古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

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 アエミリウスは周囲でまだ戦えそうな者たちを集め、中央に合流するための準備に入った。執政官の元に集まったローマ兵は十数人ほどで、誰もが満身創痍の様相だったが、執政官と最後まで戦うと言って、使えそうな武具をありったけ身に着けた。
 プブリウスとラエリウスは引き連れてきた若いローマ騎士らと共に、負傷者の救出に奔走した。プブリウスとアエミリウスが会話することはもうなかった。お互いに自分が今できる最善のことをしていった。ここは戦場である。一人一人が与えられた役割を担った。
 ローマ軍の左翼でヌミディア騎兵と戦っていた執政官ヴァッロは、ついに同盟都市騎兵の退却を決断した。ヌミディア騎兵相手では所詮結果は見えていたと言える。
 多くの騎兵を失ったヴァッロはヌミディア騎兵の猛追を受け、さらに多くの兵を失った。参加した同盟都市騎兵四千八百のうち、敵の追撃を振り切って生還したのはヴァッロを含むわずか五十騎程度であった。
 中央の歩兵同士の戦いは、戦端が開かれてからずっとローマ軍が優勢であった。カルタゴ軍の中央を大きくへこましたローマ軍は、両翼の戦いがどうなろうと、もはや結果は変わらないとさえ思っていた。
 これまで退却しながらもローマ軍の攻撃に抵抗してきたカルタゴ軍ガリア兵が、喇叭の合図とともに左右に分かれて退却を始めた。敵の壊走にさらに勢いづいて前進するローマ軍は、ここでカルタゴ軍正規兵と衝突することになった。
 彼らはアルプス山脈を越え、数々の戦いで勝利してきたハンニバルの精鋭である。ハンニバルがこれまで温存してきたもっとも信頼の厚い兵士らであった。
 この時のローマ歩兵は七万、対するカルタゴ歩兵は二万である。数の上では圧倒的であったローマ歩兵だが、カルタゴ歩兵の前にこれまでの勢いは塞き止められてしまう。ローマ軍の前に立ちはだかったハンニバルの精鋭は、まるで大きな岩のようだった。
 それでもローマ軍が優勢であることに変わりはない。猛攻に耐えるカルタゴ歩兵を見ても、セルウィリウスは勝利を疑わなかった。
 執政官であるアエミリウスが合流したローマ歩兵は、さらなる猛攻を開始した。全身全霊とも言うべきローマ軍の突撃が幾度も行われた。勝利を目前に、ローマ歩兵の士気は最高潮に達していた。
 カルタゴ軍歩兵がわずかに動揺を見せた。彼らにしても想像を絶する激しい攻撃だったに違いない。それでも二万のカルタゴ歩兵は劣勢の中でも決して陣形を乱すことなく戦った。彼らはローマ軍の前に強固な壁となって立ちはだかり続けた。
 突然、ローマ軍に衝撃が走った。突撃を繰り返して縦長の陣容になっているローマ歩兵の側面を、先ほど戦場から離脱したガリア兵が攻撃してきたのだ。前面への攻撃力に優れる歩兵は側面が弱点である。だからこそ歩兵の両脇を騎兵で固めるのだが、このときのローマ軍はすでに両翼を守る騎兵が敗退している。さらに、ローマ騎兵を壊滅させたカルタゴ騎兵がローマ歩兵の後方に回り込み、攻撃を開始していた。
 数では勝るローマ軍も四方を囲まれては浮足立たないはずがない。ローマ軍はアエミリウスや将官らの声がかき消されるほどの大混乱に陥った。
 ローマ歩兵は烏合の衆と化し、指揮系統が完全に崩壊してしまう。前方のカルタゴ歩兵は簡単に打ち破れそうにない。左右は手薄だが、組織だった攻撃ができなくなったローマ歩兵は、上手く貫通力を左右に振り分けられなかった。後方は強固なカルタゴ騎兵がおり、突破は不可能である。さらに同盟都市騎兵の追撃を終えたヌミディア騎兵が戦場に戻ってきたことで、ローマ軍への包囲はさらに強固なものとなる。
 ――包囲殲滅戦術。ハンニバルは相手を包囲するだけでなく、包囲した相手を全滅させることにも長けていた。カルタゴ軍は包囲を狭めながら確実にローマ兵を討ち取っていく。
 ハンニバルの戦術の前に、ローマ兵個々の奮闘は虚しいだけだった。包囲を打ち破って逃げることができたローマ兵は僅かで、包囲されたローマ軍は全滅と言ってもよい。またしてもローマ軍は、ハンニバルの前に大敗を喫したのである。
 このカンナエの戦いの死者はカルタゴ側が五千五百、その多くがハンニバルにとって捨て駒であるガリア兵、一方のローマ側の死者は七万にものぼった。命令もないままに戦場の後方で待機していた一万のローマ兵の大半が捕虜になった。まさにローマ史上最大の敗北であり悲劇であった。
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