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ファウルダース侯爵家結婚編
かけがえのない日々1-私の帰る場所-
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オルレットにおける香の大家での騒動が、とうとう終わりを見せた。
ルドランスへと帰る許可も出た私は、ようやくと思いながら手配された馬車に荷物が積まれていくのを眺める。
ここに来る時は着の身着のままだったのに、帰りは海外旅行した時みたいに荷物が膨らんでしまった。
と、いうのも。
「姫様、やはりこちらもどうか」
「オレリーさん、もう十分いただきましたから」
「ですが、こちらも姫様にお似合いになりますと思うので……」
昨夜から続くこの攻防。
荷物の大半は、オレリーさんがくれた天降り人の衣装だった。
唐風のその衣装は衣を重ねることで華やかさが増すし、それに付随するアクセサリーや帯も沢山ある。
あれもこれもと私に持たせようとするオレリーさんに、子供の頃、あれをお食べこれをお食べとお菓子をくれたおばあちゃんを思い出した。
「また来ますから。このお衣装はその時に着させてください」
「左様ですか……寂しゅうございます」
オレリーさんがしょんぼりとするから、私も寂しくて、可愛いおばあさんをぎゅっと抱きしめる。背の高いこの世界の人たちの中でも小さい人だ。私とオレリーさんじゃ身長がほとんど変わらないんだよなぁ。
「ユカ、そろそろ参りますわよ」
「はい」
事後処理の対応のためにオルレットに来てくれていたミリッツァ様が、私を呼ぶ。
荷物の積み込みが終わったみたい。
名残惜しかったけれど、私はオレリーさんから身を離した。
「それじゃオレリーさん、お元気で。トビ様と……エンゾ様にもよろしくとお伝えください」
「はい。姫様もどうかお元気で」
ミリッツァ様に促された私は馬車へと乗り込む。
アンリは騎士団への報告もあるからと、一足先に出発していたので、帰路は別だった。馬で早駆けして、私達の馬車での日程の半分で帰るらしい。
なかなかの強行軍に聞いた時は呆れたよ。帰りはせっかくプチ旅行気分で一緒にのんびりできると思ったのに。
そんなことを思いながら、窓の外を見る。
オレリーさんやお世話になった人たちが、私たちを見送ってくれた。
無理やり連れて来られた場所だったけれど、得られたものは沢山あったと思う。
楽観的過ぎるとは思うけれど、間違いなく、来てよかったと思える場所だった。
「ここはどうでしたか」
見送ってくれる人の顔ぶれを見ていたら、ミリッツァ様が私に声をかける。
私はちょっとだけ考えた。
ここは来てよかったと思える場所だっけど、でも。
「一言で言うのなら、天降り人の家、だと思いました。でもそれは私の家じゃなくて、昔いた人のための家なので……私はやっぱり、シュロルムが一番居心地がいいみたいです」
香の大家は、フーミャオさんの家だった。
あちこち旅していたフーミャオさんだけど、いつだって旅の始まりと旅の終わりはあの場所にあったから。
フーミャオさんは香の大家に拾われて、世界を知るかたわら、お香の研究をしていた。お茶の文化が旅の各地に伝わったのは香りの研究の一貫だったようだし、ルドランスに白磁器が伝わったのは香炉のため。アラベスク模様も、陶器でできた香炉を壊さないように包むための布を作る時に伝えたようだった。
そんなフーミャオさんの帰る場所だった香の大家は、結局はフーミャオさんの帰る場所であって、私の帰る場所じゃなかった。
たったそれだけのこと。
「そうですか。香の大家と縁を切らなかったので、てっきり何か思うところがあったのかと思いましたわ」
「思うところがないとは言い切れません。あそこには私の世界につながるものが多くありますから。ですが、トビに言われたんです。天降りは良いものばかりではないと。その良し悪しを見定めるなら、私が一番適任ですから」
「貴女のその責任感の強いところは、長所でもあり、短所でもあるわね」
「そうでしょうか」
たぶん人から見れば、私はずいぶんとお人好しだって思われるタイプだと思う。
普通なら馬車で事故を起こして、誘拐されて、あまつさえ貞操の危機にもあったのに、許しちゃってるんだから。
でも仕方ない。
エンゾさんは行き過ぎていたけど、トビが言いたいことはよく分かったから。
そのトビとは分かりあえたと思ったよ。
なら後は、お互いに信頼を築いていくのもいいと思うんだ。
「甘いわね」
「そうでしょうか」
「わたくしなら、二度と再起不能にしてやりますのに」
およそ伯爵夫人らしからぬ乱暴なお言葉が聞こえた気がするんですが、気のせいですか??
