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第1章 水の研究者、異世界へ

第12話 人を殺す魔法

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 初動は良かった。

 騎馬兵にいきなり突撃されることがなく、俺たちの前で無防備に立ち止まってくれたから発動に時間がかかる魔法を無事に設置することができた。

 あれは設置することさえできれば、確実に人を殺すことのできる魔法だ。

 0.1㎜まで薄く引き伸ばした水を秒速500m以上で射出することで、金属すら切断可能なウォータージェットと呼ばれる技術の応用。


 俺はミーナ協力のもと、水魔法の実験を繰り返して水魔法の特性を把握した。この世界の水魔法は大きく分けて“強制結露”と“水操作”というふたつの要素で構成される。強制結露は周囲の空気中に存在する水蒸気を凝集させ、指定した場所に水を出現させるというもの。

 もう一方の水操作は、目視で水と認識したモノを操作できる力。操作するにはこの世界の言葉による詠唱と、結果のイメージが必要だ。ちなみに強制結露で集めた水をこぼしてしまい、地面に染み込んだ場合は水操作することができなかった。もう一度強制結露からやり直す必要がある。

 そして俺は詠唱の仕方次第で、強制結露と水操作を連続して実行可能だということを把握した。先ほど騎兵隊の指揮官を殺した“מים תסתוマイン ディスドーヴ”がそれ。“水よ、回れ”──とこの世界の言葉で詠唱している。水を指揮官の首周りに出現させ、超高速で回転させたんだ。

 首がなくなった指揮官の身体がゆっくりと地面に倒れ、周りの騎兵たちに動揺が広がっていく。俺とミーナを守るように円陣を展開している奴隷剣闘士たちも、敵指揮官を殺したのが俺の魔法だと分かっていないため突然の出来事に唖然としている。


 発動まで5秒くらい必要で、人の身体を切断できるほどの超高速回転は10秒ほどしか維持できない。そして俺の感覚では、この魔法は1日に3回が使用限度だ。かなりコスパが悪い魔法に思えるが、俺が一晩で修得できた中で遠距離から確実に人を殺せる魔法はこれだけだった。

 “מים קְפִיצָהマイン クフィツァ”という魔法なら水を直線的に打ち出すことも可能だけど、距離が離れると威力が落ちてしまう。5メートルも離れれば人の身体は貫けない。また、他人の体内で水球を作り、それを弾けさせるような魔法も不可能だった。俺はこの事実について、この世界に住む者は全員が魔力を持っていて、それにより肉体を守られているからではないかと仮説を立てた。

 だた、外部からの水で人を殺す方法はある。

 水を薄く延ばして2㎠にできれば、気道を塞いで窒息死させられる。鼻から耳に繋がる耳管を水で塞げば平衡感覚が麻痺するため、まともに動けなくなる。そうすればあとは地面をのたうち回る敵に止めを刺すだけ。

 今の俺にはそれだけの繊細な操作がまだできない。しかし時間をかけて訓練すれば、そうした使い方もできるようになるだろう。

 水魔法は最強で、そして最恐の魔法だ。


 しかし、上手くいったのはここまでだった。

ברח אל ת !פסיק!!走れ! 奴隷に魔法使いがいるぞ!!

 騎兵のひとりがそう叫ぶと、指揮官がいきなり死んで呆然としていた騎兵たちが一斉に動き出した。俺は指揮官を失えば騎兵たちは戦意を喪失すると思っていた。これほど早く動き出したのは全くの想定外。

「トール。魔法使いがいるってバレたニャ」

「……マジか」

 魔法使いって珍しいんじゃないのかよ! 奴隷に魔法が使える奴がいるって分かれば、もっと動揺したって良いだろ!?

「どうするニャ? 誰を狙うニャ?」

 今の俺はミーナに支えられていないと立っていることができない。手を前方に掲げることはできるが、高速で走り回る騎兵に素早く手を向けることは自力じゃ不可能なんだ。そのため彼女に指示を出し、その方向に向かせてもらう作戦だった。

 だが、騎兵たちの動きが予想していたより速すぎた。

「──くっ、ヤバいな」

 ミーナに指示を出すにしても、俺の魔法発動速度では敵に当てられない。騎兵の通り道に薄く伸ばしたמים תסתוマイン ディスドーヴを設置するのも手だが、あと2回の発動で残りの敵を全て倒せる可能性は低い。一度設置してしまうと、場所を移動させられないのがこの魔法の欠点だ。

 敵が接近してきた時用に、魔力は温存する必要があった。


אתה שונהお前は違うだろ
גיאהー!ぎゃー!

אשף הושא שומר魔法使いは前衛にいないよな
גוהאぐはっ

האויב שפטן!!隊長の仇だ!!
עצ,רや、やめ──」

 騎兵たちが次々と奴隷剣闘士を切り殺していく。馬の速度を活かした電光石火の一撃離脱。対する奴隷剣闘士たちは高速で突撃してくる騎兵に怯えてしまい、まともな反撃ができていない。

 そして敵は、円形に展開された陣の中心に自分たちの指揮官を殺した魔法使いがいると悟ったようだ。動きに迷いがなく、円陣の一部を集中的に攻撃して中心へ。つまり俺とミーナがいる場所へ向かってくる。

 せめて、あと数人。

מים קְפִיצָהマイン クフィツァ!」

מְסוּכָּןあぶねぇな

 俺の手の動きを警戒したのか、魔法を避けられてしまった。

 それと同時に、俺が魔法使いであることが敵にバレる。本当なら魔法使いは研究対象として国に保護されるはずだが、彼らは指揮官の仇である俺を全力で殺そうとしているみたいだ。俺も別にそれを望んでいるわけじゃない。

 この戦いを生き抜いて、ミーナと一緒にここを出るんだ!
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