古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

文字の大きさ
53 / 100

開戦

しおりを挟む
 開戦を伝える喇叭の音が戦場を駆け回る。両軍からあがった雄叫びが入り混じり、ついに戦端が開かれた。
「投げ槍用意。敵の突撃に備えよ。陣形を崩さず、敵の勢いを止めるぞ」
 アエミリウスの号令でローマ騎兵は一斉に投げ槍を肩に乗せて迎撃態勢をとった。若くてまだ経験の浅いプブリウスとラエリウスは後方で待機し、将官の指示を待つ。彼らは迫りくる蹄の音に、槍を強く握りなおした。
 両軍入り交じっての激突は中央から始まった。カルタゴ軍の中央はローマ軍の突撃に後退を余儀なくされる。激しく抵抗するも、数で圧倒するローマ軍軽装歩兵の勢いを止めることはできなかった。
 左翼から中央の優勢を見たこの日の指揮官ヴァッロは、さらに中央の重装歩兵に突撃を命じた。
 中央に続き、両翼での騎兵同士の激突も始まった。ローマの両翼は守りを固め、カルタゴ軍の突撃にもよく耐えた。アエミリウス率いるローマ騎兵は、数の不利を感じさせない巧みな用兵で、カルタゴ軍の攻撃を上手くかわす。
 プブリウスとラエリウスは上官に指示された通りに投げ槍を投げ、右に左に隊列を組んでは剣を抜いて防戦した。
 戦いは数刻続いた。中央ではローマ軍が有利に戦局を進めている一方で、両翼では時間の経過とともにカルタゴ軍の優勢がはっきりとしてきた。
 最前列で戦うローマ騎兵が徐々に力尽きていく。前列と中列を入れ替え、隊列を崩さずに応戦するも、ローマ騎兵は次第に後退を余儀なくされていった。
「プブリウス、アエミリウス殿から退却せよとの命令だ。一旦戦場から離れよ。ラエリウスら若い者たちを連れてオファント川を渡って退却せよ。
 わかるな。お前たち若い奴らはここで死んではならん。それがローマ兵の務めと心得よ」
 上官はそう言ってラエリウスを含む十代ばかりの三十騎をプブリウスに託し、急ぎ前線に戻っていった。
「プブリウス様、これは命令です。変な気を――」
「わかっている」
 ラエリウスの言葉を遮ったプブリウスの心中は穏やかではない。
 皆死ぬ覚悟なのだ。国のために命を差しだす行為にプブリウスは嫌悪感を隠せなかった。
 国は国民の幸福のために機能しなければならない。だが、実際は国を存続させるために国民がその犠牲になっていく。ここにどうしても矛盾を感じざるを得ない。
 いったい何のための戦いなのか。幸せになるには誰かの犠牲が必要なのだろうか。では、犠牲になる者たちの幸せはどうなるのかと。
 アエミリウス隊は紛れもなく捨て石であった。アエミリウスも死ぬ気に違いない。
 救いたい。プブリウスはアエミリウスのことが好きだったし、彼からもっといろいろなことを学びたかった。それに、テルティアのことを思うと胸が張り裂けそうになった。無論、プブリウスはアエミリウスだけでなく、アエミリウス隊全員を救いたいと思っている。犠牲者の数だけ悲しみがあり、いったい何のための犠牲なのかがプブリウスにはわからなかった。
 これが戦争の悲惨さだ。この戦争を終わらさなければ何も変えられない。
 しかし、この場で何とかできると考えるほど、プブリウスは未熟ではなかった。今、自分ができる最善の手を考え実行する他ないことは重々わかっていた。
「プブリウス様」
 ラエリウスが叫んだ。戦場では一刻の猶予もない。今は与えられた命令を、ラエリウスを含む三十騎の若者を救うことに専念しなければならない。だが、プブリウスは言わずにはいられなかった。
「わかっている。だが、皆が国のために戦場で命を落とす覚悟だというのに、我々は味方を見殺しにしてでも命を拾えと言われている。ここが戦場だからそれも普通だという感覚は、私にはない。例えばローマ市内で人が殺されそうなのを見れば、君は見て見ぬ振りなどできないだろう。市内も戦場も私には関係ない。人の命の価値は場所によって変わるものではない」
「敵も味方も何かを背負って戦っているのです。命を投げ出してでも守らなければならないと考えているのです。それは――」
「わかっている」
 わかっている。自分が今、何をするべきか。戦争が始まれば少なからず犠牲が出るのも頭ではわかっている。そして冷静でいなければならないことも。
 プブリウスは自分の周囲に集まった同世代のローマ騎兵が、皆不安な面持ちであることにそのとき気がついた。
 救える命は救わねば……。プブリウスは、
「もう大丈夫だ。すまなかった」
 と言って、ラエリウスの方を見た。ラエリウスはいつも正しい。プブリウスはこの頼りになる親友に迷惑をかけないよう、自分の感情を制御する術を身につけなければと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...