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第26話 魔術師の失敗
しおりを挟むミィを奴隷にしていた魔物を狩ってから更に一か月後。奴隷商人のアジトから回収した顧客リストに残されたのは、あと二件になった。
奴隷を買ったすべての貴族を魔物として処理したわけじゃない。中には奴隷を家族として受け入れている者もいた。
はじめは色々と楽しむつもりで少女を奴隷として購入した田舎の男爵が、明るく人懐っこい彼女に魅了されてしまったようだ。男爵は少女を普通に屋敷内で生活させていた。彼女には隷属の首輪がつけられていなかったので、逃げようと思えばいつでも逃げれる。しかも男爵は『ここが嫌になったら、いつでも去って良い』と、彼女にまとまった金を渡していたらしい。
犬獣人の少女は両親や親類を魔物に殺されて身寄りがなかった。また彼女自身が男爵と一緒にいると言い張ったので、俺はその貴族には手を出さなかった。犯罪者と長く一緒にいると、自らの身を守るために犯罪者を好きになってしまうこともあるらしいが……。この場合は違うっぽい。どちらかと言うと、惚れているのは男爵の方だった。
奴隷は犯罪だ。しかしこの男爵の所は養子のような形で落ち着いており、平和な感じだった。親を失っていても、精一杯明るく生きようとしていた少女が男爵の命を救った。彼女も今は幸せそうだ。
もしかしたら貴族の中にも奴隷と良い関係を築いている奴がいるかもしれないと期待した。でもダメだった。あの男爵が唯一の例外で、それ以外の貴族は全て魔物以下のクズたちだった。
というわけで俺は、残りの魔物狩りに来ている。
「こんばんは。世界の掃除屋です」
「……ついに俺の所にも来たか」
眼光の鋭い初老の男が腰の剣を抜く。
コイツは自らが戦うようだ。
「他の貴族と違って、あんたは傭兵を雇わなかったんだな」
「己より弱いものを雇ったところで、屋敷が余計に汚れるだけだからな」
この子爵は他の貴族たちとは少し違った。まず俺が近いうちに襲撃してくることを予見しておきながら、屋敷内に傭兵を招き入れていなかった。自ら剣を握っているところを見ると、戦いに自信があるらしい。それ以外にも気になることがあった。
「俺は何回かこの屋敷に忍び込んだけど、あんたが買った奴隷を見つけられなかった」
リストにはコイツがふたりの獣人の男の子を買った記録があった。しかし俺はその子たちを見つけることができなかったんだ。考えられるのは子爵が飽きて彼らを解放したか、リストが間違っているか、もしくは……。既に少年たちを殺してしまったか。
「ほぉ。お前でも、あの子らを見つけられないのか」
「なに?」
満足げに男が笑う。
「これはいい! 守りを固めた貴族連中を容易く殺す暗殺者が、その存在を掴めぬとは。やはりあの子らは俺の最高傑作だ!!」
「お前、いったい何を──っ!?」
突如背中に痛みが走った。
腹部が熱くなっていく。
俺の腹から二本のレイピアが突き出ていた。
「あれ? 心臓を狙ったのに」
「外しちゃったね」
俺の背後に、真っ黒な犬獣人の少年たちがいた。彼らの真っ赤な目が俺を一瞥すると、俺の腹からレイピアが強引に引き抜かれた。
「うぎっ!! い、いでぇぇぇ!!」
ヤバい。滅茶苦茶痛い。
久しぶりにここまで深い傷を受けた。
俺は自分に向かって高速で向かってくるものを自動で収納できるように魔法を設定している。訓練の結果、寝ていてもそれが発動できるようになった。至近距離で放たれた弓矢でも防げる性能があるのだが……。
「お前たちが一撃で仕留められぬのか」
俺から離れて子爵のそばに移動した少年たち。
そんな彼らに、やや不満げな子爵が声をかける。
「ごめんなさい、父上」
「あの人の身体、何かが守ろうとした」
どうやら犬獣人の少年たちは、俺の収納魔法が展開されるのを見てからレイピアの軌道を変えたようだ。
「ま、マジかよ……。俺の防御を避けて攻撃とか」
それはつまり俺の収納魔法の発動より少年たちの動きが早いということ。獣人は身体的ステータスが高い。彼らはそれを更に魔力で強化し、人族ではありえないほどの速度で移動しているようだ。
かなりマズイ。少年たちの動きが速すぎる上に、既に喰らった一撃がでかすぎる。しかも俺はこの屋敷を何度か千里眼で偵察していたが、彼らを見つけることができなかった。
おそらく千里眼の微かな魔力を感覚的に察知し、それから身を隠していたんじゃないかと思う。だから俺が彼らを攻撃しようと収納魔法を展開しても、容易に避けられてしまう。
失敗した。
まさか奴隷を鍛えて戦力にする貴族がいたとは。
「さて、それでは俺も参戦して『貴族狩り』を狩ろうか」
「待って! ちょっと待って。さ、最期に少しだけしゃべらせて」
「時間稼ぎなど無駄だぞ? この子らの足からは絶対に逃れられん。それにこの屋敷の窓も扉も、今は俺の魔力で封印している。絶対に逃がさん。お前はこの屋敷内で、この子らに死ぬまで追いかけられるのだ」
確かに走って逃げるのは無理そうだ。
でもな──
「俺は弱い。それに仲間の中で、最もビビりだった」
元パーティーの仲間が神託を受けた勇者や賢者だったから仕方ない。旅を始めた頃、ルークスたちが強力な魔物と戦うのを、俺は岩陰で震えて見ていた。そんな俺だから、収納魔法が強化されてできることが増えるようになってきた際、真っ先に身に着けた能力がある。
「俺が一番得意なのは、逃げる魔法だよ」
魔法の発動を検知した少年たちがレイピアを俺に向かって超高速で投げつけてきた。しかしレイピアが身体に到達するより一瞬早く、俺は収納魔法で屋敷の外に転移した。
「あ、危なかったぁ」
何とか逃げることはできたが……。
まずいな、血が止まらない。
収納魔法で傷口付近を収納しても出血は止まらない。異空間に血が流れ続けてしまうからだ。
自動展開された収納魔法のおかげで心臓や肺は守られたが、それ以外の臓器がかなりヤバそう。これだけの怪我を治せるのは、俺が知る人物で言えばひとりしかいない。聖女のセリシアだ。
パーティーを追放された俺だが、さすがに瀕死だったら助けてくれるはず。
た、助けてくれますよね?
頼みますよ。信じて移動しますからね!?
もう、意識がヤバい。
何とか収納魔法を展開して──
俺は、転移することができなかった。
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