11 / 100
情報
しおりを挟む
商人の生命線は情報なのかもしれない。プブリウスは戦略論や戦術論を学ぶ中で、情報の重要性を強く意識していた。ただ、机上ではその情報の集め方を教えてくれなかった。商人ほど情報の集め方に長けた人たちはいないのではないだろうか。そう考えたプブリウスはまた一つピュテアスから学ぶことが増えたと思った。と同時に、彼の脳裏にはまた別の考えが浮かび上がってきた。
「ピュテアス、ローマ軍が軍需物資をマッシリア政府から購入することは、多分変わらないと思う。そこに一商人が入り込む余地はないだろう。だから、別の商品をローマ軍に売るべきだ」
プブリウスのこの言葉にピュテアスは怪訝そうな顔で、
「やはり軍需物資は難しいですか……。でも、私には他に売れそうなものはないですがね」
と、首を捻る。
「情報だよ。あなたは情報をローマ軍に売るべきだ。そうすればローマ軍は高い報酬を出すと思う」
ラエリウスが手を打って、
「なるほど、確かにそうかもしれませんね。ピュテアスならガリア人やイベリア人との交流もあり、我々よりもはるかに情報を集めやすい。カルタゴ軍の動向や目的などの貴重な情報を掴むことができれば、確かにローマ軍は多額の報酬を約束するはずです」
興奮を隠しきれないといった様子である。だが、ピュテアスは眉間に深い皺を寄せて少し考え込み、
「いや、今から情報を集めるのでは後手を踏むことになりますので、少し難しいかもしれません」
と、奥歯に物が詰った言い方をした。
「ラエリウスもピュテアスも少し勘違いをしているよ。私が言っているのは、今のことではなく、これからのことだよ。情報を商売にすれば、ピュテアスは儲かるのではないかと言っているんだ」
二人はしばし呆気にとられていたが、次第にプブリウスの考えていることを飲み込み始めたようで、
「それは、また話しが違ってきそうですが……」
と、ラエリウスが苦い顔をすれば、
「どうでしょうか……。情報を集めることは問題ないですが、それが将来必要とされる情報かどうかの判断が少々難しいかもしれませんね。多額のお金で情報を集めたはいいが、それを誰も買ってくれないなら大損になってしまいますからな」
と、ピュテアスも否定的な感想を述べた。
「だからこそですよ。必ず儲かるというなら、皆がします。競争相手が多ければ多いほど儲けが少なくなると教えてくれたのはピュテアスではないですか。もし、あなたが情報を商売にすればその市場を独占することができます。私は何もローマ軍だけに情報を売るとは言っていませんよ。カルタゴ軍やガリア人にだってローマ軍の情報を売ればよいのですよ。情報を集めたら、それを欲しているところに持っていけばいいんですから」
「いえいえ、商売は売買する品よりももっと大切なものを売買しています。それは、信用です。私たちは品物よりも信用を売買していると言っても過言でありません。ローマ軍に情報を提供し、その一方でカルタゴにも情報を漏らしていたとなれば、ローマ軍はいったい何と思うでしょうか。カルタゴ軍にしても自軍の情報を盗みにきたとなるでしょう」
「そうだろうか。その情報が必要なら、自分の情報を渡してでも得たいと思うのではないでしょうか。それに、隠したい情報は隠せばよいのですから。隠してほしいと言われた情報をあなたが隠せば、それがまた信用になるのではないでしょうか」
ピュテアスは反論せずに考え込んでしまった。彼の頭の中では情報が商売になるのかどうかの計算がされているのだろう。プブリウスは情報が商売になると本気で考えていたが、ピュテアスにそのことを勧める理由が実はもう一つあった。ピュテアスと別れて軍船に戻る途中に、プブリウスはラエリウスにそのことを打ち明けた。
「争いが起こるのは、相手のことがわかっていないからだと思う。互いのことをよく知り抜くことができれば、争いを未然に防げるのではないだろうか。ラエリウス、カルタゴはローマと戦端を再び開いたけど、それは無知が原因なんじゃないかと思うんだ。強国ローマに今のカルタゴが勝てるわけがない。それがわかっていないから戦争を始めた。ガリアもカルタゴも、もっとローマのことを知ってくれれば、無謀な戦いを挑まずに済むと思うんだ。もちろん、ローマもガリアやカルタゴのことをもっと深く知ることができれば、彼らとの争いを回避することができるはずだ。お互いに無知だから争いが起こる。情報が発達して、いつの日か戦争がなくなればとよいと考えるのは、ローマ人として間違っているだろうか」
ローマ人はこれまで、戦争によって多くの利益を獲得してきた。戦争による戦利品がローマを強国にし、戦争に勝利することでローマ人は自信と権利を獲得してきたのである。そうした歴史から、戦争がなくなればよいという思考にたどり着くローマ人は皆無だろう。
「ローマ人としては間違っているかもしれませんが、私はプブリウス様のお考えは人としては正しいと思います。ただ、万人受けする考え方ではないので、大きな声では言わないほうがよいと思いますが」
友人の賛同を得られただけで、プブリウスは満足だった。世の中に何の影響力も持たない自分が、所詮は何を考えても意味がないとも思った。だが、プブリウスはその考えをすぐに覆して、
