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死にたがりの悪役令嬢は
トゥルーエンドを模索する3(side.スーエレン)
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「ちょっと、顔真っ青じゃない!」
とうとう視界が歪み歩くのもつらくなって、ふらりと体が傾いだのをセロンが支えてくれた。突然倒れそうになった私の顔をシンシアが覗いて、目を見開く。
あはは……笑い事じゃないけど、うん、ちょっと、はしゃぎ過ぎたかなぁと思う。
シンシアと一緒に夢中で聖地巡礼をしていたのは良いけれど、私は自分の体力を嘗めていたのかもしれない。疲労がピークに来たのか、ちょっと前から足元が覚束なかったんだけど、そろそろ昼食にしようと食事処が建ち並ぶ通りに来たところで限界を迎えた。
き、気持ち悪い……。ごちゃごちゃした食べ物とかその他諸々の臭いがむわっとしてきて、眩暈を起こしてしまった。
「あそこのテラス席を借りよう」
口と鼻を手で覆うようにしてぐったりしていると、セロンが近くの店のテラス席に誘導してくれる。支えられながらも、よろよろとなんとか歩いてたどり着く。
でも椅子に座るのもつらくて、私は地面にそのままへたりこんで、椅子を机がわりに突っ伏した。
「うぅ……吐きそ……」
「だ、大丈夫?」
「待っていろ、水をもらってくる」
シンシアが私の背中をさすってくれる。セロンは水をもらってくると言って、店の中に入っていく。
座り込んで少しだけ楽になった私は、申し訳なさで一杯になった。
「なんか、ごめんなさい。せっかく、連れてきてくれたのに……」
「ううん、私が無理に連れ出したから……体調が悪いなら悪いって言ってくれればいいのに」
「さっきまでは大丈夫だったの……」
説得力はないかもしれないけれど、これは本当。夢中で聖地巡礼しているときは体調不良なんて気にならなかったわけだし。
でも自分でも気づかないくらいには疲労が蓄積していたようだ。その上、ごちゃごちゃとした臭気にまであてられて悪化……っていうのが妥当なところかなぁ。セロンがいてよかった。いなかったら倒れた拍子に頭ぶつけててもおかしくなかった。
「食べたら少しは疲れがとれるかな……食べられそう?」
「ごめんなさい、食欲なくて……」
車酔いしたみたいに胸がムカムカする。
そんな時に食べたら絶対吐く。
シンシアが甲斐甲斐しく私の背中をさすってくれながら、ため息をついた。
「お水飲んで少し休んだら、今日はもう帰りましょ」
「面目ないです……」
「仕方ないもの」
苦笑しながらシンシアは私に着いていてくれる。
店のドアが開いて、セロンがコップを片手に戻ってきてくれた。
「水だ」
「ありがとうございます……」
コップを受け取って、ゆっくり嚥下していく。はぁ……少しだけすっきりした気がする……。
私がお水を飲んでいる間にも、シンシアはセロンとこれからの予定を話し合ってくれた。セロンが馬車を手配してくるというのでお任せして、私はテラス席を借りて少し休むことにした。
「椅子、座れる?」
「ええ、大丈夫」
空になったコップを机の上に置いてもらって、ゆっくりとシンシアの手を借りながら立ち上がった。
さて、椅子に座ろうとした時、頭上が陰る。
早いけれどセロンが帰ってきたのかな?
