【神とも魔神とも呼ばれた男】

初心TARO

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第1章(序章)絶望の果て

第20話 逃避

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「久しぶりだな、ヤーナ。 それにしても大きくなったな。 それに、美人さんだ」


「美人さんなんて …。 でも、もう12歳なんだよ。 イースこそ、大人みたいに背が高くなったわ。 でも …」

 ヤーナは、少し暗い顔をした。


「どうした?」


「ムートで悪いことをしたんでしょ。 弱い女の子を傷つけたって聞いた。 昔は、優しかったのに。 なんで、そんな事をしたの?」

 ヤーナは、残念そうな、悲しそうな顔をした。
 ムートでの事が伝わっているようだが、家族なら、話せば誤解は解けると思った。


「俺は、何も悪いことはしてないよ。 デタラメな話を皆んなが信じて、誰も俺の事を分かってくれないんだ。 ヤーナなら、俺の事を信じてくれるよな」


「父さんと、母さんを呼んでくる」

 ヤーナは俺の問いに答えず、奥に行ってしまった。

 そして、しばらくして父が来た。


「おまえと話す必要がある。 入りなさい」

 父は、冷たく睨んだ後、ため息を吐き、先に行ってしまった。
 自分の家なのに、他人の家に招かれているような気がした。

 部屋に入ると、父、母、妹の3人が並んで座っていた。俺は、それに相対して座った。

 父の前には、貴族の封印のある封筒が置かれていた。


「村長宛に、この公文書が届いた。 封筒の封印は、シモン伯爵のものだ。 彼が慈しみのある立派な方だということは、国中の誰もが知ってる。 今回は、シモン伯爵の温情で罪に問われなかったが、イースがこのような非道な事をしたとは、親として悔しくて情け無い」

 父は、涙を流していた。

 ビクトリアを奪うため、ここまでするシモンの意図が分からない。

 ふと見ると、隣にいる母と妹も泣いていた。それを見て我慢できなくなり、俺は泣き叫ぶように言い訳をしてしまった。


「俺は何もしてない。 シモンがビクトリアを奪うために仕組んだ嘘だ。 それが、全てなんだ。 どうか、信じてくれよ!」


「ビクトリアとは誰だ?」


「ムートで、将来を近いあった娘なんだ」


「じゃあ、その娘を連れて来なさい」


「その娘もシモンに騙されて、俺から離れて行った」


「話にならんな」

 父は、ため息を吐いた。


「本当なんだ! 皆んな、シモンに騙されてるんだ!」


「イース、やめなさい! 間違いを犯したんなら、反省して償わなければならないの! 人のせいにするなんて …。 あなたは、ムートに行って何を学んだの? あんなに良い子だったのに、変わってしまった …」

 優しかった母の、泣きながら怒る姿を見たら、何も言えなくなってしまった。
 もう、誰も信じてくれないと諦めた。


「イース、おまえを勘当する。 今すぐ出て行きなさい」 

 父に言われ、俺は無言で家を出た。


 しばらく行くと、村長と数人の村人が立っていた。


「イース。 おまえは何をしにムートに行ったんだ? シモン伯爵の温情があったとはいえ、村に受け入れる訳にいかない。 2度と戻ってくるな」

 村長の容赦ない言葉が、心に突き刺さる。


「おまえは、非道な恥知らずだ」


「女の尻を追いかけにムートに行ったのか!」

 村人の嘲りが聞こえた。

 気力なく反論もできず、俺は逃げるように故郷の村を後にした。


 ベルナ王国には、俺の居場所がなくなってしまった。
 だから、自分の国を捨てる決心をした。


 北の大国であるタント王国には、陽気を使う騎士や人を惑わすような魔法使いはいないと聞いた。俺は、普通の人間として生きたいと願った。もう、全てにうんざりしていたのだ。

 この山を超えれば、違う人生が待っている。俺を裏切った人々がいない新天地にたどり着ける。
 悪意、裏切り、挫折、恨み、これら負の思いを捨て去り、俺は新しい人生に賭ける。たとえ、それが孤独なものであったとしても構わない。自分を忌み嫌う人々がいない世界ならどこでも良かった。

 俺は、村を出てから10日間も、何も食べずに歩いている。
 これは、ムートで騎士の修練を5年もした成果だ。陽気というエネルギーを全身に循環させることにより、ただならぬパワーを発揮し、その副産物として 約30日間も飲み食いせずに体を維持できるようになった。
 ムートは、忌まわしい超人養成機関だった。