私は苦笑しながら、窓から視線を外す。
馬車が走り出した。
がたごとと走る馬車は、香の大家を出て、オルレットを出て、ルドランスへ。
シュロルムに帰るのが、ひどく待ち遠しかった。
◇◇◇
ルドランスの王都からオルレットへは六日かかったけれど、オルレットからシュロルムへは三日の行程だった。
シュロルムから王都へは三日かかったから、本当にシュロルムはオルレットとの国境にあったんだね。
シュロルムに帰ってきた私は、とうとう今までの疲れが一気にふきだしたのか、帰宅早々寝込んでしまった。
よくまぁオルレットにいた時にダウンしなかったものだと、熱に浮いた思考でそんなことを思っていれば、寝込んだ私のために来てくれたエリアに小言を言われてしまう。
「ようやく落ち着いて平和になると思ってたのに、王都でも事件に巻き込まれるなんて。貴女ってば、どこにいても目立つのね」
「目立ってるつもりはないんだけどなぁ……」
「目立つから目をつけられるのでしょう」
オージェ伯爵邸にある私の寝室で、エリアが薬を煎じながらピシャリと言う。ぐうの音も言えない私がベッドに沈んだまま黙っていれば、ベルさんが甲斐甲斐しく私の額に置かれた濡れタオルを新しいものに変えてくれた。
「ベルさん、ありがとうございます」
「これくらいのこと、お礼を言われるほどのものではございません。それよりも、お嬢様はちゃんとエリアさんの言葉をお考えください。一歩間違えば、想像もつかないくらい酷いことになっていたのかもしれないんですよ」
ベルさんにも叱られてしまった。
想像もつかないくらい酷いことと言われて、苦笑する。
この世界に来て何度その「酷いこと」が起きたんだろう。
日本だったら安全だったのかって言われれば、微妙なところだけどさ。私は日本じゃ普通に生活してたけど、毎日ニュースは流れて、誰それが事件を起こしたなんてのはしょっちゅうだったわけだし。
「ごめんなさい。気をつけようって思ってはいるけど、こればかりは……」
「貴女にはすきが多すぎるのよ。もうちょっと警戒心を持ちなさい」
「人並みに持ってるとは思うけど……」
「持ってないからほいほいと事件に巻き込まれるんでしょう」
ぐうの音もございません……。
エリアが手厳しくて、私は布団を顔まで引き上げてそろりと隠れる。
「お嬢様。どうか人をお疑いください。知らない人にはついて行かない、近づかない、無条件に人を信じない」
「むずかしい……」
「難しくてもです」
ベルさんも手厳しい。
お布団に潜ったまま、二人の言葉を考える。
特にベルさんの言葉は、この世界で頼れる人が全くいなくて、知らない人に助けてもらったからこそこうして生きてる私からしてみれば、本当に難しいことだった。
だから私から言えることは。
「善処します……」
「そうして頂戴」
これでエリアからのお説教は終わったかな?
