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四章 流水海域攻略編
119話 死線
しおりを挟むツヴァイス殿下とシャチの魔法合戦。
それは、数時間くらい続いているようにも感じるし、まだ数分しか経っていないようにも感じる。
今のところ、シャチに攻撃しているのは殿下だけで、他の人たちは防御に徹しているよ。
バリィさんは元々、防御特化だから良いとして……カマーマさんとライトン侯爵は、いつまで静観を続けるのかな?
出来れば攻撃に参加して貰いたいんだけど、素人の私が意見するのは躊躇われるから、息を潜めて様子を窺うしかない。これが、物凄く歯痒いんだ。
──千を超える雷がシャチに落ちたところで、突然シャチの動きが止まった。
まだまだ凄まじい存在感を放っているから、死んだ訳じゃない。与えたダメージだって、軽傷の範疇だと思う。
それなのに、怒濤のような弾幕が途切れたんだ。
私が戸惑っていると、ツヴァイス殿下がライトン侯爵に声を掛けた。
「ようやく麻痺しましたか……。ライトン侯爵、次は任せましたよ」
「ブヒィ……ッ!! このまま押し切られるのではないかと、少しヒヤヒヤしましたぞ!!」
どうやら、これは狙い通りの展開らしい。
ツヴァイス殿下は雷を落として、シャチを倒すのではなく、感電によって麻痺させたかったんだね。
あの巨躯が感電したことは、不思議で仕方ないけど……雷耐性を低下させたのが、効いたのかもしれない。
「侯爵、上に連れて行くぞ。一番美味しいところなんだから、足を滑らせたりしないでくれよ」
「ブヒヒヒヒッ!! 吾輩にも固定砲台としての自負がある!! そんなヘマはしないから安心したまえ!!」
バリィさんがライトン侯爵を結界の上に乗せて、射線を通すために上空まで移動した。
結界の中じゃなくて、結界の上。何も遮るものがなくて、隙だらけの状態だから、さっきまでは許されなかった行動だよ。
でも、今はシャチが麻痺しているから、こんなことが悠々と出来る。
ライトン侯爵は腰に佩いている剣を引き抜き、万人に勝利を確信させる光を私たちに見せてくれた。
その剣は、この世の全ての希望を搔き集めて、それに形を与えたような代物なんだ。
神話級のマジックアイテム『極光』──これは、聖剣とも呼ばれており、人類種の敵に対する特攻+スキル【破壊光線】の威力を十倍にするという、途轍もない効果が宿っている。
「愛するリリアよ!! 天国から吾輩を見ていてくれッ!! ブウウウウゥゥゥゥゥゥ──ッ、ヒイイイィィィィィィィィ──ッ!!」
亡き妻に祈りを捧げたライトン侯爵が、聖剣を上段から全力で振り下ろした。
すると、極太の白い光が奔流となって、聖剣から解き放たれる。
狙いはシャチの頭部。未だに麻痺しているシャチに、逃れる術なんてない。
森羅万象の悉くを破壊してしまいそうな、光属性の上級魔法【破壊光線】──それが、狙い通りの場所に直撃した。
光の奔流はシャチの頭を削って、大ダメージを与えている。
ライトン侯爵が装備している他の四つのマジックアイテムは、その全てが『光る延長の指輪』だよ。
これ一つで、【破壊光線】の照射時間が二倍になる。つまり、合計で八倍の照射時間だ。
驚くほど長く、眩い光が第六階層全体を照らし出して──奔流が収まったとき、シャチの姿は海上から消えていた。
周辺の海が真っ赤に染まっており、血生臭い空気が立ち込めている。
大出血を強いたことは、間違いないけど……死体もドロップアイテムも、見当たらない。
──静寂。さっきまでの攻防が嘘だったかのように、とても静かだ。
バリィさんとライトン侯爵が下に戻ってきて、主力メンバーが顔を見合わせる。
「倒した、のか……? 普通なら、生きているとは思えないが……」
「どうかしらねぇ……? 『普通』が当て嵌まる敵には、見えなかったわよん」
魔物との戦闘経験が豊富な、バリィさんとカマーマさん。この二人でも、仕留められたかどうか、分からないみたい。
「ライトン侯爵、念のためにポーションを飲んで、魔力を補充してください」
「ブヒヒッ、畏まりましたぞ!」
ツヴァイス殿下の指示に従って、ライトン侯爵が青色の中級ポーションを飲み干した。
兵士たちも第二ラウンドがあるものと仮定して、可能な限りの準備を始めたよ。
──しばらくして、氷の舞台が振動し始める。
「不味いッ!! 下からくるぞッ!!」
バリィさんが鋭い声で警告を出した瞬間、海底から飛来する弾幕によって、氷の舞台が砕け散った。
弾幕が間欠泉のように、下から上へと流れて、私たちはバリィさんの結界ごと、上空まで押し出されてしまう。四千人の兵士たちも、足場ごと吹き飛ばされて、次々と弾幕の餌食になっているよ。
バリィさんは七重の【対魔結界】を張って、主力メンバーだけでも守ろうとしたけど──氷の舞台の破片が勢いよくぶつかり、失敗に終わった。
