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異国の王子様3
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「おれ、邪魔したか?」
「いや? 花の説明をしてもらってただけだ。ソブラリアではこんな花は見たことがなかったからな」
蘭美がいなくなってもペルルノアは何も感じていない様子だ。そのことにほっとする。
「へえ、ソブラリアに雪柳はないのか?」
大陸の平原にあるソブラリアとは植生がかなり異なるらしい。
「ああ。数日前まで枝だけに見えたのに、花がこんなにびっしり咲くとは思わなかった」
雪柳は白くて小さい花が鈴なりに咲いていてとてもかわいい。
「この時期に咲く春を代表する花だ。山にもよく咲いてる」
午後の陽射しが温かい庭で向き合うと、飛煌は気持ちが浮き立ってくるのを感じた。
顔を見るだけでうれしくなるなんておかしいだろ。
自分でもそう思うが、ペルルノアに会いたくて毎日離れに来てしまう。そんな自分に困惑するが、王宮には貴種も香種も多いので、心配になって様子を確かめずにはいられない。
こうして蘭美と一緒にいるのを目にするとつい遠ざけてしまう。嫉妬や独占欲なんて、これまで誰にも感じたことがないので、本当にどうなってるんだと思う。
これが好きってことなのか?
ペルルノアからはいつものようにいい香りがしていた。柑橘系の爽やかな香りだ。そっと吸い込んでドキドキを落ち着けようとしたが逆効果だった。
「ああそうだ。馬車の積み荷からハーブの種を見つけたんだが」
「ノアが肉にかけてた香草か?」
「そうだ。庭に蒔くのはまずいよな?」
「薬草くらい、どこに蒔いてもいいと思うけど」
「でもかなり繁殖力が強いから、他の植物に影響があるかもしれない」
「ああそうか。だったら最初は鉢植え? でもたぶん地植えのほうがよく育つよな」
話しながら西の離れに向かう。すれ違う侍従や護衛や香種が挨拶してくるとペルルノアは塔麗語で「ご機嫌よう」と返している。
王宮に来た当初、香種が普通に王宮を歩き回っていることにペルルノアは驚いていたが、もうすっかり慣れたようだ。
「それにしても、飛煌は王族なのに、護衛もつけずに歩き回っていいのか?」
最初に王宮内を案内した時、そう言われてドキッとした。
飛煌の護衛貴種は呉央だ。普段なら呉央が身の回りにいるのだが、さすがに今、顔を合わせるのはまずいと裏方の仕事をさせていた。
「おれは塔麗国でいちばん強い巫術師なんだけど」
嘘とは言えないが、隠し事をしている気まずさで飛煌はつい目をそらしてしまった。
「確かに。あの剣術に敵う者はいないか」
ペルルノアは屈託なく笑って納得していたが、そのうち呉央を紹介する機会を作らなければ。
「芽が出たら株分けできるが欲しい者はいるのか?」
ペルルノアの質問にハッと顔を上げる。
「ああ、いい香りだったから料理人が欲しがると思う。薬師も興味を持つだろうな」
ハーブは数種類あるというので、後で薬師にも種を見てもらうことにした。
「けっこう強い植物だからわりと適当に植えても育つはずだ」
ソブラリアでは庭に植えておけば毎日の料理に使える程度に育っていたという。
「話してたら久しぶりにスパイスで味つけした肉が食べたくなった」
「そうか。早く育つといいな」
立ち上がった飛煌は、露台を指さした。
「今日もひと勝負するか?」
ペルルノアがうなずいたので、露台に将棋盤を出した。ペルルノアに将棋を教えてから、毎日、勝負している。
