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白昼夢を見るサラリーマン 編
夏休み開始!
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「アゴが治ってる……」
ゲツは、アゴに貼っていたバンソウコウを剥がして、鏡を見て傷が残ってないか確認していた。
「このバンソウコウのおかげなのかな……それにしてもこんなバンソウコウ、見たことないけど、どこで売ってるんだろ……」
あとでリランさんに聞いてみようかな、と少し考えた。
「まーいいか、そんなことよりも……!」
ゲツは背負っていたバッグをもう一度背負い直し、鏡の前から離れていった。
「今日からは自由だ!! イエェェェイ!!」
ゲツは玄関に散らかった自分の靴を拾い、履いて扉を開けた。
明日からゲツの学校は夏休みだ。
今日学校へ行けばもうそのあとはしばらく自由である。
ゲツは体育館でお話を適当に聞いて、ゆっくりと帰ることにした。
「宿題多いわ、萎えるわこんなの……なぁ?」
宿題が配られた後、ゲツは友達から話しかけられた。ゲツは余裕そうな顔をしている。
「俺は3日以内に終わらせてやるぜ!」
「え? マジ? この量だぜ? これは流石に無理があるでしょ」
「こんなの余裕だ! 答えさえあればな!」
ゲツは山積みのプリントの山を指差しながら言い放った。
「そんなわけないだろ。バカか?」
「なっ……!?」
プリントの山の後方から、スッとアギハが出てきた。
「アギ……アギハさんどうしたんだ!?」
「なんかウゼェ呼び方だなそれ!」
「だって呼び捨てしちゃダメって言うしさー、どうしからいいんだよー」
「……おとといはそう言ったけど、やっぱもういいよ。もう呼び捨てでいいよ!」
アギハはキレ気味に言い放った。
「で、私は、この量の宿題終わるわけないって言いたいんだよ」
「なんで? 答えも配られたじゃん、ほら!」
ゲツはプリントの山の山頂から、ホチキス留めされた数枚を取り出した。
「ここに答えがあるし、もう余裕よ余裕……ん?」
ゲツは手に持ったプリント数枚をめくっていたが、その手が突然止まった。
「なんか……数少なくね?」
「そりゃそうだ、それ生物だけしか載ってないしな」
そう言われ、激しく動揺したゲツは「な……に……?」と言わんばかりに口をパクパクさせて驚いた。
「……ま、これで楽はできないな。答えなんか見ずに自力でやれってことだ」
アギハはスタスタと自分の席に戻っていった。バサリ、とプリントが手から滑り落ちる音がした。
「なん……だと……」
ちなみに、横ではゲツの友達も静かに衝撃を受けていた。
-----時は遡って、朝の風島駅-----
風島駅は、この街で一番の利用者数を誇る駅だ。
この駅から一日が始まるという人も少なくないだろう。
もちろん、駅——そして電車というのは公共交通機関であるので、街に住む(あるいは住んでいない)様々な人がやってくる。当たり前のことだが、それは同時に何かと事件も起こりやすい場所にもなるということだ。
朝、一人のサラリーマンが駅構内の跨線橋の階段を上がっていた。3番ホームに移動するためだ。
「……」
そのサラリーマン——吹上テグオは、目の下に真っ黒なくまが出来上がっていた。
テグオは黙って階段を登りきった。
「……今日は、あー……今日の予定は……なんだったかな……」
テグオは橋の上で手帳を取り出した。下りの階段に差し掛かる。
「今日……今日何日だっけ……昨日……今月……?」
テグオは手帳をパラパラと開いたが、見ているのは12月のページだった。
「ああそうだ7月……7月の……」
階段を降りながら、ボソボソと呟いている。もう一度、手帳をめくり直す。
「あったあった……予定予定……あー……10時から会議……」
「ねぇ、あのリーマンヤバくない? なんかボソボソ呟きながらノート読んでるよ」
