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第3章 贋作師のテクニック
第12話 狙われているのは、こいつか自分か?
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畜生、とぼけやがって……俺はお前があの肖像画を見て、笑ったのをはっきり見てたんだぞ。
一旦、とんでもなく大胆になってしまった勢いは、もう止められない。ならばと、キースは最も禁忌な質問を彼に投げかけてしまうのだ。
「あんたのフルネームを俺は知ってるぞ。”イヴァン・クロウ”……っていうんじゃないのか」
その瞬間、少し後ずさる。けれども、イヴァンは意外なことに、キースの方に視線を向けると、ひどく穏やかな笑みを浮かべた。そして、突然、彼の肩に手を回して、ぐいと自分の方へ引き寄せたのだ。
「ち、ちょっと……待って!」
長身のイヴァンの胸元に入り込んでしまったキースは、まるで彼に抱きとめられてるみたいな格好になってしまった。これって、誰かに見られたら、俺とこいつが怪しい関係みたいに見えるんじゃないのかっ。そりゃあ、今のロンドンじゃ、そんなカップルなんて珍しくもないけど。
もの凄く焦る。焦る……。だが、
「騒ぐな。後ろにあの東洋人がいる」
「東洋人って……も、もしかして、マフィア?」
小声で呟く声にこくんと小さく頷くと、イヴァンは、
「有難いことに一人……だ。こっちを狙ってる」
狙われてるのは、こいつか? それとも自分か? 区別がつかずにキースは戸惑った。けれども、いくらなんでも、この美術館の中で、ピストルを撃ってくるようなことは……。
……が、
「奴らは場所なんか気にしないぞ。特に下っ端の奴はな」
「なら、どうしたらいいんだよ」
「二手に別れよう。左右にちょうど隠れるのにいい柱がある。あの銃口が、お前と俺とどちらを狙っているかは知らないが、なるべく姿勢を低くして逃げないと、頭を撃ち抜かれるぞ」
背後に殺人者を従えた青年画家は、泣きたいような気分になってしまった。こんな所で死ぬのは嫌だ。
「1、2の3!」
その声と共に、二人は、半ば転がるような体制で左右に分かれた。不意をつかれたのか、銃声は数秒後に響いてきた。……が、キースの方に弾は飛んで来ず、後から聞こえる銃声もすべてイヴァンの行く方向へ飛んでいった。
やっぱり、彼らの狙いはあいつの方か! 脳裏にグレン男爵の敷地で血まみれで息絶えていた、東洋マフィアの散々な姿が浮かんでくる。
これは明らかに報復だ。奴らを殺ったのは、やっぱり、あの野郎だったんだな。
銃を手にしたマフィアが、柱の向こうに逃げたイヴァンを追いかけてゆく。キースは、よせばいいものを、その後を追い、そして、見てしまったのだ。
追っ手の目をくらませた隙に、その背後に廻ったイヴァンが、手にしたハンティングナイフの切っ先を敵の首筋に向け、振り下ろそうとする瞬間を。
「イヴァン・クロウ! 殺すんじゃない! お前のお気に入りの“聖ミカエルの絵”に血飛沫が飛ぶぞ!」
そう叫んだ瞬間、キースは時間が止ったような気がした。
イヴァンの赤みがかった瞳が、虚をつかれたように、キースの方に向けられた。そりゃそうだろう。彼自身だって、自分がそんなことを言ってしまったことが、信じられなかったのだから。
警備員が走ってくる。それと同時に、聖堂美術館の警報が、けたたましく鳴った。その隙をついて、東洋マフィアは、イヴァンの脇の下をすり抜けて逃げていった。
そ知らぬ顔で、ナイフをブーツに装着した鞘にしまう男。それ目の当たりにして戸惑いながらも、キースは、
「そのナイフ……今、巷で騒がれている切裂き魔って、やっぱりお前だったんだな。でも、例え殺人犯であっても、ミリーにしても、俺にしてもお前に助けられたってことには、とりあえず、お礼を言っとく」
きつい口調でそう言ったものの……
また、穏やかに笑みを浮かべる彼の微笑に、キースはたじろぐと同時に、ちょっと心を惹かれてしまった。
彼の背後では、あの“聖ミカエル”が絵の中で天使の羽を広げている。
殺人鬼じゃないか。……どうして、こいつって、この絵の前だと、こんなに優しげに微笑むんだ?
