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本編 19.04 - 20.03
永遠②/1937/ファンタジー
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山の上には城がある。そこには竜が住んでいて、村人を一人だけ攫い、死ぬまで働かせるという。
「マジで?」
旅人は聞き返した。
「マジも何も、そういう伝承があるんだよ。ここの人はみんな、怖がって行かないんだ。それを真に受けたのか、訪れる人まで近づかない。ある意味、度胸試しのスポットだね」
ギルド職員は苦笑いをして言った。
「それで、行方不明になった人って」
「全然。ここに来て十二年経つけど、怪しいことなんて何もないよ。行方知れずも七十年はないってさ」
「じゃあ、嘘じゃないですか。エルフでもなければ死んでますよ。一人で毎日働くんでしょ」
「それが、竜が魔法をかけて不死にしてるとか言ってんの」
「お年寄りが」
「そ」
「行ってみようかな……」
「おすすめしないよ。あのあたりの魔力の濃度は異常に高い。立ち入り規制はずいぶん前に解かれたけど、魔力酔いしたら危険すぎる。人の手が入ってないから凶暴な魔獣も沢山いるだろうし。何より……」
「怖いんですか?」
にやけながら旅人は言った。
「違う。あそこは市街地に住んでる貴族が管理してる。つまり、私有地だ」
「私、行ってきます。ランセルさんって意外と怖がりなんですね」
屈強な男はすかさず【停止中 隣のカウンターへどうぞ】の札を出した。
「よそ者に死なれると面倒なんだよ!!」
「マルク、落ち着け。あいつは放っておけばいい」
「しかし」
「心配せんでもすぐに戻ってくるだろう。あれでも実力者だろ? あの異常さに気づかないほどの阿呆に見えるか?」
「確かに、高ランク高クラスですが、でも」
「好きなのか?」
「いや……」
「若いっていいな」
「ヴァイゼさん?」
一方、旅人は集落の外から続く獣道を登っていた。名をレーナ・クレフ=フォーグラーと言い、遥か遠いサン・クラッツ市に領主の次女として生を受けた。姉より優秀で武術に長け、国立学院をトップで卒業した。しかし、上流階級の女子には不必要なものだった。男子の生まれなかったクレフ家は、彼女にとって居心地が悪く、姉夫婦に追い出されるように屋敷を出た。探索者として生計を立てるのは難しいことではなかった。
何年間も歩かれない道は草に埋められ、代わりに何かが通った跡が造られている。それを辿って、森の奥にかすかに見えた城を目指した。奥を進むほど勾配は大きく、草木の背丈は高くなる。既に道はなく、彼女は森の中を、上へ向かって歩いていた。
「止まれ」
真横から飛んできた矢は木の幹に刺さった。彼女は足を止め、木々の間を凝視した。
「動くな。何しに来た」
と声は言った。
「誰?」
「質問に答えろ。何しに来たと聞いている」
「城に興味があって」
「引き返せ」
「さもなくば?」
「殺すことも厭わぬ」
見えない誰かが言い切った。レーナはため息をつくと足を進めた。
「死ぬ覚悟はできているんだろうな」
「とっくにね」
気配は消えた。
日が傾きかけたころ、彼女は城の前に立っていた。城壁は高く、その中に建つ建物はさらに巨大だ。門は少し開かれているが、誰も寄せ付けないような雰囲気がある。外とは違い、内側は綺麗に掃除されていた。背後で閉まる音がした。レーナは振り返らずに、正面の扉へ歩いた。
「ようこそ」
と声がした。正面に立っているのは同じくらいの背丈の女だ。ちょうど影になり、顔は見えない。
「客人は久しぶりだ。歓迎しよう」
「あなたは?」
「私は、ここの主だ」
「じゃあ、あなたが竜?」
主だという女は、首を傾げた。
「竜なら、君の後ろに」
振り向くと、少年とも少女とも見える顔が見上げている。この子供が?ㅤと疑問に思っていると、突然、背中から翼を広げて城の主のところへ飛んだ。
ㅤ主は『カノープス』と名乗った。その正体は魔女で、百年近く前からここに住んでいるという。どうやら歳を取らないらしい。
ㅤもう帰ったほうがいい、と魔女は言った。西の空は赤に染められ、陽は落ちきっていた。
ㅤ夜が来る。月のない夜だ。マルクは静かに窓を締めた。
「外に出ちゃいけないんだってね」
とレーナが言った。竜が人を攫ってしまうからと返されると、そんな人には見えないけど、と呟いた。
「じゃあ、城には竜が?」
「竜もいたけど、主は魔女だったよ」
彼は関心なさそうに相づちを打った。魔法水晶に照らされた顔は俯いていて、哀しさが滲んでいるような気がした。
ㅤ魔女のことを、一つずつ語りだした。マルクは手を止めて、その全部を聞いた。夜は、更に深くなる。
ㅤ羨ましい?ㅤと聞いてみた。分からない、と自分の声を聞いて、彼女は何も知らないことを知った。
「外、出てみようか」
とマルクが言った。