ホームに着いたそのサラリーマンは、まだ手帳を開いて何か呟いていた。ホームで電車を待つ女子高生から指をさされ、気味悪がられている。
「ホントだ、こっわ……近寄らないどこ」
「アレが社畜ってやつか~」
ホームにアナウンスが聴こえてきた。もうすぐ電車が到着するようだ。
テグオはハッと目覚めたように、手帳に向けていた顔を前方へ向けた。対岸のホームが見えた。
「また……ああ、ダメだダメだダメだ……」
彼の足は白い線を超えたところにあった。
「僕は頑張らなくちゃ……心配してくれる親父とお袋のためにも……」
足をゆっくりとホーム側に戻していく。その時ちょうど、目の前に電車が停止した。
プシューという音とともに、ドアがぎごちなく開いた。
彼の一日が始まった。
----------
「このお花、いくら?」
やたらデカいアホ毛の生えた女が、手に持った花束を店員に見せた。
「4000円になります」
「4000~4000……あら、5000円しかない……これでお願い」
女は店員に5000円を渡した。お釣りが返ってくる。
「ありがとう、それじゃあまた」
平日の午前中なので、出歩く人々は仕事中の人間が多かった。しかし——
「アハハハ、また勢いで買っちゃった。どうしようかなぁ、この子たち」
花束を持って歩く女は、灰色の通行人の中でさながら紅一点であった。
「ハイフン様に贈らせてもらおうかな? いや、ハイフン様にはもう何度も花束を贈されてもらってるし……」
彼女はそんなことを気にも止めず、歩道を悠々とした足取りで歩いていく。
「……そういえば、もう一本、お花が足りなかったね」
彼女の手の中に、黄色い花弁の花が一輪、出現した。
シュンギクだ。
彼女はその花を、花束の中にそっと加えた。
「私を信じてくれる人、私が信じれる人がいる限りは……自分のやることを全うしなくちゃダメだからね」
彼女は歩みを止めた。周りの灰色の人間たちが、訝しげに彼女を見て通り過ぎてゆく。
「完成は近づいている——着実に」
続く
ゲツは、アゴに貼っていたバンソウコウを剥がして、鏡を見て傷が残ってないか確認していた。
「このバンソウコウのおかげなのかな……それにしてもこんなバンソウコウ、見たことないけど、どこで売ってるんだろ……」
あとでリランさんに聞いてみようかな、と少し考えた。
「まーいいか、そんなことよりも……!」
ゲツは背負っていたバッグをもう一度背負い直し、鏡の前から離れていった。
「今日からは自由だ!! イエェェェイ!!」
ゲツは玄関に散らかった自分の靴を拾い、履いて扉を開けた。
明日からゲツの学校は夏休みだ。
今日学校へ行けばもうそのあとはしばらく自由である。
ゲツは体育館でお話を適当に聞いて、ゆっくりと帰ることにした。
「宿題多いわ、萎えるわこんなの……なぁ?」
宿題が配られた後、ゲツは友達から話しかけられた。ゲツは余裕そうな顔をしている。
「俺は3日以内に終わらせてやるぜ!」
「え? マジ? この量だぜ? これは流石に無理があるでしょ」
「こんなの余裕だ! 答えさえあればな!」
ゲツは山積みのプリントの山を指差しながら言い放った。
「そんなわけないだろ。バカか?」
「なっ……!?」
プリントの山の後方から、スッとアギハが出てきた。
「アギ……アギハさんどうしたんだ!?」
「なんかウゼェ呼び方だなそれ!」
「だって呼び捨てしちゃダメって言うしさー、どうしからいいんだよー」
「……おとといはそう言ったけど、やっぱもういいよ。もう呼び捨てでいいよ!」
アギハはキレ気味に言い放った。
「で、私は、この量の宿題終わるわけないって言いたいんだよ」
「なんで? 答えも配られたじゃん、ほら!」
ゲツはプリントの山の山頂から、ホチキス留めされた数枚を取り出した。
「ここに答えがあるし、もう余裕よ余裕……ん?」
ゲツは手に持ったプリント数枚をめくっていたが、その手が突然止まった。
「なんか……数少なくね?」