「理屈ではない。理想を持つことは自分が生きている証であり、理想を実現するために努力することが人の幸せに繋がるのだろう」
という自分の心の声を聞いた。戦争をなくすため、何かできることがしたかった。
「ピュテアス、ローマ軍が軍需物資をマッシリア政府から購入することは、多分変わらないと思う。そこに一商人が入り込む余地はないだろう。だから、別の商品をローマ軍に売るべきだ」
プブリウスのこの言葉にピュテアスは怪訝そうな顔で、
「やはり軍需物資は難しいですか……。でも、私には他に売れそうなものはないですがね」
と、首を捻る。
「情報だよ。あなたは情報をローマ軍に売るべきだ。そうすればローマ軍は高い報酬を出すと思う」
ラエリウスが手を打って、
「なるほど、確かにそうかもしれませんね。ピュテアスならガリア人やイベリア人との交流もあり、我々よりもはるかに情報を集めやすい。カルタゴ軍の動向や目的などの貴重な情報を掴むことができれば、確かにローマ軍は多額の報酬を約束するはずです」
興奮を隠しきれないといった様子である。だが、ピュテアスは眉間に深い皺を寄せて少し考え込み、
「いや、今から情報を集めるのでは後手を踏むことになりますので、少し難しいかもしれません」
と、奥歯に物が詰った言い方をした。
「ラエリウスもピュテアスも少し勘違いをしているよ。私が言っているのは、今のことではなく、これからのことだよ。情報を商売にすれば、ピュテアスは儲かるのではないかと言っているんだ」
二人はしばし呆気にとられていたが、次第にプブリウスの考えていることを飲み込み始めたようで、
「それは、また話しが違ってきそうですが……」
と、ラエリウスが苦い顔をすれば、
「どうでしょうか……。情報を集めることは問題ないですが、それが将来必要とされる情報かどうかの判断が少々難しいかもしれませんね。多額のお金で情報を集めたはいいが、それを誰も買ってくれないなら大損になってしまいますからな」
と、ピュテアスも否定的な感想を述べた。
「だからこそですよ。必ず儲かるというなら、皆がします。競争相手が多ければ多いほど儲けが少なくなると教えてくれたのはピュテアスではないですか。もし、あなたが情報を商売にすればその市場を独占することができます。私は何もローマ軍だけに情報を売るとは言っていませんよ。カルタゴ軍やガリア人にだってローマ軍の情報を売ればよいのですよ。情報を集めたら、それを欲しているところに持っていけばいいんですから」
「いえいえ、商売は売買する品よりももっと大切なものを売買しています。それは、信用です。私たちは品物よりも信用を売買していると言っても過言でありません。ローマ軍に情報を提供し、その一方でカルタゴにも情報を漏らしていたとなれば、ローマ軍はいったい何と思うでしょうか。カルタゴ軍にしても自軍の情報を盗みにきたとなるでしょう」
「そうだろうか。その情報が必要なら、自分の情報を渡してでも得たいと思うのではないでしょうか。それに、隠したい情報は隠せばよいのですから。隠してほしいと言われた情報をあなたが隠せば、それがまた信用になるのではないでしょうか」
ピュテアスは反論せずに考え込んでしまった。彼の頭の中では情報が商売になるのかどうかの計算がされているのだろう。プブリウスは情報が商売になると本気で考えていたが、ピュテアスにそのことを勧める理由が実はもう一つあった。ピュテアスと別れて軍船に戻る途中に、プブリウスはラエリウスにそのことを打ち明けた。
「争いが起こるのは、相手のことがわかっていないからだと思う。互いのことをよく知り抜くことができれば、争いを未然に防げるのではないだろうか。ラエリウス、カルタゴはローマと戦端を再び開いたけど、それは無知が原因なんじゃないかと思うんだ。強国ローマに今のカルタゴが勝てるわけがない。それがわかっていないから戦争を始めた。ガリアもカルタゴも、もっとローマのことを知ってくれれば、無謀な戦いを挑まずに済むと思うんだ。もちろん、ローマもガリアやカルタゴのことをもっと深く知ることができれば、彼らとの争いを回避することができるはずだ。お互いに無知だから争いが起こる。情報が発達して、いつの日か戦争がなくなればとよいと考えるのは、ローマ人として間違っているだろうか」
ローマ人はこれまで、戦争によって多くの利益を獲得してきた。戦争による戦利品がローマを強国にし、戦争に勝利することでローマ人は自信と権利を獲得してきたのである。そうした歴史から、戦争がなくなればよいという思考にたどり着くローマ人は皆無だろう。
「ローマ人としては間違っているかもしれませんが、私はプブリウス様のお考えは人としては正しいと思います。ただ、万人受けする考え方ではないので、大きな声では言わないほうがよいと思いますが」
友人の賛同を得られただけで、プブリウスは満足だった。世の中に何の影響力も持たない自分が、所詮は何を考えても意味がないとも思った。だが、プブリウスはその考えをすぐに覆して、
「理屈ではない。理想を持つことは自分が生きている証であり、理想を実現するために努力することが人の幸せに繋がるのだろう」
という自分の心の声を聞いた。戦争をなくすため、何かできることがしたかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる