ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林

文字の大きさ
48 / 108
三章

閑話 小公女の旅路 ①

しおりを挟む
 
 ──その日。魔王ルミナス、もとい小公女ルーミアの心は、とても晴れやかだった。

 最近はずっと、自分の天職を調べられたくなくて、仮病やら何やらで逃げ続けるという、精神を擦り減らせる生活を送っていたのだが、今日からしばらくの間は、安息の日々が約束されているのだ。

 ルーミアは現在、豪奢な馬車に揺られてラーゼイン公国から離れていた。周囲には護衛の騎士が五十人も付いており、馬車の中には世話係のメイドが三人だけ相乗りしている。

 快晴の青空の下を進む小公女御一行の目的地は、イデア王国の中心部に位置している王都だ。

 何でも、あちらの国王が不治の病に侵されたらしく、ルーミアはラーゼイン公国の代表者として、お見舞いに行くことになっている。これは、本当は別の人物に宛がわれるはずの公務だったが、ルーミアは盛大に駄々を捏ねて、その役目を勝ち取ったのだ。

「姫様、お身体の調子は宜しいのでしょうか……? 最近は臥せっている日が続いていましたが……」

 メイドの一人がルーミアを心配して、労わるように声を掛けた。最近のルーミアは仮病を何度も使っているので、すっかり病弱なお姫様扱いだ。

 ちなみに、三人のメイドはそれぞれ、赤、青、黄色の髪と瞳を持つおかっぱ頭の少女たちで、メイド服の色も自分たちのイメージカラーに合わせていることから、ルーミアは彼女たちを纏めて『三色メイド』と呼んでいる。

「今日は頗る絶好調じゃ。わしのことは気にせず、外の風景でも楽しむのがよかろう」

 ルーミアはメイドに言葉を返すと、窓の外を眺めながら口元を綻ばせた。護衛の騎士たちはルーミアに気を遣って、馬車の中から外の風景を楽しめるように移動している。

 ルーミアの赤黒い前髪で隠された鉛色の瞳は、相も変わらず淀んでいるが、魔王だった頃は終ぞ浮かべることがなかった穏やかな微笑みは、ルーミアの心情を如実に表していた。

 優しい秋の風が吹く草原。とても長閑な農村の畦道。柔らかい木漏れ日が照らす林道。

 本当に何気ない旅路に、ルーミアは心地の良い微睡みを感じて、こんな時間が永遠に続けば良いと願う。

 ──だが、その願いが叶うことはなかった。

「敵襲ッ!! 敵襲だッ!! ツンドラバニーの群れだぞ!! 明らかに我々を捕捉している!!」

 周辺の偵察を行っていた騎士の一人が、そう叫びながら雑木林の中から飛び出して来て、馬車の外が俄かに騒がしくなる。

「狼狽えるな!! 姫様を死守せよ!! 馬車には掠り傷一つ付けさせるなッ!!」

 森を切り開いて作られた道を進んでいた一行は、即座に立ち止まって馬車を中心にした防御陣形を取る。

 ツンドラバニーとは、ツンツンバニーが進化した魔物で、氷魔法を操る危険な存在だ。一匹だけでも一般人では勝ち目がないのに、こいつらは群れで動くという厄介な性質を持っている。当然、その群れの規模によって脅威度は大きく異なるが、偵察を行っていた騎士の表情から察するに……かなり、不味いらしい。

 ただ、こちらも訓練された精鋭の騎士が五十人。各々が死力を尽くせば、打開出来ない問題など存在しないと、彼らはそう信じている。

 騎士たちが剣を抜き、盾を構えながら雑木林を睨みつけていると、周辺の気温が急激に低下し始めた。

 ──そして、まず一匹。

 雑木林から飛び出して来たのは、全く暖かくなさそうな青白い体毛に、冷気を放つ氷の結晶のような一本角を持ったウサギだった。体長は三十センチと魔物にしては小さめで、ツンツンバニーと同じようにツインテールの髪型のカツラを被っている。……これが、ツンドラバニーと言う魔物だ。

