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第27話 治癒の代償
しおりを挟む柔らかいベッドの上で目を覚ました。
「……ここは?」
なんとなく過去に来たことがある雰囲気の建物の内部にいるのだが、俺が寝かされていたベッドは初めて見るものだった。
身体を拘束されたりはしていないらしい。
手足は自由に動かすことができる。
俺は子爵の屋敷に忍び込み、返り討ちにあった。貴族が奴隷の少年たちを傭兵以上の戦力に鍛え上げているとは思いもしなかったんだ。
そう言えば俺が子爵の屋敷から逃げる時、どこに転移したんだっけ? かなりの深手を負っていたから『とにかくこの場から遠くへ』と適当な場所に転移したはず。
その後、元仲間のセリシアに助けてもらうため収納魔法で転移しようとしたところで俺は力尽きた。
「俺、生きてるんだよな?」
手を天井にかざして眺めてみる。
透けたりはしていない。
今の俺は死んでないんだと思う。
そう言えば犬獣人の少年たちに刺されたはずのお腹が痛くない。
恐る恐る服の下を触ってみる。
「……傷が、ない?」
レイピアが二本も貫通していたはず。しかし傷口はどこにもなかった。それどころか俺がルークスたちと旅していたころに負った傷もなくなっている。
意味が分からない。
ベッドから立ち上がってみる。
瀕死の重傷だったはずなのに、身体がまるで羽のように軽い。古傷も含めてすべての不調が全快したようだ。身体の状態が気になり、確認のために上半身の服を脱いでいると部屋の扉が開かれた。
「あっ、ケイト!」
「フリーダ?」
扉を開けたのはエルフの女商人フリーダだった。
「起きれたんだな。よ、よかったぁ」
「もしかしてここ、フリーダの家?」
「そう。そして君が寝ていたのは私のベッドだ」
フリーダの頬が少し赤くなっている。
「ここは私の部屋だから……その、特に脱ぐ必要がないのであれば、服を着てくれないか?」
言われて気づく。
俺は女性の部屋で、上半身裸だった。
「ゴ、ゴメン!」
慌てて服を着る。
一呼吸置いたところで、フリーダが抱き着いてきた。
「ちょっ!! フリーダ、どうしたの!?」
「どうしたはこっちのセリフだ! 急に庭の方から音がして見に行ったら、血だらけのケイトが倒れていた。私がどれだけ驚いたか分かるか!?」
俺はどうやら、無意識のうちにフリーダの家へ転移していたようだ。
「じゃあ、フリーダが俺の治療を?」
「あぁ。私が君の身体に触れたときにはもう脈がなかった。そんな状況からケイトを蘇生できたのは、エリクサーを使ったからだ」
「えっ。で、でも、フリーダはエリクサーを持ってないって」
「この国の王族のひとりがくれたんだ。私にではなく、いつかケイトに渡してほしいと言われてな」
「お、俺に?」
俺のエルフ族の知り合いって言うと、フリーダと彼女の妹であるシスタとステラくらいしか思い浮かばない。王族なんて会ったことすらないはず。
「ケイトは私の妹たちを助けてくれた後も、人族の奴隷となったエルフたちを解放していたんだろ? 君が助けた奴隷の中に、サンクトゥスの王族がいたんだよ」
「……まじ?」
「奴隷だったその少年や親には王位継承権がない。それでも列記とした王の一族だった彼らには国からエリクサーが支給されていた。それを私が預かった」
俺は奴隷だった少年少女をここ、サンクトゥスに何人か連れてきた。その中に王族が居たみたいだな。そういえば他のエルフたちより圧倒的に質が良い服を纏った男が、俺に何かお礼をしたいと言っていた。
見返りが欲しくて奴隷解放をしていたわけじゃない。子どもたちの心身をケアするのに役立ってくれればと思い、俺が奴隷商人の屋敷から回収した金貨を配っていたくらいだ。
しかし結果としてそれが俺を救うことになった。
「でも、どうして俺とフリーダが知り合いだって分かったんだろ?」
「それはケイトが奴隷だった少年たちの前で顔を見せていたからだ。エルフ族の少年少女は誰も君のことを知らなかったようだが、獣人族の中に君が勇者の仲間であることを知っている者がいた」
あー、そう言えばいたかも。
俺のことを知ってる少年が。
「獣人の少年から話を聞き、エルフの子たちも君が勇者の仲間であると認識した。ここまで言えば、あとは分かるな?」
「……勇者一行と取引したことのあるフリーダに、エリクサーが託されることになったと」
「そういうこと。善行をして積んだ徳が、最速で返ってきたようだな」
ふふふっとフリーダが笑う。
相変わらず美しくて見惚れてしまう。
「さて。話は変わるが、一度は私の元から逃げたケイトが帰ってきた。しかも今の私は、君の命の恩人でもあるわけだ」
話している間、フリーダは俺から離れようとしなかった。そんな彼女の腕が更に俺を締め付けてきた。
「何か言うことはあるか? 私の意見など一切聞かず、一方的に私を振ったケイトさん」
「ごめん、なさい」
「謝罪の言葉だけでは困るな。こちらとしては聞きたいことが山ほどある。まず話し合う時間すらくれなかったのはなぜだ!? わ、私のことが、嫌いになったわけじゃないのだろう?」
フリーダの蒼い瞳が俺の心を見透かす。不安混じりだった彼女の表情は、すぐに柔らかくなった。俺の気持ちを汲み取ったようだ。
「君の眼はいつも素直だな。わかりやすくて愛おしさすら感じるよ」
俺としては読心術みたいで怖いです。
ただ、今でもフリーダが好きなのは変わらない。
「私も君が好きだ!」
「……フリーダ。それでも俺は」
「なにを言っても無駄だぞ? 私はもう、絶対にケイトを逃がさないからな!」
目に涙を溜めながら宣言された。
「君は私の裸を見たのだから、私を嫁にする責任がある! 私に命を救われたのだから、ずっと私と一緒にいて恩を返す義務があるはずだ!!」
彼女の手の爪が俺の背中に食い込む。
絶対に俺を逃がすまいと必死だった。
俺は俺自身のみを選択して異空間に収納できるから、こうして密着されていても逃げることは可能だ。
この場から逃げられるが……。
「お願い。もう、いなぐならないで。私、なんでもずるがら」
綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるフリーダを見ていると、どうしても逃げられなくなっちゃった。
「ケイトが望むなら、ひ、人だって殺せる」
「それはしなくていいよ」
そこまでやってほしいわけじゃない。
他人を食いものにする魔物は俺が処理する。
大切な妹たちのためであっても人に刃を向けられなかったフリーダは、ずっとそのままでいてくれて良い。その代わり──
「世界を少しだけ良くするために、俺は今後も人を殺すことがあるかもしれない」
メインでやりたいのは勇者の支援であり、俺が倒すべきは魔王が生み出した魔物だ。でも今回のように、人に扮した魔物を狩ることは今後もあるだろう。
人に扮した魔物だと思おうとする。
でもその魔物は間違いなく人の言葉を話す。
人の言葉で『助けてくれ』と叫ぶ。
既に俺は墜ちているから。
相手は人じゃないから。
そうしていくら自分自身を正当化しようとも、魔物の最期の声は俺の耳にいつまでも残り続ける。俺のまだ人でいる部分が、俺の心を苦しめる。
もしフリーダが俺を受け入れてくれるのなら。
俺の支えになってくれるというのなら。
俺が彼女に望むのはただひとつ。
「人を殺した俺にも『おかえり』って言ってくれますか?」
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