夜明けの冒険譚

葉月

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第2章 魔王軍四天王 リベルタ

第二十話

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 彼の服装は、先ほどのラルフの格好とは違うものになっていた。
 厳かでしっかりとした、上下ともに黒い服。マントをはおっており、マントの内側は暗い赤色をしている。
 恐らく、魔王軍の服装なのだろう。

 目を開き、服装を変え、俺の知っている彼とは雰囲気が違う。ああ、彼はリベルタなのだと、ようやく俺は実感が湧く。

「……リベルタ。」
「なぁに? 勇者。」

 …お前は、こんな決別を望んでいたのか?
 いや、今更か。それに、俺がこれを聞きたい相手はリベルタじゃない。

「……手加減は無しだぞ。」

 俺は、剣を抜いて構える。
 シエルもかなり警戒している。

「それは、こちらの台詞だよ!」

 リベルタは弓を俺達に向けて構え、矢をつがえた。
 すると、リベルタの両脇に魔法でできた矢がそれぞれ10本ほど現れる。
 そして、彼が矢を放つと同時に俺は踏み出して、剣で矢をはじく。その後、遅れて迫ってきた魔法の矢も着実にさばいていく。いくつかは、シエルが『バリア』で防いでくれた。
 リベルタが2射目を放とうとしている中、俺はそのまま彼のところまで近づこうとした。
 しかし、ふと嫌な予感がして、咄嗟に後ろに跳んで下がる。

「あちゃー、失敗。相変わらず勘がいいねぇ、勇者。」

 先ほどまで俺がいた場所の床から、黒い手のようなものが無数に伸びている。
 もし、あれに捕まれていたら、俺は……。
 背筋が凍る。
 そうこうしている内にも、矢は飛んでくるので、一つ一つ対処する。

「どうして、ここに罠があるのですか…?」
「どうして? 当たり前じゃん。」

 リベルタは、愉快そうに笑って言う。

「ここは僕の城で、ここは僕の部屋なんだから。」

 時間が経って、蠢いていた黒い手が消える。
 アイツの言葉を信じるならば、この部屋にはたくさんの罠が仕掛けられているのだろう。
 矢を対処しながら、それらの罠をすべて避けるなんてほとんど不可能だ。
 一体、どうすれば……。

「アルバ様。」

 シエルのほうをチラと見れば、シエルはしゃがんで正面に大きな『バリア』を張っている。そうして、俺を手招きしていた。
 俺はリベルタの隙をみてシエルの元に駆け寄り、しゃがむ。『バリア』が矢をすべて防いでくれている。

「どうした?」
「どのようにして討伐しますか? 矢が尽きるのを待ちますか?」
「いや、実物の矢が無くなっても、アイツが持つのが魔法の矢に変わるだけだ。」
「なら、魔力が尽きるまで…ですか?」

 俺は首を横に振る。

「たぶん、それも途方もない。魔族は膨大な魔力を持っているのが特徴だそうだ。回復も早いらしい。」
「なら、どうすれば…。」
「……一つだけ、策がある。アイツの弱点は、──────────だ。だから…」
「ねえ!」

 リベルタの声が聞こえたその瞬間。

パリィィィン

 バリアが壊され、俺とシエルの間を1本の矢が通過する。
 矢の行き先を見ると、刺さったところの壁が少し抉れている。

「……魔力による物体強化…。」
「正解! ちょっと込めるだけで壊れるなんて、もっと鍛えたほうがいいんじゃない?」

 リベルタは俺達を嘲笑う。
 後から来る魔法の矢を危惧して構えたが、飛んでこなかった。さっきの矢は1本に集中しないとダメなのか?
 もしその考えが当たっていたとしても、こうやってバリアの奥にいたら、壊されてしまう。そうなれば、バリアでしか矢を防げないシエルが危ない。

