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ファウルダース侯爵家結婚編
脱出作戦4
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「……生きているとは、悪運の強い」
「これくらいで死んでいたら騎士の名が泣くからね」
忌々しそうにアンリを睨みつけたエンゾさんに、アンリは剣を突きつけたまま淡々と返した。
「由佳は返してもらう。お前たちの悪趣味な企みもここまでだ」
「人聞きの悪い。子孫繁栄は人類共通の命題でしょうに」
「御託はいい」
アンリがエンゾさんに突きつけた剣をわずかに前へ突き出すと、エンゾさんは黙った。
コツコツと靴音が聞こえる。
後ろから複数の人の気配がして身を強ばらせれば、アンリが私のお腹に回した腕に力を込めた。
「大丈夫、味方だ」
「味方……?」
「オルレットの王家を通じ、香の大家へ向けて、オージェ伯爵及びファウルダース侯爵の連名にて正式文書にて抗議声明を挙げさせてもらいました」
背中からかかる声は、ユーグさん!
「保護対象の一人だったアンリ・ファウルダース様を奪還した時点で、王家よりオルレットの騎士にも香の大家への突入許可がおりました。ユカ・オージェ伯爵令嬢の保護と、トビ・ソレイユ及びエンゾ・サンテールの捕縛命令が出ています」
「何故……! 証拠は全て消したはずです! 抗議声明が挙げられたところで王家がこうも簡単に動くはずもない!」
顔色を変えたエンゾさんに、ユーグさんは静かに告げた。
「オージェ伯爵はユカ・オージェが天降り人であることを開示しました」
「馬鹿な……!」
「本当です。それと別口から密告もありましたので」
「密告……!?」
「一年前にあったオージェ伯爵襲撃事件。あれの残党は未だに香の大家に潜んでいたようですよ?」
エンゾさんの眦が怒りで吊り上がる。
「神聖な大家にどぶ鼠が巣食っていようとは……!」
「そういうわけだ。エンゾ・サンテール。大人しく投降しろ」
アンリがエンゾさんを見据えて通告する。
エンゾさんはアンリを一瞥した後、私を見た。
「……一度は俗世の愚者と交わることも許しましたが、こうも追い詰められると、人とは欲が出るものですね」
「エンゾ様……?」
「私も人並みに俗物だったということですよ。女の敵とはよく言ったものです」
そう薄らと笑ったエンゾさんは、手に持った小瓶を床に叩きつけた。
私はぎょっとする。
「由佳、吸うな!」
アンリの胸に強く抱き込まれ、自分でも口元を抑える。
横を走り抜ける人の気配。
「追え! 逃がすな!」
奥へと逃げたエンゾさんを追って、アンリ達が連れてきた人たちが駆けていく。
この先にあるのは薫香の間だけなのに、エンゾさんはどうしてそっちに?
「渡りの間には隠し通路がございます」
「隠し通路?」
かすれるような、しわがれた女性の声。
背後を振り返れば、この国の騎士らしき人たちに連れられたオレリーさんがいた。
「姫様。ご無事でようございました」
「オレリーさん……」
「ささ、こちらへ。くつろげるよう、お部屋をご用意しております。天落香の香りが移る前に湯浴みの用意もいたしましょう」
アンリを見上げれば、アンリはこくりとうなずく。
「この人は僕らの協力者だよ。香の大家の人だけれど、由佳の味方の人だ」
私の味方。
私、オレリーさんにひどいこといっぱいしたのに。
私が戸惑っていれば、オレリーさんがゆっくりと歩み寄ってきて、私の手を取ってくれた。
その手には、ここに来たばかりのときに折った、折り鶴。
私が要らないと、捨ててと言った、折り鶴だ。
「愚かなオレリーめをお許しください。言い伝えやしきたりを重んじるあまりに、姫様のお心を踏みにじってしまったこのオレリーを。これは姫様のお心でございます。これを捨てろと命じられた時、姫様という御方のお心を痛いほど知ってしまいました」
私は手のひらに乗せられた折り鶴をじっと見つめた。
不格好に折られたそれは、たぶんオレリーさんが自分で折り直したものだと思う。
「私にできることはわずかではございますが、どうかもうしばしオレリーに償いをさせてはもらえませぬか。私の名を刻んでいただけたそのお心を、もう一度いただけませぬか」
ぽろりと涙が落ちてくる。
自分の愚かさをまざまざと見せつけられた。
私って本当に嫌な人間だ。
こんなにも優しいオレリーさんを、自傷行為にも等しい自己満足に巻き込んで、傷つけた。
ひどく胸が痛んだ。
傷つけたのはオレリーさんじゃなくて、私なのに。
なのにオレリーさんは私に償うと言う。
それじゃあ、あべこべだ。
「……ごめんなさい」
「姫様が謝ることではございません。すべては我ら、香の大家が悪うございます」
「いいえ、いいえ。たとえそうでも、こんなにも優しくしてくれたオレリーさんを傷つけていい理由にはなりません。私、すごく、ばかなことを」
「姫様……」
一つこぼれてしまえば、そこからひびが入るように瓦解してしまう。
決壊した涙腺は、自分じゃどうしようもなかった。
アンリが胸に抱き込むように、私の肩を抱く。
私はアンリの胸にしがみついて、こみ上げる嗚咽を押し殺した。
「由佳。ごめんな。本当は思う存分泣かしてやりたいけど、ここじゃだめだ。香がまわる前に場所を移そう」
アンリに言われ、こくりとうなずく。
私はそれでいいけど、でもエンゾさんは?
