異世界は都合よくまわらない!

采火

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ファウルダース侯爵家結婚編

天降りの姫と香の大家2

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 インドア派な私でも、毎日毎日ひたすら机に向かって外国語の翻訳なんてことをしていれば、気が狂いそうになる。

 折り鶴を折った翌日、オレリーさんのいつものお散歩のお誘いに、気まぐれに乗ってみた。
 オレリーさんは喜んで外に出るための日傘や靴を用意してくれる。
 もう少しすれば、一年で一番昼が長い日がやってくる。
 夏至がくればルドランスの王都では朱夏の夜会も行われる。
 せっかく作ったドレスが無駄になるなぁなんて思いながら、夏の日差しの下へとくり出した。

 オレリーさんが用意してくれた日傘を差しながら、天落の宮の周りを歩いてみる。
 ここに来てからずっと引きこもっていたから、周りに何があるのかすら知らなかった。

 整えられた庭には夏の花が多く咲いていた。
 花が咲くのは春のイメージだけど、ルドランスもオルレットも、秋のはじまり頃までは花が咲くから、世話をするのも鑑賞するのも長い間楽しめるのは良いことだと思ってる。

 道に沿って歩いていると、門のある場所についた。
 多分ここが、この天落の宮の敷地の果て。
 学校とかにある、身長くらいの高さで格子状の門はたぶん鉄製っぽい。重たくて、びくともしなさそう。

「向こうには行けますか」
「トビ様のご許可がありましたら」
「門は勝手に開けられないの?」
「男手が必要となります」

 やっぱり重たいんだ。
 私は一つ頷くと、門や生け垣を沿うように歩いてみる。

「あの建物はなんですか」
「母屋でございます。あちらにトビ様がお住みになられております」
「あれは?」
「宝物庫です。天降りに関するものが収められておりますよ」
「その向こうに見えるものは?」
「学舎でございます。これまでに研究した天降りの成果や研究方法など、香の大家の技術を時代に継ぐための教育を子どもたちに学ばせているのです。あちらに見えるのが、それらの研究のための建物でございます」

 香の大家というのは本当に広い場所で、特にこの天落の宮はその中央に位置しているようだった。
 五角形のように生け垣が張り巡らされて、門が一つ。
 その内側が天落の宮で、香の大家のあらゆる建物を見渡せられた。

 オレリーさんに見える建物が何かを聞きながら歩く。
 もしアンリがいるならどこだろう。
 やっぱり母屋なのかな。
 それともここからは見えない場所?
 ぼんやりと生け垣の向こうを見ていれば、オレリーさんが声をかけてくる。

「今日はたくさん歩かれましたね。そろそろ一度、休憩されてはいかがでしょう」
「はい」

 オレリーさんに誘われて、庭の一角にある池の側の四阿に腰を落ち着けた。
 池の水が陽の光を反射してきらきらしてる。
 その眩しさに目を細めていれば、オレリーさんが飲み物を取ってきますと言って、宮の方へと戻って行く。

 オレリーさんは良い人だけど、やっぱり一人でいる方が落ち着く。
 四阿の壁に背を預けて目を閉じた。

 木々の葉が風に擦れる音。
 天を行く鳥が残す鳴き声の尾。

 目を閉じれば、現実というものから少しだけ遠ざかることができる。
 自然を感じられる場所というのはとても貴重で、気持ちばかりだけど心が癒やされた。
 何をする気力も起きなくて、しばらく自然の音に耳を傾けていれば、砂が踏みしめられるような歪な音が交じる。
 オレリーさんが戻ってきたのかな。でももう少しだけこの自然の中に微睡んでいたいなと思っていると、歪な音の気配はすぐ側までやってきた。

 足音、近くない?
 オレリーさんにしては距離感が近すぎると思ってまぶたを上げれば、目の前に、黒髪の、男が。

「ひっ」
「色気のない悲鳴だな」

 トビが憮然とした面持ちでそんなことを言うけれど、私にはそんなこと関係ない。
 驚くあまりに跳び上がった心臓と、急に下がった血の気のせいか、目の前がかすむ。
 座っているのに起きていられなくなるのを、必死に深呼吸をしてやり過ごす。

「……おい、大丈夫か」
「こないで」
「……」
「あっち行って!」

 顔も見ないで叫べば、少しだけ影が遠ざかる。
 だけどトビは四阿を出て行こうとはしなかった。
 そのことを恨めしげにも思ったけど、なんとか呼吸を整えようと努力すれば、それ以上悪くなることもなく、次第に視界が明るくなった。
 なんだか疲れてしまって、さっきよりも深く椅子に座ってぐったりと背を預ける。

「体が弱いと聞いていたが、いつもそんな風なのか」
「……別に体は弱くありません」
「弱くなければそんな風にならないだろう」
「私のことを案じるなら、アンリに会わせて。私の薬は彼だから」

 当てこするように言ってやれば、トビは鼻白んだ様子になる。

「たわけたことを」
「たわけてなんかない」
「わざとらしい。そうやって気を引いて我を通せるとでも思ったか」

 別に目の前の人間に理解してほしいなんて思ってはいない。
 日本だったら何かしらの精神疾患として診断されるような状態になってしまってる自覚もある。
 それをわかった上であてこすりを言ったつもりだったけど、やっぱりそう見られて傷つくのは、虫のいい話かな。
 私は一つため息をつくと、トビの顔は見ないように目を瞑った。