シンシアと二人して背後を振り向く。
「……え?」
シンシアがぽつりと困惑の声を漏らした。私も驚いて目を見開く。
私達の後ろに立っていたのは一人の男。
グレーのシルクハットに同色の外套を羽織った貴族風の人物。落ち着いたダークブラウンの髪と、シルクハットから覗く糸目にぞくりと肌が粟立った。
無意識の内に、シンシアを背後に庇う。体調不良なんて吹き飛んだ。
「シンシア嬢と……貴女はクラドック侯爵令嬢ですね?」
歌うように聞いてくる貴族風の男。
私は警戒しながらその問いに答えた。
「まぁ……私の事をご存知なのですね。申し訳ありませんが、私の方はあなたとは面識がなくてお名前をお伺いしてもよろしくて?」
「これは失礼。わたくし、イガルシヴ皇国第二皇子付きのユリエル・マクベインと申します。そんなに警戒なさらなくとも結構ですよ」
ゆるりと笑みながら、男は外套から腕を出し胸にあててお辞儀する。
ああ、やっぱり。
告げれられた名前に、私と同じ事を思ったのか、シンシアが私のケープを握りしめる気配がした。
私は……ううん、私とシンシアは、彼を知っている。
私だけではなく、シンシアもその顔の強張りから彼が何者なのか察している気がするから、私の予想は間違っていないはず。
ユリエル・マクベイン。
グレーのシルクハットと外套がトレードマークな貴族然とした男。セロンルートにおける敵キャラ第二皇子の側近であるが、どこか掴めない飄々とした性格が人気を博す───『騎士ドレ』の、隠しキャラ。
ゲームにおいて、全ルートのエンドを回収した後に、セロンルートをプレイすると途中で隠し分岐が現れる。そこで一周目には無い選択肢を選べば、隠しキャラであるユリエルの攻略ができるようになる。
そんな隠しキャラ・ユリエルの初登場シーンはセロンルートへの分岐イベント。
彼が出てきたと言うことは、今、この状況は、セロンルートへの分岐の始まりとも言える。
……そしてこの後起こりうることも、私達は予想がつく。
私とシンシアは身体を固くして息を飲む。
ユリエルと名乗った男は道化のような形だけの笑顔を張り付けて笑っているけれど、先程から突き刺してくるような肌寒い空気が拭えていない。体が震えそうになるのを必死に耐えながら、私は彼に対峙する。なんなの、この空気。とても、重たくて、息がしづらい。
空回りそうになる思考を一生懸命に動かす。セロンが戻ってくるまで、後どれくらい? フラグは、へし折るべき?
でもこれが本当にセロンルートへの分岐なら、運命からは逃れられない。特に、シンシアは逃げたくないかもしれない。立ち向かわねば、彼女は本当の意味でセロンと結ばれないかもしれない。
にっちもさっちもいかないなぁ。
でも運が良いのか悪いのか、この場にはシンシアだけじゃなくて私もいる。物事がどちらへ転がるか不明瞭にさせている、不確定要素な私が。
でしゃばるべきではないと思いつつ、無駄な怪我をシンシアにさせたくはない思いが上回った。
セロンが間に合う可能性にかけよう。フラグを折ってしまったらその時はその時だ。シンシアの年頃らしい恋路を応援するだけ。
絶対に死に芸シナリオライターの餌食にさせるもんか!
強い決意のもと、私はシンシアを庇ってユリエルを見据えた。
「まぁ、隣国の。そんなご立派な方が私に何のご用です? 社交界で噂になっていたかと思いますが、私は没落した家の身。実のあるお話ができるとは思いませんが……」
頬に手を当てて困ったように笑って見せる。
こういう時に貴族として育てられた経験値が活かされるよね。内心では滅茶苦茶動揺しているけど、私の口と表情筋は立派に仕事をしてくれた。私、名女優になれるんじゃないかな!
でもそんな事ユリエルには関係ない。
彼は一言の下で私の言葉を切り捨てた。
「もちろん、貴女にも用はありますが……本命はそちらのシンシア嬢なのです」
「あら、ただの花屋の娘に貴族であるあなたが? なぁに、懸想でもされたのかしら?」
「残念ながら、懸想しているのは私ではなく、我が国の第六皇子でして」
ユリエルがくい、とシルクハットを下げる。
「───彼を誘き出すためにも、ご同行願います」
背後で何か軽い音がした。振り向くと、顔を隠した賊が二人、シンシアの向こうに見えて。
「シンシア!」
「ん、ぐっ」
シンシアが身体を引かれて私から離される。羽交い締めにされて、何か薬のようなものを嗅がされたように見えた。かくりとシンシアの全身から力が抜けて、賊が彼女を肩に担ぐ。
連れていっては駄目!