飛煌は大きな座布団に片膝を立てて座り、ペルルノアはあぐらで座っている。床に座る習慣がなかったペルルノアもあぐらに慣れたようだ。
「やっぱり似合うな、その色」
春らしい萌黄色の衣裳は飛煌が贈ったものだ。ペルルノアによく似合っていて、飛煌はにこにこしてしまう。
「色もいいがとても着心地がいい。飛煌ありがとう」
王宮に来た直後からペルルノアは塔麗国の衣裳を着るようになった。骨折していても動きやすくて気に入ったといって、何枚か仕立てているところだ。飛煌は採寸や生地選びに付き合ったが、ペルルノアはあまり派手な衣裳は好まないようだった。
だけどどうせなら、最高級の衣裳を着せてみたい。いま着ている実用重視の短袍ではなく、貴族が着るような長袍がいい。刺繍が贅沢に入った衣裳が絶対似合う。背が高いし体格がいいからきっと見栄えがするだろう。よし、注文しておくか。
ペルルノアが次の駒をどうするか考えている間に、飛煌は頭の中で衣裳の段取りを考える。
しばらくしてペルルノアが駒を置き、飛煌はパチリとその手前に手駒を置く。するとペルルノアが膝を叩いた。
「あー、そうか、ここに置けばよかったのか」
「そうそう。今のひとつ前の手で、この駒を先に動かしておくと相手はあと二手で動けなくなる」
「ああ、なるほど。一度、退くのか」
ペルルノアがうむうむと唸りながら将棋盤を見つめている。何度も勝負しているが、似たようなゲームがソブラリアにもあるといい、上達は早い。
言葉のいらない将棋はほかの侍従や護衛たちとの交流に役立っているようで、庭のあずまやや露台で誰かと勝負している姿をよく見かけた。
それでわかったことは、ペルルノアはかなり負けず嫌いだということだ。そして意外と戦略家だ。負けそうな時でも虚勢を張るのがうまく、駆け引きじょうずだ。
「そうでなければ、貴種至上主義の国で、王位継承権を持つ唯一の貴種の王子が無事ではいられないでしょう」と呉央は言っていた。
人がよさそうに見えても戦好きのブラッシア二世の息子だ。気を抜かないようにと翠耀からも忠告された。
ソブラリアは一体どんな国だろうと飛煌は思う。アルファが最も強くて重視される国。そんな国で育った貴種の男は、何が狙いで塔麗国に来たんだろう。
さりげなく訊ねても、ソブラリアの内情やブラッシア二世に関する質問には、平然と素知らぬふりをする。かと思えば、自分のことは素直に教えてくれたりもするが、意外と冷静な目で状況を見ていると感じる時もある。
総じて、食えない人物だと判断している。
「いや? 花の説明をしてもらってただけだ。ソブラリアではこんな花は見たことがなかったからな」
蘭美がいなくなってもペルルノアは何も感じていない様子だ。そのことにほっとする。
「へえ、ソブラリアに雪柳はないのか?」
大陸の平原にあるソブラリアとは植生がかなり異なるらしい。
「ああ。数日前まで枝だけに見えたのに、花がこんなにびっしり咲くとは思わなかった」
雪柳は白くて小さい花が鈴なりに咲いていてとてもかわいい。
「この時期に咲く春を代表する花だ。山にもよく咲いてる」
午後の陽射しが温かい庭で向き合うと、飛煌は気持ちが浮き立ってくるのを感じた。
顔を見るだけでうれしくなるなんておかしいだろ。
自分でもそう思うが、ペルルノアに会いたくて毎日離れに来てしまう。そんな自分に困惑するが、王宮には貴種も香種も多いので、心配になって様子を確かめずにはいられない。
こうして蘭美と一緒にいるのを目にするとつい遠ざけてしまう。嫉妬や独占欲なんて、これまで誰にも感じたことがないので、本当にどうなってるんだと思う。
これが好きってことなのか?