「……どうしてこちらに」
「お前が歩いているのを見たからだ。ずっとこもりっぱなしでは体に悪いとオレリーが嘆いていたからな」
「だからといって、宮の内まで入る必要はないてしょう」
「様子を見に来ることがおかしなことか? 俺がお前をここに連れてきたのたからな」

 お腹の奥でぐるぐるとしたものがわだかまる。
 トビと言葉をかわすたび、嫌なものばかりが溜まっていく。
 それは不満だったり、不安だったり、怒りだったり、恨みだったり。
 ないまぜになっているそれらを重たく感じながら、ゆっくりとまぶたをあげた。

「私をここに閉じ込めて、満足しましたか」
「どういう意味だ」
「そのままの意味です。天降り人だから、危険だから。そう言って私をここに連れてきたくせに、あなたは毎日ご機嫌取りのような贈り物をして、豪華な服と贅沢な食事を与えてくる。そんな無駄なことをして、何がしたいんですか?」

 良い機会だからと言いたいことを全部、吐き出させてもらう。
 トビは少しだけ眉間に皺を寄せる素振りを見せたけど、その表情はほとんど動かない。

「こちらの都合で引き込んだんだ。少しくらいご機嫌取りもする。なんだ、あれでは満足できなかったか?」
「むしろあれで私が満足すると? 私はここにはない物がたくさんある世界から来たのを忘れてない?」
「挑発か? いいぞ、言ってみるがいい。お前の望むものを与えてやる」

 私は笑ってやった。

「テレビ、エアコン、スマホ、車、電車、ゲーム、ドライヤー、冷蔵庫、シャワー、電気ケトル、洗濯機、電子レンジ」

 トビの表情が変わる。
 それまで余裕そうだった顔が、苦々しいものへと変わっていった。
 それを見れば少しだけ溜飲も下がる。

「どう? 用意してくれますか?」
「……てれびとはなんだ」
「ニュース、アニメ、映画、バラエティ……色んな映像を流す娯楽品」
「にゅーす、とは」
「世界時事かな。国を超えた国のことも教えてくれます。世界中で今、何が起きてるのかを知れるの」
「……世界中とは」
「それこそ西の大陸にいても、東の大陸の辺境で誰が誰と結婚した、戦争が起きたってことがその日の内には伝わります」

 そこまで言えば、トビは黙ってしまった。
 これを実現しろなんてこと、無理だってことくらい知ってる。
 でもトビは、たぶん天降り人のことを正しく理解していないから。

「私の世界はこの世界よりも遥かに便利で発展してる。そんな私が望むものを全て用意できますか? 何年、何十年、かかりますか?」

 天降りで降ってきたものを研究するのに、何年かかっているのかは知らない。
 だけど三百年前にフーミャオさんがいても、この世界には電気はおろか、蒸気機関すら発達しなかった。
 そんな世界で科学が発展するには後どれくらいかかるんだろう。
 フーミャオさんが電気も蒸気機関も知らないような古い時代の人なら、それも仕方ないけれど。

 姿勢をただしてまっすぐにトビに向かい合えば、トビは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「お前の望みがはるか高みだということは分かった。それら天降りの物以外で用意できるものを言え」
「なら、アンリに会わせてください」

 それ以外、いらない。
 アンリだけがいればいい。
 綺麗な服も、贅沢な食事もいらない。
 罪人のような扱いでもいい。
 隣にアンリだけいれば。

 そう言いつのれば、トビはコツコツと四阿の卓を指で弾いて考える素振りをみせた。
 それからおもむろに私と視線を合わせる。

「考えておく」

 トビの言葉が変わる。
 だめだの一点張りだったものから、少しだけ軟化した。
 このまま押せば、押し通せる?
 それともあまりに言い過ぎれば、また気が変わってまたためだと言われてしまう?
 じっとトビの表情を伺っていれば、トビは冷めた目で私を見返す。

「ただでは会わせるわけがない。フーミャオの日記の解読を進めておけ」
「……分かりました」

 そう言うと、トビは立ち上がる。
 その背中の向こうに、気遣わし気なオレリーさんがいた。

「オレリー、これは随分と世話が焼けるだろう」
「いいえ、トビ様の幼い頃に比べたら」

 やんわりと微笑んだオレリーさんに、ばつの悪そうな顔をしてトビは踵を返した。
 四阿から出ていったトビと入れ替えに、オレリーさんが四阿へ入ってくる。

「お話が弾んでいらっしゃいましたね」
「そうでしょうか」
「ええ。氷をお持ちしていたのですが、ずいぶんと溶けてしまいました」

 この世界では、夏場の氷は貴重だ。
 冷凍庫がないから、氷の保存なんてそうそうできない。
 それなのにオレリーさんは私のためにと氷を持ってくる。
 冷えた飲み物を用意してくれる。

 去年の今頃は、こんな贅沢なんてしていなかったし、元の世界ではこれか贅沢なんてことも思わなかった。
 天降り人が特別であり、神話のように寄り添う誰かがその心の隙間を埋めてくれようとするのなら。
 こんな贅沢よりも、ただ一人、私が望む人の傍にいさせてほしい。

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