ヘンテコ魔法使いの非日常

KEFY

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白昼夢を見るサラリーマン 編

シュンギクの花

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 午後。ゲツはすでに学校の呪縛から解放され、風島駅近くのコンビニに来ていた。
「えーと、対象のお菓子を買ってクリアファイルと……ってガムとチョコのお菓子しかないな……」
 彼は何をしているのかというと、彼のやっているゲームとそのコンビニのコラボで手に入る限定商品を手に入れるため、スーパーよりやや高額になっているお菓子を選定しているのだ。
「となると……これとこれと、あとは……板チョコにしようかな」

 次にゲツは、エナジードリンクコーナーへ移動した。
「この中のどれか一つでも買えば、限定タペストリーが貰えるのか……おっ、一番人気が残ってるぞ!」
 それは彼のお目当てのものだった。早速エナジードリンクの棚に目をやる。
「なんかいろいろあるなー、とりあえずモンスターは間に合ってるから……」
 と考えていたところ、ゲツは「ん?」と棚の中の何かに気がついた。

「なんだこれ? マッドシープ……シュンギク? どんな味なんだこれ?」
 マッドシープというのはそこそこ有名なエナジードリンクの銘柄だ。このシュンギク味は最近新しく登場したもので、流通量はまだ少ない。
「全然見たことないけど、なんか面白そう……よっしゃ、これにしよー!」
 ゲツはその『MadSheep』とプリントされた、やたら黄色い缶に手を伸ばした。


「あら?」
「!?」
 もうすぐ缶に接触するゲツの手に、別の人の手が重なった。

「あ、ごめんなさいね、あなたもこれ欲しいんでしょう?」
 重なった別の手の主を見たゲツは驚いた。彼女は片手に大きな花束を持っていた。
「ああ、はい、すみません……」
「別に謝ることはないわよ」
 選定をしていたゲツの隣に、いつのまにか女が立っていたのだ。ぴっちりしたスーツ姿と、それに似合わぬやたらデカいアホ毛が非常に特徴的だ。

「ん?」
「え? どうしたんですか?」
 急に彼女は、ゲツの顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもないわ。それよりほら、これどうぞ」
 と言って彼女は覗き込むのをやめてから、棚の中のやたら黄色い缶を手にとった。
「ああ、ありがとうございます……」
 ゲツはそれを受け取った。

「あなたも、シュンギクの花が好きなのかしら」
 
「……いいえ、別になんとも……?」
「そうなの?」
 女は少し残念がった。
「じゃあ、なんの花なら好きなのかしら?」
「うーん、別に好きな花なんてないかな……」

 女は花束を両手で持ち直し、自身の顔近くまで動かした。花弁が鼻につきそうだ。
「あなたはヒマワリの花が一番似合うと思うのだけれど——」
 女は若干上目遣いで、こう続けた。
「この花束の中に、あなたの好きな花があるかもしれないわ」
 そして言い終わると、女は「はい、どうぞ」とゲツに花束を渡してきた。

「えっ、いいんですか?」
「いいわよ、誰にあげようか考えてたところだったから」
 女はそういうと微笑んで、何故か何も買わずにコンビニを出ていった。





 そのあと、ゲツもお目当てのものを買ったので、コンビニを後にした。
 今は駅前の公園のベンチで休憩している。
「今日はリランさんから収集かかってないから、作戦本部へは行かなくていいのかな……それにしても」
 携帯にメッセージが入っていない事を確認したゲツは、側に置いていた花束を両手で持ち、顔に近づけた。
「これどうしよ……バケツに放り込んでおけば大丈夫なのかな……」
 その花束には様々な色の花が生けられていた。しかしゲツには、それが何の花なのかは分からなかった。
 ゲツは試しに匂いを嗅いでみた。
「うーん、いい匂いがする……ん?」

 匂いを嗅いでいる時、既視感のある色が目に飛び込んできた。
「あれ? これって……」
 ゲツは花束の中にあるそれをヒョイと持ち上げた。
「さっき買った缶と色が一緒だ」

 それはシュンギクの花であった。きれいな黄色い花弁に、短く切られた茎が付いていた。
「もしかしてこれが、シュンギク……ってやつかな?」
 ゲツはシュンギクの花をまじまじと観察する。
「へー……あっそうだ、あのジュース飲んでみようかな」
 シュンギクの花をもとの場所に差し込んだ。


 ゲツは缶のフタを開けて、ゴクリと飲んだ。
「うわ、これマッズ! ミスったなー、普通なヤツ選んどくべきだった……」





----------





『ご乗車ありがとうございました~……』
「はっ!?」
 くたびれた格好のサラリーマンは、自分のやっていることにようやく気がついた。
 急いで車内に戻ろうと振り向いてみるが、すでに扉が閉まっていた。そもそも、これに乗ったところで会社に戻れるわけではないのだが。
「僕、僕はどうしてここに……?」
 男が乗ってきた電車、通常通り発車した。

 その男、テグオは今、朝と夜に訪れるはずの風島駅に、真っ昼間に来ていたのだ。

「あれ、今まで何してたんだっけ……なんか、全部どうでもよくなって……」
 テグオの横を、おばさんが彼を不審そうに見ながら通り過ぎた。
「会社で失敗して……得意先に向かう途中で抜け出して……あ」

 テグオは口を半開きにして、目をゆっくりとまばたきさせた。
「もうだめなんだ、僕は」



 駅を後にしたテグオは、よろよろと駅周辺を引きずるように歩いていた。
 平日の昼間というので、そこまで人は多くない。彼は、花屋の隣にあるチェーン店の牛丼屋で足を止めた。店の看板を少しの間見上げて、すぐにやめた。
 彼はバッグから財布を取り出した。そこにはその牛丼屋のカードや割引券、レシートの束や何かのメモなどが乱雑に入っていた。

「もう、つかわないけど……」
 彼はおもむろにそれらを取り出し、
「……ここに置いておこう」
 と言って、カード類を店の前に置き、レシートは排水溝に捨てた。
「誰かが使ってくれるかも……」
 微塵も表情を変えず、店を後にした。

 彼は次の目的地を特に決めていなかった。
 しかし家にも戻る予定はないので、とりあえず高い場所に行ってみることにした。

 赤信号だったので、テグオは足を止めた。
「きもちわるい……」
 彼は信号を見ながらそう言った。
「赤信号の人間はなんで浮き上がってるんだろう……」
 歩行者用信号の赤色は、黒い背景にフワッと浮き上がっているように錯覚する事がある。テグオはそれが浮き上がっているように見えた。
 彼は少しずつ、その赤信号に近づいていった。
「浮き上がって……浮き上がり……」



 ——その時。

『『『ピイイィィィィ!!』』』



 甲高いクラクションが鳴り響いた。

「!?」

 テグオは驚いた。その音にではなく——

 ——自分の体が、浮き上がったことに。

 





続く
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