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第3章 贋作師のテクニック
第10話 現実の少女
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ヤバイ。話が本当にオカルトめいてきた。
……が、
くわんっ
”気を取り直せ”とばかりに、彼を励ましてくれたのは、彼の相棒 ―パトラッシュー の元気な鳴き声だった。キースは、はっと、足元で尾を振る中型犬に目を向ける。
いけねぇ、こんなことくらいで、めげてちゃ駄目だ。どっちみち、この学園と契約した時から、俺は波乱含みの展開は覚悟の上だったんじゃないか。
ふぅと深呼吸してから、アンナが入り込んでしまっている黒髪の少女に再び向かい合う。
「……で、言いたいことは、それだけか」
「え……っと、まあ、そんなとこかな」
「なら、さっさと、ミリーから出ていけよ。いつまでもそいつの中に入ってると、その娘の気の強いのがうつっちまうぞ」
アンナは好きだけど、ミルドレッドの許可もなしに、彼女の体に勝手に入り込まれるっていうのは、やっぱり、あまりいい気分じゃない。
すると、アンナがくすんと哀しそうに瞳を潤ませたのだ。キースは慌てて、
「あっ、あっ、ご免。せっかく来てくれたのに、俺、お茶の一つも出さなくて……」
そんな会話を続けているうちに、午前0時の鐘が鳴った。すると、少女の幽霊は、
「あ……いけない。あまり長居してると、私、本当にこの子の体をのっとってしまうわ」
と、はにかんだ笑みをうかべ、
「また、来るわね」
彼の頬に軽くキスすると、ミルドレッドの体から出ていったのだ。
再び、夜風がキースの頬を柔らかに撫で、その直後に、アトリエの窓ががたんと音をたてた。どうやら、アンナは去っていったらしい。けれども、彼女に“また、来てね”とは、言えない状況に青年画家は小さくため息をつく。
一方、ミルドレッドといえば、
「ちょ、ちょっと、ちょっと……何で、キースが私の部屋にいるのよっ!」
心臓が飛び出そうになるほど驚いて、青年を見つめている。
「何、言ってんだよ。ここは寄宿舎の部屋じゃないよ。寝ぼけて、枕持参で俺のアトリエにやって来たのはミリーの方だろ」
自分のパジャマ姿と汚れたアトリエを交互に見渡して、良家のお嬢様は、とてもそうは見えない間のぬけた顔で、ぽかんと口を開いた。
ヤだ……、私ったら……。
「こんな夜中に、こんな小汚い画家の部屋にいたなんて、みんなに知れたら、もうお嫁になんてゆけない!」
「小汚くて悪かったな。じゃ、みんなに見られないうちに、さっさと自分の部屋へ戻れば」
「……駄目よ。こんな時間にパジャマで外出だなんて、先生たちに見られたら、退学になっちゃう!」
ああ、本当に面倒臭い奴。やっぱり、アンナに乗り移られてた方が、絶対に性格はいいに決まってる。
「なら、お前はどうしたいっていうんだよ」
「ここで寝る! ちょうど、そこに毛布があるじゃないの。それと、そこのソファを貸して。枕はここにあるから」
「おい、こんな場所で寝たら、お嫁に行けないんじゃなかったのか!」
「別にいいの、バレなきゃ……あ、でも、間違っても、私を襲おうなんて思わないでね……」
「誰が襲うか! お前みたいな色気のない小学生が、そんな台詞を吐くのは10年早いんだよ」
けれども、突然、猛烈な眠気におそわれて、ミルドレッドは、ころんとソファに横になると、激早に寝息をたてだしてしまった。その姿を青年画家は、呆れた様子で見つめる。
すやすやと眠る少女の艶やかな黒の巻き毛が、ばら色の頬を明るく浮きあがらせている。
寝てる時はすごく可愛いのになぁ……
キースは、はぁと吐息をもらした。
けど、こいつって、また目を覚ましてから、色々と騒ぐんだろうな……まぁ、それって、いつものことか。
苦笑いを浮かべ、少女の寝顔をもう一度見つめてから、青年画家は、再びイーゼルの上に立てかけてある“ヴァージナルの前に座る婦人”の絵に視線を移した。そして、