「ラーゼイン公国、赤薔薇騎士団が一番槍ッ! カマセーダ・イッヌが推して参るッ!! 姫様っ、我が雄姿を篤とご照覧あれ──ッ!!」

 騎士の中で最も大柄な男、カマセーダが雄叫びを上げながらツンドラバニーに向かって突貫した。氷魔法による攻撃は強力だが、使われる前に仕留めてしまえば、どうということはない。

 ツンドラバニーは闘志を剥き出しにして、角から溢れ出る冷気を増幅させ、自分の周囲に氷の槍を十本も生成して見せた。だが、それらが放たれる前にカマセーダが肉迫し、手に持った剣でツンドラバニーを斬り捨てる。

 カマセーダは血振りを行い、男臭い笑みを浮かべながら馬車の方をチラリと見遣った。

 あわよくば、この活躍でルーミアが自分に惚れて、騎士と小公女のロマンティックが止まらなくなってしまうことを期待して──……グサッ、とカマセーダの胸に、氷の槍が突き刺さる。

「……え? な、あ──」

 カマセーダが最期の言葉を残す前に、雑木林の奥から数えるのも億劫になる程の氷の槍が飛来した。

 それらはカマセーダだけではなく、他の騎士たちにも容赦なく降り注ぐが、ある者は盾で弾き、ある者は剣で振り払い、ある者は魔法で撃ち落としたので、カマセーダ以外の犠牲者は出ていない。

 今回のルーミアの旅路に同行しているのは、ラーゼイン公爵家に仕えている公国最強と名高い『赤薔薇騎士団』の面々である。彼らの武勇は近隣諸国にまで轟いており、例え氷の槍が雨のように振ってきたとしても、余程油断していなければ問題なく対処出来るのだ。

 馬車を守るべく気を張っていた者たちも居たが、何故か馬車にだけは氷の槍が飛んでこなかった。偶然として片付けるには、余りにも不自然な光景だったが、気にしている余裕は誰にもない。

 周辺の森が凍り付いていく様子を見て、完全に包囲されてしまったことを全員が察している。更に、一部の歴戦の猛者は、森が凍り付いていく速度から、大まかなツンドラバニーの群れの規模を把握した。

「不味いぞ……。こりゃ最低でも、千匹規模の群れだ……」

「せっ、千匹ぃ!? ここはダンジョンの中じゃないんですよ!? そんな規模の群れが突然現れるなんてっ、有り得ない!!」

 中年騎士の呟きに、青年騎士が思わず驚きの声を上げた。

 今回の旅路は比較的安全な道を選んで進んでいる。つまり、ここは魔境でも何でもない土地なのだ。そんな場所に、凶悪な魔物が千匹もの群れを作っているというのは、尋常なことではない。

「聖国の連中が、『魔王が復活した!』って騒いでいたが……。まさか、あの話は本当だったのか……?」

 魔王は存在するだけで、世界中の魔物を活性化させると言われている。その話が本当なら、魔王が復活したというのも頷ける状況だ。

「本当かもしれんが、今はどうでも良い! 総員傾注ッ!! 我々は何としてでも! 姫様を逃がさねばならん!! 半数は殿として、この場で己の命を使え!!」

 ルーミアの護衛を一任されている赤薔薇騎士団の長は、声を張り上げて部下に『死ね』と命令した。異を唱える者は誰も居ない。死ぬならば年寄りからだと言わんばかりに、年長者たちが続々を前に出てくる。

「ひ、姫様……! いざとなれば、私たちが餌になってでも時間を稼ぎます……!! だから……っ、だから! 安心してくださいっ!!」

 馬車の中では、三色メイドが身体を震わせながらも、ルーミアを守るために決死の覚悟を固めていた。

 ──ルーミアは、そんな彼女たちから目を逸らし、物憂げな表情で窓の外を眺めている。
 
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。