アンリは自分が叱られるとか言ってたけど、私もしっかり叱られちゃったよ。なのでアンリもしっかりと叱られてもらおう。そうじゃないと、フェアじゃないし。
のそのそと布団から顔を出せば、ベルさんが苦笑しながら布団を整えてくれた。おでこに載せてた濡れタオルもちゃんと乗せ直してくれる。
「今後はシュロルムにいる限りは大丈夫でしょう。旦那様が二度とこんなことないようにと、騎士団と連携してお嬢様の身辺強化をしてくださるようですから」
「どういうこと?」
「旦那様は今回のことでお嬢様が天降り人であることを内々ではありますが公表されました。オルレットの王家及びルドランス王家と、王族に近しい高位貴族にです。その上で、シュロルム支部の騎士団を動かしました」
そうだった。シュロルムの騎士の人達にも私が天降り人だってことを知られたんだった。だから香の大家に騎士の人たちが乗り込んできたわけで。
そのことを思い出していれば、ベルさんは話を続けてくれる。
「隠す時と表にした時では守り方が変わります。何よりお嬢様を守れる人が増えますから。シュロルム支部の騎士は警備の強化だけではなく、お嬢様の専属護衛として人を配備してくれるそうですよ」
「専属護衛??」
え、なんでそんなことになってるの??
ぎょっとして身体を起こそうとすれば、エリアに睨まれ、ベルさんに押し留められた。
ベルさんは教えてくれる。
「専属護衛と言っても大仰なものではないですよ。お嬢様にとってはこれまでとそんなに変わらないと思います」
「どういうこと?」
「それは……」
ベルさんが何かを言いかけた時、こんこんと寝室の扉がノックされた。
エリアが顔を上げれば、ベルさんが扉をわずかに開いて誰が来たのか確認する。
それから私の方をふりむいて、微笑んだ。
「噂をすれば、のようです。お嬢様、騎士の方がご挨拶にお見えになりました。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか」
えぇと、あんまり女性の寝室に男の人を入れちゃいけないって聞いてるんだけど……いいの?
ベルさんがそういったマナーをすすんで破るわけはないから困ってしまえば、エリアが横から口を出してくる。
「貴女、今日は絶対安静だって言ったでしょう。ベッドから出ちゃだめってことよ」
「……ベルさん、通してください」
「かしこまりました」
ベルさんが扉を開いてくれる。
入ってきたのは、銀の髪をざっくりとハーフアップにして黒い騎士服を纏う、スミレ色の瞳の騎士。
シュロルムに戻ってきてから初めて見た顔に、私は顔をほころばせた。
「アンリ」
「寝込んでるって聞いてたけど、大丈夫かい?」
思わず上体を起こせばエリアから咎めるような視線がとんでくる。
私は苦笑しながら、体の位置を調整してヘッドボードに背中を預けた。濡れタオルはおでこから落ちたので、脇においておく。
「みんな大げさなだけ。いつものことだよ」
「いつもじゃないでしょう。貴女、自分の体のことよく分かってる? 薬だってあまり効かないのに」
「ごめんなさい」
エリアに苦言を呈されてバツが悪くなって謝れば、アンリがからりと笑った。
気を利かせたベルさんが持ってきた椅子にアンリは座ると、「長居はしないから」と前置いた。
「もしかしたら聞いてるかもしれないけど、君の護衛体制について、伯爵家と騎士団で協力することになったから、その報告に来たんだ」
「そっか。ちょうどベルさんから聞いたところだったの。一応聞くけど、護衛ってこんな一市民に必要なくない?」