ペルルノアからはいつものようにいい香りがしていた。柑橘系の爽やかな香りだ。そっと吸い込んでドキドキを落ち着けようとしたが逆効果だった。
「ああそうだ。馬車の積み荷からハーブの種を見つけたんだが」
「ノアが肉にかけてた香草か?」
「そうだ。庭に蒔くのはまずいよな?」
「薬草くらい、どこに蒔いてもいいと思うけど」
「でもかなり繁殖力が強いから、他の植物に影響があるかもしれない」
「ああそうか。だったら最初は鉢植え? でもたぶん地植えのほうがよく育つよな」
話しながら西の離れに向かう。すれ違う侍従や護衛や香種が挨拶してくるとペルルノアは塔麗語で「ご機嫌よう」と返している。
王宮に来た当初、香種が普通に王宮を歩き回っていることにペルルノアは驚いていたが、もうすっかり慣れたようだ。
「それにしても、飛煌は王族なのに、護衛もつけずに歩き回っていいのか?」
最初に王宮内を案内した時、そう言われてドキッとした。
飛煌の護衛貴種は呉央だ。普段なら呉央が身の回りにいるのだが、さすがに今、顔を合わせるのはまずいと裏方の仕事をさせていた。
「おれは塔麗国でいちばん強い巫術師なんだけど」
嘘とは言えないが、隠し事をしている気まずさで飛煌はつい目をそらしてしまった。
「確かに。あの剣術に敵う者はいないか」
ペルルノアは屈託なく笑って納得していたが、そのうち呉央を紹介する機会を作らなければ。
「芽が出たら株分けできるが欲しい者はいるのか?」
ペルルノアの質問にハッと顔を上げる。
「ああ、いい香りだったから料理人が欲しがると思う。薬師も興味を持つだろうな」
ハーブは数種類あるというので、後で薬師にも種を見てもらうことにした。
「けっこう強い植物だからわりと適当に植えても育つはずだ」
ソブラリアでは庭に植えておけば毎日の料理に使える程度に育っていたという。
「話してたら久しぶりにスパイスで味つけした肉が食べたくなった」
「そうか。早く育つといいな」
立ち上がった飛煌は、露台を指さした。
「今日もひと勝負するか?」
ペルルノアがうなずいたので、露台に将棋盤を出した。ペルルノアに将棋を教えてから、毎日、勝負している。
飛煌は大きな座布団に片膝を立てて座り、ペルルノアはあぐらで座っている。床に座る習慣がなかったペルルノアもあぐらに慣れたようだ。
「やっぱり似合うな、その色」
春らしい萌黄色の衣裳は飛煌が贈ったものだ。ペルルノアによく似合っていて、飛煌はにこにこしてしまう。
「色もいいがとても着心地がいい。飛煌ありがとう」
王宮に来た直後からペルルノアは塔麗国の衣裳を着るようになった。骨折していても動きやすくて気に入ったといって、何枚か仕立てているところだ。飛煌は採寸や生地選びに付き合ったが、ペルルノアはあまり派手な衣裳は好まないようだった。
だけどどうせなら、最高級の衣裳を着せてみたい。いま着ている実用重視の短袍ではなく、貴族が着るような長袍がいい。刺繍が贅沢に入った衣裳が絶対似合う。背が高いし体格がいいからきっと見栄えがするだろう。よし、注文しておくか。
ペルルノアが次の駒をどうするか考えている間に、飛煌は頭の中で衣裳の段取りを考える。
しばらくしてペルルノアが駒を置き、飛煌はパチリとその手前に手駒を置く。するとペルルノアが膝を叩いた。
「あー、そうか、ここに置けばよかったのか」
「そうそう。今のひとつ前の手で、この駒を先に動かしておくと相手はあと二手で動けなくなる」
「ああ、なるほど。一度、退くのか」
ペルルノアがうむうむと唸りながら将棋盤を見つめている。何度も勝負しているが、似たようなゲームがソブラリアにもあるといい、上達は早い。
言葉のいらない将棋はほかの侍従や護衛たちとの交流に役立っているようで、庭のあずまやや露台で誰かと勝負している姿をよく見かけた。
それでわかったことは、ペルルノアはかなり負けず嫌いだということだ。そして意外と戦略家だ。負けそうな時でも虚勢を張るのがうまく、駆け引きじょうずだ。
「そうでなければ、貴種至上主義の国で、王位継承権を持つ唯一の貴種の王子が無事ではいられないでしょう」と呉央は言っていた。
人がよさそうに見えても戦好きのブラッシア二世の息子だ。気を抜かないようにと翠耀からも忠告された。
ソブラリアは一体どんな国だろうと飛煌は思う。アルファが最も強くて重視される国。そんな国で育った貴種の男は、何が狙いで塔麗国に来たんだろう。
さりげなく訊ねても、ソブラリアの内情やブラッシア二世に関する質問には、平然と素知らぬふりをする。かと思えば、自分のことは素直に教えてくれたりもするが、意外と冷静な目で状況を見ていると感じる時もある。
総じて、食えない人物だと判断している。
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