「こっちの方は、そんな悠長なことも言えなくなってきた。そろそろ、本気を出さないとな」と、足元にいるパトラッシュに、半ば諦め加減にそう呟いた。
……が、
くわんっ
”気を取り直せ”とばかりに、彼を励ましてくれたのは、彼の相棒 ―パトラッシュー の元気な鳴き声だった。キースは、はっと、足元で尾を振る中型犬に目を向ける。
いけねぇ、こんなことくらいで、めげてちゃ駄目だ。どっちみち、この学園と契約した時から、俺は波乱含みの展開は覚悟の上だったんじゃないか。
ふぅと深呼吸してから、アンナが入り込んでしまっている黒髪の少女に再び向かい合う。
「……で、言いたいことは、それだけか」
「え……っと、まあ、そんなとこかな」
「なら、さっさと、ミリーから出ていけよ。いつまでもそいつの中に入ってると、その娘の気の強いのがうつっちまうぞ」
アンナは好きだけど、ミルドレッドの許可もなしに、彼女の体に勝手に入り込まれるっていうのは、やっぱり、あまりいい気分じゃない。
すると、アンナがくすんと哀しそうに瞳を潤ませたのだ。キースは慌てて、
「あっ、あっ、ご免。せっかく来てくれたのに、俺、お茶の一つも出さなくて……」
そんな会話を続けているうちに、午前0時の鐘が鳴った。すると、少女の幽霊は、
「あ……いけない。あまり長居してると、私、本当にこの子の体をのっとってしまうわ」
と、はにかんだ笑みをうかべ、
「また、来るわね」
彼の頬に軽くキスすると、ミルドレッドの体から出ていったのだ。
再び、夜風がキースの頬を柔らかに撫で、その直後に、アトリエの窓ががたんと音をたてた。どうやら、アンナは去っていったらしい。けれども、彼女に“また、来てね”とは、言えない状況に青年画家は小さくため息をつく。
一方、ミルドレッドといえば、
「ちょ、ちょっと、ちょっと……何で、キースが私の部屋にいるのよっ!」
心臓が飛び出そうになるほど驚いて、青年を見つめている。
「何、言ってんだよ。ここは寄宿舎の部屋じゃないよ。寝ぼけて、枕持参で俺のアトリエにやって来たのはミリーの方だろ」
自分のパジャマ姿と汚れたアトリエを交互に見渡して、良家のお嬢様は、とてもそうは見えない間のぬけた顔で、ぽかんと口を開いた。
ヤだ……、私ったら……。
「こんな夜中に、こんな小汚い画家の部屋にいたなんて、みんなに知れたら、もうお嫁になんてゆけない!」
「小汚くて悪かったな。じゃ、みんなに見られないうちに、さっさと自分の部屋へ戻れば」
「……駄目よ。こんな時間にパジャマで外出だなんて、先生たちに見られたら、退学になっちゃう!」
ああ、本当に面倒臭い奴。やっぱり、アンナに乗り移られてた方が、絶対に性格はいいに決まってる。
「なら、お前はどうしたいっていうんだよ」
「ここで寝る! ちょうど、そこに毛布があるじゃないの。それと、そこのソファを貸して。枕はここにあるから」
「おい、こんな場所で寝たら、お嫁に行けないんじゃなかったのか!」
「別にいいの、バレなきゃ……あ、でも、間違っても、私を襲おうなんて思わないでね……」
「誰が襲うか! お前みたいな色気のない小学生が、そんな台詞を吐くのは10年早いんだよ」
けれども、突然、猛烈な眠気におそわれて、ミルドレッドは、ころんとソファに横になると、激早に寝息をたてだしてしまった。その姿を青年画家は、呆れた様子で見つめる。
すやすやと眠る少女の艶やかな黒の巻き毛が、ばら色の頬を明るく浮きあがらせている。
寝てる時はすごく可愛いのになぁ……
キースは、はぁと吐息をもらした。
けど、こいつって、また目を覚ましてから、色々と騒ぐんだろうな……まぁ、それって、いつものことか。
苦笑いを浮かべ、少女の寝顔をもう一度見つめてから、青年画家は、再びイーゼルの上に立てかけてある“ヴァージナルの前に座る婦人”の絵に視線を移した。そして、
「こっちの方は、そんな悠長なことも言えなくなってきた。そろそろ、本気を出さないとな」と、足元にいるパトラッシュに、半ば諦め加減にそう呟いた。
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