 前方の険しい山を見据え、物思いにふけっていると、突然、馬の駆ける音が聞こえてきた。

 俺は、目を疑った。
 そこには、馬に跨る屈強な騎士の姿があった。


「おい、小僧。 恨みに思うな! 上級魔法使いの家系のご子息、シモン様の機嫌を損ねた報いなのだ。 ここで死ぬが良い!」

 そう叫ぶと、騎士は馬上から、俺の胸へ目掛け、剣を振り下ろして来た。
 次の瞬間、騎士のオレンジ色の陽気が俺を包んだ。すると、体が硬直し動かなくなってしまった。

 対抗して、自分の陽気を相手にぶつけると、なんとか体が動きだした。

 ムートで5年も騎士の修練をしたといっても、俺はまだ見習いだ。
 とても、本物の騎士に敵わない。

 おまけに、俺は短剣しか持っておらず、勝負にならなかった。


カキンッ

ズシュ


 何とか短剣で受け止めたが、切り返す剣で左肩を切られてしまった。

 次は、心臓を貫いてくるだろう。俺は、咄嗟に深い谷に身を投げた。


「チッ、逃げたか。 だが、ここに落ちて助かるはずがない。 哀れだが、シモン様の恨みをかった報いだな。 しかし、ビクトリアという女を取り上げるため、その恋人を狙うなんて、シモン様も恐ろしいお人だ。 俺もこんなことはしたくないのだが、貴族には逆らえない」

 騎士は、吐き捨てるように呟くと、帰って行った。

 
 俺は、崖を滑り落ちながら、手当たりしだい何かを掴もうとした。
 そして、運よく、細い木の枝を掴み、ぶら下がることができた。
 しかし、這い上がるなんてとてもできない。左肩を切られたため力が入らないのだ。

 陽気を、左肩に集中させてみた。
 すると、なんとか左手を動かすことができるようになった。

 少しずつ、少しずつ、上に登った。
 そして、1時間近くかけて、崖を這い上がることができた。


 しかし、大変なのはこれからだった。国境を越えるため、険しい山道を歩かなければならない。

 そして、地獄のような時間が続いた。意識がもうろうとする中、それでも、なんとか歩き続けた。

 追手が来るのではないかという恐怖心があり、立ち止まることができなかった。

 自分が生きて行く意味が分からないのに、それでも歩き続けた。どんなに辛くとも歩き続けた。


 一昼夜、歩き続けると、ついにベルナ王国の国境を超えることができた。

 俺は、嬉しかった。達成感があった。安心感もあった。そして、幸福感さえ感じた。
 疲れから、人々に裏切られた哀しみも忘れていた。


 山を越えると、そこにはタント王国の、広大な平原が広がっていた。
 どこまでも広がる大地には、人の姿はなかった。爽やかな風が吹いており心地良く感じた。

 しかし、強い日差しに目が眩んだ時、突然、俺の力が尽きてしまった。
 
 身体が大地に横たわると、左肩の痛みが嘘のように消えてなくなった。苦痛がなくなると、心地よささえ感じた。
 

 すると、意識の中で懐かしい顔が見えてきた。

 まだ、俺が幼かった頃の、優しい笑顔ばかりだ。

 そこには、笑いかける父の顔があった。
 愛情たっぷりに微笑む母の顔があった。
 悪戯っぽく俺を見つめる妹の顔があった。
 懐かしい友人の顔、優しげな村人たちの顔があった。

 そして、養成所ムートでの仲間たち。
 俺を弟のように可愛がってくれたナーゼの、優しい笑顔があった。
 親友ベアスの、爽やかに笑う顔があった。
 将来を誓った恋人ビクトリアの、優しい眼差しと笑顔があった。

 凄く幸せな気分になれた。
 このまま死ねたら、良いとさえ思えてきた。

 生への執着から解放された。悲しみや憎しみも消え去った。


「イースは、光の子どもなんだよ。 だから、凄いんだよ!」
 
 幼い妹ヤーナが喋る姿と、優しかった頃の父と母の笑顔が見えた。

 だが、これが最後のようだ。

 次第に何も見えなくなり、意識も消えてなくなった。


~~~~~~~~~~~~~~

第1章(序章)絶望の果て 〈完〉

初心TARO
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