古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

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面会

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 目の前に座る男の話を聴き終えたファビウスは、右手で顎髭を撫でながら、
「そうであろうな」
 と、独り言のように呟いた。
 ローマで最も権威があるとされる元老院の第一人者の邸宅には、いつも人の列ができる。ローマ市内からだけでなく、植民地や同盟諸都市、諸外国からも多くの有力者がひっきりなしに訪れるからだ。盟主ローマで権力の中心に座る男と良好な関係を築き、少しでも自分たちの利益に便宜してもらおうというのである。
 長らく元老院の第一人者を務めているファビウスは、自分に近づいてくる者なら誰でも受け入れるという太っ腹ではない。知古の者には寛大で面倒見がよいこの男も、新参者には薄情なところが多分にあった。これはハイエナのようにたかってくる輩が多いからでもあったが、平民に対する階級意識がそうさせていたのではないか。
 名門貴族であるファビウス家とは縁もゆかりもない平民が彼に面会するためには、一門に属する貴族からの紹介が必ず必要である。例え同盟諸都市や諸外国の有力者であっても、何のつてもなければ門前払いされるのが普通で、せいぜい交通費分の銀貨を渡されて終わるのが関の山だった。貴族や平民問わず誰にでも門を開いているスキピオ家とは反対に、由緒正しい格式がファビウス家の特徴と言えた。
 また、訪問者の陳情にいちいち耳を傾けていては、己の理想を実現できない。実現するためには、自分の主張を皆によくわからせる必要があり、それは人の話を聞くのではなく、自分の話を人に聞かせることである。ファビウスにはそういった信念もある。支持者らの話に耳を傾けるよりも、自分の主義主張を支持者らに熱弁することの方が多かった。そんな彼のことを頑固者や融通が利かないと言う者も少なくないが、それでもファビウスが持つ見識の高さや権威が色あせることはなかった。それは彼が第一人者を長年務めてきた事実が物語っているだろう。
 目の前の男の出自や身なりに、初めは眉間に深い皺を作ったファビウスだったが、男が語る内容に次第に身を乗り出していった。それ程、男の話は興味深かった。
 初対面で相手の話を完全に鵜呑みにするのはどうかとも思ったファビウスだったが、話の内容は確かに筋が通っていた。いや、それどころか自分の考えを強力に補強するものであり、確信が得られたと言ってもよい。
 これは掘り出し物やもしれぬ。思いがけない拾い物にファビウスの眉間の皺がいつの間にか消えた。胡散臭い相手との面会に後ろ向きだった第一人者は、気づけばこの男との面会が予定していた時間を大幅に過ぎていることに気がついた。それだけ、男との面会はファビウスにとって有意義なものであったということだ。
 ファビウスは男に給金が入った革袋を渡し、
「今後も力添えをお願いしたい」
 と言って、男の肩に右手を乗せた。一度の取引で終わるのは惜しい。関係を続けていくだけの価値がこの男にはある。ファビウスの直感がそう告げていた。
 男は恐縮するような素振りで頭を深く下げ、手渡された革袋を大事そうに懐にしまう。愛想笑いを浮かべながら、次からは自分ではなく配下の者を定期的に寄越すと告げて去った。
 室内に一人残されたファビウスは、大きく息を吐いた。責任という重圧が彼の肩にのしかかっている。
 これまでローマを支えてきたという誇りはある。そして、これからもローマを支えていくという気持ちもある。いや、自分でなければローマを守ることができないとすら思う。
 それにはまず、民意を得ることだ。自分の考えに皆が賛成せねば大事は成せぬ。無知なる民衆を上手く誘導できるかどうか。簡単なことではないが、やらねばならないと彼は考えていた。
 ファビウスの表情は暗い。決断に至ったからといって心が晴れたわけではない。もう一度大きく息を吐きだしたファビウスは、家人を呼びつけて酒を持ってこさせた。
 絶対に負けはせぬ。乱暴に一人酒をあおったファビウスは、静かに闘志をみなぎらせた。
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