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突撃
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プブリウス率いる騎兵団が渡河しやすい場所を探すためにオファント川に向かったとき、ローマ軍とカルタゴ軍の中央は激闘の真最中であった。体格で勝るカルタゴ軍ガリア兵も、ローマ軍重装歩兵の突進力を前に後退を続けた。中央を指揮する前執政官セルウィリウスはそれに気をよくして、次々と前線を交代させては数で勝る強みを生かして猛烈な攻撃を繰り返した。
一方、カルタゴ軍騎兵の突撃を受けたローマの両翼は、不利な戦いであったにもかかわらず善戦していた。左翼を務める執政官ヴァッロ率いる同盟都市騎兵は、数の上では互角でも圧倒的な戦闘力を誇るヌミディア騎兵相手に押されながらも耐えていた。ヴァッロは指揮官としての経験がなかったが、味方を鼓舞して必死に戦わせる術は持ち合わせていたようである。右翼の執政官アエミリウス率いるローマ騎兵は、圧倒的な数の不利を前にして奮闘した。すでに死を覚悟しているローマ騎兵は、激しく抵抗することで最後の務めを果たそうとしていた。また、両翼にとって中央の戦局は大いに励みになったはずである。
しかし、プブリウスが渡河に有利な地点を見つけたときには、ローマ軍右翼のローマ騎兵はオファント川に追い詰められ、もはや壊滅寸前になっていた。左翼の同盟都市騎兵も次第に死傷者を増やし、ヌミディア騎兵との実力差が表れ始めた。中央はというと、優勢ではあったが、まだローマ軍はカルタゴ軍を突き破れないでいた。カルタゴ軍中央は真中が膨らんだ弓型から真中がへこんだ逆弓型の陣形に形を変え、後退しながらも陣を乱さなかった。
中央で戦うローマ軍は勝利を疑わなかった。セルウィリウスの前面には、完勝を思わせる景色が広がっていたのである。突撃を繰り返すローマ軍中央は、カルタゴ軍兵士の屍を次々と越えていった。カルタゴ軍は成す術もなく後退を続ける。そのように、ローマ軍には見えていた。
勝てる。そう確信したのはセルウィリウスだけではない。ファビウスを第二の父として尊敬し、ハンニバルの恐ろしさを実際に経験しているミヌキウスですら、勝利は間近だと確信していた。彼はローマ軍重装歩兵として前線で剣を振いながら、確かな手ごたえを感じていた。
プブリウスは渡河しやすい地点に数騎を配置し、残りを引き連れてアエミリウスがいる本隊の救援に向かうと決心していた。たかだか三十騎程度では何もできずに終わるだろう。それどころか、三十騎程度で戻ってもたちまち囲まれて全滅する可能性すらある。しかし、それでもプブリウスは、
「退路は確保した。何人救えるかはわからないが、私は救援に向かおうと思う。どうかついてきてほしい」
と、頭を下げた。仲間を救いたい。その一途な思いにラエリウスをはじめ、奮い立たない者はいなかった。もしくは、ローマ人の血が彼らを死地に舞い戻らせようとしたのかもしれない。ローマ人にとっての名誉は、戦士となって国のために戦うことである。彼らもまた、ここに戦いにきていたのだ。
アエミリウスがいるローマ騎兵本隊は背後をオファント川に、前後左右を六千のカルタゴ騎兵に包囲されていた。ローマ騎兵のほとんどはすでに馬を失っており、歩兵となって剣を振っていた。カルタゴ騎兵は包囲網を徐々に狭めていき、ローマ騎兵を全滅させるつもりである。
プブリウスらが駆けつけたときにはすでにアエミリウス隊は崩壊していた。ローマ兵はオファント川に逃げ込んでは後ろからカルタゴ騎兵の槍の餌食となり、水面はローマ兵の死体で埋め尽くされていた。岸のあちらこちらにもやはりローマ兵の死体が転がり、生き残っている者も多勢のカルタゴ騎兵に囲まれては斬り殺されていく。
