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最終話 リンゴジュース
しおりを挟む五月二日
時が流れるのは早いもので、私は大学に入学してずっと夢だった高校の教員になった。
あの日以来、彼に関わるのをやめた。彼からの最初で最後のお願いを聞かないわけにはいかなかった。好きな人からの頼みは聞いてしまう。それが私の恋の形だと初めて知った。
時が止まったまま流れているような感覚を背負いながら受験に向けて頑張ってるうちに、彼は何処かへ転校してしまった。転校は事後報告で先生から伝えられたので、止めたり話を聞く余地は無かった。
それから、大学では何度か付き合ったりもしてみたけど誰ともそこそこの関係で終わってしまった。私は所詮、尾海君に重ねてしまっているだけなのだろう。
教員になって何度目かの夜、帰宅した私の元に、一通の留守電が残っていた。
声が少し低めの、女性の声。
「尾海と申します。武田様のお家であっていますでしょうか。祐介の件で少しお話したいことがございます。宜しければ折り返し連絡を入れて頂けると幸いです。それでは失礼します。」
尾海君のお母さんだった。
心臓が高鳴るのを感じた。自分の心臓を押さえるように受話器を手で握りしめる。考える暇はなく、即座に連絡した。
「もしもし、尾海です。」
「今晩は、夜分遅くすみません、連絡を頂いた武田です。」
こうして話始めてみたら、渡したい物があることと、少しだけ会って話がしたいという事だった。承諾し、明後日の夜に予定を入れた入れた。
私も大人だ。
ソワソワしながらも、一応仕事はしっかりこなし、明後日の夜を迎えた。
五月四日 十七時十三分
夕方。
まだ少し明るいけど、あの日の夕方に似ている。少し寂しさを背負った夕焼けは、やっぱり彼に似ていた。悪い予感が頭の中の裏側にモヤモヤと存在するけど、あまり考えないようにした。
ファミレスのレストランを開けると、出迎えるようにカランカラン、と音が鳴った。
尾海君のお母さんを探すのは容易く目が合うとお互いに、すぐに気づいた。
「こんなところでごめんなさいね。」
「いえ、全然大丈夫です。」
まずは飲み物でも頼みましょう、と尾海お母さんはコーヒー、私はリンゴジュースを頼んだ。
リンゴジュースは、コップに入れられて出てきたので子供っぽさを受ける印象は無く、少しホットした。
「ふふっ、リンゴジュース、祐介も好きだったんですよ。 」
「そうなんですかっ。」
ぱあっと自分の顔が明るくなるのが分かって、少し恥ずかしくなった。
「あなたに渡したい物っていうのが、これなんです。」
そう言って机の上に置かれたのは、一つの可愛らしい猫の柄の封筒だった。
「これは祐介から、あなたへの手紙だと思います。」
「なんで、こんなものを…?」
私は、封筒に手を触れ自身側に引き寄せながら質問をした。私の悪い予感はいつも当たる。深く考えないようにして、答えを待った。
自分より少し背が低い尾海君のお母さんがこちらを見る目がとても悲しそうになる。
「祐介は、先月、自殺しました。」
「そう、ですか…。すいません、なんて言ったらいいか…」
「いえ、大丈夫です。ただ、それを見てやって欲しくて。あなたの連絡先を勝手に探してしまったことはすみませんでした。」
「そんなこと、気になさらないで下さい。むしろ、わざわざ連絡して頂きありがとうございます。」
ニコッ、と弱そうに笑うお母さんの笑顔は、やはりどこか祐介君に似ていて、祐介君と重なる。けど、わたしの中の祐介君は中学時代の祐介君のままなのだ。
少し、涙を零してしまう。
「すみません、お母さんが祐介君に似ていて、思い出してしまって。」
お母さんは悲しそうに驚き、寂しそうに笑った。
「よかった、祐介の生きていた証が、私だけじゃなかった。ごめんなさい、重いことを言ってしまって、でもあなたの人生を祐介に左右されることは、無くていいので、…、ごめんなさい、うまい言葉が見つからなくて。」
「いえ、大丈夫です。伝わってます。」
そのあと、少し話して尾海君のお母さんとは別れた。
彼女ももう二度と合わないうちの一人になるのだろう。年月を重ねるにつれ、大人になるにつれ、二度と会わない人が増えていく。そう思うと少し寂しくなる。
家に帰ると、服も着替えずに尾海君の手紙を開いた。
五月五日
次の日の学校では目が腫れている理由を聞かれる一日だった。
私は、やはり祐介君から逃れることは出来ないのだ。
リンゴジュースに自分の感情を混ぜたものを飲み干し授業へ向かう。
今日も私は飲み残した感情を人にかけて、彼を重ねてしまうのだ。
──次、優介君、解いてみて──
─武田へ─
尾海祐介です。俺のこと覚えてる?俺が中学転校してから一回も会ってないもんな。あん時は、俺もガキで、突き放すような事しか言えなくてごめん。俺さ、前も言ったけど病気なんだ。今も髪の毛が抜けてきて、もう誰にも姿を見せられない悪魔になった気分だ。小学校の時さ、病気って言ったら今まで仲良くしてた友達みーんな離れていって、気づいたら俺一人になってて、いじめられた。だから中学でも友達作んないって決めてた。でも、お前が話しかけに来てくれて、突き放せなくて、甘えちまった。上手く言えないけど、嬉しかった。なのに心も体も傷つけちまった。でも、お前と出来で嬉しかったんだ、ごめん。お前が好きって言ってくれて、嬉しかった。俺も好きだったんだ。ちゃんと言えなかったけど、好きだった。俺のことなんか忘れ〈黒く塗り潰されている〉ないで欲しい。俺が生きていたことをお前だけでも覚えていてほしい。こんなワガママのために手紙を書いてごめん。〈ここから殴り書き〉俺は、悪魔に殺されるなら自分で死んでやる。
──────
偽造の心 end
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