異世界は都合よくまわらない!

采火

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ファウルダース侯爵家結婚編

かけがえのない日々2-二人の実像-

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 すっかりと平和な日々が戻ってきた。
 秋に入り、オレリーさん経由でトピから時計の時間を合わせたという一報が入る頃、オルレットから私がお願いしていた物が届いた。

 香の大家に要求した賠償のことをすっかりと忘れていた私は、ようやく届いたそれに何をしようとしたのかを思い出す。
 自分の部屋に置かれた鍵付きのチェストを、二年ぶりに開けた。
 このチェストは私がこのお屋敷にメイドとして住むようになってすぐ、メイド長から貰った物だった。大事なものはここに仕舞うように言われていたから、私は私の一番大切なものをこのチェストに押し込んで、ずっと鍵をしていた。
 一年前のあの事件の夜、このチェストが無事だったのは本当に運が良かったと思う。

 私はチェストからお目当てのものを取り出すと、トビから貰った天降りの道具―――単三電池を二つ、私がこの世界に来る時に持っていた、乾電池式のモバイルバッテリーにはめ込んだ。
 モバイルバッテリーの充電ランプが点灯する。
 私は密かにガッツポーズをした。





 私室のソファーで、二年ぶりにスマホを触ってみた。
 ベルさんにスマホを見せたらすごくびっくりしていて、さすが異世界の文明の利器だと私は満足した。

 香の大家の宝物庫にあった天降りの道具は、どれも保存状態が良かった。いつからあったのかは分からないけれど、乾電池の保存状態も良さそうだったからもしかしてと思ったんだけど……お願いしてみて良かった。
 そして充電式じゃなくて乾電池式のモバイルバッテリーを愛用していた私に拍手を送りたい。充電式だと充電し忘れて出先ですぐに使えないからなって思って持っていたのは本当に偉い。動画見てたりSNS使ってると、すぐに充電が減っちゃうからね。仕事を始めてからはあまり使わなかったけど、学生の時の名残で仕事の鞄に入れてた私は本当にグッジョブ。

 画面をタップして保存されてたデータを見てみる。
 この世界に来てすぐに圏外だと気づいて電源を落としたスマホは、二年前で時を止めていた。
 夢中でスマホをいじっていると、ベルさんが私に声をかける。

「お嬢様。アンリ様がお見えになりましたよ」
「えっ? 早いね」

 アンリが来るのが思ったより早くてびっくりする。
 朝起きてすぐに砦に使いをやったんだけど、アンリも仕事があるだろうから、早くても夕方とかになると思ってたのに。
 客室に移動しようかと思って立ち上がれば、扉が大きく開く。

「おはよ、由佳。お呼びと聞いて来たよ」
「アンリ」

 客室に通されたと思ってたのに、直接会いに来てくれたんだ。

「早かったね。お仕事は?」
「昨日夜勤でこっちにいたからさ。砦に戻る前に寄ったんだよ」
「ああ、じゃあ使いの人と行き違った?」
「詰め所の方にも顔を出してくれたからね。砦に戻る前で良かった」

 そう言ってアンリが笑うので、私はなるほどとうなずく。
 それならあんまり長い時間話し込むと悪いかな?

「ごめんね、空いてる予定聞いてもらうつもりだったんだけど。それじゃあ眠いでしょ」
「一日くらいどうってことないよ。それより由佳がわざわざ人をやって僕を呼ぶくらいなんだから、気になったんだ。何かあったのかい?」

 アンリの心遣いが嬉しい。
 それならその言葉に甘えて、さっそく本題に入ろう。
 私はアンリを手招くと、自分が座るソファーの隣に座ってもらう。
 隣りに座ったアンリに身体を寄せると、朝からずっと触っていたスマホを見せてみた。

「アンリにこれを見せたくて」
「うん? 見たことないな」
「私と一緒に元の世界から来たものだもの。見たことなくて当然だよ」

 私はそう言って、スマホの電源をつける。
 画面が光ると同時、アンリの体がビクッと震えた。

「……光るんだ。え、うわ、絵が動いたっ?」
「スマホって言うの。これで遠くにいる人と話したり、手紙を送ったりするの」
「へぇ……えっ、じゃあ、これで由佳の世界に連絡いれられるのかい?」
「無理。それができたらとっくにやってる」
「ごめん……」

