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第3章 贋作師のテクニック
第8話 アンナ11歳
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日はすでに西に傾いていた。アンナの肖像画を小脇に抱えたまま、強い西日が差し込む正面玄関のファサードから外に飛びだしたキースは、西日の眩しさに目を細めた。すると、その視界に一台の黒いバイクが入り込んできたのだ。
「あれがイヴァンって、野郎か?」
車体と同じ黒のフルフェイスのヘルメットのせいで、そのライダーの顔はよく分からなかったが、全身、黒ずくめの格好と、けたたましい、4気筒のエンジン音が合いまみれて、何ともいえない殺那的な雰囲気を醸し出しているではないか。
それにしても……
「あのデレデレしたお嬢様の態度って、どうなんだよ!」
ゼファー1100の後部座席で操縦者に、ぴったりとくっついている小学生。大型バイクの風体には全くそぐわない花模様のワンピース姿。それでも、キースは彼女の無事な姿を見たとたんに、
「おーい、ミリー、こっちだ!」
嬉しくなって大声でその名前を呼んでしまった。黒塗りのバイクが砂煙をあげて、彼の前に止まったのは、その直後だった。
だが、
「キース! パトラッシュも来てくれたのっ」
ミルドレッドがバイクから降りた……瞬間、
キースは、小脇に抱えた肖像画が、何かに驚いたように腕の中で飛び跳ねた……ような気がしたのだ。肖像画はそのまま彼の手をすり抜け、地面に落ちてしまった。
ヘルメットを少し上にあげ、肖像画に目をむけたゼファーのライダー。
その時の意味深な表情……って?
陰鬱な灰色をした寂しげな瞳。
けれども、少女の肖像画を見て、彼はかすかに笑った。
“こいつ……何、笑ってやがる”
けっこうイケ面なところが、余計に気にくわない。けれども、キースが、声をあげようとした瞬間、彼はヘルメットを装着し直し、バイクをUターンさせてしまった。
「イヴァン、肖像画は見なくていいの!」
そう言ったミルドレッドに背中ごしに手をあげる。そして、彼はそのまま、バイクを発進させ、その場から去って行ってしまった。
「何だよ。あいつ、自分から見たいって言っておいて」
「あら、そんな言い方ってないわ。イヴァンは、マフィアから私を助けてくれたんだから。そりゃぁ、凄かったのよ。バイクであいつらをバタバタ蹴散らして」
キースは、強く顔をしかめた。グレン男爵の私有地の中に、あんな男が居合わせること自体、おかしいじゃないか。……まさか、あのマフィアを切り刻んだのって……
ところが、ミルドレッドは、
「あら、マフィアなんて全然怖くなかったし、あの人って見かけによらず、すごく優しかったのよ」
と、渋い表情のキースとは反対に、けろりと笑ってみせるのだった。
* *
午後10時。
窓の外に白い月の薄明かりが灯るシティ・アカデミアのアトリエで、キースは”ヴァージナルの前に座る婦人”をしげしげと見つめていた。
だいたい、常識で考えてみたって、人間の子供が絵の中なんかに入り込むわけがないんだ。
”だよな?”と、足元で、丸い瞳を瞬かせている相棒のパトラッシュに同意を求めてみたものの、何かが心に引っかかって、もう一度、その絵をじっと見つめてみる。
その時、
「あら、本当にその絵には男の子が入り込んでるんだってば」
背後から聞こえてきた声に、キースはぎょっと後ろを振り向いた。枕を抱えた少女が、アトリエの戸口に立っている。
「ミリー?」
ふらふらと、自分の近くに歩いてきた少女の顔を不審げに覗き込んだ後で、寝ぼけてやがると苦笑する。そういえば、今日は色んなことがありすぎて、こいつもかなり疲れてたみたいだったからな。……が、ふと、おかしいぞと眉をひそめる。
生徒の寄宿舎から彼のアトリエに辿り着くには、けっこう幾つもの廊下と階段を通る必要があるのだ。寝ぼけながら、来れる距離じゃない……。
すると、
「それに、夕方に会ったバイクの男とは、以前に会ったことがあるわ!」
寝ぼけてるわりには、そんな風にまくし立ててくる、ミルドレッドの声って?
