってけっこう真面目だな」
「そんなことを言われたことはないが?」
「勉強熱心だし鍛錬も好きだし、何でも器用にこなすし、さすが貴種って感じだ」
「そう見えるのか? それは意外だな」
ペルルノアはよくわからないという顔をする。
王宮に来て、ペルルノアは忙しい毎日を送っている。
朝は護衛隊の訓練に参加し、朝食後は瀟音の治療と李誠の塔麗語、飛煌と昼食を食べて将棋や剣の稽古をして、午後は王宮の者たちと会話練習がてら散歩したり、午前中の復習や誰かと将棋をしたり。夕刻前の鍛錬に参加して瀟音の治療を受けて楽器の練習。夕食は誘いを受けた誰かと食べたり飛煌と一緒だったり。
その様子を飛煌はいくらか苦い気持ちで眺めていた。
ペルルノアが昏睡状態だった時、朝廷ではその処遇について議論になった。客人として扱えばいいという意見も、ソブラリアと関わる必要はない、殺せばいいという意見もあった。
最終的に翠耀の「殺すのはいつでもできるでしょう」のひと言で滞在が許可された。だからペルルノアが受け入れられて安堵するが、殺せと主張した者たちが笑顔でペルルノアと接しているのを見るとモヤモヤする。
ペルルノアに出会う前は自分も「途中で殺しておくか」と思ったのに勝手なものだが。
何より心配なのは王宮付きの香種たちだ。翡翠宮には数名の香種の男女がいる。いずれも力のある巫術師で、いちばんペルルノアと親しいのは音楽治療師の瀟音だ。
毎日、午前と午後に治療のために部屋を訪れ、午後の治療の後は琵琶の練習をしてお茶の時間まで取っている。ただセルリアも李誠も同席しているし、瀟音の発香期は飛煌と同時期なのでまだ安心だった。
次に親しいのが中級巫術師の蘭美だ。蘭美が次の発香期に誘うつもりなのが見え見えなのだが、ソブラリア育ちのペルルノアは気づいていない。
さっきも雪柳が咲く庭で蘭美とペルルノアが一緒にいるのを見かけて、飛煌の眉間にしわが寄ったばかりだ。
蘭美にひと言釘を刺しておくか?と迷って、それはよくないと思い直した。
貴族出身の蘭美はとても強気な性格をしている。翠耀と飛煌が翡翠宮に入城した時も父親に連れられて挨拶に来たが、値踏みする視線があからさまだった。飛煌を巫術師として認めたから仕方なく命令に従っているだけだ。
それなのに飛煌から蘭美の行動を制限するようなことを言えば反発するだろう。普段の飛煌ならそんな遠慮はせずに行動するがペルルノアが絡むと調子が狂う。
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