私が奥の間を気にする素振りを見せると、オレリーさんが教えてくれる。
「エンゾ様より薫香の間の仕度をするよう命じられました際、万が一のために手の内の者を隠し通路に潜ませておりました。香の大家の者ではございますが、姫様のご意思を尊重できる者たちでございます。今頃はお縄となっていることでしょう」
オレリーさんの機転にすごいなぁと思っていると、ちょうどタイミングを見計らったように、エンゾさんを追いかけに行ったはずの一人が戻ってくる。
「隊長。エンゾ・サンテールの捕縛を完了いたしました」
「よし。ならオルレット側の現場指揮官に指示を仰げ。重複命令になると面倒だから」
「了解しました」
今の人、シュロルムで巡回していたのを見たことがある。アンリと同じ、黒宵騎士団の人。
ユーグさんとガストンさん以外にも来てたんだ。
アンリと騎士さんのやり取りを横目に見つつ、私は目をつむる。
これで、ルドランスに帰れる。
ルドランスに帰ったら、エリアたちに会いたい。
会って、おかえりって言ってほしい。
そう考えて、ふと気づく。
あぁ、シュロルムはもう、私の帰る場所なんだって。
あそこが私の、第二の故郷になってるんだって、実感した。
日本が遠くなってしまったようで悲しいけれど、それでも私は今、あそこに帰りたいと思ってる。
「アンリ」
「ん?」
そっと囁くように名前を呼べば、耳を傾けてくれる人がいる。
私は彼の胸に顔を埋めた。
「帰ろう、シュロルムに。みんな心配してるかも」
「そうだね。僕、エリアに怒られるかもしれないから、そうなったら一緒に謝ってくれる?」
「なんでアンリが怒られるの?」
「由佳を守るって言ったのに、守れなかったから」
「アンリはちゃんと守ってくれたし、助けてくれた」
アンリは私の心の支えだよ。アンリがいるから、私もただ待つだけじゃなくて、立ち向かおうと思えた。
「そういえば。私、ガストンさんといた場所から移動したのに、よくここにいるって分かったね」
「あー。なんか一度、すごい音がしただろ? パァンって初めて聞く音だったんだけどさ。ガストンが合流場所にこないし、おかしいって思って音のした方に来てみたら、由佳が連れていかれるところだった」
良かった。
私の合図、ちゃんと届いてた。
「いつから見てたの?」
「母屋に入ったところくらい。人を避けて移動してたらなかなか助けに入れなくて。……遅くなってごめんな」
アンリが謝りだしたから、謝らなくていいよって言おうとして、つんつんと袖が引かれる。
引かれた袖を見れば、オレリーさんが困ったように私とアンリを見上げていた。
「姫様。どうか立ち話は場所を移してからにしましょう」
三回目の忠告。
アンリを見上げれば、アンリも苦笑い。
アンリはそのまま私を抱き上げた。
「わっ」
「さ、行こうか。お姫様」
「自分で歩けるけど……」
「僕がこうしたいんだ。少しでも由佳と離れたくないから」
そう言われてしまえば、私が抵抗するわけもなく。
私はアンリに抱かれ、この場を後にしたのだった。
「これくらいで死んでいたら騎士の名が泣くからね」
忌々しそうにアンリを睨みつけたエンゾさんに、アンリは剣を突きつけたまま淡々と返した。
「由佳は返してもらう。お前たちの悪趣味な企みもここまでだ」
「人聞きの悪い。子孫繁栄は人類共通の命題でしょうに」
「御託はいい」
アンリがエンゾさんに突きつけた剣をわずかに前へ突き出すと、エンゾさんは黙った。
コツコツと靴音が聞こえる。
後ろから複数の人の気配がして身を強ばらせれば、アンリが私のお腹に回した腕に力を込めた。
「大丈夫、味方だ」
「味方……?」
「オルレットの王家を通じ、香の大家へ向けて、オージェ伯爵及びファウルダース侯爵の連名にて正式文書にて抗議声明を挙げさせてもらいました」
背中からかかる声は、ユーグさん!
