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第11話 政府軍No.58の贖罪

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 私には指先から強靭な糸を出して対象を拘束する能力ティロンがある。数が多い敵の殲滅には向かないけど、一対一なら結構強い。この能力で私は政府軍のNo.58になったの。

 そんな私は政府軍が極秘に人体実験を行う施設の警備を担当することになった。正直あまりいい気分はしない。何の罪もない人を誘拐してきて、勝手に身体を切り刻んで色んな研究をしてるんだから。

 でも私は軍人。
 命令には絶対従わなくちゃいけない。

 もし逃げようとすれば、私や私の家族がここで実験体にされちゃう。だから逃げられないし、命令にも逆らえない。もともとは国民を守りたくて軍に入ったのに……。

 ここで働く研究者たちの言い分は、わずかな犠牲で多数の国民が膨大な利益を享受できているのだから気にすることはない──というもの。ちなみにその『わずかな犠牲』って800人くらいのことを言ってる。何百人もの何の罪もない人たちがこの施設に捕まっているの。

 殺人とか犯した重罪人を使って研究する施設がこことは別にあるらしい。できればそっちの担当になりたいと常々思っていた。ここでずっと働くのは、心が耐えられなくなりそうだったから。

 でも私は奨学金という名の借金があるから、政府軍を辞めるっていう選択肢はない。そもそも既にここの情報を知りすぎてる私は、戦死するか任期を終えるまで退役できないらしい。こんなことになるって分かってたら、政府主導の能力ティロン強化手術なんて受けなかった。

 そうすれば私なんかが政府軍のNo.100以内ナンバーズに入ることもなかったはず。今更そんなことを後悔しても遅いけど。


 ……なんでこんなことを思い出してるかって言うと、久しぶりに絶望したから。

「ふぅ。これはなかなか大変ですね」

 そんなことを言いながら、私の視線の先にいる青年は涼しい顔で警備部隊員たちを次々に殺していった。彼が放った紫色の粒子が当たると、強力な電気が流れて命を奪われるみたい。

 どう考えても無理だよね。
 だって敵は、あの予備電池。

 たったひとりで数GWギガワットの電力を放出できるって言うバケモノ。そんな高出力の電撃に人間が耐えられるわけがない。

 高位の水と炎の能力保持者ティロンホルダーには身体を水や火に変質させられる人もいる。彼らなら物理攻撃や能力による攻撃の大半を無効化できるけど……。

 私たちが捕まえなきゃいけないのは電気系の能力保持者。相性的に、身体を水に変えられる最強クラスの能力保持者がこの場にいても無力だったと思う。

 可能性があるのはNo.18さん。
 彼は身体を炎に変えられる。
 彼なら予備電池を止められるかもしれない。

 そう思っていたけど──


「ひぎゃぁぁぁああああ!?!?!」

 No.18さんの身体が眩しく光って、彼は真っ黒こげになっちゃった。あれはどう見ても死んでる。もし生きていたら奇跡だと思う。それくらいの放電だった。

 まぁ、No.18さんはいつも偉そうだし、私にセクハラしてくる。今日だって胸を揉まれた。ほんと最低。だから彼が倒されて、ちょっとだけ喜んじゃった。

 でも『次は私の番かも』って思うと怖くなった。

 本当なら私が予備電池の動きを止めなきゃいけない。私の能力ティロンはこういう時に対象の動きを止めるためのもの。

 だけど私は、抵抗しないことにした。

 以前地下に拘束されていた予備電池を始めて見た時、彼が私の弟に似てるなって思っちゃったから。それで何度か彼の様子を見に行った。いつか政府軍が解体されて、無事に外に出られると良いねって秘かに願っていた。

 それからしばらくした警備当番の日、私は彼の腕が切断される場に立ち会わされた。麻酔で意識を失わせた状態のまま、彼は腕を切り落とされたの。

 私はそれを止められなかった。
 もし止めてたら、私はここにいない。

 あの時研究者の行為を止められなかったから、今日の私はここから逃げようとする彼を止めない。

「58番! 何故ぼーっとしてる!? さっさとアイツを拘束しろ!!」

 No.21さんに怒鳴られた。
 大丈夫。言い訳は考えてある。

「む、無理です! 彼は電気系の能力保持者ティロンホルダーですよ? 私の能力で拘束しようとしたら、感電しちゃいます!」

「だったら空間に糸を張れ! いつもみたいに動きを制限するんだ」
「それはもうやってます!!」

 ごめんなさい。嘘です。
 なんにもやってませーん。

 彼を助けなかったのが私の罪。
 今からそれを償うの。
 もちろん死ぬのはすごく怖い。

「まったく動きが制限されてねーじゃねーか!!」

 No.21さんは重力操作系の能力保持者。とってもレアで、強力な能力ティロン。でも能力の発動には少しタイムラグがあって、ちょっと動きの速い敵には重力場を当てることができない。

 だから彼はいつも私と組んでいた。私の能力ティロンは力の強い能力保持者が相手だと逃げられちゃうことがある。私がターゲットの動きを鈍くして、No.21さんが重力場で確実に動けなくする。拘束系最強ペアとして今日までやらせてもらった。

