古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

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結婚

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 プブリウスが先を促すと、ピュテアスはそれではと、話を切り出した。
「プブリウス殿、今回の件でよくわかりました。どうもこの子はあなたのお傍に置いておくのがよいようです。ローマ人であるプブリウス殿はこれからも多くの戦場に赴くことになると思いますが、その度に今回のような長距離を走らされるとなると、私も体が持ちません。それならいっそのこと、ニーケーをローマに置いておくのがよいかと。ローマ軍とカルタゴ軍についての情報取集がこの子の当面の仕事でもありますし、一石二鳥なのかなと。ニーケーにも確認しましたが、ぜひそうしたいとのことでした。
 そこでお願いがあるのですが、どうかこの子をスピキオ家で使ってもらえないでしょうか。この子は元々見どころがある子で、親馬鹿かもしれませんが、なかなかに頭が切れると申しますか、私や他の者が気づかないことにもよく気づくと申しますか、お傍に置いて損はないということは、私が保証致します。ニーケーはすでに数人の情報屋も従えていますし、必要な情報を集めるのにも、それを分析するのにもお役に立てると思うのですが、いかがでしょうか」
 ピュテアスは親の顔とも商売人の顔ともとれる表情で、真正面からプブリウスを見た。誠実そうな眼は以前と変わらない。
 プブリウスが口を開きかけたとき、ピュテアスははっとした顔になり、
「もちろん、ローマ貴族であるプブリウス殿との結婚に夢を見てはいけないと、ニーケーにはきつく言ってあります。この子もただ、プブリウス殿のお傍でお力添いができればよいと申しておりますので、その辺りの懸念はご心配には及びません。
 いかがでしょうか。ニーケーをこのスピキオ家で、もしくはプブリウス殿個人で雇っては頂けないでしょうか」
 と、付け加えた。
 プブリウスにとって、この話は胸躍るものであると同時に胸が痛むものだった。ニーケーと一緒にいられるようになるという嬉しさがある一方で、彼女との結婚が消えうせた悲しさもあった。もちろん、プブリウスが強く望めばニーケーと結婚することもできるかもしれないが、ピュテアスがニーケーに釘を刺したことでわかるように、二人の結婚は非現実的であると言わざるを得ない。確かにプブリウスの母のポンポニアは平民の出身で、貴族同士の結婚にこだわる他の貴族と比べると、スピキオ家はずいぶん開かれている。ただ、グラエキア商人の養女で解放奴隷との結婚となると、前例がないだけと片付けるのには無理があった。プブリウスはそのことをうっすらとは認識していたが、こうもはっきりと言われてしまうと、やはり残念でならなかった。
 ニーケーにもその気はないということだ。ニーケーはローマに来る前から、プブリウスとの結婚を諦めている。結婚はできないという条件を飲んでここに来たのだ。
「わかりました。ニーケーは大切に預かります。ニーケーが望めば、このスピキオ家にいつまでいてもかまいません。父が出征から戻ってきたら、私から話をしておきます。家人が一人ぐらい増えても気にしないでしょう。それに情報収集ができるというのは、これまでにないことです。父も喜ぶと思います」
 プブリウスは快諾し、内心は複雑であったが笑顔で応じた。ニーケーが有能で優れた頭脳の持ち主であることは、プブリウスにもよくわかっていた。自分のためにその力を使ってくれることに対して、異論などあるはずがなかった。そして、ニーケーが近くにいてくれるというのも、プブリウスにとって悪い話のはずがなかった。
 神は私とテルティアの結婚を望んでおられるのだろうか。ピュテアスとニーケーのこの来訪が、テルティアとの結構を後押ししたことは言うまでもない。この一件後、プブリウスはようやくテルティアに会いに行く決心を固めた。
 翌年、プブリウスは亡きルキウス・アエミリウス・パウルスの三番目の娘であるアエミリア・テルティアと結婚する。ニーケーはその結婚にも動揺の色を見せず、プブリウスの近くにいられるだけで満足そうだった。無論、彼女の本心まではプブリウスにはわからないが。
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