……と、その時、
「……!」
突然、背後から銃声が鳴り響いた。
「おぃっ!」
その直後に前に倒れこんだイヴァンの姿に驚き、キースは慌てて彼に手を伸ばした。
どうやら、腕を撃たれたらしく、彼の肩の辺りから血が流れでている。先ほど、逃げていったマフィアが、警備員を振り切って出口に走ってゆく。うろたえながら、そちらに目を向けた時、
「あんたたち、一体どういうつもりなの! ここは、銃撃戦をする場所じゃないのよ!」
冷徹の女教師。レイチェルが彼らの前に姿を現した。
一旦、とんでもなく大胆になってしまった勢いは、もう止められない。ならばと、キースは最も禁忌な質問を彼に投げかけてしまうのだ。
「あんたのフルネームを俺は知ってるぞ。”イヴァン・クロウ”……っていうんじゃないのか」
その瞬間、少し後ずさる。けれども、イヴァンは意外なことに、キースの方に視線を向けると、ひどく穏やかな笑みを浮かべた。そして、突然、彼の肩に手を回して、ぐいと自分の方へ引き寄せたのだ。
「ち、ちょっと……待って!」
長身のイヴァンの胸元に入り込んでしまったキースは、まるで彼に抱きとめられてるみたいな格好になってしまった。これって、誰かに見られたら、俺とこいつが怪しい関係みたいに見えるんじゃないのかっ。そりゃあ、今のロンドンじゃ、そんなカップルなんて珍しくもないけど。
もの凄く焦る。焦る……。だが、
「騒ぐな。後ろにあの東洋人がいる」
「東洋人って……も、もしかして、マフィア?」
小声で呟く声にこくんと小さく頷くと、イヴァンは、
「有難いことに一人……だ。こっちを狙ってる」
狙われてるのは、こいつか? それとも自分か? 区別がつかずにキースは戸惑った。けれども、いくらなんでも、この美術館の中で、ピストルを撃ってくるようなことは……。
……が、
「奴らは場所なんか気にしないぞ。特に下っ端の奴はな」
「なら、どうしたらいいんだよ」
「二手に別れよう。左右にちょうど隠れるのにいい柱がある。あの銃口が、お前と俺とどちらを狙っているかは知らないが、なるべく姿勢を低くして逃げないと、頭を撃ち抜かれるぞ」
背後に殺人者を従えた青年画家は、泣きたいような気分になってしまった。こんな所で死ぬのは嫌だ。
「1、2の3!」
その声と共に、二人は、半ば転がるような体制で左右に分かれた。不意をつかれたのか、銃声は数秒後に響いてきた。……が、キースの方に弾は飛んで来ず、後から聞こえる銃声もすべてイヴァンの行く方向へ飛んでいった。
やっぱり、彼らの狙いはあいつの方か! 脳裏にグレン男爵の敷地で血まみれで息絶えていた、東洋マフィアの散々な姿が浮かんでくる。
これは明らかに報復だ。奴らを殺ったのは、やっぱり、あの野郎だったんだな。
銃を手にしたマフィアが、柱の向こうに逃げたイヴァンを追いかけてゆく。キースは、よせばいいものを、その後を追い、そして、見てしまったのだ。
追っ手の目をくらませた隙に、その背後に廻ったイヴァンが、手にしたハンティングナイフの切っ先を敵の首筋に向け、振り下ろそうとする瞬間を。
「イヴァン・クロウ! 殺すんじゃない! お前のお気に入りの“聖ミカエルの絵”に血飛沫が飛ぶぞ!」
そう叫んだ瞬間、キースは時間が止ったような気がした。
イヴァンの赤みがかった瞳が、虚をつかれたように、キースの方に向けられた。そりゃそうだろう。彼自身だって、自分がそんなことを言ってしまったことが、信じられなかったのだから。
警備員が走ってくる。それと同時に、聖堂美術館の警報が、けたたましく鳴った。その隙をついて、東洋マフィアは、イヴァンの脇の下をすり抜けて逃げていった。
そ知らぬ顔で、ナイフをブーツに装着した鞘にしまう男。それ目の当たりにして戸惑いながらも、キースは、
「そのナイフ……今、巷で騒がれている切裂き魔って、やっぱりお前だったんだな。でも、例え殺人犯であっても、ミリーにしても、俺にしてもお前に助けられたってことには、とりあえず、お礼を言っとく」
きつい口調でそう言ったものの……
また、穏やかに笑みを浮かべる彼の微笑に、キースはたじろぐと同時に、ちょっと心を惹かれてしまった。
彼の背後では、あの“聖ミカエル”が絵の中で天使の羽を広げている。
殺人鬼じゃないか。……どうして、こいつって、この絵の前だと、こんなに優しげに微笑むんだ?
……と、その時、
「……!」
突然、背後から銃声が鳴り響いた。
「おぃっ!」
その直後に前に倒れこんだイヴァンの姿に驚き、キースは慌てて彼に手を伸ばした。
どうやら、腕を撃たれたらしく、彼の肩の辺りから血が流れでている。先ほど、逃げていったマフィアが、警備員を振り切って出口に走ってゆく。うろたえながら、そちらに目を向けた時、
「あんたたち、一体どういうつもりなの! ここは、銃撃戦をする場所じゃないのよ!」
冷徹の女教師。レイチェルが彼らの前に姿を現した。
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