私は引き留めようと手を伸ばそうとして───後ろから捕らえられる。
「貴女にも用があると言ったでしょう。大丈夫です、二人仲良く連れていって差し上げますから」
口元をハンカチのようなもので覆われる。薬品か何かが含まされているのか湿っぽい。私は息を止めていたけれど、どう考えたって抑えられている私の方が不利だ。
遠くなる意識で、セロンがシンシアの名前を呼ぶ声が聞こえる。
うん、きっとシンシアは大丈夫。
だってシンシアにはセロンがいるから。
昼間みていたセロンの優しげな表情を見ていれば、セロンの好感度は上々でしょう。だからきっと大丈夫。
そう安堵しながらも、私は暗転する頭の片隅に寂しさを覚える。
どうしてここにエルバート様はいないんだろう。
私の名前を読んで、私を助けようと手を伸ばしてくれる人はここにはいない。
私は悪役令嬢。
ヒロインじゃ、ないから。
「えるばーと、さま……」
ぽつりと落ちた言葉は空気に溶ける。
……エルバート様、私を助けにきてくれるかな。
とうとう視界が歪み歩くのもつらくなって、ふらりと体が傾いだのをセロンが支えてくれた。突然倒れそうになった私の顔をシンシアが覗いて、目を見開く。
あはは……笑い事じゃないけど、うん、ちょっと、はしゃぎ過ぎたかなぁと思う。
シンシアと一緒に夢中で聖地巡礼をしていたのは良いけれど、私は自分の体力を嘗めていたのかもしれない。疲労がピークに来たのか、ちょっと前から足元が覚束なかったんだけど、そろそろ昼食にしようと食事処が建ち並ぶ通りに来たところで限界を迎えた。
き、気持ち悪い……。ごちゃごちゃした食べ物とかその他諸々の臭いがむわっとしてきて、眩暈を起こしてしまった。
「あそこのテラス席を借りよう」
口と鼻を手で覆うようにしてぐったりしていると、セロンが近くの店のテラス席に誘導してくれる。支えられながらも、よろよろとなんとか歩いてたどり着く。
でも椅子に座るのもつらくて、私は地面にそのままへたりこんで、椅子を机がわりに突っ伏した。
「うぅ……吐きそ……」
「だ、大丈夫?」
「待っていろ、水をもらってくる」
シンシアが私の背中をさすってくれる。セロンは水をもらってくると言って、店の中に入っていく。
座り込んで少しだけ楽になった私は、申し訳なさで一杯になった。
「なんか、ごめんなさい。せっかく、連れてきてくれたのに……」
「ううん、私が無理に連れ出したから……体調が悪いなら悪いって言ってくれればいいのに」
「さっきまでは大丈夫だったの……」
説得力はないかもしれないけれど、これは本当。夢中で聖地巡礼しているときは体調不良なんて気にならなかったわけだし。
でも自分でも気づかないくらいには疲労が蓄積していたようだ。その上、ごちゃごちゃとした臭気にまであてられて悪化……っていうのが妥当なところかなぁ。セロンがいてよかった。いなかったら倒れた拍子に頭ぶつけててもおかしくなかった。
「食べたら少しは疲れがとれるかな……食べられそう?」
「ごめんなさい、食欲なくて……」
車酔いしたみたいに胸がムカムカする。
そんな時に食べたら絶対吐く。
シンシアが甲斐甲斐しく私の背中をさすってくれながら、ため息をついた。
「お水飲んで少し休んだら、今日はもう帰りましょ」
「面目ないです……」
「仕方ないもの」
苦笑しながらシンシアは私に着いていてくれる。
店のドアが開いて、セロンがコップを片手に戻ってきてくれた。
「水だ」
「ありがとうございます……」
コップを受け取って、ゆっくり嚥下していく。はぁ……少しだけすっきりした気がする……。
私がお水を飲んでいる間にも、シンシアはセロンとこれからの予定を話し合ってくれた。セロンが馬車を手配してくるというのでお任せして、私はテラス席を借りて少し休むことにした。
「椅子、座れる?」
「ええ、大丈夫」
空になったコップを机の上に置いてもらって、ゆっくりとシンシアの手を借りながら立ち上がった。
さて、椅子に座ろうとした時、頭上が陰る。
早いけれどセロンが帰ってきたのかな?