違う、これって、ミリーの声じゃない……。
キースの心臓がどきりと高鳴りだした。やっぱり、この娘が帰ってくる前に聞いたと思ったあの声は気のせいなんかじゃなかったんだ。あの幽霊とは去年のクリスマスにお別れしたと思っていたのに。
……けれども、姿はミルドレッドでも、この声は間違いなくあの時の少女だ……月灯りに照らされたアトリエの中の画家は、壁に立てかけてあった、赤いドレスの少女の肖像画に目を向けて言った。
「アンナ11歳! ……お前、ミルドレッドの中に入り込んで、一体、何をしようっていうんだよ!」
「あれがイヴァンって、野郎か?」
車体と同じ黒のフルフェイスのヘルメットのせいで、そのライダーの顔はよく分からなかったが、全身、黒ずくめの格好と、けたたましい、4気筒のエンジン音が合いまみれて、何ともいえない殺那的な雰囲気を醸し出しているではないか。
それにしても……
「あのデレデレしたお嬢様の態度って、どうなんだよ!」
ゼファー1100の後部座席で操縦者に、ぴったりとくっついている小学生。大型バイクの風体には全くそぐわない花模様のワンピース姿。それでも、キースは彼女の無事な姿を見たとたんに、
「おーい、ミリー、こっちだ!」
嬉しくなって大声でその名前を呼んでしまった。黒塗りのバイクが砂煙をあげて、彼の前に止まったのは、その直後だった。
だが、
「キース! パトラッシュも来てくれたのっ」
ミルドレッドがバイクから降りた……瞬間、
キースは、小脇に抱えた肖像画が、何かに驚いたように腕の中で飛び跳ねた……ような気がしたのだ。肖像画はそのまま彼の手をすり抜け、地面に落ちてしまった。
ヘルメットを少し上にあげ、肖像画に目をむけたゼファーのライダー。
その時の意味深な表情……って?
陰鬱な灰色をした寂しげな瞳。
けれども、少女の肖像画を見て、彼はかすかに笑った。
“こいつ……何、笑ってやがる”
けっこうイケ面なところが、余計に気にくわない。けれども、キースが、声をあげようとした瞬間、彼はヘルメットを装着し直し、バイクをUターンさせてしまった。
「イヴァン、肖像画は見なくていいの!」
そう言ったミルドレッドに背中ごしに手をあげる。そして、彼はそのまま、バイクを発進させ、その場から去って行ってしまった。
「何だよ。あいつ、自分から見たいって言っておいて」
「あら、そんな言い方ってないわ。イヴァンは、マフィアから私を助けてくれたんだから。そりゃぁ、凄かったのよ。バイクであいつらをバタバタ蹴散らして」
キースは、強く顔をしかめた。グレン男爵の私有地の中に、あんな男が居合わせること自体、おかしいじゃないか。……まさか、あのマフィアを切り刻んだのって……
ところが、ミルドレッドは、
「あら、マフィアなんて全然怖くなかったし、あの人って見かけによらず、すごく優しかったのよ」
と、渋い表情のキースとは反対に、けろりと笑ってみせるのだった。
* *
午後10時。
窓の外に白い月の薄明かりが灯るシティ・アカデミアのアトリエで、キースは”ヴァージナルの前に座る婦人”をしげしげと見つめていた。
だいたい、常識で考えてみたって、人間の子供が絵の中なんかに入り込むわけがないんだ。
”だよな?”と、足元で、丸い瞳を瞬かせている相棒のパトラッシュに同意を求めてみたものの、何かが心に引っかかって、もう一度、その絵をじっと見つめてみる。
その時、
「あら、本当にその絵には男の子が入り込んでるんだってば」
背後から聞こえてきた声に、キースはぎょっと後ろを振り向いた。枕を抱えた少女が、アトリエの戸口に立っている。
「ミリー?」
ふらふらと、自分の近くに歩いてきた少女の顔を不審げに覗き込んだ後で、寝ぼけてやがると苦笑する。そういえば、今日は色んなことがありすぎて、こいつもかなり疲れてたみたいだったからな。……が、ふと、おかしいぞと眉をひそめる。
生徒の寄宿舎から彼のアトリエに辿り着くには、けっこう幾つもの廊下と階段を通る必要があるのだ。寝ぼけながら、来れる距離じゃない……。
すると、
「それに、夕方に会ったバイクの男とは、以前に会ったことがあるわ!」
寝ぼけてるわりには、そんな風にまくし立ててくる、ミルドレッドの声って?
違う、これって、ミリーの声じゃない……。
キースの心臓がどきりと高鳴りだした。やっぱり、この娘が帰ってくる前に聞いたと思ったあの声は気のせいなんかじゃなかったんだ。あの幽霊とは去年のクリスマスにお別れしたと思っていたのに。
……けれども、姿はミルドレッドでも、この声は間違いなくあの時の少女だ……月灯りに照らされたアトリエの中の画家は、壁に立てかけてあった、赤いドレスの少女の肖像画に目を向けて言った。
「アンナ11歳! ……お前、ミルドレッドの中に入り込んで、一体、何をしようっていうんだよ!」
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