「由佳ならそう言うと思ったけど、案の定か。でもオージェ伯爵の要請だし、王家からも護衛をつけるよう言われてるから、受けてくれよ?」
アンリはそう言うと、私に対する護衛体制について話してくれる。
基本的には騎士団から交代でニ人が派遣されるらしい。私なんかに人員を割かなくとも……と思ったけど、外出する時には必要だってアンリも主張した。
「今回僕は君を守れなかった。もし馬車の外に護衛が一人でもいたら、あの馬車の事故はもっと違う形で終わってたはずだ。僕がいるし、王都でそんな大事が起きるわけないだろうって楽観視してた。由佳を守るって言うからには今後はもっと徹底していくつもり」
「そんな大事にしなくても……」
「僕のためでもあるんだよ。君が、僕の手の届かないところに連れて行かれることが、こんなにも怖いと思わなかった。だからなりふりかまっちゃいられない。……本当は僕一人で守るって言えればいいんだけど」
情けなく笑ったアンリに、私は首をふる。
「アンリがそれで安心するなら、それでいいよ。私だって好き好んで事件に巻き込まれたいわけじゃないし」
「ありがとう。護衛にはユーグの班が着くから。よろしくしてやって」
「分かった」
こっくりと頷けば、それまで薬を煎じていたエリアが私にお椀を差し出した。
ドロッとした緑色の液体が目に入る。
顔が引きつった。
「エリア……」
「はい、これ食べて」
「食べて!?」
「飲むにしてはドロドロしてるから。……改良の余地はまだまだあるけど、今日のところは我慢して頂戴」
うぇぇええ。
口にするのに勇気のいりそうなそれを前に、私の顔が歪む。
エリアは私がオルレットから持ち帰ってきたものの中にあった、フーミャオが天降り人用に残したと言われる薬の調合書をもとに薬を煎じてくれてたんだけど……え、フーミャオさん、これ飲んだの???
飲む勇気が出なくて途方に暮れていれば、アンリが私の前に餌をぶら下げてくる。
「由佳、元気になったら出かけようか。色々とやらないことがあるからさ」
「やることって?」
「言ったじゃないか。結婚の準備をしていこうって」
屈託なく笑うアンリ。
そうだった。
そういう約束をしていた。
私がそれにはにかむと、エリアが横からつついてくる。
「それなら早く、元気にならないとね」
「口直しの果実水の用意もこざいますよ」
ベルさん手際が良すぎるでしょ。
私の笑顔はすぐに苦笑いに変わっちゃったけど、私の覚悟は決まる。
女は度胸!
そうやって飲み干した薬は目が回るくらい不味かったけど、効果は抜群で、その日の夜にはすっかり体調が良くなってた。
……二度と飲みたくはないので、体調管理は気をつけようと思います。
ルドランスへと帰る許可も出た私は、ようやくと思いながら手配された馬車に荷物が積まれていくのを眺める。
ここに来る時は着の身着のままだったのに、帰りは海外旅行した時みたいに荷物が膨らんでしまった。
と、いうのも。
「姫様、やはりこちらもどうか」
「オレリーさん、もう十分いただきましたから」
「ですが、こちらも姫様にお似合いになりますと思うので……」
昨夜から続くこの攻防。
荷物の大半は、オレリーさんがくれた天降り人の衣装だった。
唐風のその衣装は衣を重ねることで華やかさが増すし、それに付随するアクセサリーや帯も沢山ある。
あれもこれもと私に持たせようとするオレリーさんに、子供の頃、あれをお食べこれをお食べとお菓子をくれたおばあちゃんを思い出した。
「また来ますから。このお衣装はその時に着させてください」
「左様ですか……寂しゅうございます」
オレリーさんがしょんぼりとするから、私も寂しくて、可愛いおばあさんをぎゅっと抱きしめる。背の高いこの世界の人たちの中でも小さい人だ。私とオレリーさんじゃ身長がほとんど変わらないんだよなぁ。
「ユカ、そろそろ参りますわよ」
「はい」
事後処理の対応のためにオルレットに来てくれていたミリッツァ様が、私を呼ぶ。
荷物の積み込みが終わったみたい。
名残惜しかったけれど、私はオレリーさんから身を離した。
「それじゃオレリーさん、お元気で。トビ様と……エンゾ様にもよろしくとお伝えください」
「はい。姫様もどうかお元気で」
ミリッツァ様に促された私は馬車へと乗り込む。
アンリは騎士団への報告もあるからと、一足先に出発していたので、帰路は別だった。馬で早駆けして、私達の馬車での日程の半分で帰るらしい。
なかなかの強行軍に聞いた時は呆れたよ。帰りはせっかくプチ旅行気分で一緒にのんびりできると思ったのに。
そんなことを思いながら、窓の外を見る。
オレリーさんやお世話になった人たちが、私たちを見送ってくれた。
無理やり連れて来られた場所だったけれど、得られたものは沢山あったと思う。
楽観的過ぎるとは思うけれど、間違いなく、来てよかったと思える場所だった。
「ここはどうでしたか」
見送ってくれる人の顔ぶれを見ていたら、ミリッツァ様が私に声をかける。
私はちょっとだけ考えた。
ここは来てよかったと思える場所だっけど、でも。
「一言で言うのなら、天降り人の家、だと思いました。でもそれは私の家じゃなくて、昔いた人のための家なので……私はやっぱり、シュロルムが一番居心地がいいみたいです」
香の大家は、フーミャオさんの家だった。
あちこち旅していたフーミャオさんだけど、いつだって旅の始まりと旅の終わりはあの場所にあったから。
フーミャオさんは香の大家に拾われて、世界を知るかたわら、お香の研究をしていた。お茶の文化が旅の各地に伝わったのは香りの研究の一貫だったようだし、ルドランスに白磁器が伝わったのは香炉のため。アラベスク模様も、陶器でできた香炉を壊さないように包むための布を作る時に伝えたようだった。
そんなフーミャオさんの帰る場所だった香の大家は、結局はフーミャオさんの帰る場所であって、私の帰る場所じゃなかった。
たったそれだけのこと。
「そうですか。香の大家と縁を切らなかったので、てっきり何か思うところがあったのかと思いましたわ」
「思うところがないとは言い切れません。あそこには私の世界につながるものが多くありますから。ですが、トビに言われたんです。天降りは良いものばかりではないと。その良し悪しを見定めるなら、私が一番適任ですから」
「貴女のその責任感の強いところは、長所でもあり、短所でもあるわね」
「そうでしょうか」
たぶん人から見れば、私はずいぶんとお人好しだって思われるタイプだと思う。
普通なら馬車で事故を起こして、誘拐されて、あまつさえ貞操の危機にもあったのに、許しちゃってるんだから。
でも仕方ない。
エンゾさんは行き過ぎていたけど、トビが言いたいことはよく分かったから。
そのトビとは分かりあえたと思ったよ。
なら後は、お互いに信頼を築いていくのもいいと思うんだ。
「甘いわね」
「そうでしょうか」
「わたくしなら、二度と再起不能にしてやりますのに」
およそ伯爵夫人らしからぬ乱暴なお言葉が聞こえた気がするんですが、気のせいですか??