シンシアと二人して背後を振り向く。
「……え?」
シンシアがぽつりと困惑の声を漏らした。私も驚いて目を見開く。
私達の後ろに立っていたのは一人の男。
グレーのシルクハットに同色の外套を羽織った貴族風の人物。落ち着いたダークブラウンの髪と、シルクハットから覗く糸目にぞくりと肌が粟立った。
無意識の内に、シンシアを背後に庇う。体調不良なんて吹き飛んだ。
「シンシア嬢と……貴女はクラドック侯爵令嬢ですね?」
歌うように聞いてくる貴族風の男。
私は警戒しながらその問いに答えた。
「まぁ……私の事をご存知なのですね。申し訳ありませんが、私の方はあなたとは面識がなくてお名前をお伺いしてもよろしくて?」
「これは失礼。わたくし、イガルシヴ皇国第二皇子付きのユリエル・マクベインと申します。そんなに警戒なさらなくとも結構ですよ」
ゆるりと笑みながら、男は外套から腕を出し胸にあててお辞儀する。
ああ、やっぱり。
告げれられた名前に、私と同じ事を思ったのか、シンシアが私のケープを握りしめる気配がした。
私は……ううん、私とシンシアは、彼を知っている。
私だけではなく、シンシアもその顔の強張りから彼が何者なのか察している気がするから、私の予想は間違っていないはず。
ユリエル・マクベイン。
グレーのシルクハットと外套がトレードマークな貴族然とした男。セロンルートにおける敵キャラ第二皇子の側近であるが、どこか掴めない飄々とした性格が人気を博す───『騎士ドレ』の、隠しキャラ。
ゲームにおいて、全ルートのエンドを回収した後に、セロンルートをプレイすると途中で隠し分岐が現れる。そこで一周目には無い選択肢を選べば、隠しキャラであるユリエルの攻略ができるようになる。
そんな隠しキャラ・ユリエルの初登場シーンはセロンルートへの分岐イベント。
彼が出てきたと言うことは、今、この状況は、セロンルートへの分岐の始まりとも言える。
……そしてこの後起こりうることも、私達は予想がつく。
私とシンシアは身体を固くして息を飲む。
ユリエルと名乗った男は道化のような形だけの笑顔を張り付けて笑っているけれど、先程から突き刺してくるような肌寒い空気が拭えていない。体が震えそうになるのを必死に耐えながら、私は彼に対峙する。なんなの、この空気。とても、重たくて、息がしづらい。
空回りそうになる思考を一生懸命に動かす。セロンが戻ってくるまで、後どれくらい? フラグは、へし折るべき?
でもこれが本当にセロンルートへの分岐なら、運命からは逃れられない。特に、シンシアは逃げたくないかもしれない。立ち向かわねば、彼女は本当の意味でセロンと結ばれないかもしれない。
にっちもさっちもいかないなぁ。
でも運が良いのか悪いのか、この場にはシンシアだけじゃなくて私もいる。物事がどちらへ転がるか不明瞭にさせている、不確定要素な私が。
でしゃばるべきではないと思いつつ、無駄な怪我をシンシアにさせたくはない思いが上回った。
セロンが間に合う可能性にかけよう。フラグを折ってしまったらその時はその時だ。シンシアの年頃らしい恋路を応援するだけ。
絶対に死に芸シナリオライターの餌食にさせるもんか!
強い決意のもと、私はシンシアを庇ってユリエルを見据えた。
「まぁ、隣国の。そんなご立派な方が私に何のご用です? 社交界で噂になっていたかと思いますが、私は没落した家の身。実のあるお話ができるとは思いませんが……」
頬に手を当てて困ったように笑って見せる。
こういう時に貴族として育てられた経験値が活かされるよね。内心では滅茶苦茶動揺しているけど、私の口と表情筋は立派に仕事をしてくれた。私、名女優になれるんじゃないかな!
でもそんな事ユリエルには関係ない。
彼は一言の下で私の言葉を切り捨てた。
「もちろん、貴女にも用はありますが……本命はそちらのシンシア嬢なのです」
「あら、ただの花屋の娘に貴族であるあなたが? なぁに、懸想でもされたのかしら?」
「残念ながら、懸想しているのは私ではなく、我が国の第六皇子でして」
ユリエルがくい、とシルクハットを下げる。
「───彼を誘き出すためにも、ご同行願います」
背後で何か軽い音がした。振り向くと、顔を隠した賊が二人、シンシアの向こうに見えて。
「シンシア!」
「ん、ぐっ」
シンシアが身体を引かれて私から離される。羽交い締めにされて、何か薬のようなものを嗅がされたように見えた。かくりとシンシアの全身から力が抜けて、賊が彼女を肩に担ぐ。
連れていっては駄目!
私は引き留めようと手を伸ばそうとして───後ろから捕らえられる。
「貴女にも用があると言ったでしょう。大丈夫です、二人仲良く連れていって差し上げますから」
口元をハンカチのようなもので覆われる。薬品か何かが含まされているのか湿っぽい。私は息を止めていたけれど、どう考えたって抑えられている私の方が不利だ。
遠くなる意識で、セロンがシンシアの名前を呼ぶ声が聞こえる。
うん、きっとシンシアは大丈夫。
だってシンシアにはセロンがいるから。
昼間みていたセロンの優しげな表情を見ていれば、セロンの好感度は上々でしょう。だからきっと大丈夫。
そう安堵しながらも、私は暗転する頭の片隅に寂しさを覚える。
どうしてここにエルバート様はいないんだろう。
私の名前を読んで、私を助けようと手を伸ばしてくれる人はここにはいない。
私は悪役令嬢。
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「えるばーと、さま……」
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