42 / 100
演説
しおりを挟む
平民の英雄とまで称えられたフラミニウスは、選挙前に鼻息荒く広場で演説した。
「諸君、私が平定した北方の地が、再びガリア人のものとなってしまった。先の戦いで私に敗れているガリア人は、単独では我々ローマに勝てないと考え、カルタゴ軍の力を借りて再び我がローマを攻撃をしてきたのだ。ここは再び私が戦線に赴き、北方の脅威を取り除こうと思う。
今から一七○年程前、ここローマはガリア人によって占領されて破壊されたのは皆の知るところだ。ガリア人は七ヶ月もの間、ここローマを破壊し続けた。多くのローマ市民が残虐に殺され、奴隷にされた。神殿は破壊され、家も市場も全て焼き尽くされた。いったいどれだけのローマ市民の血と涙が流されたのか、私には想像することができない。
私は断言できる。ここローマが破壊されることはないことを。なぜなら、ローマはこの一七○年で目覚ましい発展を遂げ、強国になったからだ。私をはじめ、ガリア人との多くの戦いで勝利を重ねてきた。カルタゴとの戦いに勝利して中海の覇者になったのは、我々ローマである。我々は強い。カルタゴ軍やガリア軍など恐れるに足らず。
私は執政官に立候補する。そして、一瞬にして敵を壊滅してみせよう。私にはそれだけの実績があり、失った北方の地を取り戻し、再び民衆の手に戻すことを約束しようではないか。
後は諸君の気持ちだけだ。私という英雄を温存して再びここローマを戦火で焼くのか、私という英雄の力を行使して、失われた北方の地を再び取り戻すのか、決断するのは諸君たちである。私は諸君らが懸命な判断を下すものと信じている」
この演説でローマ市民は決断した。対ハンニバル戦線にフラミニウスを送り込むことを。
ハンニバルを侮ってはいけない。演説を聞いていたプブリウスは、フラミニウスの持つ自信と民衆の無知とに不安を募らせたが、それを解消する術を彼は持っていなかった。
カルタゴ軍と講和できないだろうか。プブリウスはそう考えていた。現時点での講和など、ローマばかりカルタゴにすら考える者はいないであろう。戦いは始まったばかりである。誰もがそう考えていたのだ。プブリウスの感覚はかなり特殊であった。
――死んだ人間はもう戻ってこない。落胆の吐息を吐きながらプブリウスは思う。
奴隷にされた者たちだってもう帰ってこられないだろう。フラミニウスが取り戻すといった北方の土地は、確かに元々ガリア人の土地ではないかもしれない。でも、厳しい環境で食糧を求めて南下してくるしかないガリア人のことを思えば、その土地をローマ人とガリア人とで共有する選択もあるのではないか。
ガリア人は蛮族だと言うが、話が通じないわけではない。現に、ローマ軍に参戦しているガリア人もいるではないか。これ以上の犠牲を出さないためなら、北方の土地を共有ではなく、そのままガリア人やカルタゴに渡してもよいのではないか。多くの命を失って得られる土地に、いったい何の価値があるというのだろうか。カルタゴの狙いが中海にあるのなら、中海を返せばよいのではないか。いや、話し合って中海を皆で共有する道を探せばよいのではないか。
戦争に勝つことで物事を解決しようという考えに、プブリウスは異を唱えたかった。だが、そうした考えを口に出せば、売国奴として扱われることが目に見えている。彼は胸に広がるもあもあした気持ちに嫌悪感を抱きながら、立候補者たちの演説に耳を傾けた。
「諸君、私が平定した北方の地が、再びガリア人のものとなってしまった。先の戦いで私に敗れているガリア人は、単独では我々ローマに勝てないと考え、カルタゴ軍の力を借りて再び我がローマを攻撃をしてきたのだ。ここは再び私が戦線に赴き、北方の脅威を取り除こうと思う。
今から一七○年程前、ここローマはガリア人によって占領されて破壊されたのは皆の知るところだ。ガリア人は七ヶ月もの間、ここローマを破壊し続けた。多くのローマ市民が残虐に殺され、奴隷にされた。神殿は破壊され、家も市場も全て焼き尽くされた。いったいどれだけのローマ市民の血と涙が流されたのか、私には想像することができない。
私は断言できる。ここローマが破壊されることはないことを。なぜなら、ローマはこの一七○年で目覚ましい発展を遂げ、強国になったからだ。私をはじめ、ガリア人との多くの戦いで勝利を重ねてきた。カルタゴとの戦いに勝利して中海の覇者になったのは、我々ローマである。我々は強い。カルタゴ軍やガリア軍など恐れるに足らず。
私は執政官に立候補する。そして、一瞬にして敵を壊滅してみせよう。私にはそれだけの実績があり、失った北方の地を取り戻し、再び民衆の手に戻すことを約束しようではないか。
後は諸君の気持ちだけだ。私という英雄を温存して再びここローマを戦火で焼くのか、私という英雄の力を行使して、失われた北方の地を再び取り戻すのか、決断するのは諸君たちである。私は諸君らが懸命な判断を下すものと信じている」
この演説でローマ市民は決断した。対ハンニバル戦線にフラミニウスを送り込むことを。
ハンニバルを侮ってはいけない。演説を聞いていたプブリウスは、フラミニウスの持つ自信と民衆の無知とに不安を募らせたが、それを解消する術を彼は持っていなかった。
カルタゴ軍と講和できないだろうか。プブリウスはそう考えていた。現時点での講和など、ローマばかりカルタゴにすら考える者はいないであろう。戦いは始まったばかりである。誰もがそう考えていたのだ。プブリウスの感覚はかなり特殊であった。
――死んだ人間はもう戻ってこない。落胆の吐息を吐きながらプブリウスは思う。
奴隷にされた者たちだってもう帰ってこられないだろう。フラミニウスが取り戻すといった北方の土地は、確かに元々ガリア人の土地ではないかもしれない。でも、厳しい環境で食糧を求めて南下してくるしかないガリア人のことを思えば、その土地をローマ人とガリア人とで共有する選択もあるのではないか。
ガリア人は蛮族だと言うが、話が通じないわけではない。現に、ローマ軍に参戦しているガリア人もいるではないか。これ以上の犠牲を出さないためなら、北方の土地を共有ではなく、そのままガリア人やカルタゴに渡してもよいのではないか。多くの命を失って得られる土地に、いったい何の価値があるというのだろうか。カルタゴの狙いが中海にあるのなら、中海を返せばよいのではないか。いや、話し合って中海を皆で共有する道を探せばよいのではないか。
戦争に勝つことで物事を解決しようという考えに、プブリウスは異を唱えたかった。だが、そうした考えを口に出せば、売国奴として扱われることが目に見えている。彼は胸に広がるもあもあした気持ちに嫌悪感を抱きながら、立候補者たちの演説に耳を傾けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる