古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

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二人の執政官

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 紀元前二一六年三月十五日、増強されたローマ軍総勢八万七千が二人の執政官に率いられてローマを後にした。目標はもちろん、ローマ本土に我が物顔で居座るハンニバル率いるカルタゴ軍である。ハンニバル軍の兵力はおよそ五万。そのうち歩兵は四万である。一方のローマ軍は歩兵八万。勝敗を決するのは歩兵同士の戦いと考えられていたこの時代、ローマはまさに数で押し切る作戦に出たと言える。ローマ軍はこの兵力差ならば、ハンニバルの得意とする包囲殲滅戦術も実行不可能と踏んだのである。民衆は持久戦ではなく、自分たちの兵役負担を増してでも短期決戦を望んだのだ。
 規定により、一日交替で指揮官を務めることになったアエミリウスとヴァッロは、ローマ軍を率いて南下を開始した。一方のハンニバルもアプリア地方を南下する。ローマ軍がその情報を掴んだように、ハンニバルもまたローマ軍の動向を掴んでいるに違いなかった。
「プブリウス様、敵はどうやら騎兵が最大限発揮できる大きな平野に、我々を誘い込もうとしているようです」
 と、馬上のラエリウスが歴戦の強者のような風格を漂わせながら馬を寄せてきた。彼もまた今回の遠征に従軍していた。ティキヌス川での戦い後から周囲の彼を見る目が変わった。そうラエリウスも言っていた。
 ラエリウスはいつも控えめな態度のため、今までプブリウス以外誰もその凄さに気づかなかった。それがティキヌス川でのあの単騎での突撃、窮地の執政官を救い出した豪勇はたちまちローマ中の知るところになった。ティキヌス川での戦いは、「二人の救国者がローマを救った」と世間は二人を高く評価した。プブリウス以上に彼があの戦いで自信を持ったことは言うまでもないだろう。
「それはこちらも十分承知の上だよ。会戦は望むところだ。兵力では圧倒的にこちらが有利だからね」
 南下を続けるカルタゴ軍はオファント川の河口付近にあるカンナエの村を占領し、背後の丘の上に陣を築いて行軍を止めた。カンナエはローマ軍の食糧貯蔵地の一つで、カルタゴ軍はこれで当面の補給問題を解決したと言うことだ。
 ローマ軍はカルタゴ軍から少し距離を置いた平野部に布陣した。執政官ヴァッロはカルタゴ軍との会戦を熱望するが、もう一人の執政官アエミリウスはそれを頑として受け入れなかった。
 ヴァッロは積極論を訴えて執政官に当選したが、これまでに執政官どころか百人隊長の経験もなかった。年長者で経験もはるかに豊富なアエミリウスの意見を無視することはできず、両軍は膠着状態で時を刻んでいくことになる。
 カルタゴ軍との間に小規模な戦闘が何度かあり、ローマ軍は常に優勢であったが、アエミリウスは明らかにハンニバルの誘いであるとして、ヴァッロに深追いするのを禁じた。
 しかし、そうしたアエミリウスの発言力は徐々にローマ軍の中で低下していく。小規模な戦闘が起こるたびに、ローマ軍は小さいながらも勝利の味に浸っていったからである。
「アエミリウス殿、カルタゴ軍はわざと負けを積み重ねています。そうすることで我々を油断させ、会戦に持ち込もうというのでは」
 と、進言したプブリウスはハンニバルの策略を警戒していた。ハンニバルとの戦闘を経験している若者にとって、やはり怖さは拭えない。
「会戦で勝敗を決めようというのはこちらも同じ。いずれは決着をつけねばならん。そんなことはわかっておるが、ハンニバルの思惑通りにはさせぬ。というのが私の考えだ。ローマ軍は小競り合いに勝ち続けてはいるが、敵の被害はハンニバルにとって使い捨てのガリア兵ばかり。我々を油断させる狙いがあると思ってまず間違いなかろう。お前さんに言われなくてもわかっておるわ」
 アエミリウスは苛立たしげにプブリウスを睨んだ。いくら油断せぬようにと言っても、同僚のヴァッロは、
「失礼ながら、アエミリウス殿は臆病風に吹かれておられる。敵を過大に見誤ることは戦機を逸することになりますぞ。敵の兵力はたかだか我々の半分。ハンニバルがお得意とする包囲殲滅作戦とやらも倍近い数を擁する我々には通用しません。戦わない理由が我々にはありませんぞ」
 と、聞く耳を持っていないどころか、アエミリウスを嘲笑するかの物言いであった。年長者に気を使うのも、もう飽き飽きしたという様相のヴァッロに影響されたローマ軍は、即時会戦派の声が大きくなるばかりだった。プブリウスに言われるまでもなく、アエミリウスも今のローマ軍内の雰囲気に苦慮していたのだ。
 油断さえしなければ、この兵力差ならば勝てる。
 プブリウスにしてもアエミリウスにしても、そう考えるからこそ慎重になる。しかも最近では、カルタゴ軍の小隊が攻撃してくる日は決まってヴァッロが指揮をする日であり、ハンニバルは両執政官の性格を知っているのか、明らかにヴァッロに狙いを定めて挑発行為を繰り返しているのである。
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