古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

敗報

　トラシメヌス湖畔でローマ軍がカルタゴ軍に敗北。
　この知らせにローマ中がざわめいた。平民の英雄フラミニウスに率いられた二個軍団二万五千のうち、実に一万七千が戦死し、六千が捕虜になったという。逃げのびられた者はわずか二千という、またしても歴史的な敗北であった。
　執政官に代って市民集会を召集した法務官は、同胞の死を悼みながらゆっくりと死者と捕虜になった者たちの名前を読み上げていった。
　死者の中には執政官フラミニウスの名もあった。プブリウスは意気揚々と出発していった平民の英雄の姿を思い出さずにはいられなかった。
　集会広場に集まった市民は、まさかあのフラミニウスがという思いが強かったようで、皆が呆然となりながら法務官の声に耳を傾けた。
　犠牲者があまりに多過ぎた。法務官が犠牲者の名を全て言い終わるまでに二十時間を要した。このトラシメヌス河畔の敗戦で家族や友人、恋人を失った市民のなんと多いことだろう。トレビア川での戦いと違って指揮官が戦死しているために市民から怨嗟の声は上がらなかったが、それは怒りのマグマが地表にでてこなかっただけの話である。
　市民はただ黙って犠牲者に冥福を祈るしかなかった。怒りや悲しみ、落胆など様々な感情がローマ市民の中に蓄積していた。対ハンニバル戦線の犠牲者は、これで実に五万人に達しようとしていたのだ。
　その三日後、またしても敗戦の報がローマに届けられた。もう一人の執政官セルウィリウスの二個軍団のうち、騎兵四千が戦死または捕虜になったと言う。強力な騎兵戦力を擁するハンニバル軍に騎兵を全て失っては対抗できるはずもなく、セルウィリウスは撤退を余儀なくされた。これでローマ軍はこの春に編成した四個軍団をハンニバルによって壊滅または無力化されたことになった。
　市民はカルタゴ軍がローマに攻め込んでくるのではないかという恐怖に顔を青くした。ハンニバル率いるカルタゴ軍は街道を通ればローマまで三日の距離である。季節は七月になろうというところ、軍を動かすのに適した時期でもある。ローマ市内には予備の二個軍団が編成済みだが、この頃のカルタゴ軍の総勢は五万にも膨れ上がっていると言う。セルウィリウスの二個軍団を急いで呼び戻せば数では互角にもっていけるが、何と言っても相手は連戦連勝で勢いに乗っている。多くの市民が不安で眠れぬ夜を過ごし、荷物をまとめる者たちも出てきた。
　――ローマが落ちる。ローマ市民はまさに浮足立っていた。それは元老院も同じであった。緊急事態に集まった議員は夜も通して議論を尽くすが、現状を打開できる術が見当たらないように思われた。