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説得
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ラエリウスと別れた後、馬を拾ったプブリウスは奮闘する仲間を尻目に単騎でカルタゴ軍の包囲網を掻い潜って東に走った。先に戦場から逃げた軽装歩兵を集めながらティキヌス川に到着したプブリウスは、
「我々ローマ軍は敗北する。そうなれば退却したローマ軍は必ずここを通る。ここで敵の追撃を食い止められれば、多くの命を救うことができる。どうか協力をしてほしい」
と、集まった二百人ほどの仲間を前に声を張り上げた。プブリウスはただ闇雲に逃げてきたわけではなかった。ローマ軍の退却行動をいかに成功させるかを考え、敵の追撃を絶てる場所を探していたのである。その場所こそティキヌス川であった。父はこの戦場では死なない。そう彼は信じている。それは願いでもあったが、初陣で父を失うことなど到底受け入れられなかった。
ローマ軍は父に率いられて必ずここに逃げてくる。カルタゴ軍は執政官を討ち取るまで執拗に追撃してくるだろう。ここで追撃を止めなければ、父ばかりか多くの同胞が命を落とすことになる。
ティキヌス川に集まったローマ兵はプブリウスも含めて全員が新兵で、ローマ軍が敗北すると聞かされれば、一刻も早くできるだけ遠くに逃げたいと思うのが本音だろう。プブリウスは自分の言葉が仲間の胸に響かないのを感じ取り、威圧的な言葉ではなく、今度は親しみと愛情を持って仲間たちに語りかけた。
「私もこの戦いが初陣だが、散々な思いをした。こうして何もできずに逃げてきただけだ。私のように力も勇気もない者には逃亡者がお似合いだ。執政官の息子というだけで優遇されてきたが、これで執政官の馬鹿息子という通り名をつけられて、みんなの嘲笑をうけることになるだろう」
顔も上げず、プブリウスの視線から逃げようと目を伏せる者が多かった。だが、プブリウスは自分の言葉が今度は彼らの耳に、心に届いていると不思議と実感していた。
「聞いてほしい。私は戦場で一生懸命に戦ったが、一人のカルタゴ兵も倒すことができなかった。そればかりか、敵に傷すらつけることができなかったのだ。それは君たちも同じようなものだろう。そんな私たちに、ここで挽回する機会が天によって与えられたのだ。これはまさに弱者である私たちに与えられた天の恵みだ。ローマ軍を救った英雄としてその名をローマに轟かせよう」
静かだった。皆が執政官の息子の言葉に耳を傾けていた。彼らは誇り高きローマ人であり、ローマのために戦うことが何よりも名誉だと信じてきた者たちである。
「それとも君たちはこの天意に逆らい、神の罰を受けようというのか。多くの同胞を見殺しにして、どうしてローマに戻ることができよう。さあ、みんな顔をあげてくれ。私だって怖い。でも、ここにはこれだけの仲間がいる。きっとできる」
一人の男がプブリウスの言葉に顔をあげ、一同に向かって力強く叫んだ。
「彼はあのスキピオ家のプブリウスだ。将来ローマを救うと予言された男だ。救国者プブリウス・コルネリウス・スキピオだ。あの予言は、今この時のことを指しているに違いない。皆彼に従おう。俺たちだって何かできるはずだ。このままローマに逃げ帰るなんて、俺はまっぴらごめんだ。勇気を出して仲間の命を救おう」
身体も心も傷ついたローマ兵の顔があちらこちらで上がり、この場の全員の顔が上がるまでほんの僅かな時間しか要しなかった。プブリウスを見る目は確固たる決意と高揚した士気に満ち溢れていた。自分かラエリウスがいずれ救国者になるという占い師の言葉を、プブリウス自身は信じていない。生まれで人の運命がわかるはずがない。人は生き方によっていかような人生も歩むことができると彼は考えている。だが、今は自分が救国者であると信じたい。自分を信じる者のために。
――胸が熱い。一致団結。目に見えない何かで繋がったと、プブリウスは感じた。
「我々ローマ軍は敗北する。そうなれば退却したローマ軍は必ずここを通る。ここで敵の追撃を食い止められれば、多くの命を救うことができる。どうか協力をしてほしい」
と、集まった二百人ほどの仲間を前に声を張り上げた。プブリウスはただ闇雲に逃げてきたわけではなかった。ローマ軍の退却行動をいかに成功させるかを考え、敵の追撃を絶てる場所を探していたのである。その場所こそティキヌス川であった。父はこの戦場では死なない。そう彼は信じている。それは願いでもあったが、初陣で父を失うことなど到底受け入れられなかった。
ローマ軍は父に率いられて必ずここに逃げてくる。カルタゴ軍は執政官を討ち取るまで執拗に追撃してくるだろう。ここで追撃を止めなければ、父ばかりか多くの同胞が命を落とすことになる。
ティキヌス川に集まったローマ兵はプブリウスも含めて全員が新兵で、ローマ軍が敗北すると聞かされれば、一刻も早くできるだけ遠くに逃げたいと思うのが本音だろう。プブリウスは自分の言葉が仲間の胸に響かないのを感じ取り、威圧的な言葉ではなく、今度は親しみと愛情を持って仲間たちに語りかけた。
「私もこの戦いが初陣だが、散々な思いをした。こうして何もできずに逃げてきただけだ。私のように力も勇気もない者には逃亡者がお似合いだ。執政官の息子というだけで優遇されてきたが、これで執政官の馬鹿息子という通り名をつけられて、みんなの嘲笑をうけることになるだろう」
顔も上げず、プブリウスの視線から逃げようと目を伏せる者が多かった。だが、プブリウスは自分の言葉が今度は彼らの耳に、心に届いていると不思議と実感していた。
「聞いてほしい。私は戦場で一生懸命に戦ったが、一人のカルタゴ兵も倒すことができなかった。そればかりか、敵に傷すらつけることができなかったのだ。それは君たちも同じようなものだろう。そんな私たちに、ここで挽回する機会が天によって与えられたのだ。これはまさに弱者である私たちに与えられた天の恵みだ。ローマ軍を救った英雄としてその名をローマに轟かせよう」
静かだった。皆が執政官の息子の言葉に耳を傾けていた。彼らは誇り高きローマ人であり、ローマのために戦うことが何よりも名誉だと信じてきた者たちである。
「それとも君たちはこの天意に逆らい、神の罰を受けようというのか。多くの同胞を見殺しにして、どうしてローマに戻ることができよう。さあ、みんな顔をあげてくれ。私だって怖い。でも、ここにはこれだけの仲間がいる。きっとできる」
一人の男がプブリウスの言葉に顔をあげ、一同に向かって力強く叫んだ。
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――胸が熱い。一致団結。目に見えない何かで繋がったと、プブリウスは感じた。
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