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第9話 迎撃準備

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 祐樹が地上に向かって走っている頃。研究施設の1階出口付近では、この施設に滞在していた警備部隊が迎撃の準備を進めていた。

「アーマロイドは起動するな! クラッキングされて俺たちを攻撃してくるぞ。未起動のものはバッテリーを抜いておけ。稼働している奴らが近づいてきたら、迷わず短距離EMPを使え!!」

「「「了解!」」」

 警備部隊長の指示に従って行動を開始する隊員たち。通信ができず、監視カメラなどからの情報も得られていないにも関わらず、彼らの動きは迅速で迷いがなかった。

 こういう事態に対処するための訓練が行われていたこと。そして優秀な指揮官たちが、この状況を作り上げている。現状、最重要拘束対象──『電池識別番号Kー3286 東雲《しののめ》 祐樹ゆうき』が施設外部に逃げるという最悪の事態には至っていない。

 しかし隊長の顔色はあまり良くなかった。

「それで、中央政府とはまだ連絡つかんのか?」

「ダメっすね。情報班が通信システムの修正を試みていますが、常にプロトコルを書き換えられていて完全にお手上げみたいで」

「チっ。ギリギリ外に出られた奴ら頼みってことだな」

 外に出るための隔壁が閉じたため、それを無理やりこじ開けて数名を外に逃がしていた。彼らには中央政府へ緊急事態を報告するよう指示が出されている。

「ちなみに外に出た奴らですが、この施設の車に乗っていきましたよね?」

「そうだ。あれは搭載されたAIが道路上の信号を制御し、かつ最短距離で目的地に向かうことができるからな。上位研究員の車だったが、俺が使えと許可を出した」

「あの、隊長。この施設最高のAIが敵になったって理解してます? 妨害電波でアナログ通信も遮断し、隔壁操作も自由自在。危険生物の放出や誘導までやってのける。そんなAIが、車に搭載されたAIに何か細工をしたとか考えないんすか?」

「……あっ」

 唖然とする隊長を見て、副隊長が深いため息をつく。

「そんなことだろうと思って、俺の部下も何人か外に出しといたっす。あいつらには車に乗るなって指示を出してね」

「お前っ! 最高だな!!」

「抱き着くのは暑苦しいんで止めてください。それからこの中央エントランスだけこうして固めてますが、設備搬入口とか守る必要はないんすか?」

「いや、だってあっちは隔壁が」

 ここ以外の全ての出入り口は緊急時用の隔壁が降り、全て封鎖されていた。現状この施設から出入りできるのは、この場所だけなのだが──

「その隔壁は今逃げてるAIが閉めたんですよ。自分で閉めたんなら当然、開けることだって可能でしょう」

「……えっ。それって、ヤバくね」

「たぶんそれも隊長は何も考えてないだろうなと思って、ここ以外の外に繋がる出入り口は全部隔壁の前を爆破しときました。だから出られるのはここだけっす」

「さっきの爆発音はお前の仕業かっ! 優秀な副隊長がいて、俺は嬉しい!!」

 問答無用で体調が副隊長に抱き着く。副隊長が怪訝な表情をする中、周りの警備隊員たちはいつものことだと笑いながらその様子を見ていた。

 人望がある隊長と非常に優秀な副隊長によって、警備部隊はこの緊急時においても完璧な統率がとれていたのだ。

「ただ緊急事態とはいえ、施設爆破しちゃったんでさすがに怒られると思います。隊長、一緒に責任取ってくださいね」

「んー。まぁ、仕方ねぇな。俺の指示だったってことにしとけ」

「あざーっす! そうさせてもらいます」

 勝手に動いたことを許し、責任を一手に引き受けてくれる隊長だからこそ、副隊長も彼を信じて今日までついてきていた。

「それはそうと、ここに滞在していた政府軍の奴らは?」

「施設内に残った研究者たちの護衛や移送をしてくれてます。そろそろ戻ってくる頃かと。あぁ、ほら。ちょうど来ましたよ」

 通信ができない状況下では時間を決めて動くことが重要になる。別れて行動する時などは戻る時間をあらかじめ決めておき、その時間に戻らなければ何かあったのだと仲間に知らせることができるからだ。

 政府軍のNo.18とNo.21、No.44、No.58、No.82の5人が数名の研究者を連れてやって来た。

「お待たせしました。時間内に連れ出せたのはこれだけです。これ以上遅くなると『予備電池』と接触する可能性が高く、その場で戦闘するよりここで警備部隊の皆さんと迎撃した方が良いと考えて戻ってきました。残りの研究員たちは各フロアの避難エリアに逃げているかと」

 軍服を着た男が警備部隊長に状況を報告する。彼が首元に着けた階級章には44の数字が刻まれていた。戦力で言えば政府軍の方が圧倒的に上なのだが、ここでは施設の警備部隊の指揮下に入れられている。

 だが政府軍所属の者たち全員が警備部隊長の指示を素直に聞くわけではない。

「おいおいおい、44番。お前の言い方だと、まるで炎鬼えんきさんが負けるみたいな感じじゃねーか! あの人なら今頃きっと逃げた奴をボコボコにしてるぜ」

 上半身の軍服を着ておらず、タンクトップ姿の男。彼が首から下げたドッグタグには18の数字が見えた。この男が政府軍のNo.18。44番と呼ばれた男はNo.18の言葉に委縮し、「すみません」と小さく謝った。

「とりあえず研究者を逃がすのには協力したが、俺は炎鬼さんが気兼ねなく戦えるように動いただけだからな」

「いや、それで十分。協力に感謝する!」

 警備部隊長も政府軍の上位陣を自由に使えるとは考えていない。ひとりで都市を壊滅させられるような力を持った彼らは、軍に所属していると言っても素直に上官の指示に従うような者が滅多にいないからだ。

「もし、仮にだ。予備電池が炎鬼さんから逃げてここまで来たら、俺たちで奴を捕まえる。お前ら雑魚警備部隊は俺らの補助に回れよ」

「そうしてもらえるとこちらも助かる。高位の能力保持者ティロンホルダーと戦うには同等レベルの能力か、優位になれる能力ティロンがないと厳しい。俺たちにはアンタらほど高位の能力保有者がいないからな。その分、連携で敵の自由を阻害してやる。サポートは任せてくれ」

「わかってんなら良い。邪魔したら殺すぞ」

 明らかに年下のNo.18に舐めた態度をとられても警備部隊長は堪えた。この程度のこと、能力ティロン社会になって何度も経験してきた。強力な能力は持ち得なかった彼だが、優秀な部下には恵まれていた。部下たちとの信頼を築き上げ、緻密な連携と完璧に統率のとれた動きで彼の部隊は国最重要の研究機関を警備する部隊として抜擢されたのだ。

「隊長。あいつだけはピンチになっても助けませんが、良いですよね?」

 No.18が離れていった後、副隊長が隊長に話しかける。

「副隊長。俺は何も聞いていない。これは何も聞いていない俺のひとりごとなんだが、『それで良い』とだけ言っておこう。なんのことかは知らんがな」

「りょーかいです」


 その時、中央エントランスに繋がる地下からの通路を閉ざしていた隔壁が、重い音を立ててゆっくりと開き始めた。
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