異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第二章〜セカンドフィル〜

第四十話「先達との契約」

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 今、アントンさんなんて言った?

「アントンさん、俺の聞き間違いですかねぇ。ドワーフ王国唯一の杜氏が、駆け出し酒蔵に転職したいって聞こえたんですけど、あ、あはははっ」
「そう言ったんじゃよ、ワシは杜氏を引退し、その座を息子ヴァジムに譲る」
「ちょーっと待て、親父。そんなこと国王様が許してくれるわけないだろう? な、考え直せ、親父!! 頼む!! 考え直してくれぇえええ!!!」

 ヴァジムが、俺以上に慌てふためいていた。それに何かに、ひどく怯えている様にも見える。隣にいた、呆れ顔をしているドナートを肘で突いて説明を求めることにした。

「ドナートさん、一体どうなってるんですか?」
「あぁ、アントンの悪い癖が出たな。それと、ヴァジムは国王に怯えている。」
「アントンさんの悪い癖?」
「そうじゃ、まだ見ぬものへの飽くなき探究心、それが奴の最大の原動力。それがあったからこそ、開明的な国王様に見染められ杜氏を任されたのじゃ。そして、国王様は古き物をひどく嫌う、常に新しいものを追い求める方。ヴァジムは、親父の傍で利益の出るエールばかり売り捌いっとったからな。酒造の第一人者であるアントンがいなくなれば、今まであった名酒、新しい技術を追い求める者も同時に消え去り、その全てをヴァジムが責任を被る事になる」

「やばいじゃないっすか!!」
「ショウゴォォオ! 頼む! お前からも、この頭のいかれた五歳児みたいに、何歳なっても旅だ研究だぬかす親父を説得してくれぇ! じゃねぇと、俺は俺は国に帰ったら……、磔にされて」
「磔?!」

 え、キリストみたいに?

「そして、燃やされる!!」
「火炙り!?」

 魔女狩りみたいに!? 俺は、十字架に磔にされ、足元から迫り来る炎にその小太りな身を焦がされている、赤毛のヴァジムを想像してしまった。

「アントンさん! 今すぐ、考え直しましょう。これじゃ、息子さんがあまりに可哀想ですよ」

 俺とヴァジムは、二人で床に両膝をついて、瞳に涙を浮かべながら祈りを捧げた。
 しかし……。

「フン、それはヴァジムの自業自得じゃ。金ばかりその指で計算して、酒と真摯に向き合って来なかったツケがまわって来ただけのこと。こうなれば、我が子を千尋の谷に突き落とすしかあるまい。それに、新しい酒を目の前にして、ワシがその酒の第一人者のそばで学びたいと言って何が悪い」

 アントンは、目頭をグッと右手で押さえた。

 俺はその話を聞いて、ヴァジムを擁護する要素が見つからなくなった。それで俺は、手のひらを返した。よくよく考えれば、この世界でも指折りの技術者が俺の酒蔵で働いてくれると言うんだ。

 断る理由はどこにもなく、ただ、確認すべき点は二点ほどある。

「アントンさん、あなたをこの酒蔵に引き抜く事によって、私がドワーフ王国から何らかの制裁を受ける事にはなりませんか?」
「鋭いのぅ、確かにワシはドワーフ王国のドワーフ国宝の一人じゃ。しかし、ドワーフ王国で国元を離れる事を許されていないのは、鍛治師のドワーフ国宝連中だけじゃ。酒造りのじじいなど、誰も追いかけて来はせんわ! まぁ、秘宝を盗み出せば話は別じゃが、それはヴァジム達に責任を持って送り返させるしの。問題はない」

 ドワーフ国宝……、人間国宝みたいなものかな。アントンの話を聞く限り、確かに大丈夫そうな気がしてきた。酒を侮辱する気はないが、所詮は酒だ。国を傾けるような技術ではないものな。

 それなら後は、雇用条件だ。

「それでは最後に、雇用条件の方なのですが一月金貨十枚でどうでしょう?」

 これは予防線だ。本当なら、相手は人間国宝に匹敵する存在。金貨三十枚までなら、俺は簡単に出す予定である。

「給金は、要らんぞ?」
「わかりました、では金貨二十枚……で……? 要らない!?」
「あぁ、お主はこれからワシの師となるんじゃ。師匠から、金を貰いながら働くなど無礼千万。僅かな食事と、住まいを貰えるだけでも十分な報酬だ」
「え、えぇ……そんな丁稚奉公みたいな」

 俺は、周りのドワーフに救難信号を持ちかけた。ヴァジムは、悲嘆に暮れていて使い物にならず、ドナートに再度説明を求める。彼は、ため息をつきながら、助け舟を出してきた。

「アントン、お前の言う事は俺にもよくわかる。が! お前は仮にも、我が国のドワーフ国宝という最高の栄誉を持つ職人だ。そんな奴を、仕事もできねぇ青二才同然の扱いには出来ねぇだろ。せめて、お前の持つ技術と知識ぐらいには敬意を持たせてやれ。こうしたらどうだ、お前の知識と技術をショウゴ殿に一括で買って貰い。お前は、その後ここで蒸留酒造りをとことん学ばせて貰う。それなら、ショウゴも気が楽だろ」
「う~む。ドナートの言にも一理あるのぅ…………よし、そうしよう」
「ほっ」

 俺は、少しだけ安堵した。これだけの大先輩を、無報酬で使うほど俺の肝っ玉はデカくなかった。

 その後、アントンの雇用条件は順調に纏まり。彼の知識と経験を大金貨一枚で買い取り、その後は住み込みで俺の弟子になる事に決まった。本当は、大金貨百枚ほど渡したかったんだが、そんな金もなく。ある意味、形だけの買い取りになってしまった。

「これから、よろしくお願いしますアントンさん」
「こちらこそ、よろしくお願いする師匠」
「えっと、師匠はちょっと……」
「ブハハハッ、ならこれまで通りショウゴで行くかのう。師匠に気を遣わせては、弟子の面目がないわい」
「はい、アントンさん」

 俺たちは力強く、握手をして新たな挨拶を交わした。そして、宴もだいぶ時が経ち、アントンは新たな門出に泥酔し、ヴァジムは悲惨な未来を前にやけ酒を起こし泥酔した。

 そして、起きているのはドナート、ミラ、ティナ、ユリア、カイだったが、カイとミラも子供は寝る時間ということで、ユリアが寝かしつけに地上へと帰った。そして、ティナは転がってるおっさんずを両脇に抱えてユリア達に続いて、上へと上がった。

「ドナートさんも、先に戻っていて大丈夫ですよ? ここの後片付けは俺がやっておきますから」
「いや、ショウゴ殿。折り入って、貴殿に話があるのだ」
「話……ですか?」

 俺は、グラスを洗う手を止めて、彼のそばへと歩み寄った。ドナートは少し改まったように、口を開いた。

「ミラの事なんだが……どうか、よろしく頼む」
「え、えぇ、それはもちろん。カイの義手を作ってくれるという話ですから、きっとミラちゃんがドナートさんのお手伝いをしながら、作ってくれるのでしょう? そうとなれば、しっかりここでの生活は私が責任を持って面倒見ますよ」
「いや、ワシは明日にはヴァジムと国へ帰る。義手を作るのは、ミラ一人でだ」
「え? マジですか」
「あぁ、マジだ」
「ミラちゃんて、おいくつですか?」
「今年で十一歳だ」
「マジですか!」
「大マジだ!」

 な、何てこったい。
 
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