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第一章 至福の島と七つの欠片
第2話 サライ村の娘
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「タルクの馬鹿っ、お前、しつこすぎるよっ!」
衛士隊の宿営地を全速力で走り抜けたココは、息を弾ませながら、“安全地帯”の背中へ回り込んだ。
少女の防護壁にされた男が、迫ってくる大男に向かって怒鳴る。
「タルクっ、小娘相手に熱くなるな!」
「スカー、お前はサライ村のリーダーだろう。その娘のしつけは何だ! 小娘だって盗みは盗みだ。さっさと、そいつをこっちへ渡せ!」
爆風が舞いあがった。それと同時に二メートルほどもある長剣が、ココの真上に振りかざされた。
――マズい、マズすぎるよ。この状況
タルクは衛士隊一の長剣使いだ。大入道のような体は、彼が持つ長剣の長さを軽々と越えている。
ココは男の背から決まりの悪そうな声を漏らした。
「スカー、ごめんっ。もっと、うまくやれるはずだったのに……」
左耳のピアスに右側の頬に走る刀傷。それを苦々しく歪めながら、スカーと呼ばれた男は舌を鳴らした。
――俺のことを『傷跡』と呼ぶなと、あれほど言ってるのに。俺にはフレデリック・エイクってちゃんとした名前があるんだぞ
それに、この娘の“安全地帯”にされるのは、もうご免だ。
そう思いながらも、スカーはココを突き放すことができなかった。そんな自分に、彼は歯がゆさを覚えていた。
「衛士隊の宿営地に入りこむのはご法度だ……それに盗みはやめろとあれほど言ったのに」
スカーは藪睨みの目で少女を睨みつけた。まったく、この娘には、どれだけ手を焼かされてきたことか――。
ココは、一見すると、小リスのように可愛い娘だ。年は十二歳。だが、毎日の食い扶持は自分で稼いでいる。親がいないのだ。それは盗みだったり、スリだったり、時には詐欺めいたことだってやる。
サライ村に住んでいる手前、リーダーのスカーは、いつもココの尻ぬぐいをする羽目になる。けれども、今回ばかりは相手が悪すぎた。
「宿営地で騒動だと聞いて、 駆けつけてみれば、また面倒ごとだ」
ため息をつくと、スカーは、隠し持っていたパイプ管を取り出した。そして、着ている派手なシャツでごしごしとしごきながら、背中に隠れた少女に小声で呟いた。
「俺が、あいつの気をそらしてやるから、お前は逃げろ」
その様子をタルクが鼻で笑った。
「ああん? そんなパイプで俺に勝とうっていうのか?」
勝ち誇った表情を浮かべる大入道のような男に目をやると、スカーは、にやりとほくそ笑む。それから手にしたパイプ管をゆっくりと振り上げた。
「パイプ管はたっぷり帯電。今日は、湿度も低い……タルク、知ってるか。自然放電で人がチクっと感じる電気は3Kボルト……」
すると、バチバチと鈍い音をたてながら、周りの空気が歪みだした。
「でもな、雷の電圧は1億ボルト。条件をそろえてやれば、パイプだって立派な武器になるんだぜ!」
スカーが振り下ろしたパイプから、青い閃光が飛び散った――その瞬間、
「痛っ、たたっ!」
タルクは腕に走った衝撃に、堪らず長剣を放り出してしまった。
「今だっ、ココっ、逃げろっ!」
スカーの合図をスタートにココは一気に走り出す。
逃げ足だったら、誰にも負けないっ。
が……
衛士隊の輪が、潮がひくように二つに割れ、その向こうからゆっくりと黒い影が歩いて来る。
「影? ……ううん、あれは……」
異様に空気が密になり、目に見えない壁が影の周りをとり囲んでいる。少女の額にじわりと汗が浮かんだ。
逃れたくても逃れそうにない。
――いや、これ以上進むなんて、絶対無理!
