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アエミリウス
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紀元前二一七年三月十五日、群衆の熱狂的な歓声を浴びた二人の執政官が大軍を引き連れてローマを発った。その式典が始まる前、プブリウスは数人の部下だけを連れて出発する父コルネリウスを送り出した。執政官の出発と違い、こちらは静かな出発だった。
コルネリウスは見送りにきた家族一人一人に別れの言葉をかけていき、プブリウスには、
「アエミリウス殿の元で一層の修練に励み、私が帰国したときにはさらに成長した姿を見せなさい。お前の器を大きく育てるのだ」
と、我が子の身の置き方を示唆した。貴族の子弟は初陣を父の元で果たしても、その後は別の人間の元で修行するのが一般的である。父がプブリウスの指導者として選んだのは、先のイニュリア遠征で執政官も務め、同年代の親友でもあるルキウス・アエミリウス・パウルスであった。
「プブリウスのことをよろしくお願いします」
コルネリウスが深く頭を下げると、アエミリウスは力強く頷いた。
コルネリウスが出発した後、プブリウスはアエミリウスに連れられて彼の自宅に向かった。
「これから毎日、午前中はここに通い詰めなさい。私がこれまでに経験してきたことを聞かせよう。特にイニュリア遠征の話は大いに役に立つはずだ。
それに、これからは政治にも耳を傾け、お前さんのお父上であるコルネリウス殿の政治的な立場についても知らねばならん。ローマが抱える貴族と平民との間の長い確執の歴史など、お前さんが知っておくべきことは多いぞ。ローマの男子は初陣を果たすまでは戦場で生き残るために身体を鍛えるが、初陣後はローマ軍の勝利に少しでも貢献できるように知識の向上に努めるのが習いだ。私の話を聞いて疑問に思ったことがあれば、遠慮せずに何でも聞きなさい」
プブリウスはこのアエミリウスから様々なことを学ぶことになるが、先生と生徒の関係は一年と半年にも満たずに終わることになるとは、この時点では考えもしなかっただろう。
父コルネリウスのように見識が高く、伯父グナエウスのように豪胆である。プブリウスはアエミリウスのことをそう評した。彼はパウルス家に通う度にこの新しい先生を尊敬していく。
「戦争は土地だけでなく奴隷も得られると言いますが、それらを得ることにいったい何の意味があるのでしょうか」
戦争によって領土を拡大し、利益を得てきたローマを否定するようなこうしたプブリウスの質問にも、
「人間は集団を作って生活しておる。異なった文化を持つ集団同士がぶつかることで戦争が起こる。戦争で勝者と敗者が決まれば、敗者は勝者に飲み込まれ、またより大きな集団が形成される。そうやって戦争のない世界に近づいていくのだ。
戦争で新たな土地と奴隷を得ることは、平和な世の中に向かうためには必要なことだ。お前さんが危惧するところはわかる。結局のところ、勝者となった者たち次第だろう。現に、かつてローマ人に敗れたサビニ人やエトルリア人は今ではローマ人だ。彼らはローマに征服されることで、大きな利を得たと言える。戦争に敗れた者は勝者に従わなければならず、やはり戦争に勝利することが自分たちの理想の社会を作ることになると言えよう。
私は勝者と敗者が同化することが、平和な世界を築く上で大切ではないかと考える。故に、奴隷はいつまでも奴隷ではなく、解放して勝者と同等の権利を与えていくことが必要だ。様々な地域の人々、民族が寄り集まり、皆が多種多彩な意見を論じあってこそ、豊かで平和な世界になるというものだ」
と、頭から教え子の考えを否定せず、丁寧に自分の考えを論じていった。この時期、アエミリウスから様々なことを学び論じたことで、プブリウスの見識が大きく広がったと言える。
コルネリウスは見送りにきた家族一人一人に別れの言葉をかけていき、プブリウスには、
「アエミリウス殿の元で一層の修練に励み、私が帰国したときにはさらに成長した姿を見せなさい。お前の器を大きく育てるのだ」
と、我が子の身の置き方を示唆した。貴族の子弟は初陣を父の元で果たしても、その後は別の人間の元で修行するのが一般的である。父がプブリウスの指導者として選んだのは、先のイニュリア遠征で執政官も務め、同年代の親友でもあるルキウス・アエミリウス・パウルスであった。
「プブリウスのことをよろしくお願いします」
コルネリウスが深く頭を下げると、アエミリウスは力強く頷いた。
コルネリウスが出発した後、プブリウスはアエミリウスに連れられて彼の自宅に向かった。
「これから毎日、午前中はここに通い詰めなさい。私がこれまでに経験してきたことを聞かせよう。特にイニュリア遠征の話は大いに役に立つはずだ。
それに、これからは政治にも耳を傾け、お前さんのお父上であるコルネリウス殿の政治的な立場についても知らねばならん。ローマが抱える貴族と平民との間の長い確執の歴史など、お前さんが知っておくべきことは多いぞ。ローマの男子は初陣を果たすまでは戦場で生き残るために身体を鍛えるが、初陣後はローマ軍の勝利に少しでも貢献できるように知識の向上に努めるのが習いだ。私の話を聞いて疑問に思ったことがあれば、遠慮せずに何でも聞きなさい」
プブリウスはこのアエミリウスから様々なことを学ぶことになるが、先生と生徒の関係は一年と半年にも満たずに終わることになるとは、この時点では考えもしなかっただろう。
父コルネリウスのように見識が高く、伯父グナエウスのように豪胆である。プブリウスはアエミリウスのことをそう評した。彼はパウルス家に通う度にこの新しい先生を尊敬していく。
「戦争は土地だけでなく奴隷も得られると言いますが、それらを得ることにいったい何の意味があるのでしょうか」
戦争によって領土を拡大し、利益を得てきたローマを否定するようなこうしたプブリウスの質問にも、
「人間は集団を作って生活しておる。異なった文化を持つ集団同士がぶつかることで戦争が起こる。戦争で勝者と敗者が決まれば、敗者は勝者に飲み込まれ、またより大きな集団が形成される。そうやって戦争のない世界に近づいていくのだ。
戦争で新たな土地と奴隷を得ることは、平和な世の中に向かうためには必要なことだ。お前さんが危惧するところはわかる。結局のところ、勝者となった者たち次第だろう。現に、かつてローマ人に敗れたサビニ人やエトルリア人は今ではローマ人だ。彼らはローマに征服されることで、大きな利を得たと言える。戦争に敗れた者は勝者に従わなければならず、やはり戦争に勝利することが自分たちの理想の社会を作ることになると言えよう。
私は勝者と敗者が同化することが、平和な世界を築く上で大切ではないかと考える。故に、奴隷はいつまでも奴隷ではなく、解放して勝者と同等の権利を与えていくことが必要だ。様々な地域の人々、民族が寄り集まり、皆が多種多彩な意見を論じあってこそ、豊かで平和な世界になるというものだ」
と、頭から教え子の考えを否定せず、丁寧に自分の考えを論じていった。この時期、アエミリウスから様々なことを学び論じたことで、プブリウスの見識が大きく広がったと言える。
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