この結界は魔法攻撃に滅法強いけど、物理攻撃には弱いんだ。魔法によって砕かれ、勢いよく飛ばされた氷の舞台の破片は、物理攻撃という扱いだったらしい。
カマーマさんは即座に、一番近くにいるツヴァイス殿下を庇う。
そして、その光景を最後に、
「──ッ!?」
結界を砕いた氷の舞台の破片が、そのまま私たちに激突した。
みんなが散り散りに吹き飛ばされて、シャチの弾幕に曝される。
身体が小さい私でも、瞬く間に被弾して、左腕が千切れてしまった。
燃えるような激痛が走り、意識が遠退いていく。
──ああ、これは死んだ。
脳裏に走馬灯が過る暇もなく、目の前が真っ暗になっちゃった。
もっともっと、長生きしたかったよ……。こうして、自分の死に直面すると、バリィさんを助けようとしたことを後悔してしまう。
こんな後悔、したくないんだけど……心の奥底から湧いてくる本音は、どうしたって誤魔化せない。
結局、私はどこまでいっても、端役の凡人なんだ。
これまでも、死と隣り合わせの危機を乗り越えてきた。
使えるスキルだって増えて、自分が凄い人間なんだと思い込んでいた。
自分が行動すれば、なんだかんだで全てが上手く行くとか、そういう馬鹿な勘違いをしていた。
もしも、今朝に戻れたら……申し訳ないけど、家の中でバリィさんの無事を祈ろう。
──さて、私は再び転生でもするのか、それとも天国か地獄に送られるのかな?
あるいは、このまま暗闇の中に、囚われ続けるのかも……。
何気なく思い浮かべた最後の可能性に、心底ゾッとした。
こんな暗闇の中で、永遠に?
十年、百年、千年とか、そんなものじゃない。
永遠というのは、ずっとずっと、ずーーーっと続く。
これが『死』なら、余りにも残酷だ。すぐに正気を失うはずだけど、永遠の中では正気を取り戻す瞬間だって、あると思う。
そうして、正気と狂気の間を無限に行き来したら、私の意識はどうなってしまうんだろう?
……怖い。前世と今世の経験を合わせても、今この瞬間に感じている恐怖以上のものはなかった。
私が絶望していると──不意に、意識がグッと引っ張られた。
何事かと疑問に思ったところで、私は暗闇の中に浮かぶ道の上に立っていたよ。
目の前には、分岐している三本の道が伸びていて、思わずハッと息を呑む。
「ワンワン!! ワンワン!!」
「──ッ!? あっ、ああ……っ、ティラ……!!」
私の隣では、ティラが気炎を揚げるように吠えていた。
感極まってギュッと抱き締めると、命の温かさが感じられたよ。
私が涙を流すと、ティラは頻りに舐め取ってくれる。
この子はまだ、生きているんだ。生きることを諦めていないんだ。
「そっか……。それなら、私も諦めないから……!!」
私だって、まだ生きている。ティラがそう教えてくれた。
前向きな気持ちで三本の道に目を凝らして、これは従魔の進化先を選ぶときの夢だと確信する。
反抗期なんて、気にしていられる状況じゃなくなったし、ティラを信じて進化させよう。
それぞれの道の手前に、看板が一枚ずつ立っているから、まずはステホで撮影してみた。
きっと、この夢の中で経過する時間は、現実世界とは違う。ゆっくりしようとは思わないけど、しっかりと選ぶ時間はあるはずだよ。
『ウルフリーダー』──自分と同種かつ下位の個体を率いる狼の魔物で、ヤングウルフが順当に成長した場合の進化先。
これを選べば、今後は私が狼の魔物をテイムしなくても、ティラが統率することで間接的に使役出来るようになる。
平時であれば、全然悪くない選択肢だけど……正直、この魔物が現状を打開してくれるとは、到底思えない。
『アサシンウルフ』──獲物を暗殺するのが得意な狼の魔物で、隠れ潜む経験が長いと現れる進化先。
ティラは私の影の中にいることが多かったから、進化条件を満たしているのは納得だね。
敏捷性が伸びそうだし、この選択肢は有力候補かな。
『チェイスウルフ』──目標を追跡するのが得意な狼の魔物で、誰かを長期間追い掛けていると現れる進化先。
ティラは常に、私を追い掛けている状態だから、これも進化条件を満たすのは簡単だった。
「今はとにかく、弾幕を回避するための足が欲しいから……よしっ、これにしよう! ティラ、行っておいで!」
この三択なら、チェイスウルフの足が一番速そうなので、これを選ぶことにした。ティラは指示に従って走り出す前に、私の目の前で屈み、背中に乗るよう促してくる。
「ワンっ!! ワンワン!!」
「う、うん? 私も一緒に行くパターンは、初めてだね……」
別に害があるとも思えないし、私は颯爽とティラの背中に乗って、進化の道を一緒に辿っていく。
こうして、私の意識は急速に薄れ──
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