ピータバロ~青年画家とお嬢様のハートフル美術系ストーリー

RIKO

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第3章 贋作師のテクニック

第11話 キースとイヴァン

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  翌朝、ピータバロ大聖堂に隣接した聖堂美術館に、キースは一人で出かけて行った。
 最近、同伴させてもらえないパトラッシュは、不満顔だったが、あいにく美術館に入れるのは盲導犬や介護犬の類だけなのだ。
 ルネサンス風の豪華な入り口を通り、美術館の目玉の展示品が置かれる大展示室へ向かう。彼は、その向こうの部屋にある資料室を目指しているのだった。

 キースは考える。
 
 アンナのお墨付きがついたってことは、グレン男爵の話を作り話だとはね付けるわけにもゆかないし、”ヴァージナルの前に座る婦人”の中に、少年が入り込んでいるっていう話は、とりあえず信じるとして……
 グレン男爵は、その少年は自分の息子で、別れた母親とよく似た絵の中の女性を慕って絵の中に行ってしまったのだと、言っていた。
 ……けれども、あの絵は、誰が見たって贋作がんさくだ。本物の方は今はロンドンのナショナルギャラリーが所有してる。ってことは、その息子に、本物の方の絵を見せつけてやれば、さすがに目が覚めて、絵の中から出てくるんじゃないのか。
 
 頭の中に閃いた策を色々と練るものの、どうも上手くまとまらない。そうしながら、大展示室の終わりのブースまでたどりついた時、キースは、心臓が飛び跳ねそうなほど驚いた。
 黒のレザージャケットに黒のブーツ。髪の色が深い亜麻色でなかったら、ちょっと、重たすぎるようなスタイルの男が、展示室の絵の前に立っていたからだ。

 それは、彼が、昨夜、幽霊のアンナと散々話題にしていた……

「イヴァン……? あいつ、こんな所で、何してやがるんだ?

 だが、キースのいる場所からは、何をしているのかよく分らない。

 ああ、もうじれったいな。こうなりゃ、直接聞くしかないか。

 一旦、そう思うと、キースという青年はとてつもなく大胆になる。彼はイヴァンに歩みよると、

「やぁ、昨日はミルドレッドを助けてくれて有難う。でも、こんな所で会うなんて奇遇だなあ。……で、今日は何の絵を見に来たの?」
 なんて言葉をかけてしまったのだ。

 振り向いた男の鋭い刃物みたいな瞳に、再び心臓がどきんとする。
 けれども、無理矢理に笑ってみせた。……が、男は、ちらりと一瞥をくれただけで、また、絵の方へ向き直ってしまった。

 普通にしていれば、女の子に騒がれそうな甘いマスクをしてるのに、この無愛想さはもったいないなと、キースは顔をしかめる。……が、彼が見ていた絵に目を移して唖然としてしまった。

 ”聖ミカエルの肖像画”

 確か、アンナが教会で会った男も宗教画を見てたって言ってた。……って、ことは、こいつは、やっぱり、アンナが40年前に会ったっていう“イヴァン・クロウ”なのか。

 次々と湧き上がってくる疑問。

「随分、熱心に見てるんだね。宗教画が好きなの? おたく、グレン男爵の館にいたってことは、美術収集家か何か」

 そう尋ねても、イヴァンは何も答えてくれない。っていうか、完全にキースは無視されている。それでも、ここで負けてなるものかと、

「俺は、この聖堂美術館と連携してる美術学校の画家だから、ここの展示物には詳しいんだ。この聖ミカエルの肖像画は、作者も年代もよく分からない作品だけど、戦火を免れた教会に残されていた絵ってことで、けっこう大切に管理されているみたいだよ」
 すると、
「この絵って……競売にかけられる予定はないのだろうか」
「競売? あんた、この絵を買う気なの? やっぱり、どこかの画商か美術収集家なのか」

 キースの脳裏に、にわかにアンナの肖像画を見て笑った、この男の表情が浮かび上がってきた。

「一つ、聞きたいことがあるんだけど……俺が昨日、持っていた肖像画の少女。……“アンナ”をあんたは知ってるんだろ」

 イヴァンは再び、むっつりと黙り込んだ。

「黙ってないで、俺の質問に答えろよ」

 すると、イヴァンはふんとキースを鼻で笑いながら言った。

「肖像画の少女? 何のことを言ってるか、さっぱり分らないが」

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