ㅤただ黒で染め上げられた空に、光だけが浮いていた。二人は何かを共有したように大きなため息をついた。
ㅤ朝、そこには開けっ放しのドアと、魔法水晶のランタンだけが残されていた。
「マジで?」
旅人は聞き返した。
「マジも何も、そういう伝承があるんだよ。ここの人はみんな、怖がって行かないんだ。それを真に受けたのか、訪れる人まで近づかない。ある意味、度胸試しのスポットだね」
ギルド職員は苦笑いをして言った。
「それで、行方不明になった人って」
「全然。ここに来て十二年経つけど、怪しいことなんて何もないよ。行方知れずも七十年はないってさ」
「じゃあ、嘘じゃないですか。エルフでもなければ死んでますよ。一人で毎日働くんでしょ」
「それが、竜が魔法をかけて不死にしてるとか言ってんの」
「お年寄りが」
「そ」
「行ってみようかな……」
「おすすめしないよ。あのあたりの魔力の濃度は異常に高い。立ち入り規制はずいぶん前に解かれたけど、魔力酔いしたら危険すぎる。人の手が入ってないから凶暴な魔獣も沢山いるだろうし。何より……」
「怖いんですか?」
にやけながら旅人は言った。
「違う。あそこは市街地に住んでる貴族が管理してる。つまり、私有地だ」
「私、行ってきます。ランセルさんって意外と怖がりなんですね」
屈強な男はすかさず【停止中 隣のカウンターへどうぞ】の札を出した。
「よそ者に死なれると面倒なんだよ!!」
「マルク、落ち着け。あいつは放っておけばいい」
「しかし」
「心配せんでもすぐに戻ってくるだろう。あれでも実力者だろ? あの異常さに気づかないほどの阿呆に見えるか?」
「確かに、高ランク高クラスですが、でも」
「好きなのか?」
「いや……」
「若いっていいな」
「ヴァイゼさん?」
一方、旅人は集落の外から続く獣道を登っていた。名をレーナ・クレフ=フォーグラーと言い、遥か遠いサン・クラッツ市に領主の次女として生を受けた。姉より優秀で武術に長け、国立学院をトップで卒業した。しかし、上流階級の女子には不必要なものだった。男子の生まれなかったクレフ家は、彼女にとって居心地が悪く、姉夫婦に追い出されるように屋敷を出た。探索者として生計を立てるのは難しいことではなかった。
何年間も歩かれない道は草に埋められ、代わりに何かが通った跡が造られている。それを辿って、森の奥にかすかに見えた城を目指した。奥を進むほど勾配は大きく、草木の背丈は高くなる。既に道はなく、彼女は森の中を、上へ向かって歩いていた。
「止まれ」
真横から飛んできた矢は木の幹に刺さった。彼女は足を止め、木々の間を凝視した。
「動くな。何しに来た」
と声は言った。
「誰?」
「質問に答えろ。何しに来たと聞いている」
「城に興味があって」
「引き返せ」
「さもなくば?」
「殺すことも厭わぬ」
見えない誰かが言い切った。レーナはため息をつくと足を進めた。
「死ぬ覚悟はできているんだろうな」
「とっくにね」
気配は消えた。
日が傾きかけたころ、彼女は城の前に立っていた。城壁は高く、その中に建つ建物はさらに巨大だ。門は少し開かれているが、誰も寄せ付けないような雰囲気がある。外とは違い、内側は綺麗に掃除されていた。背後で閉まる音がした。レーナは振り返らずに、正面の扉へ歩いた。
「ようこそ」
と声がした。正面に立っているのは同じくらいの背丈の女だ。ちょうど影になり、顔は見えない。
「客人は久しぶりだ。歓迎しよう」
「あなたは?」
「私は、ここの主だ」
「じゃあ、あなたが竜?」
主だという女は、首を傾げた。
「竜なら、君の後ろに」
振り向くと、少年とも少女とも見える顔が見上げている。この子供が?ㅤと疑問に思っていると、突然、背中から翼を広げて城の主のところへ飛んだ。
ㅤ主は『カノープス』と名乗った。その正体は魔女で、百年近く前からここに住んでいるという。どうやら歳を取らないらしい。
ㅤもう帰ったほうがいい、と魔女は言った。西の空は赤に染められ、陽は落ちきっていた。
ㅤ夜が来る。月のない夜だ。マルクは静かに窓を締めた。
「外に出ちゃいけないんだってね」
とレーナが言った。竜が人を攫ってしまうからと返されると、そんな人には見えないけど、と呟いた。
「じゃあ、城には竜が?」
「竜もいたけど、主は魔女だったよ」
彼は関心なさそうに相づちを打った。魔法水晶に照らされた顔は俯いていて、哀しさが滲んでいるような気がした。
ㅤ魔女のことを、一つずつ語りだした。マルクは手を止めて、その全部を聞いた。夜は、更に深くなる。
ㅤ羨ましい?ㅤと聞いてみた。分からない、と自分の声を聞いて、彼女は何も知らないことを知った。
「外、出てみようか」
とマルクが言った。
ㅤただ黒で染め上げられた空に、光だけが浮いていた。二人は何かを共有したように大きなため息をついた。
ㅤ朝、そこには開けっ放しのドアと、魔法水晶のランタンだけが残されていた。
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