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第2章 水の研究者、魔族と戦う
第40話 興行師、魔族と契約を結ぶ
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人里離れた山の中。この山にある洞窟に、ひとりの男がいた。
彼は人族の国であるガレアスのコロッセオで興行師をやっていた。興行師というのはプロ剣闘士同士の対戦を組んだり、プロ剣闘士に殺させるための奴隷を買い集めたりする職業。
この男はコロッセオの統治者に雇われた興行師だった。そんな彼はある時、スキルを持たない異世界人をひどく痛めつけた。そこまではいつものことなのだが、なんとその異世界人が魔法に覚醒してしまった。
水魔法に覚醒した異世界人は対戦相手であった騎兵10人だけでなく、コロッセオ統治者が送り込んだ粛清用の騎兵30を瞬殺したのだ。とても人間業ではない。
興行師はその異世界人の殺意が自身に向けられるのではないかと考え、家族を捨ててここまで逃げてきた。元々世間体のための結婚であり、子どもはいない。嫁が異世界人のターゲットにされれば、逃げる時間が稼げるとも考えるようなクズだった。
もともと10人ほどの護衛を連れて逃げてきたのだが、その護衛たちは魔物にやられたり、今後興行師が金を支払わなくなるのではないかと危惧して離脱していった。最後に残ったふたりの護衛は食料を買いに行くと出ていったきり、戻ってこない。
そうして興行師は今、たったひとりでここにいる。
「クソクソクソっ! くそがぁぁあ! アイツらまで俺を裏切りやがった!! 俺が今まで、どれだけ良くしてやったと思ってる!?」
忠臣だと思っていた者たちにも裏切られ、彼の心は荒れていた。
「食料が、もう尽きる……。かといって街にはいけない。ああ、あ、アイツが、いるかもしれない。あの、バケモノが」
水魔法は弱い。それがこの世界の常識だ。異世界から来た勇者であっても、他者にダメージを与えられるほどの水魔法は使えない。そのはずだった。
興行師がバケモノと呼ぶ男──勇者召喚に巻き込まれ、この世界にやって来た水の研究者 関谷徹。トールと名乗ることにした彼は、水魔法が使えないとされる理由を把握してしまった。そして自身が持つ水の知識で、水魔法を使いこなしてしまう。
トールに追われているのではないかという恐怖で興行師は夜も十分に睡眠がとれず、部下が何度も安全を確認した水でなければ飲むこともできなかった。
「喉が、乾いたな」
最期に安全だと分かっている水を飲んでから、もう3日経過している。ヒトは何も食べなくとも、水さえ飲めれば一週間程度は生きていられる。しかし水が飲めなければ3日ほどで死に至る。
彼はもうかなり限界が近かった。
洞窟のそばにある水たまりに手を伸ばそうとすると、コロッセオで見た悪夢が思い出される。弾けて死んだ騎兵の姿が目に焼き付いて離れなかった。あんな死に方は絶対に嫌だと、水を飲めずにいたのだ。
渇きと死への恐怖が最高潮に達したとき──
『こっちに、こい。奥へ……』
彼はある“声”を聞いた。
それは本来ヒトには聞こえない声。
「なんだ、誰かが俺を、呼んでいるのか?」
『我の元へ、来るのだ』
洞窟の入口付近以外は安全が確認されていない。しかし彼はその声に誘われ、洞窟の奥へとふらふら歩いていった。
洞窟の奥には、胴体を剣で貫かれた石像があった。
「なんだ、これは……。こんな場所に石像、だと? 悪趣味な」
誰がここに石像を設置したのか。こんな場所に設置した意味も分からない。加えて意味が分からないのは、石像を貫く剣が石ではなく本物だったこと。
その剣にはかつて神々しさを纏っていたとすら思われる細かな装飾が施されていた。しかし長い月日の中で風化が進み、今にも崩れそうだ。
『この剣を、破壊せよ……。さすればお前の恐怖、我が取り除いてやる』
限界が近く、朦朧とし始めていた興行師。彼は恐怖からの解放という言葉に縋った。近くにあった石を手に取り、剣に打ち付ける。
剣も限界だったのだろう。
一度の打撃で粉々に飛び散った。
それと同時に石像が真っ黒に染まっていく。興行師は言い表せぬ恐怖を感じた。トールへの恐怖とは別の、死に対する強い恐怖だ。
石像の表層部分が崩れ、頭部に2本の大きな角を持った魔族が立ち上がった。
『2000年もの間、我を封じた勇者の楔を破壊してくれたな。感謝するぞ人族。その望み通り、お前を恐怖から解放してやろう』
悪魔が興行師に顔を寄せる。
『我と契約を結べ。何も考えるな。お前はただ、“はい”と言えば良い。そうするだけで恐怖から解放される』
「…は、は……、は、い」
死の恐怖から、興行師は内容も確認せずに魔族と契約を結んでしまった。
契約が結ばれたことを確認した悪魔は、この世のものとは思えない笑みを浮かべ、興行師に手をかざす。
『契約成立だ。契約に従い、その身体は我が貰う』
魔族は興行師の魂を取り込み、身体を奪い取った。
『ふはははははっ! 誠に愚かな人族よ。我と一体になったのだ、光栄に思うが良い。これでお前はもう恐怖を感じることはない。良かったな!!』