 お世話になりました。
 最後に裏切ってごめんなさい。

 心の中でNo.21さんに謝りながら、彼が予備電池に触れられて地面に倒れる様子を眺めていた。残ったナンバーズは私だけ。警備部隊はとっくに全滅している。

「……あなたからは戦意を感じません。拘束系の能力ティロンを持っているはずなのに、それも使っていませんね。なぜですか?」

 予備電池が。
 東雲 祐樹君が話しかけてきた。

「私はちゃんと能力を使いました。貴方には効果が無かっただけです」

 見逃してほしいなんて思ってない。

 仮に見逃されたとしても、私以外の全員死んでいたら私に疑いの目が向けられる。私が彼の脱走を手引きしたんじゃないかと疑われ、政府軍から拷問されるかもしれない。というか、過去の経験からすると絶対にそうなる。

 拷問で嘘の供述をさせられた後は、祐樹君が逃げた責任を押し付けられて処刑される。この国の政府軍って、こーゆー感じ。

 どうせ殺されるなら、祐樹君の手で。
 貴方を助けられなかった私を断罪して。

 彼の身体に能力の糸を放った。

「大人しく捕まりなさい! ここから外に出られたとしても、政府軍は貴方を逃がしません。どこまでも追いかけ、絶対にここへ連れ戻します」

 口ではそう言うけど、出来れば彼には逃げ切ってほしい。No.18や21という高ランク含むナンバーズを短時間で倒してしまう彼なら逃げられるかもしれない。

「さぁ! 膝をついて!!」

 抵抗しなさい。糸で私と繋がっているんです。
 糸に電気を流せば余裕でしょう。
 私が死ねば糸の拘束は解かれる。

 私を殺して、さっさとここから逃げて!

「何か事情がありそうですね。でも今は貴女に時間を割く余裕がありません。ですから今日は、これで失礼します」

 彼は私の糸を素手で引き裂いた。

「えっ?」

 高ランクの肉体強化系か、アルカリ性の溶剤を放出できる化学系の能力保持者じゃないと逃げられないはずの私の糸を、祐樹君は素手で破ったの。そんなことをしてくるとは思ってなくて、驚きすぎて身体が動かない。

 気付いた時には彼が目の前にいた。

「もしまた会うことがあれば、ゆっくりお話を聞かせてください。では──」

 目の前で十数人を殺した青年とは思えない、柔らかくほがらかな表情だった。


 ──***──

「うっ。こ、ここは?」

 どうやら私、殺されなかったみたい。

「中佐! No.58が目を覚ましました!!」

 私が寝ているベッドのそばに軍服を着た女性兵がいて、彼女は私の意識が戻ったことを上官に報告しに行った。
 
 これから尋問されるんだと思う。政府軍には蘇生系の能力保持者がいるから、今からだと自殺もできない。最悪の気分。
 
「目覚めたか。気分はどうだ? あぁ、起きるな。そのままで良い」

 怪我人だからと、ベッドに伏せた状態での受け答えを許された。

「身体が多少麻痺していますが、問題ありません」

 上官の問いかけに大人しく答える。
 私を気遣ってくれるフリが怖い。

 恐らくこの後、祐樹君を逃がしたことを責められる。生き残った私が責任をとらされるんだと思う。

「そうか。まずはゆっくり休め」
「はい。……えっ?」

 聞き間違いかな?
 今、休めって。

「エントランスにEMPで壊れなかったカメラが一台残っていたんだ。そこには最後のひとりになりながらも、予備電池を止めようと戦ったお前の姿が映っていた。奴の脱走は最重要機密となった。そのため公にお前を褒めることはできん。だが同時に奴を逃がした罪に問うこともない」

 上官の手が私の肩に置かれた。

「奴の気まぐれだったのかは分からん。しかしあの場にいた全員が生きている。炎鬼とNo.18が重傷だが、それ以外は数日あれば退院できるだろうと報告された」

「ぜ、全員、生きてるんですか?」

 信じられなかった。人の意識を一瞬で奪うほどの電撃を浴びせておきながら、命を奪わない程度の威力に抑えるなんてこと容易にできるとは思えない。私たちは軍の対人制圧訓練で、人の意識を奪うことがどれほど難しいか学んでいる。

 スタンガンじゃ人は気絶しない。高電圧低電流で超強力な静電気のような状態を作り出せば、身体を麻痺させることはできる。でも人というのは一般的に思われているほど簡単には失神しない。

「それに、炎鬼さんもやられたって……」
「絶対に他言するなよ」
「りょ、了解しました」

 祐樹君がコードネーム持ちも倒していたというのが驚きだった。同じ軍に所属していて、炎鬼さんのバケモノっぷりを何度も見てきたから余計に信じられない。

「まぁなんだ。とにかく今は休め。お前の能力は捕獲向きだからな。回復次第、いつものようにNo.21と組んでもらう」

「それで私は、いったい何を?」

 聞かなくても分かっていた。
 だけど違う可能性を信じて聞いてみる。

「もちろん予備電池の捕獲任務だ」

 あぁ、やっぱりそうですよね。私を殺さず見逃してくれた彼を、私は捕まえようとしなくちゃいけないらしい。というか、私の能力じゃ彼を捕まえるなんて絶対に無理だと思うんですが。

「だが行方が完全に分からなくなってしまったから、次に奴が姿を現すまでは通常の警備任務を担当してもらう。まずは体調を戻すのが最優先だ」

「了解しました」

 病室を出ていく上官に敬礼しながら、私は祐樹君がどこか安全な場所で政府軍に居場所を知られないようひっそりと暮らしてくれることを願っていた。
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