 アンリが妙案だとばかりに言うけれど、そんなに現実は甘くはないです。
 謝るアンリに首を振って、私はスマホを操作する。

「アンリにね、会わせたい人がいて」
「会わせる?」
「絵姿だけど……これ、私のお父さんと、お母さん」

 アルバムアプリを開いてスクロールして、両親が写ってる写真を画面に映し出す。
 アンリが息を飲んだ。

「家族写真ってあんまり取らなかったから。少ししかなくて。これは大学を卒業したときの写真。大学の門の前で先生に撮ってもらったの」
「由佳のご両親……」

 アンリは食い入るように写真を見る。

「髪、黒いな」
「日本人だからね」
「由佳のこの服可愛い。オルレットで着てた奴に似てる」
「振り袖と袴っていうの。私の国の民族衣装の一つだよ。未婚の女の子しか着れない服」
「へぇ」

 アンリにスマホを渡せば、アンリはまじまじと写真を見る。

「うわっ、絵が変わった!」
「ああ、スライドしちゃったんだ。触ると、こうやって次の写真が出てくるんだよ」
「すごいな……すまほっていうのも、この絵姿も。ここまで見たまんまの絵を見るのも初めてだ」
「写真って言うんだよ」

 アンリが感心しながら、ゆっくりと写真に目を通していく。
 三枚目をスライドさせたところで、画面が変わった。
 女の子が二人、顔を寄せ合ってカメラに向かって笑いかけてる。
 さっきと違うのは、スマホから音が出て、画面が揺れてること。

『……写真撮れてなくない?』
『あれぇ? ちょい待ちな。シャッター切れてないよね? なんで?』
『変なところ触ってたんじゃない?』
『んー? ……あっ、これ動画だ! ごめん由佳! 動画になってた!』
『もー。杏里ちゃんのおっちょこちょい』
『ごめんってば。あ、そうだ。ついでだから動画も残そう!』
『えー』

 三十秒くらいの動画はそこで一旦切れて、また始まりから再生される。
 アンリが愕然として、スマホを見ていた。

「……絵が、動いた」
「うん。動画って言うの。こうやって実際にあったことをそのまま残していられるんだ」
「……すごいな、由佳の世界は。夢の国じゃないか」
「この世界もやろうと思えばできると思うよ? 何百年かかるかは分かんないけど」

 アンリの腕にもたれながら、アンリが持つスマホを覗き込む。
 三回目の再生がされると、アンリが目を瞬いた。

「あれ? もしかしてこの女の子が」
「そうだよ。女の子の杏里ちゃん」

 横からちょっと手を伸ばして、動画を次のものにスライドさせる。
 背中を覆えるくらい長い黒髪を結い上げた、白い振り袖にグレーの袴という、モデル顔負けの格好良さと綺麗さを兼ね備えた女の子が楽しそうに笑った。

『藤山杏里、二十二歳。県大外語学部のフラ科を無事卒業しました! 卒業後はIT系の企業で通訳かねた事務職に就職決まってる。由佳ーっ、愛してるよ!』
『ちょっとぉ、ばかなこと言わないで』
『ははっ』

 ぱっちりウインクした杏里ちゃんに、カメラを構えていたらしい私の声が抗議の声を上げるけど、杏里ちゃんは笑ってそれを吹き飛ばしてしまった。
 短い動画はそこで終わって、またループ再生が始まる。
 アンリはまじまじとスマホの中の杏里ちゃんを見てる。

「……すっごい疑問なんだけどさ」
「なぁに?」
「由佳、出会ったばかりの頃、僕と女の子のアンリちゃんが似てるって話してたじゃないか」
「そうだっけ」
「全然似てなくないか???」

 えー?
 そうかな?

「似てると思うけど」
「どこがだよ!」
「なんだろう……喋り方とか、雰囲気?」

 アンリが憮然とした表情になるけど、うん。そういうところ、似てると思うよ?

