夜明けの冒険譚

葉月

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第2章 魔王軍四天王 リベルタ

第十九話

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 あの再会の後、俺が追い求めていた答えを聞くと、彼自身のことや彼の家族のことでいろいろと忙しかったのだと言われた。
 長年俺は心配していたのに、それにしては答えが曖昧であったのでもっと詳しく聞こうとしたが、はぐらかされてしまった。
 俺が冒険者になった理由は達成されたわけだが、今後生きていくためにはお金を稼がないといけないし、ラルフが冒険者の手伝いをしたいと言うので、俺は冒険者を続けることになった。
 それから、いろいろあって、今に至る。まあ、簡潔に言うなら成り行きというものだ。






 今、思い返してみれば、彼がスパイを始めたのはおそらく再会したときからだろう。
 やはり、初めて出会ったあの頃から彼がスパイだったとは到底思えない。これまでの日々のすべてが演技で、嘘だったとも思えない。

 なら、なぜこうも分かたれてしまったのか。
 きっと答えは単純だ。
 俺があいつのことを知らなかった……いや、知ろうとしなかったからだ。
 長年姿を消していたことを、あの後聞くことはなかった。彼が実家に帰ると言ってときどき俺の元からいなくなるときも、詮索はしなかった。
 彼への信頼という名の壁を作って、彼の持つ真実を見ようとしなかった。

 ……もっとラルフと話し合っていれば何か違っただろうか。もっと問い詰めていれば……。
 いや、彼のことだ。俺がどんなに聞いたとしても、ラルフは答えてくれないのだろうな。

 ここでこんなに考えていたって……過ぎたことを考えていても、何も変わらない。
 なら、友として、今、できることをしよう。

 俺は剣を持って立ち上がる。

「アルバ様……。」
「シエル、もう大丈夫だよ。…さあ、行こう。」

 親友として、

「ラルフを…、リベルタを……。」

 止めなければ。



 リベルタの城に一番近い茂みから、周りの様子を覗く。
 そこには何もなく、ただ静寂が広がっていた。
 先ほどの矢の雨は一体なんだったのだと言いたくなるほど何の痕跡もないが、このまま何もないとは思えない。おそらく、近づいたら発動する系の罠なのだろう。
 実は、矢の雨を突破する方法を既に思い付いている。
 先ほどと同じものであればよいのだが……。
 俺が考え事をしていると、隣にいるシエルが話しかけてくる。

「アルバ様、一体どうやって中に入るのですか? 玄関からは無理でしょうから、やはり、窓からですか?」
「いや、それはやめておいたほうがいい。」

 正面を避けて横から入ろうとしたとしても、罠があるだけだろう。むしろ、別の罠にはまる可能性が高い。
 この城は、ギルドで何度も、また入れなかったと噂になるくらい、侵入が難しい城なのだ。

「玄関から入ろう。」
「えっ!? しかし、また矢の雨に降られるだけでは……。」
「大丈夫。俺に考えがあるんだ。」

 城の玄関の、矢に降られないギリギリのところに立つ。
 少し手を伸ばすと、目の前で罠が発動する。
 その矢を見て、特にその真下の地面を見て、確信する。俺の考えはあっていそうだ。 
 俺はシエルに言う。

「シエル、さっきの……えっと、『バリア』だっけ? もう一回出してくれないか?」
「分かりました。『バリア』」

 シエルが唱えると、俺達の身長より少し上の位置に、矢を防ぐように『バリア』が展開される。

「……やはり、バリアは突破されるようですね。」
「いや、たぶん、そういうことじゃない。」
「え? 一体、どういう……アルバ様!? 下がってください!」

 シエルが珍しく大声を出す。
 それを無視して、俺は前に手を伸ばしたままバリアの下に行った。
 もちろん、矢を避けられるはずもなく。
 バリアを突破した矢が俺の手に刺さる…………と思われたが、俺に傷一つつけずに、矢は俺の手を通り抜けて地面へと消えた。

「土煙が立っていなかったから、おかしいと思ったんだ。」
「えっ……? あっ、もしかして、幻惑魔法ですか?」
「ん? なんだそれ?」

 魔法の知識が無い俺にはシエルの言う、幻惑魔法、が何なのかわからなかった。
 シエルが丁寧に説明してくれる。

「もともと、魔法はいくつかの種類に分類できるのです。生成魔法、物質操作魔法、付与魔法……。
 幻惑魔法はその一種で、その名の通り、幻覚や幻聴を使って人を惑わす魔法です。生物の心や意識に干渉する魔法ですから、高度な魔法だそうです。
 その矢も、私達が見ている幻覚の可能性が高いかと。」
「なるほどな。」

 それなら、土煙が立たないことも、俺が今無傷なことも説明がつく。
 ということは、実際に『バリア』で塞がれている矢が本物なのだろう。矢の雨に本物と偽物が混ざってあるのだ。
 本当にとても手の込んだ罠だと思う。大抵の人はこれを見て入りたがらないだろうから…