カルタゴ軍は追い詰めたローマ兵に降伏を要求しなかった。そのため、ローマ兵には捕虜になるという選択は与えられず、無残に殺されるのを待つのみであった。
戦場に再び戻ってきた騎兵集団の先頭で、プブリウスは雄叫びをあげた。その叫びは自分たちを鼓舞するためのものではなく、その惨状に思わずあがった悲痛の叫びであった。プブリウスはまるで全身が炎に焼かれているように感じた。いや、マグマと化した血が全身を燃えるように熱したという表現の方が適している。全速力で馬を走らせる彼らの興奮は最高潮に達していた。
すでに勝敗を決し、残飯処理をするかのようにローマ兵に止めを刺すカルタゴ騎兵に、この若き騎兵集団が突撃した。まだ十代である彼らのほとんどが初陣である。だが、その経験不足が故に、ときとして大きな勢いを作り出して周囲の予想をはるかに凌駕する力、若さ故の爆発力を発揮するときがある。そのときが今、まさにきたと言えよう。その破壊力は勝利に浸るカルタゴ騎兵を蹴散らすのに十分だった。
この状況下で、六千のカルタゴ騎兵にたかだか三十騎にも満たないローマ騎兵が突撃をかけるなど、誰が想像できよう。不意をつかれたカルタゴ騎兵の一団に小さな穴が開いた。プブリウスらはカルタゴ騎兵の一団を突き抜けてオファント川沿いに出た。
傭兵で構成されるカルタゴ騎兵は決して無理な戦いをしない。彼らは国のために命をかけているわけではない。彼らは自分自身のために戦っているのだ。すでにローマ右翼を撃退し終え、玉砕覚悟で向かってきたわずかな敵にかまって命を落とすほど馬鹿らしいことはない。さらに、プブリウスらは無造作にカルタゴ騎兵に襲いかかっているわけではなく、仲間の救援に駆けつけただけである。そのことはカルタゴ騎兵にもわかった。カルタゴ騎兵はプブリウスらと戦って無駄死にするよりも、自らの役目を全うするために、ローマ軍の中央本隊の背後へと向かった。カルタゴ軍の狙いはローマ軍中央本隊を、包囲することにあるのは言うまでもない。
一方、カルタゴ軍騎兵の突撃を受けたローマの両翼は、不利な戦いであったにもかかわらず善戦していた。左翼を務める執政官ヴァッロ率いる同盟都市騎兵は、数の上では互角でも圧倒的な戦闘力を誇るヌミディア騎兵相手に押されながらも耐えていた。ヴァッロは指揮官としての経験がなかったが、味方を鼓舞して必死に戦わせる術は持ち合わせていたようである。右翼の執政官アエミリウス率いるローマ騎兵は、圧倒的な数の不利を前にして奮闘した。すでに死を覚悟しているローマ騎兵は、激しく抵抗することで最後の務めを果たそうとしていた。また、両翼にとって中央の戦局は大いに励みになったはずである。
しかし、プブリウスが渡河に有利な地点を見つけたときには、ローマ軍右翼のローマ騎兵はオファント川に追い詰められ、もはや壊滅寸前になっていた。左翼の同盟都市騎兵も次第に死傷者を増やし、ヌミディア騎兵との実力差が表れ始めた。中央はというと、優勢ではあったが、まだローマ軍はカルタゴ軍を突き破れないでいた。カルタゴ軍中央は真中が膨らんだ弓型から真中がへこんだ逆弓型の陣形に形を変え、後退しながらも陣を乱さなかった。
中央で戦うローマ軍は勝利を疑わなかった。セルウィリウスの前面には、完勝を思わせる景色が広がっていたのである。突撃を繰り返すローマ軍中央は、カルタゴ軍兵士の屍を次々と越えていった。カルタゴ軍は成す術もなく後退を続ける。そのように、ローマ軍には見えていた。