「保護対象の一人だったアンリ・ファウルダース様を奪還した時点で、王家よりオルレットの騎士にも香の大家への突入許可がおりました。ユカ・オージェ伯爵令嬢の保護と、トビ・ソレイユ及びエンゾ・サンテールの捕縛命令が出ています」
「何故……! 証拠は全て消したはずです! 抗議声明が挙げられたところで王家がこうも簡単に動くはずもない!」
顔色を変えたエンゾさんに、ユーグさんは静かに告げた。
「オージェ伯爵はユカ・オージェが天降り人であることを開示しました」
「馬鹿な……!」
「本当です。それと別口から密告もありましたので」
「密告……!?」
「一年前にあったオージェ伯爵襲撃事件。あれの残党は未だに香の大家に潜んでいたようですよ?」
エンゾさんの眦が怒りで吊り上がる。
「神聖な大家にどぶ鼠が巣食っていようとは……!」
「そういうわけだ。エンゾ・サンテール。大人しく投降しろ」
アンリがエンゾさんを見据えて通告する。
エンゾさんはアンリを一瞥した後、私を見た。
「……一度は俗世の愚者と交わることも許しましたが、こうも追い詰められると、人とは欲が出るものですね」
「エンゾ様……?」
「私も人並みに俗物だったということですよ。女の敵とはよく言ったものです」
そう薄らと笑ったエンゾさんは、手に持った小瓶を床に叩きつけた。
私はぎょっとする。
「由佳、吸うな!」
アンリの胸に強く抱き込まれ、自分でも口元を抑える。
横を走り抜ける人の気配。
「追え! 逃がすな!」
奥へと逃げたエンゾさんを追って、アンリ達が連れてきた人たちが駆けていく。
この先にあるのは薫香の間だけなのに、エンゾさんはどうしてそっちに?
「渡りの間には隠し通路がございます」
「隠し通路?」
かすれるような、しわがれた女性の声。
背後を振り返れば、この国の騎士らしき人たちに連れられたオレリーさんがいた。
「姫様。ご無事でようございました」
「オレリーさん……」
「ささ、こちらへ。くつろげるよう、お部屋をご用意しております。天落香の香りが移る前に湯浴みの用意もいたしましょう」
アンリを見上げれば、アンリはこくりとうなずく。
「この人は僕らの協力者だよ。香の大家の人だけれど、由佳の味方の人だ」
私の味方。
私、オレリーさんにひどいこといっぱいしたのに。
私が戸惑っていれば、オレリーさんがゆっくりと歩み寄ってきて、私の手を取ってくれた。
その手には、ここに来たばかりのときに折った、折り鶴。
私が要らないと、捨ててと言った、折り鶴だ。
「愚かなオレリーめをお許しください。言い伝えやしきたりを重んじるあまりに、姫様のお心を踏みにじってしまったこのオレリーを。これは姫様のお心でございます。これを捨てろと命じられた時、姫様という御方のお心を痛いほど知ってしまいました」
私は手のひらに乗せられた折り鶴をじっと見つめた。
不格好に折られたそれは、たぶんオレリーさんが自分で折り直したものだと思う。
「私にできることはわずかではございますが、どうかもうしばしオレリーに償いをさせてはもらえませぬか。私の名を刻んでいただけたそのお心を、もう一度いただけませぬか」
ぽろりと涙が落ちてくる。
自分の愚かさをまざまざと見せつけられた。
私って本当に嫌な人間だ。
こんなにも優しいオレリーさんを、自傷行為にも等しい自己満足に巻き込んで、傷つけた。
ひどく胸が痛んだ。
傷つけたのはオレリーさんじゃなくて、私なのに。
なのにオレリーさんは私に償うと言う。
それじゃあ、あべこべだ。
「……ごめんなさい」
「姫様が謝ることではございません。すべては我ら、香の大家が悪うございます」
「いいえ、いいえ。たとえそうでも、こんなにも優しくしてくれたオレリーさんを傷つけていい理由にはなりません。私、すごく、ばかなことを」
「姫様……」
一つこぼれてしまえば、そこからひびが入るように瓦解してしまう。
決壊した涙腺は、自分じゃどうしようもなかった。
アンリが胸に抱き込むように、私の肩を抱く。
私はアンリの胸にしがみついて、こみ上げる嗚咽を押し殺した。
「由佳。ごめんな。本当は思う存分泣かしてやりたいけど、ここじゃだめだ。香がまわる前に場所を移そう」
アンリに言われ、こくりとうなずく。
私はそれでいいけど、でもエンゾさんは?