 おっと、ここで考え込んでいる場合ではない。早く向かわなければ。

「さあ、シエル、行くぞ。」
「はい。」

 理解はしていても少し不安げそうに矢の雨の下に入ってきたシエルと共に、城の玄関へ近づく。
 扉にも何かしらの罠があるのではと少し身構えた俺達だったが、第一関門を突破した俺達を招待するように扉が自動で開かれる。
 その扉に招待されるまま、警戒しながら俺達は中に入る。
 さあ、ここからはいよいよリベルタの本拠地だ。気を引き締めて進まなければすぐに罠にやられてしまう。
 君たちに突破できるかな、とどこからか、今では懐かしい彼の挑戦的な声が聞こえた気がした。



 リベルタの城に入ると、やはり様々な罠が待ち構えていた。
 どこからか飛んでくる矢、落とし穴、突如振り下ろされる剣、迫る壁など…。
 俺とシエルはなんとか2人で協力しながら、ときには俺の剣で、ときにはシエルの魔法で罠を潜り抜けて進む。それといった怪我もなくここまで来ているのが奇跡と思えるほどに苛烈だ。
 しかし、こうして罠を回避するため安全なほうへと進んでいることが、誘導されているように感じる。
 現に、リベルタのいる上の階へ向かう階段らしきものを一切見ていない。このまま進んで大丈夫なのか?

 疑いながらもそのまま進むと、書斎に辿り着いた。
 警戒し2人で罠が無いかざっと目で確認したが、見た感じでは罠は無さそうである。休憩所といったところか。
 そこには、本棚がいくつか並び、その中にはぎっしりと本が詰まっていた。しかし、あまり使われていないのだろう。埃を被ってしまっている。
 ぼんやりと日の当たる窓のそばには、小さな机と1つの椅子が置かれている。埃を被ってはいないが、少々傷ついている。

「たくさんの本が並んでいますね。」
「そうだな。」

 ここは正に、小さな図書室と言うべきだろうか。
 本が好きなシエルは興味津々に本棚に並んでいる本を一つ一つ眺めていた。
 俺は、いろんな本があるな、なんてぼんやりと見て回っていた。
 そのとき気づく。

「あれ?」

 1つだけ、少し固めなのに他の本に比べて薄く、そして、埃を被っていない本があった。抜き出してみると、絵本である。
 題名を見れば、その絵本は、先日シエルが読んでいたものだった。そういえば、あのとき、ラルフがこの絵本が好きだったと言っていたことを思い出す。
 一応、気になってパラパラとめくって読んでみたが、内容はシエルが読んでいたものと全く同じだった。
 まあ、さすがに本の中身に細工がしてあることはないか、と最後まで読んで、本を閉じる。


 ねえ、なんでコウモリさんはいなくなっちゃったの?


 突然、背後から声がして振り返る。当然、後ろには誰もいない。
 今、幼い彼の声が聞こえた気がしたのだが……。
 シエルが俺の様子に気づき、声をかけてくる。

「どうかしましたか?」
「いや……、シエル、さっき何か言ったか?」
「いえ、何も言っていません。」
「そうか。」

 どうやら、幻聴だったらしい。
 しかし、どうにも幼い彼のその疑問が引っ掛かる。
 最後、コウモリさんがいないのは風邪だからだと話していた。
 コウモリさんがいないのは風邪をひいているから……本当に? それが理由なのだろうか。
 コウモリさんは、鳥さん達のところに遊ぼうと話しかけていた。しかし、くちばしではなく地上の動物さんのように牙を持っているため、参加できず、次は地上の動物さんのところに向かったはずだ。
 あれ? 地上の動物さん達は、飛べない動物達で集まったのではなかったのか?
 そうなれば、コウモリさんは鳥さん達のように翼を持っているから断られる。
 そしたら、コウモリさんはどっちの特徴を持っているからこそ、どちらにもまざることができず、ひとりぼっち…………どっちも持っているから……。

 そう考えていたとき、他の本棚を見ていたシエルが声を上げる。

「どうして…?」
「シエル? どうした?」

 先ほどまでの思考を止め、絵本をもとの場所に戻し、シエルのほうに向かう。
 シエルは本棚の前で立ち尽くしていた。

「この本が取れないのです。本棚に引っ付いてしまったのでしょうか?」
「え?」

 俺も触ってみたが、びくともしない。その本棚に入っている他の本もそうだ。まるで、本棚の一部であるかのような……。
 もしかしてと思い、その本棚をよく見てみると、1つだけ埃の着いていない本がある。
 試しに、抜き出そうと本の上側に指をかけ、引いてみる。
 すると、抜き出せはしなかったが、代わりに傾いて、カチッと音が鳴る。
 警戒し、シエルとともに少し離れると、その本棚が動きだし、奥に階段が現れる。
 上に続く螺旋階段だ。かなり上の方まで繋がっている。

「もしかして、この先にリベルタが?」
「ああ、そうかもしれない。」

 俺が先頭に立ち、俺達は螺旋階段をのぼっていく。

 その一番上までのぼりきると、1つの部屋に繋がっていた。
 最大限に警戒しながら、2人で部屋を見ると、そこは奥に椅子がある以外、何も家具がない少し広い部屋だった。
 椅子に座っていたリベルタが、俺達を見て、立つ。

「やあ、よくここまで辿り着いたね。僕が予想していたよりも早かったよ、勇者。」


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