かつて歴代最強と謂われた勇者が死力を尽くし、なんとか封印した魔族が解放された。ヒトの負の感情を拠りどころとし、この世界には13の魔族が出現する。そのうちで最も凶悪で、長らく封印されてきた最強の魔族が世に放たれてしまった。
彼は人族の国であるガレアスのコロッセオで興行師をやっていた。興行師というのはプロ剣闘士同士の対戦を組んだり、プロ剣闘士に殺させるための奴隷を買い集めたりする職業。
この男はコロッセオの統治者に雇われた興行師だった。そんな彼はある時、スキルを持たない異世界人をひどく痛めつけた。そこまではいつものことなのだが、なんとその異世界人が魔法に覚醒してしまった。
水魔法に覚醒した異世界人は対戦相手であった騎兵10人だけでなく、コロッセオ統治者が送り込んだ粛清用の騎兵30を瞬殺したのだ。とても人間業ではない。
興行師はその異世界人の殺意が自身に向けられるのではないかと考え、家族を捨ててここまで逃げてきた。元々世間体のための結婚であり、子どもはいない。嫁が異世界人のターゲットにされれば、逃げる時間が稼げるとも考えるようなクズだった。
もともと10人ほどの護衛を連れて逃げてきたのだが、その護衛たちは魔物にやられたり、今後興行師が金を支払わなくなるのではないかと危惧して離脱していった。最後に残ったふたりの護衛は食料を買いに行くと出ていったきり、戻ってこない。
そうして興行師は今、たったひとりでここにいる。
「クソクソクソっ! くそがぁぁあ! アイツらまで俺を裏切りやがった!! 俺が今まで、どれだけ良くしてやったと思ってる!?」
忠臣だと思っていた者たちにも裏切られ、彼の心は荒れていた。
「食料が、もう尽きる……。かといって街にはいけない。ああ、あ、アイツが、いるかもしれない。あの、バケモノが」
水魔法は弱い。それがこの世界の常識だ。異世界から来た勇者であっても、他者にダメージを与えられるほどの水魔法は使えない。そのはずだった。
興行師がバケモノと呼ぶ男──勇者召喚に巻き込まれ、この世界にやって来た水の研究者 関谷徹。トールと名乗ることにした彼は、水魔法が使えないとされる理由を把握してしまった。そして自身が持つ水の知識で、水魔法を使いこなしてしまう。
トールに追われているのではないかという恐怖で興行師は夜も十分に睡眠がとれず、部下が何度も安全を確認した水でなければ飲むこともできなかった。
「喉が、乾いたな」
最期に安全だと分かっている水を飲んでから、もう3日経過している。ヒトは何も食べなくとも、水さえ飲めれば一週間程度は生きていられる。しかし水が飲めなければ3日ほどで死に至る。
彼はもうかなり限界が近かった。
洞窟のそばにある水たまりに手を伸ばそうとすると、コロッセオで見た悪夢が思い出される。弾けて死んだ騎兵の姿が目に焼き付いて離れなかった。あんな死に方は絶対に嫌だと、水を飲めずにいたのだ。
渇きと死への恐怖が最高潮に達したとき──
『こっちに、こい。奥へ……』
彼はある“声”を聞いた。
それは本来ヒトには聞こえない声。
「なんだ、誰かが俺を、呼んでいるのか?」
『我の元へ、来るのだ』
洞窟の入口付近以外は安全が確認されていない。しかし彼はその声に誘われ、洞窟の奥へとふらふら歩いていった。
洞窟の奥には、胴体を剣で貫かれた石像があった。
「なんだ、これは……。こんな場所に石像、だと? 悪趣味な」
誰がここに石像を設置したのか。こんな場所に設置した意味も分からない。加えて意味が分からないのは、石像を貫く剣が石ではなく本物だったこと。
その剣にはかつて神々しさを纏っていたとすら思われる細かな装飾が施されていた。しかし長い月日の中で風化が進み、今にも崩れそうだ。
『この剣を、破壊せよ……。さすればお前の恐怖、我が取り除いてやる』
限界が近く、朦朧とし始めていた興行師。彼は恐怖からの解放という言葉に縋った。近くにあった石を手に取り、剣に打ち付ける。
剣も限界だったのだろう。
一度の打撃で粉々に飛び散った。
それと同時に石像が真っ黒に染まっていく。興行師は言い表せぬ恐怖を感じた。トールへの恐怖とは別の、死に対する強い恐怖だ。
石像の表層部分が崩れ、頭部に2本の大きな角を持った魔族が立ち上がった。
『2000年もの間、我を封じた勇者の楔を破壊してくれたな。感謝するぞ人族。その望み通り、お前を恐怖から解放してやろう』
悪魔が興行師に顔を寄せる。
『我と契約を結べ。何も考えるな。お前はただ、“はい”と言えば良い。そうするだけで恐怖から解放される』
「…は、は……、は、い」
死の恐怖から、興行師は内容も確認せずに魔族と契約を結んでしまった。
契約が結ばれたことを確認した悪魔は、この世のものとは思えない笑みを浮かべ、興行師に手をかざす。
『契約成立だ。契約に従い、その身体は我が貰う』
魔族は興行師の魂を取り込み、身体を奪い取った。
『ふはははははっ! 誠に愚かな人族よ。我と一体になったのだ、光栄に思うが良い。これでお前はもう恐怖を感じることはない。良かったな!!』
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