勝てる。そう確信したのはセルウィリウスだけではない。ファビウスを第二の父として尊敬し、ハンニバルの恐ろしさを実際に経験しているミヌキウスですら、勝利は間近だと確信していた。彼はローマ軍重装歩兵として前線で剣を振いながら、確かな手ごたえを感じていた。
プブリウスは渡河しやすい地点に数騎を配置し、残りを引き連れてアエミリウスがいる本隊の救援に向かうと決心していた。たかだか三十騎程度では何もできずに終わるだろう。それどころか、三十騎程度で戻ってもたちまち囲まれて全滅する可能性すらある。しかし、それでもプブリウスは、
「退路は確保した。何人救えるかはわからないが、私は救援に向かおうと思う。どうかついてきてほしい」
と、頭を下げた。仲間を救いたい。その一途な思いにラエリウスをはじめ、奮い立たない者はいなかった。もしくは、ローマ人の血が彼らを死地に舞い戻らせようとしたのかもしれない。ローマ人にとっての名誉は、戦士となって国のために戦うことである。彼らもまた、ここに戦いにきていたのだ。
アエミリウスがいるローマ騎兵本隊は背後をオファント川に、前後左右を六千のカルタゴ騎兵に包囲されていた。ローマ騎兵のほとんどはすでに馬を失っており、歩兵となって剣を振っていた。カルタゴ騎兵は包囲網を徐々に狭めていき、ローマ騎兵を全滅させるつもりである。
プブリウスらが駆けつけたときにはすでにアエミリウス隊は崩壊していた。ローマ兵はオファント川に逃げ込んでは後ろからカルタゴ騎兵の槍の餌食となり、水面はローマ兵の死体で埋め尽くされていた。岸のあちらこちらにもやはりローマ兵の死体が転がり、生き残っている者も多勢のカルタゴ騎兵に囲まれては斬り殺されていく。
カルタゴ軍は追い詰めたローマ兵に降伏を要求しなかった。そのため、ローマ兵には捕虜になるという選択は与えられず、無残に殺されるのを待つのみであった。
戦場に再び戻ってきた騎兵集団の先頭で、プブリウスは雄叫びをあげた。その叫びは自分たちを鼓舞するためのものではなく、その惨状に思わずあがった悲痛の叫びであった。プブリウスはまるで全身が炎に焼かれているように感じた。いや、マグマと化した血が全身を燃えるように熱したという表現の方が適している。全速力で馬を走らせる彼らの興奮は最高潮に達していた。
すでに勝敗を決し、残飯処理をするかのようにローマ兵に止めを刺すカルタゴ騎兵に、この若き騎兵集団が突撃した。まだ十代である彼らのほとんどが初陣である。だが、その経験不足が故に、ときとして大きな勢いを作り出して周囲の予想をはるかに凌駕する力、若さ故の爆発力を発揮するときがある。そのときが今、まさにきたと言えよう。その破壊力は勝利に浸るカルタゴ騎兵を蹴散らすのに十分だった。
この状況下で、六千のカルタゴ騎兵にたかだか三十騎にも満たないローマ騎兵が突撃をかけるなど、誰が想像できよう。不意をつかれたカルタゴ騎兵の一団に小さな穴が開いた。プブリウスらはカルタゴ騎兵の一団を突き抜けてオファント川沿いに出た。
傭兵で構成されるカルタゴ騎兵は決して無理な戦いをしない。彼らは国のために命をかけているわけではない。彼らは自分自身のために戦っているのだ。すでにローマ右翼を撃退し終え、玉砕覚悟で向かってきたわずかな敵にかまって命を落とすほど馬鹿らしいことはない。さらに、プブリウスらは無造作にカルタゴ騎兵に襲いかかっているわけではなく、仲間の救援に駆けつけただけである。そのことはカルタゴ騎兵にもわかった。カルタゴ騎兵はプブリウスらと戦って無駄死にするよりも、自らの役目を全うするために、ローマ軍の中央本隊の背後へと向かった。カルタゴ軍の狙いはローマ軍中央本隊を、包囲することにあるのは言うまでもない。
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