「そりゃそうだ、それ生物だけしか載ってないしな」
そう言われ、激しく動揺したゲツは「な……に……?」と言わんばかりに口をパクパクさせて驚いた。
「……ま、これで楽はできないな。答えなんか見ずに自力でやれってことだ」
アギハはスタスタと自分の席に戻っていった。バサリ、とプリントが手から滑り落ちる音がした。
「なん……だと……」
ちなみに、横ではゲツの友達も静かに衝撃を受けていた。
-----時は遡って、朝の風島駅-----
風島駅は、この街で一番の利用者数を誇る駅だ。
この駅から一日が始まるという人も少なくないだろう。
もちろん、駅——そして電車というのは公共交通機関であるので、街に住む(あるいは住んでいない)様々な人がやってくる。当たり前のことだが、それは同時に何かと事件も起こりやすい場所にもなるということだ。
朝、一人のサラリーマンが駅構内の跨線橋の階段を上がっていた。3番ホームに移動するためだ。
「……」
そのサラリーマン——吹上テグオは、目の下に真っ黒なくまが出来上がっていた。
テグオは黙って階段を登りきった。
「……今日は、あー……今日の予定は……なんだったかな……」
テグオは橋の上で手帳を取り出した。下りの階段に差し掛かる。
「今日……今日何日だっけ……昨日……今月……?」
テグオは手帳をパラパラと開いたが、見ているのは12月のページだった。
「ああそうだ7月……7月の……」
階段を降りながら、ボソボソと呟いている。もう一度、手帳をめくり直す。
「あったあった……予定予定……あー……10時から会議……」
「ねぇ、あのリーマンヤバくない? なんかボソボソ呟きながらノート読んでるよ」
ホームに着いたそのサラリーマンは、まだ手帳を開いて何か呟いていた。ホームで電車を待つ女子高生から指をさされ、気味悪がられている。
「ホントだ、こっわ……近寄らないどこ」
「アレが社畜ってやつか~」
ホームにアナウンスが聴こえてきた。もうすぐ電車が到着するようだ。
テグオはハッと目覚めたように、手帳に向けていた顔を前方へ向けた。対岸のホームが見えた。
「また……ああ、ダメだダメだダメだ……」
彼の足は白い線を超えたところにあった。
「僕は頑張らなくちゃ……心配してくれる親父とお袋のためにも……」
足をゆっくりとホーム側に戻していく。その時ちょうど、目の前に電車が停止した。
プシューという音とともに、ドアがぎごちなく開いた。
彼の一日が始まった。
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「このお花、いくら?」
やたらデカいアホ毛の生えた女が、手に持った花束を店員に見せた。
「4000円になります」
「4000~4000……あら、5000円しかない……これでお願い」
女は店員に5000円を渡した。お釣りが返ってくる。
「ありがとう、それじゃあまた」
平日の午前中なので、出歩く人々は仕事中の人間が多かった。しかし——
「アハハハ、また勢いで買っちゃった。どうしようかなぁ、この子たち」
花束を持って歩く女は、灰色の通行人の中でさながら紅一点であった。
「ハイフン様に贈らせてもらおうかな? いや、ハイフン様にはもう何度も花束を贈されてもらってるし……」
彼女はそんなことを気にも止めず、歩道を悠々とした足取りで歩いていく。
「……そういえば、もう一本、お花が足りなかったね」
彼女の手の中に、黄色い花弁の花が一輪、出現した。
シュンギクだ。
彼女はその花を、花束の中にそっと加えた。
「私を信じてくれる人、私が信じれる人がいる限りは……自分のやることを全うしなくちゃダメだからね」
彼女は歩みを止めた。周りの灰色の人間たちが、訝しげに彼女を見て通り過ぎてゆく。
「完成は近づいている——着実に」
続く
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