「納得がいかない……」
「まぁまぁ、私がそう思ってるだけだし」

 ぎゅっとアンリの腕に抱きついてそう言えば、アンリはちらりと私の顔を見る。

「……もう一つ納得いかないことがあるんだけどさ」
「なに?」
「絶対僕のほうが由佳のこと、愛してるから」

 キリッとそう宣言するアンリ。
 意表をつかれた私は一瞬何を言われたのか分からなかったけど。
 その意味を理解した瞬間、馬鹿みたいに頬が緩んでしまった。

「もう、何ばかなこと言ってるの」
「ばかじゃないし。本気だし」
「ふふ、アンリのばか」

 顔がゆるみきってしょうがない。
 アンリの背中に顔を埋めるようにして、すりすりと額をこすれば、アンリがむずがゆそうに背中を揺らした。

「由佳、次のやつ見てもいいかい?」
「どーぞ、お好きに」

 アンリがしたいようにスマホを触らせる。
 杏里ちゃんの動画の次は、私の動画だった。

『えっと、伊沢由佳、二十一歳。県大人文学部の国文学科卒業しました。就職は、ぬいぐるみメーカーの総合職枠で内定もらいました。……これでいい?』
『由佳、もう一言いれなよ。それじゃあただの自己紹介じゃないか』
『えぇ~、そんな無茶振り……』
『せーの、さん、にー、いち、はいっ』
『~~~っ、もう! 杏里ちゃん! 社会人になってもずっと一緒にいてね!』
『もちろんだ! 親友!』

 画面が大きくぶれる。
 杏里ちゃんがこの後、感激のあまりに私に抱きついてきたのを思い出して、私は笑っちゃった。

「ずっといっしょ……」
「アンリ?」
「……女の子のアンリちゃんには申し訳ないけどさ。由佳は僕とずっと一緒にいてくれるかい?」

 アンリの声が少しだけ不安そうになる。
 私は体を起こすと、アンリの額にこつりと私の額を合わせた。

「もちろん。私はアンリとずっと一緒。アンリこそ、ずっと一緒にいてよね」
「もちろんだ」

 アンリが私の頬に口づけてくれる。
 それがくすぐったくて、私は身をよじらせた。

 スマホの写真はまだまだたくさんあった。
 旅先で撮った元の世界の風景の写真を見て、同級生との飲み会や杏里ちゃんとのお茶会デートで食べた美味しい物の写真にお腹の虫が鳴って、そうやって私たちはアルバムに収められた写真を一枚ずつめくっていった。
 そして最後、私はアンリからスマホを受け取ると、カメラアプリを起動する。

「アンリ、これを見ててね」
「すごいな。これ、鏡も入ってるのか」
「これはインカメって言って、自分たちで写真を撮るための機能だよ。ほら、ここ見てて」
「えっ」
「はい、チーズ」

 問答無用でシャッターを押す。
 カシャッと鳴ったスマホに、アンリはびっくりしてた。
 私は撮ったばかりの写真を確認すると、軽く色調の調整をする。

「これが今撮った写真だよ」
「……すごい間抜けな顔してるんだけど、僕」
「そう? 可愛いと思うけど」
「それ、褒め言葉じゃないからな??」

 アンリが不満そうに唇を尖らせるけれど、私は笑ってスマホを操作する。
 届きはしないと思ってるけど、駄目元でアンリとのツーショット写真を、元の世界の大切な人たちに送信する。
 エラーメッセージを見て残念な思いはしたくなかったから、写真を送信したメッセージアプリはすぐにタスキルした。

「今何をしたのさ」
「なんでもないよー」
「気になるんだけど」
「内緒。それよりも、もっと写真撮りたいな。時間経つと使えなくなるから、使えるうちに撮りたい。エリアの所に行かない?」
「まぁ、いいけどさ」
「あ、その前にベルさんとも撮らせて」
「はいはい」

 アンリが呆れた口ぶりだけど、私がこうしたいって言えば頷いてくれる。
 私はそんなアンリの手を取って、もう一度だけ写真を撮った。
 今度は私もアンリも、満面の笑顔で。

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