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第1章 水の研究者、異世界へ
第28話 異変
しおりを挟むララノアと談笑しながら進んでいると、エルフの王国方面から高速で近づいてくる気配があった。その動きが早くて俺の索敵魔法では詳細が分からないが、多分エルフだと思う。
「ካፕቴን ህጹጽ እዋን እዩ!」
走ってやって来たのは、先ほど俺とミーナを取り囲んでいた男エルフのひとりだった。彼がラエルノアに近づき、切羽詰まった様子で何かを叫んでいる。
「どうしたの? なんかヤバそうだけど」
「えっと……。王都で問題が起きたみたいなんですが、私が勝手に訳すのはダメなんじゃないかと」
ララノアがちょっと困った顔を見せる。和解したとしても、俺たちはまだ部外者だ。翻訳水晶の購入すらしていないので、ミスティナスに入る資格すらない。
「お姉さんが俺たちに何か言いたいことがありそうなら訳してくれれば良いよ」
「わかりました。ありがとうございます」
しばらく待っているとラエルノアがミーナの馬から降り、俺とララノアのそばまでやって来た。
「ላላኖኣ, ንድሕሪት ተመለስ」
「お姉ちゃんは王都へ戻るみたいです」
「ምስቲ ውድድር ውሑስ, ኢኻ」
「わかりました。お気をつけて!」
何かを言い残して、ラエルノアはここに来た男エルフと一緒に走り去った。
「最後、お姉さんはなんて?」
「トールさんたちと一緒にいろと言ってました。その方が安全だからと」
和解したばかりなのに、妹を俺たちに預けてくれるんだ。もうそんなに信頼してくれたのか、それとも王都の方がかなりヤバい状況なのか。
「俺たちも少し急ごうか」
「はいニャ」
エルフ族の緊急事態ということは、俺にとってチャンスかもしれない。何か問題を解決する手助けができれば、その功績で過去の傷が治る薬がもらえるかもしれない。
我ながら打算的すぎるな。
でもそれで良いんだ。
この世界では要領よく生きなきゃ。
俺たちは移動の速度を上げ、ミスティナスの王都へと急いだ。
──***──
王都へ向かう途中──
「おい、なんだよこれ」
「ひどいニャ」
無残に切り殺されたエルフの死体があった。それもひとりだけじゃない。十数人も殺されている。そこは小さなエルフの集落のようで、破壊された建物の残骸も確認できた。
「な、なんで……? 朝は、みんな元気で。あ、朝、私この人と、彼と挨拶したんです。気を付けていくんだよって、言ってくれて」
あまりの惨状に、ララノアがこれを見ないようにするという気が回らなかった。最悪なことに、死体の中に彼女の知り合いがいたようだ。声を上げて泣き出してしまったララノアをミーナが抱きしめて落ち着かせようとしてくれている。
「誰がこんなことを」
霧の索敵魔法で確認するが、周囲には俺たち以外誰もいなかった。ラエルノアたちも近くにはいない。進行方向的に王都へ向かえば、この場所は絶対通過するはず。ここに留まらなかったのは、王都の方がもっと大変なことになってるから? そう考えると、急いだ方が良さそうだ。
「ララノア、王都の方もヤバいかもしれない。この人たちは後で弔ってあげよう。今は生きてるヒトを救うために王都へ急ぎたい」
「……わ、わかり、まじた」
涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、先に進むことを認めてくれた。
「ちなみに、トールさん。この集落で生きてる人は、本当にいませんか? だれか、ひとりでも……」
ここまで来る途中、俺の索敵魔法は止まっていたりゆっくり動いている存在なら、それが生きているものかどうかくらいは分かるとララノアに説明していた。だから彼女は俺に聞いたんだ。
「……ダメだ。少なくとも俺の索敵範囲内では、誰も」
「そう、ですか……。で、でもここには子どもたちがいません! それに、女性も。彼女らがどこかに。例えば王都の方に逃げたって可能性がありますよね!?」
それはあり得る。何者かに襲撃されて、男たちが時間を稼いでいるうちに女性たちが子供を連れて逃げた可能性は高い。ララノアが言うように女性と子供エルフの死体はどこにも見当たらないので、まだ生きていると考えても良いだろう。
「うん。そうなってることを信じよう」
その時、遠くの方で爆発音が聞こえた。
世界樹の方角、つまり王都がある場所だ。
「あれ、煙だニャ」
俺には良く見えないが、視力が良いミーナの目には遠方で立ち上る煙が見えたようだ。爆発音と煙。それらから連想されるのは、火魔法を使った戦闘が始まっているということ。この世界に火薬はまだないので、爆発音が出ると言えば火魔法になるようだ。
仮に襲撃者が火魔法による攻撃手段を持っているのだとしたら、この集落はなるべく目立たないように破壊されているとすら思える。襲撃者の目標は王都で、騒ぎを大きくしないために通過点であるここでは火魔法などの攻撃を控えたんだ。
そしてもうひとつ分かることがある。それは魔法を温存しても複数のエルフを殺せるだけの戦力が襲撃に来ているということ。かなり危険な状況だと示している。
エルフのピンチを救えば報酬が期待できるとか、そんなふざけた考えはもう捨てる。助けが必要としているヒトが居るなら、俺はそれを助けよう。
「ミーナ、ララノア。こっから更に急ぐぞ」
俺はふたりと共に、王都へ向かって馬を走らせた。
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