私が奥の間を気にする素振りを見せると、オレリーさんが教えてくれる。
「エンゾ様より薫香の間の仕度をするよう命じられました際、万が一のために手の内の者を隠し通路に潜ませておりました。香の大家の者ではございますが、姫様のご意思を尊重できる者たちでございます。今頃はお縄となっていることでしょう」
オレリーさんの機転にすごいなぁと思っていると、ちょうどタイミングを見計らったように、エンゾさんを追いかけに行ったはずの一人が戻ってくる。
「隊長。エンゾ・サンテールの捕縛を完了いたしました」
「よし。ならオルレット側の現場指揮官に指示を仰げ。重複命令になると面倒だから」
「了解しました」
今の人、シュロルムで巡回していたのを見たことがある。アンリと同じ、黒宵騎士団の人。
ユーグさんとガストンさん以外にも来てたんだ。
アンリと騎士さんのやり取りを横目に見つつ、私は目をつむる。
これで、ルドランスに帰れる。
ルドランスに帰ったら、エリアたちに会いたい。
会って、おかえりって言ってほしい。
そう考えて、ふと気づく。
あぁ、シュロルムはもう、私の帰る場所なんだって。
あそこが私の、第二の故郷になってるんだって、実感した。
日本が遠くなってしまったようで悲しいけれど、それでも私は今、あそこに帰りたいと思ってる。
「アンリ」
「ん?」
そっと囁くように名前を呼べば、耳を傾けてくれる人がいる。
私は彼の胸に顔を埋めた。
「帰ろう、シュロルムに。みんな心配してるかも」
「そうだね。僕、エリアに怒られるかもしれないから、そうなったら一緒に謝ってくれる?」
「なんでアンリが怒られるの?」
「由佳を守るって言ったのに、守れなかったから」
「アンリはちゃんと守ってくれたし、助けてくれた」
アンリは私の心の支えだよ。アンリがいるから、私もただ待つだけじゃなくて、立ち向かおうと思えた。
「そういえば。私、ガストンさんといた場所から移動したのに、よくここにいるって分かったね」
「あー。なんか一度、すごい音がしただろ? パァンって初めて聞く音だったんだけどさ。ガストンが合流場所にこないし、おかしいって思って音のした方に来てみたら、由佳が連れていかれるところだった」
良かった。
私の合図、ちゃんと届いてた。
「いつから見てたの?」
「母屋に入ったところくらい。人を避けて移動してたらなかなか助けに入れなくて。……遅くなってごめんな」
アンリが謝りだしたから、謝らなくていいよって言おうとして、つんつんと袖が引かれる。
引かれた袖を見れば、オレリーさんが困ったように私とアンリを見上げていた。
「姫様。どうか立ち話は場所を移してからにしましょう」
三回目の忠告。
アンリを見上げれば、アンリも苦笑い。
アンリはそのまま私を抱き上げた。
「わっ」
「さ、行こうか。お姫様」
「自分で歩けるけど……」
「僕がこうしたいんだ。少しでも由佳と離れたくないから」
そう言われてしまえば、私が抵抗するわけもなく。
私はアンリに抱かれ、この場を後にしたのだった。
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