私は苦笑しながら、窓から視線を外す。
馬車が走り出した。
がたごとと走る馬車は、香の大家を出て、オルレットを出て、ルドランスへ。
シュロルムに帰るのが、ひどく待ち遠しかった。
◇◇◇
ルドランスの王都からオルレットへは六日かかったけれど、オルレットからシュロルムへは三日の行程だった。
シュロルムから王都へは三日かかったから、本当にシュロルムはオルレットとの国境にあったんだね。
シュロルムに帰ってきた私は、とうとう今までの疲れが一気にふきだしたのか、帰宅早々寝込んでしまった。
よくまぁオルレットにいた時にダウンしなかったものだと、熱に浮いた思考でそんなことを思っていれば、寝込んだ私のために来てくれたエリアに小言を言われてしまう。
「ようやく落ち着いて平和になると思ってたのに、王都でも事件に巻き込まれるなんて。貴女ってば、どこにいても目立つのね」
「目立ってるつもりはないんだけどなぁ……」
「目立つから目をつけられるのでしょう」
オージェ伯爵邸にある私の寝室で、エリアが薬を煎じながらピシャリと言う。ぐうの音も言えない私がベッドに沈んだまま黙っていれば、ベルさんが甲斐甲斐しく私の額に置かれた濡れタオルを新しいものに変えてくれた。
「ベルさん、ありがとうございます」
「これくらいのこと、お礼を言われるほどのものではございません。それよりも、お嬢様はちゃんとエリアさんの言葉をお考えください。一歩間違えば、想像もつかないくらい酷いことになっていたのかもしれないんですよ」
ベルさんにも叱られてしまった。
想像もつかないくらい酷いことと言われて、苦笑する。
この世界に来て何度その「酷いこと」が起きたんだろう。
日本だったら安全だったのかって言われれば、微妙なところだけどさ。私は日本じゃ普通に生活してたけど、毎日ニュースは流れて、誰それが事件を起こしたなんてのはしょっちゅうだったわけだし。
「ごめんなさい。気をつけようって思ってはいるけど、こればかりは……」
「貴女にはすきが多すぎるのよ。もうちょっと警戒心を持ちなさい」
「人並みに持ってるとは思うけど……」
「持ってないからほいほいと事件に巻き込まれるんでしょう」
ぐうの音もございません……。
エリアが手厳しくて、私は布団を顔まで引き上げてそろりと隠れる。
「お嬢様。どうか人をお疑いください。知らない人にはついて行かない、近づかない、無条件に人を信じない」
「むずかしい……」
「難しくてもです」
ベルさんも手厳しい。
お布団に潜ったまま、二人の言葉を考える。
特にベルさんの言葉は、この世界で頼れる人が全くいなくて、知らない人に助けてもらったからこそこうして生きてる私からしてみれば、本当に難しいことだった。
だから私から言えることは。
「善処します……」
「そうして頂戴」
これでエリアからのお説教は終わったかな?
アンリは自分が叱られるとか言ってたけど、私もしっかり叱られちゃったよ。なのでアンリもしっかりと叱られてもらおう。そうじゃないと、フェアじゃないし。
のそのそと布団から顔を出せば、ベルさんが苦笑しながら布団を整えてくれた。おでこに載せてた濡れタオルもちゃんと乗せ直してくれる。
「今後はシュロルムにいる限りは大丈夫でしょう。旦那様が二度とこんなことないようにと、騎士団と連携してお嬢様の身辺強化をしてくださるようですから」
「どういうこと?」
「旦那様は今回のことでお嬢様が天降り人であることを内々ではありますが公表されました。オルレットの王家及びルドランス王家と、王族に近しい高位貴族にです。その上で、シュロルム支部の騎士団を動かしました」
そうだった。シュロルムの騎士の人達にも私が天降り人だってことを知られたんだった。だから香の大家に騎士の人たちが乗り込んできたわけで。
そのことを思い出していれば、ベルさんは話を続けてくれる。
「隠す時と表にした時では守り方が変わります。何よりお嬢様を守れる人が増えますから。シュロルム支部の騎士は警備の強化だけではなく、お嬢様の専属護衛として人を配備してくれるそうですよ」
「専属護衛??」
え、なんでそんなことになってるの??
ぎょっとして身体を起こそうとすれば、エリアに睨まれ、ベルさんに押し留められた。
ベルさんは教えてくれる。
「専属護衛と言っても大仰なものではないですよ。お嬢様にとってはこれまでとそんなに変わらないと思います」
「どういうこと?」
「それは……」
ベルさんが何かを言いかけた時、こんこんと寝室の扉がノックされた。
エリアが顔を上げれば、ベルさんが扉をわずかに開いて誰が来たのか確認する。
それから私の方をふりむいて、微笑んだ。
「噂をすれば、のようです。お嬢様、騎士の方がご挨拶にお見えになりました。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか」
えぇと、あんまり女性の寝室に男の人を入れちゃいけないって聞いてるんだけど……いいの?