だって、あれは……
ココはぴたりと足を止めた。
黒い影が低く唸るような声をあげた。
「タルク、お前は一体、何を遊んでいる」
ツバの長い帽子を目深にかぶり、帽子も黒なら着衣も黒。まるで闇にまぎれてしまったような奇妙な感覚。その姿に、ココの背筋がぶるりと震えた。
「やばい……衛士隊長のゴットフリーだ」
残酷無比なガルフ衛士隊長。そして、島主リリア・フェルトの一人息子。
その若さにも関わらず、圧倒的に他とは違ってしまっているこの男に、島の人々が畏れを抱くのも無理はなかった。
鋭敏な判断力、並外れた剣の腕。そして、底のない沼のように見つめられた者の心を引きずり込み、その奥底までを見透しまう……灰色の瞳。
ココが固唾を呑むように見つめていると、ゴットフリーは、ゆっくりとした足取りでタルクとスカーに歩み寄っていった。
「隊長!」
明らかに年下の隊長に向かってタルクは、直立不動の姿勢で敬礼する。
「い、いや、遊んでいたわけじゃなくて……」
「ふん、随分、おもしろいマネをしてくれるじゃないか」
焦るタルクを完全に無視し、ゴットフリーの灰色の瞳が自分に向けられた時、スカーはびくりと身を震わせた。
「スカー、なぜ、こんな場所で油を売ってる。お前には山ほど仕事があるはずだろう」
「あ、あれは単なる静電気で、支障はなくて……ま、待ってくれ! 仕事にはすぐに戻る。だから、こ、殺さないでくれ」
「殺す?……殺すものか。お前に今、死なれては後々面倒だ。だが――島主リリアの命令をないがしろにする者を許すわけにはゆかない」
殺しはしない?
これだけ殺気をばらまいといて……。
「止めてっ、悪いのはスカーじゃない」
ココは叫ぶと、ゴットフリーとスカーの間に飛び出していった。
突然、目の前に現れた少女に、黒い衛士隊長は冷ややかに視線を移す。
「サライ村のゴキブリ娘、よくも俺の前にしゃあしゃあと出てこられたものだ」
「だって、スカーは悪くないよ! あの大入道から私を守ってくれただけなんだからっ」
「ほう、衛士隊一番隊のタルクを大入道、呼ばわりし、スカーの命乞いか。そんなことができるほど、お前は自分に価値があるとでも思っているのか」
吐き捨てるように言うと、ゴットフリーは腰の剣を引き抜いた。
黒漆の薄皮張りに金糸をあしらった豪奢な鞘。そこに収められていた彼の愛刀。
―― 黒刀の剣 ――
うわっ、本当にこれはヤバい。
ココはその禍々しく輝く黒い光に、ぞくりと身を震わせた。
衛士隊の宿営地を全速力で走り抜けたココは、息を弾ませながら、“安全地帯”の背中へ回り込んだ。
少女の防護壁にされた男が、迫ってくる大男に向かって怒鳴る。
「タルクっ、小娘相手に熱くなるな!」
「スカー、お前はサライ村のリーダーだろう。その娘のしつけは何だ! 小娘だって盗みは盗みだ。さっさと、そいつをこっちへ渡せ!」
爆風が舞いあがった。それと同時に二メートルほどもある長剣が、ココの真上に振りかざされた。
――マズい、マズすぎるよ。この状況
タルクは衛士隊一の長剣使いだ。大入道のような体は、彼が持つ長剣の長さを軽々と越えている。
ココは男の背から決まりの悪そうな声を漏らした。
「スカー、ごめんっ。もっと、うまくやれるはずだったのに……」
左耳のピアスに右側の頬に走る刀傷。それを苦々しく歪めながら、スカーと呼ばれた男は舌を鳴らした。
――俺のことを『傷跡』と呼ぶなと、あれほど言ってるのに。俺にはフレデリック・エイクってちゃんとした名前があるんだぞ
それに、この娘の“安全地帯”にされるのは、もうご免だ。
そう思いながらも、スカーはココを突き放すことができなかった。そんな自分に、彼は歯がゆさを覚えていた。
「衛士隊の宿営地に入りこむのはご法度だ……それに盗みはやめろとあれほど言ったのに」
スカーは藪睨みの目で少女を睨みつけた。まったく、この娘には、どれだけ手を焼かされてきたことか――。
ココは、一見すると、小リスのように可愛い娘だ。年は十二歳。だが、毎日の食い扶持は自分で稼いでいる。親がいないのだ。それは盗みだったり、スリだったり、時には詐欺めいたことだってやる。
