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第12話 休息

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 政府の研究施設から逃げた数時間後。
 俺たちは街中のカフェにいた。
 
「ねぇ、ほんとにこれ大丈夫?」

(問題ありません。前のプレートでお好きな飲み物と食事を選んでください)

 アーティに言われるがまま、目の前に浮かぶ半透明のプレートに手を伸ばす。とりあえずココアとカツサンドを選択し、会計ボタンを押してみた。するとシャリーンという音が鳴って『お会計を完了しました』というメッセージが表示される。

 少し待つとパネルの下のカウンターにココアとカツサンドが出てきた。

「……すげぇ。買えちゃった」

 いろいろ思うところがあるけど、後ろに人が並んでいたのでココアなどが乗ったトレーを持って空いてる席に向かう。

 このカフェはオープンな造りになってる。だけど近くの席に人がいても話し声が聞こえてきたりはしない。客席の間にサウンドキャンセルというシステムが実装されているからで、最近はこのタイプのカフェが増えてるらしい。

(2年ぶりのお食事です。戦闘義手を接合する際、消化器官系の不調も回復させていますので問題なく飲食できるかと。ごゆっくりどうぞ)

「ありがと」

 ──って、のんびりしてて良いの!?
 俺、政府の施設から逃げたばっかりですが!?

(ご安心ください。周囲の監視カメラは全て押さえています。加えて祐樹様の顔を知る政府軍関係者が周囲10キロ以内にいないことも確認済みです。そして祐樹様が逃げたことは機密扱いになったようですので、警察に追われることもありません)

 そうなんだ。凄いね。
 なんか会計もできちゃうし。

(店舗に入った時点でカメラが顔認証を行い、政府データベースから個人番号パーソナルナンバーが取得されます。データベースには個人の金融情報も登録されていますので、そこから支払いが行われます)

 まぁ、それは俺が捕まる2年前にもあったシステムだからそんなに驚かない。俺がビックリしてるのは、政府から逃げてる俺の預金データとかをまだ使えること。

(そういうことでしたか。早とちりして申し訳ありません。祐樹様がもともと使われていた個人番号は凍結されていますので、新たな番号を取得しました)

「えっ」

 個人番号って、そんな簡単に取得できちゃうもんなの? 金融データと紐づけられるから、最高のセキュリティで保護されているって政治家が言ってるのを聞いたことがあるけど……。

 個人番号を取り直したのが本当だとして、俺がバイトで溜めたお金は使えなくなってるはず。じゃあ俺は今、どうやってこのカツサンドとかを買ったんですか!?

(祐樹様の個人番号を作る際、預金や経歴も私が仮で設定させて頂きました)

 右手が微かに震えると、手のひらからスマートフォンが出てきた。これは政府の地下施設にいた時も見せてもらったから驚かない。戦闘義手に使われてる粒子の一部を使ってスマホのようなものを再現しているらしい。ちなみに再現しているのは形とか操作性だけで、機能的には最新スマホと比べ物にならないくらい高性能なデバイスだという。そのデバイスのティスプレイに俺の個人情報パーソナルデータが表示される。

【パーソナルデータ】
個人番号:05-389173492
名  前:東雲 祐樹(しののめ ゆうき)
性  別:男
年  齢:19歳
職  業:学生(****大学 在学中)
能  力ティロン:蓄電(Lv.1)、肉体回復(Lv.1)

 個人番号と年齢、職業が以前のと違ってるけど、それ以外は元の個人情報と一致していた。ちなみにこれは氏名の所をタップすると家族構成が、年齢の所をタップすると生年月日などが確認できたりする。

「これ、大学の所が文字化けしてない?」

(祐樹様がご希望の大学に在籍していることにしようかと思い、仮で設定させていただきました。あとで相談しましょう。学歴も人間のステータスですからね)

 学歴データベースを弄れるとアーティが言っていたのを思い出した。マジでできちゃうんだ。

(それより財産タブをご確認ください。操作性は祐樹様が使用されていた2年前とあまり変わっていませんが、タブの場所が多少変更されています)

「ここかな」

 画面の『基本情報』には今見ている情報が記載されてる。その右隣に『健康情報』、更に右隣に『財産情報』のタブがあった。俺はその財産情報タブを押した。登録している銀行口座や総預金残高が表示される。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん、おく、じゅうおく……。じゅ、19億!?!?」