ベルさんがそういったマナーをすすんで破るわけはないから困ってしまえば、エリアが横から口を出してくる。
「貴女、今日は絶対安静だって言ったでしょう。ベッドから出ちゃだめってことよ」
「……ベルさん、通してください」
「かしこまりました」
ベルさんが扉を開いてくれる。
入ってきたのは、銀の髪をざっくりとハーフアップにして黒い騎士服を纏う、スミレ色の瞳の騎士。
シュロルムに戻ってきてから初めて見た顔に、私は顔をほころばせた。
「アンリ」
「寝込んでるって聞いてたけど、大丈夫かい?」
思わず上体を起こせばエリアから咎めるような視線がとんでくる。
私は苦笑しながら、体の位置を調整してヘッドボードに背中を預けた。濡れタオルはおでこから落ちたので、脇においておく。
「みんな大げさなだけ。いつものことだよ」
「いつもじゃないでしょう。貴女、自分の体のことよく分かってる? 薬だってあまり効かないのに」
「ごめんなさい」
エリアに苦言を呈されてバツが悪くなって謝れば、アンリがからりと笑った。
気を利かせたベルさんが持ってきた椅子にアンリは座ると、「長居はしないから」と前置いた。
「もしかしたら聞いてるかもしれないけど、君の護衛体制について、伯爵家と騎士団で協力することになったから、その報告に来たんだ」
「そっか。ちょうどベルさんから聞いたところだったの。一応聞くけど、護衛ってこんな一市民に必要なくない?」
「由佳ならそう言うと思ったけど、案の定か。でもオージェ伯爵の要請だし、王家からも護衛をつけるよう言われてるから、受けてくれよ?」
アンリはそう言うと、私に対する護衛体制について話してくれる。
基本的には騎士団から交代でニ人が派遣されるらしい。私なんかに人員を割かなくとも……と思ったけど、外出する時には必要だってアンリも主張した。
「今回僕は君を守れなかった。もし馬車の外に護衛が一人でもいたら、あの馬車の事故はもっと違う形で終わってたはずだ。僕がいるし、王都でそんな大事が起きるわけないだろうって楽観視してた。由佳を守るって言うからには今後はもっと徹底していくつもり」
「そんな大事にしなくても……」
「僕のためでもあるんだよ。君が、僕の手の届かないところに連れて行かれることが、こんなにも怖いと思わなかった。だからなりふりかまっちゃいられない。……本当は僕一人で守るって言えればいいんだけど」
情けなく笑ったアンリに、私は首をふる。
「アンリがそれで安心するなら、それでいいよ。私だって好き好んで事件に巻き込まれたいわけじゃないし」
「ありがとう。護衛にはユーグの班が着くから。よろしくしてやって」
「分かった」
こっくりと頷けば、それまで薬を煎じていたエリアが私にお椀を差し出した。
ドロッとした緑色の液体が目に入る。
顔が引きつった。
「エリア……」
「はい、これ食べて」
「食べて!?」
「飲むにしてはドロドロしてるから。……改良の余地はまだまだあるけど、今日のところは我慢して頂戴」
うぇぇええ。
口にするのに勇気のいりそうなそれを前に、私の顔が歪む。
エリアは私がオルレットから持ち帰ってきたものの中にあった、フーミャオが天降り人用に残したと言われる薬の調合書をもとに薬を煎じてくれてたんだけど……え、フーミャオさん、これ飲んだの???
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「やることって?」
「言ったじゃないか。結婚の準備をしていこうって」
屈託なく笑うアンリ。
そうだった。
そういう約束をしていた。
私がそれにはにかむと、エリアが横からつついてくる。
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ベルさん手際が良すぎるでしょ。
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女は度胸!
そうやって飲み干した薬は目が回るくらい不味かったけど、効果は抜群で、その日の夜にはすっかり体調が良くなってた。
……二度と飲みたくはないので、体調管理は気をつけようと思います。
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言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
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