サライ村に住んでいる手前、リーダーのスカーは、いつもココの尻ぬぐいをする羽目になる。けれども、今回ばかりは相手が悪すぎた。
「宿営地で騒動だと聞いて、 駆けつけてみれば、また面倒ごとだ」
ため息をつくと、スカーは、隠し持っていたパイプ管を取り出した。そして、着ている派手なシャツでごしごしとしごきながら、背中に隠れた少女に小声で呟いた。
「俺が、あいつの気をそらしてやるから、お前は逃げろ」
その様子をタルクが鼻で笑った。
「ああん? そんなパイプで俺に勝とうっていうのか?」
勝ち誇った表情を浮かべる大入道のような男に目をやると、スカーは、にやりとほくそ笑む。それから手にしたパイプ管をゆっくりと振り上げた。
「パイプ管はたっぷり帯電。今日は、湿度も低い……タルク、知ってるか。自然放電で人がチクっと感じる電気は3Kボルト……」
すると、バチバチと鈍い音をたてながら、周りの空気が歪みだした。
「でもな、雷の電圧は1億ボルト。条件をそろえてやれば、パイプだって立派な武器になるんだぜ!」
スカーが振り下ろしたパイプから、青い閃光が飛び散った――その瞬間、
「痛っ、たたっ!」
タルクは腕に走った衝撃に、堪らず長剣を放り出してしまった。
「今だっ、ココっ、逃げろっ!」
スカーの合図をスタートにココは一気に走り出す。
逃げ足だったら、誰にも負けないっ。
が……
衛士隊の輪が、潮がひくように二つに割れ、その向こうからゆっくりと黒い影が歩いて来る。
「影? ……ううん、あれは……」
異様に空気が密になり、目に見えない壁が影の周りをとり囲んでいる。少女の額にじわりと汗が浮かんだ。
逃れたくても逃れそうにない。
――いや、これ以上進むなんて、絶対無理!
だって、あれは……
ココはぴたりと足を止めた。
黒い影が低く唸るような声をあげた。
「タルク、お前は一体、何を遊んでいる」
ツバの長い帽子を目深にかぶり、帽子も黒なら着衣も黒。まるで闇にまぎれてしまったような奇妙な感覚。その姿に、ココの背筋がぶるりと震えた。
「やばい……衛士隊長のゴットフリーだ」
残酷無比なガルフ衛士隊長。そして、島主リリア・フェルトの一人息子。
その若さにも関わらず、圧倒的に他とは違ってしまっているこの男に、島の人々が畏れを抱くのも無理はなかった。
鋭敏な判断力、並外れた剣の腕。そして、底のない沼のように見つめられた者の心を引きずり込み、その奥底までを見透しまう……灰色の瞳。
ココが固唾を呑むように見つめていると、ゴットフリーは、ゆっくりとした足取りでタルクとスカーに歩み寄っていった。
「隊長!」
明らかに年下の隊長に向かってタルクは、直立不動の姿勢で敬礼する。
「い、いや、遊んでいたわけじゃなくて……」
「ふん、随分、おもしろいマネをしてくれるじゃないか」
焦るタルクを完全に無視し、ゴットフリーの灰色の瞳が自分に向けられた時、スカーはびくりと身を震わせた。
「スカー、なぜ、こんな場所で油を売ってる。お前には山ほど仕事があるはずだろう」
「あ、あれは単なる静電気で、支障はなくて……ま、待ってくれ! 仕事にはすぐに戻る。だから、こ、殺さないでくれ」
「殺す?……殺すものか。お前に今、死なれては後々面倒だ。だが――島主リリアの命令をないがしろにする者を許すわけにはゆかない」
殺しはしない?
これだけ殺気をばらまいといて……。
「止めてっ、悪いのはスカーじゃない」
ココは叫ぶと、ゴットフリーとスカーの間に飛び出していった。
突然、目の前に現れた少女に、黒い衛士隊長は冷ややかに視線を移す。
「サライ村のゴキブリ娘、よくも俺の前にしゃあしゃあと出てこられたものだ」
「だって、スカーは悪くないよ! あの大入道から私を守ってくれただけなんだからっ」
「ほう、衛士隊一番隊のタルクを大入道、呼ばわりし、スカーの命乞いか。そんなことができるほど、お前は自分に価値があるとでも思っているのか」
吐き捨てるように言うと、ゴットフリーは腰の剣を引き抜いた。
黒漆の薄皮張りに金糸をあしらった豪奢な鞘。そこに収められていた彼の愛刀。
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