 俺の預金が19億円になっていた。
 正確には1,999,998,800円。

 さっき1,200円分買物したから、元は20億円あったってことになる。

(とりあえずそのくらいあれば当面の活動に困ることはないかなと思いまして)

「多すぎでしょ! こんな額、俺みたいなのが持ってたら絶対怪しまれるよ!!」

(それも心配ご無用です。政府中枢のデータベースには全国民の職業と預金額をチェックし、不審な点があればアラートを出すAIがいます。そのAIと私はお友達になりましたから、政府の役人に祐樹様のデータが露見することはありません)

 用意周到が過ぎる。あとAI同士がどうやって友達になるのがちょっと気になった。

 それはそうと自由に預金額を弄れる上に監視もされていないなら、いきなりこんな大金を入れておかなくても良いんじゃない?

(私が実際に金融データを自在に操作出来るということをこの際に証明しておこうと思いまして。1千万円程度では、インパクトが弱いかなーと)

 俺の金銭感覚で言えば、100万円でも十分信じたけどね。

(そ、そうでしたか……)

「ま、いいや。このお金は大事に使わせてもらいます。ちなみにだけど、一般の人たちの口座からちょっとずつ抜いたとかじゃないよね?」

 既に国を敵に回してしまうことになったので、違法に入手したお金を使うことに対してそこまで抵抗はない。だけど俺と全く関係のない人たちに迷惑をかけるのは嫌だなって思ったから、アーティに金の出どころを聞いておくことにした。

(政治家の預貯金から奪いました。特に祐樹様が捕らえられていた施設の運営に携わっている者たちからはガッツリ抜いています。といっても、彼らがお金を奪われたと気づくことはないでしょうね)

「なんで?」

(多少減った程度では気付かないくらい国民から巻き上げた税金で彼らの懐が潤っている、ということです)

 何人から貯金を奪ったのか分からんけど、政府中枢で働く政治家って400人くらいだったはず。その半分を対象にしたとして、20億にするにはひとり当たり1千万円奪った計算になる。

「えっ。政治家って貯金が1千万円なくなってても気づかないの!?」

(気づきませんね。銀行の預金残高をチェックするAIの存在も大きいと思います。彼女らが異常事態を報告しない限り、いつの間にか貯金が減っていても大抵の人は気付きません。銀行のAIはそれくらい国民や政治家から信頼されています)

 それもそうか。確かに俺もバイト代の入金報告してくれるAIを信じ切っていたし、引き落としがヤバそうな時に出された警告を信じて慌てて振込みしたこともある。

「あれ? もしかして政府のデータベースにいるAIだけじゃなく、銀行のAIも?」

(えぇ。政府中枢の主幹コンピューターから、全国の銀行に私の分身体のようなものを送り込みました。つまり全国どこに行っても、どこの銀行でも祐樹様は自由にお金を引き出すことが可能です)

 もう有能を通り越して怖いよ。
 
「株価操作とかもできそうだね」

(当然可能です。祐樹様がこの国に怨みを抱いているのであれば、国の経済を3日でボロボロにしてみせましょう。多少は気分が晴れるはず。実行なさいますか?)

「いや、ダメだよ! 絶対に実行しないでね!? 政府軍が諦めてくれたら、俺は今後もこの国で生活したいんだから」

 腕を切り落とされたことや、勝手に能力ティロンを改造されたことは確かにムカつくけど、何の罪もない一般の人たちを巻き込んじゃいけない。それになんだかんだで日本は世界の国々と比べると安全で暮らしやすいと俺は思ってる。経済破綻とかしてもらったら困るんだ。

(そうですか……。念のために国外逃亡の準備も進めていたのですが、こちらはペンディングしておきますね)

 アーティがヤる気だった。
 国を殺っちゃうつもりだった。

 ダメだと即答して良かった。もし冗談でOKを出していたら、彼女はその瞬間に動き始めていただろう。彼女はたぶん、俺に指示を出される前に様々なことを想定して動いている。俺が何を言い出してもすぐ対応できるように。

 だから俺が間違った選択をすれば、それは短期間で取り返しのつかないことになる可能性が大いにあるんだ。

 俺はアーティに指示やお願いをするとき、よく考えて慎重にすべきだと心に刻んでおくことにした。
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