「シエル、さっきの頼めるか?」
「はい、やってみます。……アルバ様!?」

 俺はシエルの元から離れて、再びリベルタの正面に立つ。
 リベルタは俺に矢を向けている。

「何をコソコソ話していたのかな?」
「さあな。今のお前に答える義理はない。」

 リベルタが少し眉をひそめる。
 矢が放たれると同時に、先ほどの攻防がまた始まる。
 違うのは、俺が立ち止まって進んでいないことか。

「いいのー? そのままじゃ、体力が尽きるんじゃない?」
「…なにも、無策じゃないさ。」
「はぁ? 2人とも止まっているのに、なに言って…」
「アルバ様!」

 シエルが俺のことを呼んだとき。
 いつの間にかリベルタに近づいていたシエルの魔法が、リベルタの左手を攻撃し、弓を弾く。

「なっ…!?」

 正直、リベルタの攻撃手段を無効化できればいいと思っていたが、あそこまで体勢を崩すとは思わなかった。リベルタは俺に夢中で全く気づかなかったのだろう。
 そう、アイツの弱点は。集中できないからか、なんなのか、弓が無いと命中率が落ちると、昔言っていたのだ。
 俺は、アイツの元まで一気に走り出す。
 もちろん、罠は次々と作動するわけだが、それが俺に当たる前に先に進む。
 賭けではあるが、今は、こうするしかないと思ったのだ。
 すぐにリベルタの前まで近づき、剣を振り上げる。
 気づいたアイツが、目を見開く。

 俺は、剣を振り下ろす。

「…っ『テレポート』」

 当たった。
 アイツが咄嗟に避けようとしたことで、思っていたよりも浅かった。
 …でも、この剣なら充分致命傷だろう。

「うっ…。」

 さっき立っていた位置より少し後ろにいるアイツが、右手で傷を押さえて崩れ落ちる。
 左肩から胸まで軽く斬れていた。そこから、赤い煙が立っている。
 それでも、アイツは苦しみながらも無理に笑っている。

「は、はは、やっぱり…君はさすがだね。」
「……シエルがいたから勝てたんだ。俺一人だとわからない。」
「…それでも…君が勝ってたさ。」

 ……もう、話せるのは今だけになるのだろうか。
 気になっていたことを彼に問いかける。

「…なあ、なんでお前は魔王軍に入ったんだ?」
「さあね。…理由なんて、無いよ。…簡単に言えば……成り行きさ…。」

 彼も察しているのだろう。

「…でも、そうだね……強いて言うなら…。」

 リベルタは、よりいっそう苦しそうに、悲しそうに、笑って言う。

「…僕は…ただ……僕の…居場所が、ほしかっ…た………。」

 遂に耐えきれなくなったのか、彼が倒れる。

 …俺は、彼の居場所になれなかったのか。どうすれば、こうならずに済んだのだろう。もっと話していれば…? もっと彼に踏み込んでいれば…? もっと早く彼を探しに行っていれば…? もっとあの場所で待っていれば…? もっと……。

 …彼を止めると決めたときに覚悟していたはずなのに、再び後悔が浮かんで消えない。

 いつの間にか俺の近くに来ていたシエルが、俺の手をそっと掴む。

 どうすれば、彼を……。

「アルバ様!」

 シエルが俺を引っ張り、指差している。
 気になって、指差す先を見ると、そこにはあり得ない光景があった。

「……血?」

 アイツの傷口から出ていた赤い煙が消え、赤い液体が流れている。
 どうして? 魔族は血を持たないんじゃなかったのか? 魔族は魔力が完全に無くなると死んでしまうはず…。
 耳をすませれば、まだ微かに彼の息が聞こえる。

 今なら、まだ助けられる…?

 シエルが俺の手を引っ張って言う。

「アルバ様、早くとどめを。」

 そうだ。俺はリベルタを倒しにきたのだ。このまま、彼を殺せば任務達成だ。
 本当に、このまま殺してしまっていいのか?
 俺は……。

「…アルバ様!?」

 剣を仕舞い、彼に駆け寄り止血する。
 当然だが、シエルは驚いているし、俺を止めようとする。

「止めないでくれ。」
「どうしてですか!? リベルタを倒すことが貴方の任務でしょう?」

 確かに、それが任務だ。
 いや、でも、目的を考えるなら、無力化するだけでいい。
 ……いや、これはただの都合の良い言い訳か。

「……ごめん。これは、俺のわがままでしかない。」
「わがまま…?」
「俺が、コイツとまだ話したいんだ。……大丈夫。何も問題を起こさせはしないし、ちゃんと責任を取る。」
「……しかし…。」

 俺はシエルに頭を下げる。

「お願いだ。」
「………分かりました。貴方がそうおっしゃるのなら。」
「ありがとう。」

 このままこの場所にいるわけにはいかないので、村まで運ぶことにした。
 俺は彼の黒いマントとジャケットを脱がせる。この服のまま村まで連れていったら確実に怪しまれる。

「…ごめん。」

 俺はそのマントを引き裂いて、彼の傷口を覆うように巻いて、固く結ぶ。

 そうして、俺が彼を背負い、シエルの手を繋ぎ、3人で孤児院に帰ったのだった。


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